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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編
第519話 神に選ばれなかった人間(神と呼ばれた少女6)
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アラタよりもノエルの方が剣術の腕は上だ。
接近戦において剣聖のクラスは勇者のそれを凌ぐとも言われ、ノエルの剣速は【身体強化】付きのアラタを凌駕していた。
すべて回収したはずの05式隠密兵装、それを身に纏って現れた敵と思しき集団。
その中で最も距離が近く、わざわざ言葉を発して接近をばらした痴れ者にノエルの剣が迫る。
そこから少し遅れてアラタの刀も敵に向けられた。
「流石に速いな」
「アラタ、結構強いよ」
「分かってる」
ノエルの攻撃を下がりながら受け流し、アラタの刀の間合いから脱出した。
剣撃を剣で受け流すのは言葉で言い表すよりも遥かに難しく、ましてや剣聖ノエル・クレストの一撃を完璧にいなしたのは偶然ではありえない。
周囲を囲まれたと悟るや否や、アラタは即座に魔力を地面へと流し込み全方位防御結界用に魔力をプールしておく。
アラタ、ノエルが互いに反対を警戒し、その中心でリーゼが2人をバックアップする構え。
じきに騒ぎを聞きつけた警邏がすっ飛んでくるはず、アラタとリーゼの中にはそういう公算があった。
だがノエルは違う。
警邏に任せきりにするなんて彼女のプライドが許さない。
「アラタ、リーゼ、援護して」
「急ぐな。のらりくらり受け流してればこっちが有利になる」
「相手が逃げるぞ」
「お前らの無事が優先だ」
お前らというのは貴族であるノエルとリーゼの2人。
彼の言う優先事項に自分が入っているとはっきり耳にして、ノエルはブルッと身震いした。
嬉しいのだが、今はそんな場合ではない。
「ここで敵を叩くのが貴族の責務だ」
頑として譲らないノエル、その声を背中で受けたアラタは毎度のことながら迷いに迷っていた。
敵が自分たちの手に負えない場合を想定するのなら、ダラダラと戦って相手が撤退するのを待つしかない。
一方でノエルの言うようにここで逃がせば次いつ捕捉できるのか分からなくなるし、05式は流出してしまう。
損得勘定を計るそろばんの玉が彼の頭の中で弾けていく。
ノエルとリーゼの安全が優先なのは事実だとしても、客観的に見て目の前の敵が自分よりも強いとは思えない。
それこそアラタを倒したければ剣聖オーウェン、勇者レン、賢者ドレイクあたりを連れて来いと言う話になるから。
アラタは周囲を見渡してから、何かを諦めるように嘆息する。
「俺がやる。リーゼはノエルの護衛と俺の支援を」
「分かりました」
「ヤダ! 私も前に出る!」
「あのねぇ」
「ご歓談中の所申し訳ないのだが」
05式を脱ぎ捨てて、下から紺色を基調とした鎧が姿を現した。
敵は8人、皆同じ装備をしているところから察するに、それなりの統率とそれなりの武器入手ルートを持っていそうだ。
「剣聖のお嬢様、まずは貴方からだ」
「上等だ、かかって——」
いきり立つノエルの動きがふと硬直した。
リーゼの表情も一気に険しくなり、アラタだけが状況を把握できない。
その向こう側では敵が薄茶色のスクロールを掲げていた。
あれが何なのか、ノエルとリーゼは良く知っている。
「ノエル……」
「だ、大丈夫なはずだ。剣聖の人格は完全に抑え込んでいる」
「本当ですかねぇ。現人神の器足りうるのか、見せてもらうとしましょうか」
そう言うと男はビリビリと紙を引き裂いた。
ここに至ってもまだアラタはあれが何なのか分かっていない。
ただ2人の様子からして中々にまずいものであることは分かっているだけ。
「リーゼ、あれなに?」
「クラスの補助を底上げする魔道具です。遺物の類でカナンでは自然入手不可能なものです」
「ふーん、ノエルは任せた」
クラスの効果を底上げするのなら、ノエルもリーゼも願ったりかなったりじゃないかとアラタは考えながら敵に突っ込む。
紙を破棄することがトリガーならもう効果が出ていてもおかしくないのだが、生憎アラタはそれを察知することが出来ない。
なにせ彼にはクラスが無いのだから。
アラタは【感知】でノエルが座り込んだことを感じつつ、そちらはリーゼに任せて敵を斬りに向かう。
向こうは全員短めの剣で統一した歩兵、この人数ならアラタの敵ではないだろう。
「殺しはしない」
刀を峰打ちに持ち替えつつ宣言したアラタに対して、敵は殺す気満々だ。
「異物は殺せ!」
先に攻撃が届いたのは、得物の長さと同じでアラタである。
オーソドックスに袈裟に斬り込むと、流石にそれは防がれる。
それでもパワーの乗った斬撃を受け損ねた敵は攻撃を左肩で受けることになり、アラタの手にはグシャリと敵の骨を破砕する感触が返って来た。
「まず1人」
「数で押し殺せ!」
「雑魚が」
勢いに乗ったアラタはそのまま次の敵に斬りかかる。
そこで複数方向から敵の攻撃を同時に受けることになり、彼は一度防御に回る。
先んじて地面に仕込んでおいた魔術を発動させて敵の連携を乱すと、一番距離が近い敵に向かって刀を振る。
「雑魚は貴様だ」
「あっそ!」
刀を止められたアラタは煽られて少しイラついたのか、やや乱暴に蹴りを入れて吹き飛ばす。
ただそのロスは大きく、次々に敵が迫ってくる。
初めは1人で瞬殺と思っていた彼だが、中々どうして上手くいかない。
そうか、クラスの力が底上げされているのなら自分以外が強くなっているのだと、そう彼が気付いた時にはアラタの服に切れ込みが1本入っていた。
08式の下に着込んでいる私服であるからして、傷ついてしまうのは想定内。
ただ敵の強さが少し想定外だとアラタは距離を取るためにリーゼとノエルに近づいた。
敵も包囲網を縮めるものの、即座に襲い掛かってくるようなへまはしない。
「リーゼ、警邏はまだかよ」
「もう来るはずということは、どこかで足止めを食らっているのかも……」
「ったく、仕事してくれ。それよりノエルは?」
「ん゛っ、だ、だ大丈夫だから……」
「全然じゃん」
ノエルの顔色は非常に悪く、ぬかるんだ泥のような顔色をしている。
とにかく青ざめていて、今すぐ寝た方がいいレベルだ。
口では強がっていても、実際かなり辛いはず。
アラタは市街地ゆえに大規模な魔術の使用を躊躇っていて、ノエルもまともに戦えそうにない。
では誰がフロントに立つのかという話だが、残念ながらリーゼもろくな武装をしていないので難しい。
敵の包囲は少しずつ小さくなっていき、アラタが周辺被害を無視して戦うかどうかの決断を迫られていた時だった。
「ほぉ、立ちますか」
「全然よゆうだもん」
剣を杖代わりに立ち上がったノエルの体調は相変わらず最悪の中の最悪。
極限の女の子の日をさらに数段階悪くしたような下の下の下。
それでも立ち上がるノエルを見て、なぜか敵はどよめきながら拍手をする。
その気色悪さと理解不能さはいかにもカルト宗教じみていて、いよいよ本性を現したのかと言いたくなる。
「座っとけ」
「大丈夫」
「向こうの狙いはお前なんだろ? ならじっとしとけ」
「ちっ、違う。敵の狙いは私じゃ——」
「その通り。私たちの狙いは神に選ばれなかった人間、君だ」
バテバテのノエルを尻目に敵と対峙するアラタ、彼に対して剣を向ける敵首魁らしき男は堂々と言い放った。
お前さっきノエルのこと試すだなんだって言ってただろーがと、アラタの脳内は混乱している。
しかし彼に落ち着く間を与えない為か、ただ興奮して口が止まらないだけか敵は話し続ける。
「どうやらそちらの剣聖様はきちんと呪いを制御できているようだから、我々の御神体としての資格を有していると言っても差し支えあるまい。問題なのは君だ、銀星のアラタ」
「クソ宗教に問題児扱いされてもなんとも思わねーよ」
「クラスの無い人間。いや、人間と呼ぶことすらおこがましいほどの存在価値の無さ。我々の世界に君は要らない」
「言うねえ」
アラタは一瞬焦った。
ただの言葉のあやだとは分かっているものの、思いがけず敵が核心を突いてきたのだから。
アラタはこの世界の人間ではない、この世界の人間と同じではない。
我々の世界、つまり異世界は元々彼がいるべき場所ではなく、この世界にアラタが必要とされていないのはれっきとした事実。
そんなミラクルを起こした敵は自分が何を言っているのか真の意味で理解しているわけではなさそうだ。
彼はただ、自分の信じる教義に沿ってアラタを否定しているにすぎないのだから。
「要らない子かぁ。言いえて妙だな」
「我々は君を必ず始末する。そして必ず剣聖を我らの器として迎え入れようぞ。せいぜい怯えて待つといい」
御大層な演説を終えた敵は一斉に剣を鞘に戻した。
これで戦闘を終了し、離脱するつもりらしく05式をその身に纏った。
「逃げられると思ってるならお前ら甘すぎだぜ。もうメンドクセーからまとめて殺す」
「出来るものならな」
敵が逃げる、アラタがそう直感したコンマ数秒後、敵が全員背中を向けて走り始めた。
逃げる方向はてんでバラバラ、これを1人で追跡しきるのは難しい。
「そろそろかな」
アラタがそう呟くと、毛先が跳ねているショートカットの女性が飛び出してきた。
「クリス、敵が逃げた。2係を緊急招集して05式の回収に当たらせろ。敵は見つけ次第ぶち殺せ。それから先生の所であれを……」
「分かった。お前は?」
「敵の親玉っぽい奴を追っかけて仕留める」
「よし、行こう」
アラタ、クリス両名が追跡を開始しようとしているところに待ったをかけるのはノエルだろう。
「アラタ、ダメだ。一度体勢を立て直してからじゃないとダメだ」
「リーゼ、ノエルを守りながら屋敷に戻れ。ベルフェゴールに俺が貸しを作るからそれで戦力にするのと貴族院に寄って近衛局から警備を借りてこい。それで持ちこたえられるはずだ」
「アラタッゲホッゲホッ」
「……ノエルを任せた」
アラタは咳き込むノエルをそのままに、敵の走り去った方向に行ってしまった。
「アラタ…………」
「ノエル、すぐにでも動かないと。立てますか?」
「うん……」
口が乾いて言葉が出ない。
本当は先ほどから言いたいことが山ほどあったのに。
ノエルは自分の不甲斐なさに心底ムカつきながらも、リーゼに促されるまま次の一手に向けて動き出したのだった。
接近戦において剣聖のクラスは勇者のそれを凌ぐとも言われ、ノエルの剣速は【身体強化】付きのアラタを凌駕していた。
すべて回収したはずの05式隠密兵装、それを身に纏って現れた敵と思しき集団。
その中で最も距離が近く、わざわざ言葉を発して接近をばらした痴れ者にノエルの剣が迫る。
そこから少し遅れてアラタの刀も敵に向けられた。
「流石に速いな」
「アラタ、結構強いよ」
「分かってる」
ノエルの攻撃を下がりながら受け流し、アラタの刀の間合いから脱出した。
剣撃を剣で受け流すのは言葉で言い表すよりも遥かに難しく、ましてや剣聖ノエル・クレストの一撃を完璧にいなしたのは偶然ではありえない。
周囲を囲まれたと悟るや否や、アラタは即座に魔力を地面へと流し込み全方位防御結界用に魔力をプールしておく。
アラタ、ノエルが互いに反対を警戒し、その中心でリーゼが2人をバックアップする構え。
じきに騒ぎを聞きつけた警邏がすっ飛んでくるはず、アラタとリーゼの中にはそういう公算があった。
だがノエルは違う。
警邏に任せきりにするなんて彼女のプライドが許さない。
「アラタ、リーゼ、援護して」
「急ぐな。のらりくらり受け流してればこっちが有利になる」
「相手が逃げるぞ」
「お前らの無事が優先だ」
お前らというのは貴族であるノエルとリーゼの2人。
彼の言う優先事項に自分が入っているとはっきり耳にして、ノエルはブルッと身震いした。
嬉しいのだが、今はそんな場合ではない。
「ここで敵を叩くのが貴族の責務だ」
頑として譲らないノエル、その声を背中で受けたアラタは毎度のことながら迷いに迷っていた。
敵が自分たちの手に負えない場合を想定するのなら、ダラダラと戦って相手が撤退するのを待つしかない。
一方でノエルの言うようにここで逃がせば次いつ捕捉できるのか分からなくなるし、05式は流出してしまう。
損得勘定を計るそろばんの玉が彼の頭の中で弾けていく。
ノエルとリーゼの安全が優先なのは事実だとしても、客観的に見て目の前の敵が自分よりも強いとは思えない。
それこそアラタを倒したければ剣聖オーウェン、勇者レン、賢者ドレイクあたりを連れて来いと言う話になるから。
アラタは周囲を見渡してから、何かを諦めるように嘆息する。
「俺がやる。リーゼはノエルの護衛と俺の支援を」
「分かりました」
「ヤダ! 私も前に出る!」
「あのねぇ」
「ご歓談中の所申し訳ないのだが」
05式を脱ぎ捨てて、下から紺色を基調とした鎧が姿を現した。
敵は8人、皆同じ装備をしているところから察するに、それなりの統率とそれなりの武器入手ルートを持っていそうだ。
「剣聖のお嬢様、まずは貴方からだ」
「上等だ、かかって——」
いきり立つノエルの動きがふと硬直した。
リーゼの表情も一気に険しくなり、アラタだけが状況を把握できない。
その向こう側では敵が薄茶色のスクロールを掲げていた。
あれが何なのか、ノエルとリーゼは良く知っている。
「ノエル……」
「だ、大丈夫なはずだ。剣聖の人格は完全に抑え込んでいる」
「本当ですかねぇ。現人神の器足りうるのか、見せてもらうとしましょうか」
そう言うと男はビリビリと紙を引き裂いた。
ここに至ってもまだアラタはあれが何なのか分かっていない。
ただ2人の様子からして中々にまずいものであることは分かっているだけ。
「リーゼ、あれなに?」
「クラスの補助を底上げする魔道具です。遺物の類でカナンでは自然入手不可能なものです」
「ふーん、ノエルは任せた」
クラスの効果を底上げするのなら、ノエルもリーゼも願ったりかなったりじゃないかとアラタは考えながら敵に突っ込む。
紙を破棄することがトリガーならもう効果が出ていてもおかしくないのだが、生憎アラタはそれを察知することが出来ない。
なにせ彼にはクラスが無いのだから。
アラタは【感知】でノエルが座り込んだことを感じつつ、そちらはリーゼに任せて敵を斬りに向かう。
向こうは全員短めの剣で統一した歩兵、この人数ならアラタの敵ではないだろう。
「殺しはしない」
刀を峰打ちに持ち替えつつ宣言したアラタに対して、敵は殺す気満々だ。
「異物は殺せ!」
先に攻撃が届いたのは、得物の長さと同じでアラタである。
オーソドックスに袈裟に斬り込むと、流石にそれは防がれる。
それでもパワーの乗った斬撃を受け損ねた敵は攻撃を左肩で受けることになり、アラタの手にはグシャリと敵の骨を破砕する感触が返って来た。
「まず1人」
「数で押し殺せ!」
「雑魚が」
勢いに乗ったアラタはそのまま次の敵に斬りかかる。
そこで複数方向から敵の攻撃を同時に受けることになり、彼は一度防御に回る。
先んじて地面に仕込んでおいた魔術を発動させて敵の連携を乱すと、一番距離が近い敵に向かって刀を振る。
「雑魚は貴様だ」
「あっそ!」
刀を止められたアラタは煽られて少しイラついたのか、やや乱暴に蹴りを入れて吹き飛ばす。
ただそのロスは大きく、次々に敵が迫ってくる。
初めは1人で瞬殺と思っていた彼だが、中々どうして上手くいかない。
そうか、クラスの力が底上げされているのなら自分以外が強くなっているのだと、そう彼が気付いた時にはアラタの服に切れ込みが1本入っていた。
08式の下に着込んでいる私服であるからして、傷ついてしまうのは想定内。
ただ敵の強さが少し想定外だとアラタは距離を取るためにリーゼとノエルに近づいた。
敵も包囲網を縮めるものの、即座に襲い掛かってくるようなへまはしない。
「リーゼ、警邏はまだかよ」
「もう来るはずということは、どこかで足止めを食らっているのかも……」
「ったく、仕事してくれ。それよりノエルは?」
「ん゛っ、だ、だ大丈夫だから……」
「全然じゃん」
ノエルの顔色は非常に悪く、ぬかるんだ泥のような顔色をしている。
とにかく青ざめていて、今すぐ寝た方がいいレベルだ。
口では強がっていても、実際かなり辛いはず。
アラタは市街地ゆえに大規模な魔術の使用を躊躇っていて、ノエルもまともに戦えそうにない。
では誰がフロントに立つのかという話だが、残念ながらリーゼもろくな武装をしていないので難しい。
敵の包囲は少しずつ小さくなっていき、アラタが周辺被害を無視して戦うかどうかの決断を迫られていた時だった。
「ほぉ、立ちますか」
「全然よゆうだもん」
剣を杖代わりに立ち上がったノエルの体調は相変わらず最悪の中の最悪。
極限の女の子の日をさらに数段階悪くしたような下の下の下。
それでも立ち上がるノエルを見て、なぜか敵はどよめきながら拍手をする。
その気色悪さと理解不能さはいかにもカルト宗教じみていて、いよいよ本性を現したのかと言いたくなる。
「座っとけ」
「大丈夫」
「向こうの狙いはお前なんだろ? ならじっとしとけ」
「ちっ、違う。敵の狙いは私じゃ——」
「その通り。私たちの狙いは神に選ばれなかった人間、君だ」
バテバテのノエルを尻目に敵と対峙するアラタ、彼に対して剣を向ける敵首魁らしき男は堂々と言い放った。
お前さっきノエルのこと試すだなんだって言ってただろーがと、アラタの脳内は混乱している。
しかし彼に落ち着く間を与えない為か、ただ興奮して口が止まらないだけか敵は話し続ける。
「どうやらそちらの剣聖様はきちんと呪いを制御できているようだから、我々の御神体としての資格を有していると言っても差し支えあるまい。問題なのは君だ、銀星のアラタ」
「クソ宗教に問題児扱いされてもなんとも思わねーよ」
「クラスの無い人間。いや、人間と呼ぶことすらおこがましいほどの存在価値の無さ。我々の世界に君は要らない」
「言うねえ」
アラタは一瞬焦った。
ただの言葉のあやだとは分かっているものの、思いがけず敵が核心を突いてきたのだから。
アラタはこの世界の人間ではない、この世界の人間と同じではない。
我々の世界、つまり異世界は元々彼がいるべき場所ではなく、この世界にアラタが必要とされていないのはれっきとした事実。
そんなミラクルを起こした敵は自分が何を言っているのか真の意味で理解しているわけではなさそうだ。
彼はただ、自分の信じる教義に沿ってアラタを否定しているにすぎないのだから。
「要らない子かぁ。言いえて妙だな」
「我々は君を必ず始末する。そして必ず剣聖を我らの器として迎え入れようぞ。せいぜい怯えて待つといい」
御大層な演説を終えた敵は一斉に剣を鞘に戻した。
これで戦闘を終了し、離脱するつもりらしく05式をその身に纏った。
「逃げられると思ってるならお前ら甘すぎだぜ。もうメンドクセーからまとめて殺す」
「出来るものならな」
敵が逃げる、アラタがそう直感したコンマ数秒後、敵が全員背中を向けて走り始めた。
逃げる方向はてんでバラバラ、これを1人で追跡しきるのは難しい。
「そろそろかな」
アラタがそう呟くと、毛先が跳ねているショートカットの女性が飛び出してきた。
「クリス、敵が逃げた。2係を緊急招集して05式の回収に当たらせろ。敵は見つけ次第ぶち殺せ。それから先生の所であれを……」
「分かった。お前は?」
「敵の親玉っぽい奴を追っかけて仕留める」
「よし、行こう」
アラタ、クリス両名が追跡を開始しようとしているところに待ったをかけるのはノエルだろう。
「アラタ、ダメだ。一度体勢を立て直してからじゃないとダメだ」
「リーゼ、ノエルを守りながら屋敷に戻れ。ベルフェゴールに俺が貸しを作るからそれで戦力にするのと貴族院に寄って近衛局から警備を借りてこい。それで持ちこたえられるはずだ」
「アラタッゲホッゲホッ」
「……ノエルを任せた」
アラタは咳き込むノエルをそのままに、敵の走り去った方向に行ってしまった。
「アラタ…………」
「ノエル、すぐにでも動かないと。立てますか?」
「うん……」
口が乾いて言葉が出ない。
本当は先ほどから言いたいことが山ほどあったのに。
ノエルは自分の不甲斐なさに心底ムカつきながらも、リーゼに促されるまま次の一手に向けて動き出したのだった。
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