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8 だったら勝負をしましょう

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 どうやらディミエルが食べるまで、彼は食べないつもりのようである。

(先に食べてくれたら、どこから手をつけたらいいのか、真似しやすかったのに)

 恨めしく思いながらも、ディミエルは艶やかな果物に思い切ってフォークを刺した。

(ん、これは……甘くて、もったりしていて、美味しい……噂通りだわ)

 ディミエルはライシスが見ていることをすっかり忘れて、夢中で果肉を味わった。

 とろけるような舌触りにうっとりしていると、ライシスが満足気に息を吐いた。

「ディミーちゃんに喜んでもらえたみたいでよかった。もし食べられそうなら、俺の分も食べていいよ」
「え、いえ、いいです。貴方の分は貴方が食べて下さい。そこまでしてもらったら、逆に気を使うので」
「じゃあ、一切れだけどうぞ。後は俺がもらうから」

 ライシスは一番美味しそうな果肉を、ディミエルの皿に寄越した。

 ディミエルは、口元が自然と笑いそうになるのを引き締めて、気難しい顔で果肉を口に入れる。

 途端にうっとりと水色の目が閉ざされたのを見て、ライシスは満足そうに微笑んだ。

 ライシスは、ディミエルの知らない冒険者情報を、軽快な語り口で伝えてくれた。興味深くて、相槌を打ちながら耳を傾ける。

 最後の一口までケーキを堪能したディミエルは、上品な仕草でケーキを口に運ぶライシスに質問した。

「それで、どうしてあんな怪我を?」

 どうせ痴情のもつれとかで引っ叩かれたんだろうな、なんて勝手に予想しながらディミエルは返事を待った。

「今までの女関係を、全部清算したんだ。最後にフった女に引っかかれちゃってさ。君の友達から、ディミーちゃんが今日町に来る予定だって聞いてたから、絶対に今日ディミーちゃんに会いたかった」

 ライシスは海色の瞳で、真っ直ぐにディミエルを見つめた。

「魔石で傷を治す時間も惜しんで、ローブを被って急いで会いにきたんだ。これからはディミーちゃん、君一筋になるから」
「なんですか、それ……やめて下さいよ」

 ディミエルは、さっきまでの幸せな気分が台無しにされたように感じた。

「それってまるで、私が一途な人でないとって言ったから、私のせいで貴方が怪我をしたって言ってるみたいじゃないですか。腹が立ちます」
「そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「貴方は知らないかもしれませんが、私は薬を作ることを生業としています。その私の前で、怪我をしたまま会いにくるなんて、気にしてくださいって言ってるようなものじゃないですか。こんなことで気を引こうとでも?」
「違う、そうじゃない」

 ライシスは今まで見せていた笑みを引っ込めて、真剣な面持ちでディミエルを見つめた。

 そうしているとチャラい印象が薄まって、人間味のない芸術作品のような、怖いほどの美麗さが際立った。

「同情や関心を引きたいんじゃない、誠意を示したかったんだ。君が腹を立てたことに対しては謝るよ。そんな風にとらえられるなんて、思い至らなかった」

 ライシスは苦悩するかのように眉を引き下げ、ディミエルに懇願した。

「君と出会ったことを、運命のように感じている。一目見ただけで、俺が探していた女神だってわかったんだ。君さえいれば他の女はいらない。それだけはどうか信じてくれ」

 真剣すぎる瞳に見つめられて、ディミエルはたじろぎながら、胸の前で手をぎゅっと握る。

「そんなの……信じられません」
「信じてくれるまで何度でも伝えるし、これからは君に信頼されるように行動しよう」
「私のことはほっといてほしいんです。これ以上私につきまとわないで下さい」
「それは……」

 ライシスは、辛そうに海色の瞳をディミエルから逸らした。

(できないってこと? そんなに私の側にいたいの? ……どうやったら諦めてくれるのかな)

 二人の間にしばらく沈黙が横たわっていたが、ディミエルは少しして、ためらいがちに口を開いた。

「……わかりました。条件を出します。貴方に薬の材料を採ってきてもらう、というのはどうでしょうか。もし失敗したら、二度と私に話しかけないで下さい。あなたが勝ったら、またお茶でもなんでもつきあいますから」
「いいのか? 俺の腕なら、例えドラゴンの巣窟に薬草があろうと採ってこれるが」
「時間制限をつけますし、少しでも薬草が萎れていたら、失敗扱いにします」
「……ふうん、いいよ。その話乗った。詳しい条件を詰めようか」

 まるで獲物を追う魔物のように、目をギラギラさせるライシス。

 取り返しのつかない提案をしたのではないかと、若干怯えながらも、ディミエルも対抗して笑ってみせた。
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