25 / 38
25 巻き込みたくはありません
しおりを挟む
ライシスは案じるような視線でディミエルを見下ろし、彼女が出かけるつもりであることに感づいたらしい。
「あれ、今からまた出かけるのか? もしかして、薬草採取に行くところだった? だったらつきあうよ。この森も、今は危険度が高まっているだろう」
「……薬草を取りにいくわけじゃないの」
「そうなのか……じゃあ、どこに行くんだ。町にはもう寄ったんだろう?」
「……」
「……ディミー?」
妖精姫とその騎士の様な二人が脳裏に蘇り、心が苦しくてたまらなくなる。ディミエルはぎゅっと目をつぶって頭を左右に振った。
(もう故郷の森に帰るって決めたんだから。ライシスのことを巻き込めないわ)
一対の人形細工のように、お似合いな二人だった。ライシスは気品のある人だから、野暮ったいディミエルには相応しくないと、自分に言い聞かせて諦めようとする。
震える息を吐き出し、別れの言葉を口にした。
「……私、故郷の森に帰ることにしたの」
「え?」
「もうここにはいられない。あの妖精のように綺麗な人と、どうかお幸せにね。今まで楽しかったわ、さよなら」
驚いて力を無くしたライシスの手を、そっと取り外して踵を返す。彼はディミエルを追いかけて、肩に手をかけようとした。
「待って、ディミー」
「触らないで!」
バチっと特別製の魔石が、ライシスのことを拒絶する。ディミエルからの明確な拒絶の意思を感じて、ライシスは愕然として足を止めた。
「ディミー……?」
「触らないで……来ないで」
引き止められて優しくされたら、彼に迷惑をかけてしまう。泣きそうな顔で言葉を繰り返すと、ライシスも悲痛そうに表情を歪めた。
ディミエルはそれ以上ライシスを見ていられなくて、背を向けて道なき道を走り出した。
はあはあと息が切れるまで走ってから、背後を振り返る。彼は追ってきていなかった。そのことに失望しながら、とぼとぼと故郷への道を歩いていく。
(来ないでって言ったんだから、追いかけてくるわけないじゃない。追いかけてほしかったなんて、バカね……私、本当にどうしようもないわ)
再び涙が溢れてきた。泣きながら歩いているうちに、嗚咽が大きくなり、わんわんと泣いた。
「う……、ヒック、ぐす……ううー!」
森を出て大きな街道に出ても泣きやめずにいると、荷馬車で旅をしているらしき夫婦に声をかけられた。
「お嬢さん、どうしたんだ?」
「おやまあ、目が真っ赤に腫れているじゃないか! こんなところで泣いていたら危ないよ、町まで送ってあげるから、乗っていきな」
親切な夫婦は快くディミエルのことを荷馬車の荷台に乗せてくれた。迷惑をかけるからと遠慮しても、いいからと押し切られる。
拒む元気もなかったディミエルは、行き先が故郷の森に近いことを聞いてご厄介になることにした。荷馬車に揺られているうちに、いつしか泣き疲れて眠ってしまった。
*****
荷馬車の旅は、徒歩よりもずっと安全で大いに助かった。ディミエル一人で旅をしていたら、きっともっと危険な道のりだっただろう。
三日かけて故郷の森の最寄りの村まで辿りつき、仲良くなった夫婦にお礼を告げた。
「おじさん、おばさん、ここまで送ってくれてありがとう」
「いいんだよ。失恋の傷は新しい恋をすれば癒えるからね。アンタは若いんだから、これからいくらでも新しい恋ができるわ。がんばりな」
おばさんの懐の広い優しさに助けられたディミエルは、気恥ずかしく思いながらも素直に返事をした。
「はい」
「俺達は同じルートをぐるぐる回って行商の旅をしているから、また会うこともあるかもしれねえな」
「そうだね、その時は何か買わせてもらうわ。これ、少ないけどお礼です」
魔女の特製軟膏を渡すと、おじさん達はとても喜んでくれた。
「ああ、これは助かる。最近は魔物も増えて、街道にも出没するらしいからなあ。もしもの時に使わせてもらうよ」
「こんな高級品、いいのかい? 魔女の薬なんて、なかなか出回ってないだろう?」
「大丈夫です。いくらでも作れるので」
夫婦はディミエルが魔女であると知らなかったらしい。魔女であることを明かすと、ますます喜ばれた。
「アタシらは森の魔女を助けたのか、こりゃいい仕事をした」
「そうかそうか、アンタらの薬はとてもいいって、行商人の間でも評判になっているんだ。また作って売ってくれよな」
「そうね……そうしたいけれど」
魔女の薬が市場に出回っていたのは、ディミエルが町に住んで薬を売っていたからだろう。ディミエルが町から逃げ出した以上、今後は薬の供給が途絶えてしまう。
「あれ、今からまた出かけるのか? もしかして、薬草採取に行くところだった? だったらつきあうよ。この森も、今は危険度が高まっているだろう」
「……薬草を取りにいくわけじゃないの」
「そうなのか……じゃあ、どこに行くんだ。町にはもう寄ったんだろう?」
「……」
「……ディミー?」
妖精姫とその騎士の様な二人が脳裏に蘇り、心が苦しくてたまらなくなる。ディミエルはぎゅっと目をつぶって頭を左右に振った。
(もう故郷の森に帰るって決めたんだから。ライシスのことを巻き込めないわ)
一対の人形細工のように、お似合いな二人だった。ライシスは気品のある人だから、野暮ったいディミエルには相応しくないと、自分に言い聞かせて諦めようとする。
震える息を吐き出し、別れの言葉を口にした。
「……私、故郷の森に帰ることにしたの」
「え?」
「もうここにはいられない。あの妖精のように綺麗な人と、どうかお幸せにね。今まで楽しかったわ、さよなら」
驚いて力を無くしたライシスの手を、そっと取り外して踵を返す。彼はディミエルを追いかけて、肩に手をかけようとした。
「待って、ディミー」
「触らないで!」
バチっと特別製の魔石が、ライシスのことを拒絶する。ディミエルからの明確な拒絶の意思を感じて、ライシスは愕然として足を止めた。
「ディミー……?」
「触らないで……来ないで」
引き止められて優しくされたら、彼に迷惑をかけてしまう。泣きそうな顔で言葉を繰り返すと、ライシスも悲痛そうに表情を歪めた。
ディミエルはそれ以上ライシスを見ていられなくて、背を向けて道なき道を走り出した。
はあはあと息が切れるまで走ってから、背後を振り返る。彼は追ってきていなかった。そのことに失望しながら、とぼとぼと故郷への道を歩いていく。
(来ないでって言ったんだから、追いかけてくるわけないじゃない。追いかけてほしかったなんて、バカね……私、本当にどうしようもないわ)
再び涙が溢れてきた。泣きながら歩いているうちに、嗚咽が大きくなり、わんわんと泣いた。
「う……、ヒック、ぐす……ううー!」
森を出て大きな街道に出ても泣きやめずにいると、荷馬車で旅をしているらしき夫婦に声をかけられた。
「お嬢さん、どうしたんだ?」
「おやまあ、目が真っ赤に腫れているじゃないか! こんなところで泣いていたら危ないよ、町まで送ってあげるから、乗っていきな」
親切な夫婦は快くディミエルのことを荷馬車の荷台に乗せてくれた。迷惑をかけるからと遠慮しても、いいからと押し切られる。
拒む元気もなかったディミエルは、行き先が故郷の森に近いことを聞いてご厄介になることにした。荷馬車に揺られているうちに、いつしか泣き疲れて眠ってしまった。
*****
荷馬車の旅は、徒歩よりもずっと安全で大いに助かった。ディミエル一人で旅をしていたら、きっともっと危険な道のりだっただろう。
三日かけて故郷の森の最寄りの村まで辿りつき、仲良くなった夫婦にお礼を告げた。
「おじさん、おばさん、ここまで送ってくれてありがとう」
「いいんだよ。失恋の傷は新しい恋をすれば癒えるからね。アンタは若いんだから、これからいくらでも新しい恋ができるわ。がんばりな」
おばさんの懐の広い優しさに助けられたディミエルは、気恥ずかしく思いながらも素直に返事をした。
「はい」
「俺達は同じルートをぐるぐる回って行商の旅をしているから、また会うこともあるかもしれねえな」
「そうだね、その時は何か買わせてもらうわ。これ、少ないけどお礼です」
魔女の特製軟膏を渡すと、おじさん達はとても喜んでくれた。
「ああ、これは助かる。最近は魔物も増えて、街道にも出没するらしいからなあ。もしもの時に使わせてもらうよ」
「こんな高級品、いいのかい? 魔女の薬なんて、なかなか出回ってないだろう?」
「大丈夫です。いくらでも作れるので」
夫婦はディミエルが魔女であると知らなかったらしい。魔女であることを明かすと、ますます喜ばれた。
「アタシらは森の魔女を助けたのか、こりゃいい仕事をした」
「そうかそうか、アンタらの薬はとてもいいって、行商人の間でも評判になっているんだ。また作って売ってくれよな」
「そうね……そうしたいけれど」
魔女の薬が市場に出回っていたのは、ディミエルが町に住んで薬を売っていたからだろう。ディミエルが町から逃げ出した以上、今後は薬の供給が途絶えてしまう。
0
お気に入りに追加
549
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の番になりまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
※完結まで毎日更新です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる