半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第517話 ミイラ取りをしている時点で常人よりミイラになりやすい(神と呼ばれた少女4)

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「やっぱり人選ミスだったろ」

「……ぐうの音も出ない」

 アラタは刀の手入れをしながら渋々クリスの言葉を受け入れた。
 戦闘力の無い人間を送り込むべきではなかったと後悔している。
 メイソン・マリルボーンとの連絡が途絶えてから3日。
 既にマリルボーン男爵家への連絡と謝罪をしてきたアラタは、メイソンの父親から命に代えても救い出してこいと命令を受けている。
 アラタも勿論救出に向かうつもりだったが、それにしても後悔は先に立たない。

「禁教令の話はどうなってんの?」

「リーゼが言うには時間の問題らしい」

「強制捜査は?」

「それはまだだ。まあ最悪全員殺してしまえばなかったことになるだろ」

「クリスさんさぁ、それじゃ印象悪いでしょ?」

「結果の伴わない印象があっても意味はない」

「それはそうだけどさ」

 以前から少し思想が過激なクリスに、丸くなったアラタは若干引いている。
 大公選の期間中ならアラタも同調して全員ぶち殺しに行くところだが、流石にそれはよろしくない。
 彼らはもう、正体不明のテロ組織ではないのだ。
 貴族院内部に席を持つれっきとした体制側の人間である。
 そんなのが治安維持を名目にまだ無実の人間たちを虐殺したとなれば、世間からの風当たりは想像を絶するだろう。
 そんな人間に御執心のノエルのイメージもがた落ちだし、大公の責任問題にならないとも限らない。
 とにかくいろんな理由で殲滅は見送り、極力穏便な解決方法を模索する。

「普通にメイソンを返してーっていうのじゃダメなのかな」

「それで話が通じるのは単細胞のお前アラタくらいだ」

「褒めてる? 貶してる?」

「貶してる」

「まあどっちでもいいけどさ、何するにしても理由が欲しいな」

「だな。アラタお前少しちょっかいでも出して来たらどうだ? 一発殴られるとか」

 また物騒なことを言い始めたクリスをアラタは諫める。
 そうでもしないと本当にその方向性でいくことになりそうだった。

「暗黒騎士ってさ、クラスの格式的には剣聖とかと同じなんでしょ? それを仕留めたんなら俺だってどうなるか分かんねーよ?」

帝国の剣聖オーウェン・ブラック公国の剣聖ノエル・クレストの戦闘力がまるで違うように、クラスの名前だけに踊らされる必要はないだろう。別にそこまで大した相手ではないと思う」

「怖いなぁ」

「あの銀星のアラタが何を怖じ気付いているんだ」

「もう称号返却しちゃったよ」

「バカ」

「アホ」

 両者ともに罵り合いをはじめ、それと同時にこれ以上は手が出そうだと直感した。
 それはよろしくないと2人の口数は自然と尻すぼみになっていく。
 やがて喧嘩は自然鎮火して、話が元に戻った。

「別に正攻法で行く必要はねーな」

「だな。要するにそこに居たと認識させなければいいわけだ」

「その通り」

 2人は立ち上がると、共に05式を手に取り袖を通した。
 ここはウェストバークレー孤児院敷地内の雑木林。
 アラタのスキル【感知】で周囲に人がいないのは確認済みで、何なら彼らも【気配遮断】で存在感を薄めている。
 本当ならばここにメイソンも参加する予定だったのだが、遅刻している彼を探しに行かなければならないわけだ。
 十中八九、彼はクマリ教に取り込まれた。
 ミイラ取りがミイラになってしまったのだ。

「以降の会話はクリスのスキルでやろう」

「了解」

 隠密行動で真価を発揮する彼女のスキル【以心伝心】。
 早い話、念話能力だ。
 クリスはスキルが起動完了した感触を覚えると、テスト代わりにアラタに話しかける。
 アラタからすれば、頭の中に直接声が聞こえてくる感じだ。

 ——いけるな?

 ——大丈夫。いこうか。

 こうして、メイソン・マリルボーン救出任務が開始された。




 アトラ郊外にあるクマリ教アトラ支部。
 立地も悪ければ建物も賃貸でパッとしない。
 ジャラジャラと金をかけていないのはある意味宗教組織としては正しいのかもしれない。
 そんなことを考えながら、アラタは非常にスムーズに慣れた手つきで窓に手を触れた。
 【感知】には反応が無く、クリスが周囲を見て回ったが同様の結論に至る。
 彼女が周囲を警戒している間に、アラタは空き巣に入ろうとしていた。
 木の枠に嵌められたガラス窓には鍵がかかっていて正攻法では開かない。
 アラタなら障子を破る感覚でパリンといけるのだが、それでは隠密行動の意味がない。

 彼はおもむろに刀を抜くと、柄ではなく刀身の部分を持った。
 当然手が斬れないように気を付けつつも、刃に直接魔力を流し込んでいく。
 折れず、曲がらず、欠けない刀。
 そんなものに魔力を流して強化を施し、物を斬ったらどうなるのか。
 戦争ではついに敵の兜を一刀両断するまでになったアラタ。
 音も立てずに木製の窓枠を破壊するという発想は、彼にとってはありきたりで特に工夫の必要な作業ではなかった。

 ——できた。

 彼はクリスを呼び寄せると、彼女のスキルを介して無言で指示を出す。

 ——窓枠取るから、冷たい空気が入り込まないようにして。

 ——風と火は苦手だ。1分待ってくれ。

 ——じゃあ俺がやるからクリスが窓枠外して。

 ——分かった。

 役割の交代が完了し、アラタが風属性の膜を作る。
 そこに僅かながら火属性魔術で空気を温めることで外気との温度差を悟らせないようにしている。
 いくら最新鋭のステルス装備を身につけていると言っても、魔術を扱うことはリスクが大きい。
 手早く済ませるべく、クリスは迅速かつ丁寧に窓枠を壁から取り外した。
 まずクリスが窓を持ったまま内部に侵入、次いでアラタが入り込む。

 神棚も仏壇も祭壇も何もない、殺風景な部屋だ。
 椅子や机は相応数配置されていて、書類なども積まれていることから考えて、ここはオフィスか何かなのだろう。
 クリスがそっと窓を壁に立てかけている間、アラタは部屋の中を歩き回ってみて回る。

 ——無人かな。

 ——潜伏していたら分からないんじゃないか? 警戒を怠るな。

 ——ハイハイ。

 お母さんのごときクリスの注意にアラタはかったるそうに返事をしつつ、言われたことはきちんと守る。
 【感知】、【気配遮断】をつけっぱなしにして廊下へのドアノブに手を掛けた。

 あれ、なんか変な感じが——

「アラタしゃがめ!」

 しゃがむ隙など無かった。
 上半身をのけ反らせて避けることで精一杯、そして彼の眼の前の木の扉はまるで発泡スチロールのように粉々に砕け散った。

「チッ!」

 クリスはナイフを取り出して廊下に向かって投げつける。
 ただ彼女の立ち位置からでは角度がつき過ぎているせいか大した援護にならない。
 アラタがバク転の要領で背後に飛び、05式のマントがひらひらして視界を覆い隠す。
 非常にまずいと思いながらアラタは魔力を練り上げて全方位攻撃に切り替えた。
 数十発の雷撃を惜しみもなく発動させると、そのまま四方へ繰り出した。
 クリスの居る方にも撃ってしまったが、これは後で謝るしかない。

「やっぱりだめだったか」

 アラタとクリスが敵の存在を認識できなかった理由はシンプル。
 敵も05式隠密兵装を装備していたから。
 確かにメイソンが落ちたとしたらその可能性は大いにあったが、アラタ自身05式を装備した相手と戦った経験はほとんどない。
 なにせ最新中の最新装備、正式に出回っているのは彼が率いる2係の中だけなのだから。

 扉を破壊してきたのはメイソンではない。
 彼にそんな芸当はできやしない。
 オークのような大男は右手に鉈を持ち、左腕には固定型の丸い盾を装備している。
 その奥からもぞろぞろと、揃いも揃って赤黒い外套を羽織った人間たちが距離を詰めてくる。

 ——逃げるか?

 クリスの提案に、アラタも頭を悩ませる。

 ——不法侵入対殺人未遂か。まあ状況的にマリルボーン男爵家長男への洗脳、暴行、恐喝とかが考えられるわけで…………

 ——るか。

 ——無力化な。メイソンを人質にされる前にさっさと片付けるぞ。

 外套を脱ぎ捨て、中から08式防具が露になる。
 アラタもやる気だ。

「異分子は排除せよ!」

 先頭の大男が下知を下したことを皮切りに、両勢力の戦闘が開始された。

※※※※※※※※※※※※※※※

 ここ数日、ノエルが外出する際には必ずリーゼが付き添っている。
 貴族院での執務も家に持ち帰り、在宅で行っている。
 彼女たちが行っていることは確かに公的なものなので、情報セキュリティ的にはよろしくない。
 ただ別に流出したところでそこまで問題の起こるものでもなかった点が持ち出し許可に繋がったのだろう。

 昼過ぎに一度貴族院へ登庁し、書類の提出と必要な荷物を取って来たノエル。
 剣聖のクラスを持つ者としての勘が危険を察知したのは、人通りの多い表通りだった。

「リーゼ」

「はい」

「いるね」

「ですね」

 2人は感知系スキルを持っていない。
 その代わりに【身体強化】とクラスの補正で知覚系を賄っている。
 ノエルは特に躊躇する様子もなく荷物を地面に置くと、剣に手を掛けた。
 リーゼも同様に腰に差した魔術杖を抜く。

「斬っていいよね」

「相手の武装及び戦闘意思を確認してからですよ。もしそうなら自衛権と貴族特権を行使します」

 気づかれたことに気付いたのか、2人の前に不自然に人が集まって来た。
 誰も彼も、見た目はごく普通の一般人だ。
 ただその手には包丁やら金槌やら果てにはピザカッターを持っている人までいる。
 これは武装しているのかどうか分からない。
 ただ1つ確かなことは、彼らは正気ではなく明確な敵意を持っているという事だ。

「ノエル、やっぱり殺しちゃいけません」

「分かった。でも腕くらいは仕方ないかも」

「極力傷つけずに無力化ですよ。いいですね?」

「分かったよもー、そんなに言わなくてもわかるよもー」

 ノエルは久しぶりの対人戦に内心ワクワクしている。
 アラタに言えば変人だと言われるとしても、剣聖として正しいのはこちらの方だ。
 ウル帝国の剣聖オーウェン・ブラックにも言えることだが、剣を振り回して敵を斬るなんて常軌を逸した真似をするには相応の精神力とイカレ具合が必要なのだろう。
 ガラガラと引き抜かれた直刃の剣は血に飢えている。

「かかってこい」

 クマリ教アトラ支部に続いて、貴族院近郊の大通りでも戦闘が勃発したのだった。
 クマリ教の目的も、狙いも、トップも、まだ何も明らかになっていない。
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