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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編
第525話 はじめはやっぱり純愛から
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「アラタ、ほれおいひいよお」
「分かったから落ち着いて食べて」
アラタにとって、食事は訓練だ。
様々なものを大量に摂取した上で、激烈な訓練で強靭な身体を作り上げる。
それこそ小学生の頃からやって来たことで、もはや習慣の一部になっている。
だから、SNS映えするような胃も心のもたれるような甘ったるい食事には縁がなかった。
ノエルが一緒に行こうと言うまでは。
「おかわりいってくる」
「はーい」
ノエルの皿には1/3ほど減ったパンケーキが乗っていて、彼女は店のビュッフェゾーンに歩いていく。
ここは元々、果物のトッピングし放題のパンケーキが売りのカフェだった。
だったというのは、第十五次帝国戦役の余波で果物どころか小麦粉の入手すら危ぶまれる事態になったからである。
確かに金とコネにものを言わせればどちらも手に入れることが出来ただろう。
ただそれでは間違いなく採算が合わなくなるし、何よりそこまでの調達力をカフェに求めるのは無理というものだった。
そのレベルの商品調達能力を持つのは、アラタの周りではキングストン商会元会長、コラリス・キングストンくらいのものだ。
今こうしてノエルが皿いっぱいにモモとオレンジを乗せることが出来るのは、戦後復興が進んできた証でもある。
もっと言えば、カナンの国家主権を護る為に戦い抜いてくれた兵士たちのおかげでもある。
アラタは守れなかったものの方が多く、それを忘れることが出来なくて悩んでいるのだが、彼が守ったものだってこうして確かに存在している。
ノエルは席につくと再びパンケーキを土台としたフルーツを食べ始めた。
彼女の食べっぷりがあまりに清々しいものだったから、無意識にそちらを見てしまう。
流石に少し恥ずかしいのか、ノエルの手が止まった。
「……なに?」
「おいしい?」
「うん」
モグモグと食事をしているだけでも、アラタの心は洗われる。
他の人にとってはなんて事のない日常風景でも、血で血を洗う血風の中を駆け抜けてきたアラタにとっては束の間の夢くらい得難いものなのだ。
「この後はどこに行く?」
「アラタどこか行きたいとこある?」
「いや、ノープランだよ」
「ムフフ、じゃあゲームしに行こっか」
「なに? カジノ?」
「アラタは今度ギャンブルしたらあれだからね、あれ」
「あれって?」
「お仕置きする」
「別にいいじゃん」
「アラタはいい加減ギャンブルの才能ない事に気付いてよ。おかわり行ってくる!」
「はいはい」
アラタはあっという間に甘味を食い尽くして2回目のおかわりに向かったノエルの後ろ姿を見送る。
アラタだって男で、生まれつきの性格はだらしなくて、もろもろガサツな人間だ。
それを所属する組織の厳しい規律と果てない向上心で律していただけで、本当は酒を飲みたいし煙草も吸いたいしギャンブルもしたいし女遊びもしたい。
家も部屋も掃除なんて面倒くさいし、食事だって買って来たものをそのまま食べるだけがいい。
「……俺は見栄っ張りなのかな」
また皿に山盛りの果物を乗っけて帰って来たノエルを見て、アラタはふと溢した。
彼の皿はすでに空っぽだが、おかわりに行く気はないらしい。
周りの眼があるから、だらしがない所は見せられない。
横浜明応のエースで、神奈川県を背負う投手で、世代ナンバーワンと呼ばれた逸材という自負がそうさせてきた。
実は異世界人で、剣聖と聖騎士のパーティーメンバーとして、レイフォード公爵の懐刀兼将来の伴侶として、その刀で未来を切り拓く者として、この国を護る者として、ノエル、リーゼ、クリスの幸せな結末を見届ける者として肩肘張って生きてきた。
使命感、生き様、筋を通すため、そう言えば聞こえはいいが、結局のところ自分は他人に良く見られたいから頑張ってきたのかもしれないとアラタは思う。
時々見失う生きる理由と、時々見つけてしまう死ぬ理由。
それはDNAの二重らせん構造のように絡み合って解けない。
本当の自分はどこにあるのか、本当の自分を出せる場所はあるのか、アラタはたまに考えていた。
「アラタ? どうした?」
「いや、何でもない」
「変なの」
「おめーの方が変人だろ。もう行く?」
ノエルがそわそわしているのは、早く次に行きたい確率が80%、トイレに行きたいのが20%だ。
ノエルは首をフルフルと横に振ると、おもむろに立ち上がった。
「お手洗い行ってくる」
どうやら残りの20%だったらしく、アラタは背もたれに体重をかけながら春らしくなってきた四天を見上げてノエルの帰りを待つことにした。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえノエル」
「なにも聞かないで」
「さっきのゲームさ、なんであんなに弱かったの?」
「聞かないでって言ったじゃん!」
ノエルは顔を赤らめながらテーブルの下でアラタの足を蹴っ飛ばした。
「おいこら」
「ご、ごめん。でもアラタが言うから……」
「だってさ、あんなにイキって勝負吹っ掛けてきたのに弱すぎでしょ」
「それは……私もあんまりやったことなかったけどアラタはもっとやったことないだろうなって」
「初心者狩りしようとして返り討ちに遭ったと」
「もー、認めるからやめて!」
「はいはい」
昼間のカフェでは人目を気にしなかったが、夕食は個室のレストランをノエルが予約していた。
カナンでは少ない新鮮な海鮮料理を扱う高級店で、中々予約が取れない。
じゃあノエルが貴族パワーで予約を取ったのかなと思ったアラタだが、意外というか真面目というか、ノエルはかなり前から今日という日を確保していた。
クマリ教絡みの件が直前に重なったせいで、ノエルは気が気ではなかったらしい。
海の無いカナンでは寿司、刺身といった生魚を食べる習慣がほとんどない。
だからこそこの店は物珍しく人気を博しているのだが、アラタにとってはどこか懐かしさを覚える味だった。
刺身、塩焼き、アクアパッツァ、一通りの魚料理を楽しんでいる最中、ふとノエルの表情が曇る。
向かい合う形で食べているアラタもその変化に気付いた。
何か言いたげにしているので、そのまま喋らせるのが吉だ。
「ちょっと嫌な話してもいい?」
「まあ……いいよ」
「結構前にさ、私がアラタのご飯残した時あったじゃないか」
「あったっけ?」
「ほら、エリザベスからの貰い物だって言っていた魚の時の」
「あぁ」
あの時アラタはノエルに対してかなり腹を立てていたが、彼はあまりにも何も知らな過ぎたし、ノエルも説明不足だった。
どっちが悪いとかではなく、どちらにも非があった。
「あの時ね、本当はただ妬ましかっただけだったんだ」
すだれの向こうからお店の人が近づいてくるのが見えた。
そして空気を察してくれたのか踵を返していく。
アラタは気遣いに感謝しつつ、視線を前に戻した。
「せっかく出来た仲間だったのに、敵にデレデレしちゃって。私が初めに好きになったのに、一緒に頑張ってきたのに取られた気がして……そこを剣聖の人格に付け込まれた」
「俺も舞い上がってたからさ、気にすんなよ」
「ごめんねアラタ、楽しんでもらえるように頑張ったけど、やっぱり謝ってからじゃないと前に進めない気がして……ごめんねこんな時に」
「まあ、あれだな」
アラタは箸を置くと、おしぼりで手を拭いてから前に手を伸ばした。
「俺の方こそ、デリカシーなくてすまん。ちゃんと向き合ってやれなくてごめん。けど、ノエルには笑っていてほしい」
アラタがくしゃくしゃとノエルの頭を撫でている間、ノエルは涙を流すのを我慢するので精一杯だった。
せっかくおめかししたのにそれが崩れてしまうのが嫌で、いつもいつも泣いてばかりなのが嫌で、今回ばかりは我慢しようと心に決めていたから。
アラタの手が離れ、ノエルが落ち着いたころを見計らって彼は持論を述べる。
「色々あったけどさ、俺は初めて出会ったのがお前とリーゼで良かったよ。まあ山賊もいたけど。得体の知れない人間に親切にして、居場所をくれて、時間をくれて、好きだと言ってくれて。俺はもう何回も救われてるから、1回や2回くらいすれ違っても気にすんなよ」
ノエルはちり紙で鼻をかむと、グラスを空にしてアルコールの力を借りてから想いを口にした。
「アラタ……好きだ」
「どうも」
「結婚して」
「それはちょっと……」
「ダメかぁ」
「中々ね、毎回ごめんね」
「ううん、気にしないで。その代わりというかさ——」
ノエルは今日一番初め、魔道具工房で受け取った桐の箱に仕舞われたネックレスをテーブルに置いた。
「これ、2つで対になっているんだ。片方もらってくれないかな」
「これ、結局何なの?」
「これはね」
ノエルは片方を手に取ると、魔力を練って宝石に流し込んだ。
魔力を体外に放出したのはアラタも確認しているが、これと言って変化はない。
「はい」
すると今度はそれをアラタに渡してきた。
彼はそれを素直に受け取ると、照明にかざすようにして観察してみる。
「やっぱ魔石なのかな?」
「いや、魔力を蓄積するための触媒にエメラルドを使っているんだ。そのせいで少し色が薄くなっているんだけどね」
「へぇ~」
「魔力流してみて、ゆっくりね」
アラタが促されるままに魔力を流すと、不思議なものを見た。
それは宙に浮かび上がる緑色の文字。
照明が射す中でもはっきりと読み取れるような文字と矢印。
それは、もう片方のネックレスを指しているようだった。
「どういう原理?」
「先に中身を聞いてよ」
「あぁ、どういうこと?」
「空中に魔力が漂う場所であれば、世界中どこでもペアのネックレスが分かる魔道具。厳密には、魔力の持ち主の方を教えてくれるの。ほら」
ノエルがもう片方のネックレスを横にどかしても、矢印の向く方向は変わらない。
確かにとアラタが納得したところで、ノエルがもう片方を差し出す。
「その、もし……もし嫌じゃなかったら。そう! 気が向いたらとかでいいんだ。居場所が分かっちゃうし、そういうの嫌いな人もいるって知ってるから。でも、でもね、私はこれをアラタと交換したいんだ。……どうかな」
ノエルは少し怖くなって、眼をギュッと閉じた。
告白して、フラれて、それでも諦めないでアタックし続けると言えば聞こえはいいが、結局のところ諦められずに付きまとっているという言い方も出来る。
周りと彼女がそう感じないのはアラタの優しさなのかそれとも弱さなのか。
だから、正直いつ厄介者扱いされてもおかしくない現状に、ノエルはいつも怯えていた。
断られたらどうしよう、距離を置かれたらどうしようと。
ただそれ以上にアラタのことが好きで近くに居たい気持ちが勝ってしまうからこのような振る舞いをしているだけで、怖いことに変わりはなかった。
「せめて、これくらいはね」
ノエルの手に暖かい光が下りてきた。
それは若竹色の宝石に吸い込まれて、アラタの個人情報が刻まれていく。
ノエルが目を開けると、それを手に取って首にかける想い人の姿があった。
「大切にするよ」
「アラタァ……」
「いい時間だし、そろそろ出ようか」
「うん、それでね」
「うん?」
「その魔道具、定期的にお互いの魔力を注がないといけないから、それだけは忘れないでね」
「どっちかと言うとノエルが忘れるだろ」
「むっ、そんなことないよ!」
「どうだかね~」
ノエルの立てていた作戦では、B3プランでアラタのことを強引にベッドに連れ込んでしまおうというものがあった。
既成事実さえあればアラタは自分と一緒になってくれるだろうという何とも酷い作戦だ。
アラタがネックレスを受け取ってくれた時点で、B3プランの実行可能性は残されていた。
あとはノエルの心1つで決まるという状況下で、彼女は作戦の見送りを決定した。
勝算がなさそうだとかそうではない。
ただこれじゃないなと思い、もっと正攻法で頑張ろうと思っただけだ。
ドロドロした恋愛じゃなくて、甘酸っぱくて胸が張り裂けそうな、相手の一挙手一投足にやきもきして胸を焦がしそうなものを彼女は御所望だった。
アラタにそのつもりはなくても、無意識のうちに彼はノエルの要求を満たしていたのだ。
それは彼女だってアラタにぞっこんになるだろう。
「アラタ、アラタ」
「んー?」
「だーい好き! アハハー!」
照れ隠しなのか何なのか、ノエルは夜の大通りを爆走していってしまう。
それを笑いながら見ているアラタの首元には、ノエルとお揃いの緑のネックレスがかかっていた。
カナンももうすぐ春になる。
「分かったから落ち着いて食べて」
アラタにとって、食事は訓練だ。
様々なものを大量に摂取した上で、激烈な訓練で強靭な身体を作り上げる。
それこそ小学生の頃からやって来たことで、もはや習慣の一部になっている。
だから、SNS映えするような胃も心のもたれるような甘ったるい食事には縁がなかった。
ノエルが一緒に行こうと言うまでは。
「おかわりいってくる」
「はーい」
ノエルの皿には1/3ほど減ったパンケーキが乗っていて、彼女は店のビュッフェゾーンに歩いていく。
ここは元々、果物のトッピングし放題のパンケーキが売りのカフェだった。
だったというのは、第十五次帝国戦役の余波で果物どころか小麦粉の入手すら危ぶまれる事態になったからである。
確かに金とコネにものを言わせればどちらも手に入れることが出来ただろう。
ただそれでは間違いなく採算が合わなくなるし、何よりそこまでの調達力をカフェに求めるのは無理というものだった。
そのレベルの商品調達能力を持つのは、アラタの周りではキングストン商会元会長、コラリス・キングストンくらいのものだ。
今こうしてノエルが皿いっぱいにモモとオレンジを乗せることが出来るのは、戦後復興が進んできた証でもある。
もっと言えば、カナンの国家主権を護る為に戦い抜いてくれた兵士たちのおかげでもある。
アラタは守れなかったものの方が多く、それを忘れることが出来なくて悩んでいるのだが、彼が守ったものだってこうして確かに存在している。
ノエルは席につくと再びパンケーキを土台としたフルーツを食べ始めた。
彼女の食べっぷりがあまりに清々しいものだったから、無意識にそちらを見てしまう。
流石に少し恥ずかしいのか、ノエルの手が止まった。
「……なに?」
「おいしい?」
「うん」
モグモグと食事をしているだけでも、アラタの心は洗われる。
他の人にとってはなんて事のない日常風景でも、血で血を洗う血風の中を駆け抜けてきたアラタにとっては束の間の夢くらい得難いものなのだ。
「この後はどこに行く?」
「アラタどこか行きたいとこある?」
「いや、ノープランだよ」
「ムフフ、じゃあゲームしに行こっか」
「なに? カジノ?」
「アラタは今度ギャンブルしたらあれだからね、あれ」
「あれって?」
「お仕置きする」
「別にいいじゃん」
「アラタはいい加減ギャンブルの才能ない事に気付いてよ。おかわり行ってくる!」
「はいはい」
アラタはあっという間に甘味を食い尽くして2回目のおかわりに向かったノエルの後ろ姿を見送る。
アラタだって男で、生まれつきの性格はだらしなくて、もろもろガサツな人間だ。
それを所属する組織の厳しい規律と果てない向上心で律していただけで、本当は酒を飲みたいし煙草も吸いたいしギャンブルもしたいし女遊びもしたい。
家も部屋も掃除なんて面倒くさいし、食事だって買って来たものをそのまま食べるだけがいい。
「……俺は見栄っ張りなのかな」
また皿に山盛りの果物を乗っけて帰って来たノエルを見て、アラタはふと溢した。
彼の皿はすでに空っぽだが、おかわりに行く気はないらしい。
周りの眼があるから、だらしがない所は見せられない。
横浜明応のエースで、神奈川県を背負う投手で、世代ナンバーワンと呼ばれた逸材という自負がそうさせてきた。
実は異世界人で、剣聖と聖騎士のパーティーメンバーとして、レイフォード公爵の懐刀兼将来の伴侶として、その刀で未来を切り拓く者として、この国を護る者として、ノエル、リーゼ、クリスの幸せな結末を見届ける者として肩肘張って生きてきた。
使命感、生き様、筋を通すため、そう言えば聞こえはいいが、結局のところ自分は他人に良く見られたいから頑張ってきたのかもしれないとアラタは思う。
時々見失う生きる理由と、時々見つけてしまう死ぬ理由。
それはDNAの二重らせん構造のように絡み合って解けない。
本当の自分はどこにあるのか、本当の自分を出せる場所はあるのか、アラタはたまに考えていた。
「アラタ? どうした?」
「いや、何でもない」
「変なの」
「おめーの方が変人だろ。もう行く?」
ノエルがそわそわしているのは、早く次に行きたい確率が80%、トイレに行きたいのが20%だ。
ノエルは首をフルフルと横に振ると、おもむろに立ち上がった。
「お手洗い行ってくる」
どうやら残りの20%だったらしく、アラタは背もたれに体重をかけながら春らしくなってきた四天を見上げてノエルの帰りを待つことにした。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえノエル」
「なにも聞かないで」
「さっきのゲームさ、なんであんなに弱かったの?」
「聞かないでって言ったじゃん!」
ノエルは顔を赤らめながらテーブルの下でアラタの足を蹴っ飛ばした。
「おいこら」
「ご、ごめん。でもアラタが言うから……」
「だってさ、あんなにイキって勝負吹っ掛けてきたのに弱すぎでしょ」
「それは……私もあんまりやったことなかったけどアラタはもっとやったことないだろうなって」
「初心者狩りしようとして返り討ちに遭ったと」
「もー、認めるからやめて!」
「はいはい」
昼間のカフェでは人目を気にしなかったが、夕食は個室のレストランをノエルが予約していた。
カナンでは少ない新鮮な海鮮料理を扱う高級店で、中々予約が取れない。
じゃあノエルが貴族パワーで予約を取ったのかなと思ったアラタだが、意外というか真面目というか、ノエルはかなり前から今日という日を確保していた。
クマリ教絡みの件が直前に重なったせいで、ノエルは気が気ではなかったらしい。
海の無いカナンでは寿司、刺身といった生魚を食べる習慣がほとんどない。
だからこそこの店は物珍しく人気を博しているのだが、アラタにとってはどこか懐かしさを覚える味だった。
刺身、塩焼き、アクアパッツァ、一通りの魚料理を楽しんでいる最中、ふとノエルの表情が曇る。
向かい合う形で食べているアラタもその変化に気付いた。
何か言いたげにしているので、そのまま喋らせるのが吉だ。
「ちょっと嫌な話してもいい?」
「まあ……いいよ」
「結構前にさ、私がアラタのご飯残した時あったじゃないか」
「あったっけ?」
「ほら、エリザベスからの貰い物だって言っていた魚の時の」
「あぁ」
あの時アラタはノエルに対してかなり腹を立てていたが、彼はあまりにも何も知らな過ぎたし、ノエルも説明不足だった。
どっちが悪いとかではなく、どちらにも非があった。
「あの時ね、本当はただ妬ましかっただけだったんだ」
すだれの向こうからお店の人が近づいてくるのが見えた。
そして空気を察してくれたのか踵を返していく。
アラタは気遣いに感謝しつつ、視線を前に戻した。
「せっかく出来た仲間だったのに、敵にデレデレしちゃって。私が初めに好きになったのに、一緒に頑張ってきたのに取られた気がして……そこを剣聖の人格に付け込まれた」
「俺も舞い上がってたからさ、気にすんなよ」
「ごめんねアラタ、楽しんでもらえるように頑張ったけど、やっぱり謝ってからじゃないと前に進めない気がして……ごめんねこんな時に」
「まあ、あれだな」
アラタは箸を置くと、おしぼりで手を拭いてから前に手を伸ばした。
「俺の方こそ、デリカシーなくてすまん。ちゃんと向き合ってやれなくてごめん。けど、ノエルには笑っていてほしい」
アラタがくしゃくしゃとノエルの頭を撫でている間、ノエルは涙を流すのを我慢するので精一杯だった。
せっかくおめかししたのにそれが崩れてしまうのが嫌で、いつもいつも泣いてばかりなのが嫌で、今回ばかりは我慢しようと心に決めていたから。
アラタの手が離れ、ノエルが落ち着いたころを見計らって彼は持論を述べる。
「色々あったけどさ、俺は初めて出会ったのがお前とリーゼで良かったよ。まあ山賊もいたけど。得体の知れない人間に親切にして、居場所をくれて、時間をくれて、好きだと言ってくれて。俺はもう何回も救われてるから、1回や2回くらいすれ違っても気にすんなよ」
ノエルはちり紙で鼻をかむと、グラスを空にしてアルコールの力を借りてから想いを口にした。
「アラタ……好きだ」
「どうも」
「結婚して」
「それはちょっと……」
「ダメかぁ」
「中々ね、毎回ごめんね」
「ううん、気にしないで。その代わりというかさ——」
ノエルは今日一番初め、魔道具工房で受け取った桐の箱に仕舞われたネックレスをテーブルに置いた。
「これ、2つで対になっているんだ。片方もらってくれないかな」
「これ、結局何なの?」
「これはね」
ノエルは片方を手に取ると、魔力を練って宝石に流し込んだ。
魔力を体外に放出したのはアラタも確認しているが、これと言って変化はない。
「はい」
すると今度はそれをアラタに渡してきた。
彼はそれを素直に受け取ると、照明にかざすようにして観察してみる。
「やっぱ魔石なのかな?」
「いや、魔力を蓄積するための触媒にエメラルドを使っているんだ。そのせいで少し色が薄くなっているんだけどね」
「へぇ~」
「魔力流してみて、ゆっくりね」
アラタが促されるままに魔力を流すと、不思議なものを見た。
それは宙に浮かび上がる緑色の文字。
照明が射す中でもはっきりと読み取れるような文字と矢印。
それは、もう片方のネックレスを指しているようだった。
「どういう原理?」
「先に中身を聞いてよ」
「あぁ、どういうこと?」
「空中に魔力が漂う場所であれば、世界中どこでもペアのネックレスが分かる魔道具。厳密には、魔力の持ち主の方を教えてくれるの。ほら」
ノエルがもう片方のネックレスを横にどかしても、矢印の向く方向は変わらない。
確かにとアラタが納得したところで、ノエルがもう片方を差し出す。
「その、もし……もし嫌じゃなかったら。そう! 気が向いたらとかでいいんだ。居場所が分かっちゃうし、そういうの嫌いな人もいるって知ってるから。でも、でもね、私はこれをアラタと交換したいんだ。……どうかな」
ノエルは少し怖くなって、眼をギュッと閉じた。
告白して、フラれて、それでも諦めないでアタックし続けると言えば聞こえはいいが、結局のところ諦められずに付きまとっているという言い方も出来る。
周りと彼女がそう感じないのはアラタの優しさなのかそれとも弱さなのか。
だから、正直いつ厄介者扱いされてもおかしくない現状に、ノエルはいつも怯えていた。
断られたらどうしよう、距離を置かれたらどうしようと。
ただそれ以上にアラタのことが好きで近くに居たい気持ちが勝ってしまうからこのような振る舞いをしているだけで、怖いことに変わりはなかった。
「せめて、これくらいはね」
ノエルの手に暖かい光が下りてきた。
それは若竹色の宝石に吸い込まれて、アラタの個人情報が刻まれていく。
ノエルが目を開けると、それを手に取って首にかける想い人の姿があった。
「大切にするよ」
「アラタァ……」
「いい時間だし、そろそろ出ようか」
「うん、それでね」
「うん?」
「その魔道具、定期的にお互いの魔力を注がないといけないから、それだけは忘れないでね」
「どっちかと言うとノエルが忘れるだろ」
「むっ、そんなことないよ!」
「どうだかね~」
ノエルの立てていた作戦では、B3プランでアラタのことを強引にベッドに連れ込んでしまおうというものがあった。
既成事実さえあればアラタは自分と一緒になってくれるだろうという何とも酷い作戦だ。
アラタがネックレスを受け取ってくれた時点で、B3プランの実行可能性は残されていた。
あとはノエルの心1つで決まるという状況下で、彼女は作戦の見送りを決定した。
勝算がなさそうだとかそうではない。
ただこれじゃないなと思い、もっと正攻法で頑張ろうと思っただけだ。
ドロドロした恋愛じゃなくて、甘酸っぱくて胸が張り裂けそうな、相手の一挙手一投足にやきもきして胸を焦がしそうなものを彼女は御所望だった。
アラタにそのつもりはなくても、無意識のうちに彼はノエルの要求を満たしていたのだ。
それは彼女だってアラタにぞっこんになるだろう。
「アラタ、アラタ」
「んー?」
「だーい好き! アハハー!」
照れ隠しなのか何なのか、ノエルは夜の大通りを爆走していってしまう。
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