半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第495話 網の目から零れ落ちた物

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「なぁ、俺たちは最新魔道具のテストが仕事なんだよな?」

 貴族院近衛局教導部 魔道具試験課 第2係のエルモはそう呟いた。
 独り言のようにも受け取れるし、隣にいる係長のアラタに問いかけたようにも思える。

「そう簡単に新しいのが開発できるわけねーだろ。それに説明したじゃん。そういうのは1係の仕事なの」

「はぁ~あ、泣く子も黙る1192小隊が炊き出しねぇ……」

 どこか不満げなエルモに対し、給食当番の小中学生にしか見えないキィは楽しそうに話しかけた。

「エルモさんは剣よりおたま持ってる方が似合ってるよ」

「そりゃどーも」

 今日彼らは、ウェストバークレー孤児院の敷地で炊き出しの任務に従事していた。
 任務といってもそんな大したものではない。
 貴族院が統括している農耕局と水産局の共同イベントに2係が駆り出されたのだ。
 お前らどうせ暇なんだから手伝えと、そう傲慢に命令された。
 バートンやデリンジャーが『なにおう!?』と喧嘩腰になりかけたのをアラタが一喝して制止、暇なのは事実なのだからたまには社会奉仕くらいするべと腰を上げた。
 ウェストバークレー孤児院といえば仰々しいが、そこは普段アラタが頻繁に出入りしていた孤児院だった。
 元Aランク冒険者シャーロット・バーンスタインをはじめとした第十四次帝国戦役の従軍者、それからリリーのような教会の人間らで運営される非営利法人は、親のいない子供や仕事の無い人間、家計を支える男手が戦争で死亡した家庭などへの支援を行っていた。
 金の出所は寄付や貴族院からの支援金なので、国が行っている公共サービスとも言える。
 晴れて公務員になったアラタたちにこの仕事が回ってくるのは、十分想定できたことだった。

「アラタさん、ちょっといいですか」

「はーい」

 黒装束にエプロンを着けたアラタを呼んだのは、農耕局のテラ―だった。
 彼は炊き出し用の鍋や寸胴が並べられている場所からアラタを連れ出すと、孤児院の裏手で秘密の相談を始めた。

「まあまあ座ってください」

 そう促されるまま、アラタは勝手口の前の階段に腰かけた。

「何かアクシデントですか?」

 アラタとテラーという男との付き合いは数週間になる。
 戦争孤児や未亡人の生活支援を立ち上げたアラタだったが、右も左も分からない彼に手取り足取り活動の具体的な方法を教えてくれたのは、ほかならぬテラーだ。
 その代わりと言ってはなんだが、テラーや農耕局の手に余る案件をアラタは偶に受けていた。
 テラーは額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら切り出した。

「察していただいて助かります」

「ですよねー」

「度々で申し訳ないのですが、魔物の討伐依頼です」

「ギルドはどうですか?」

「正直あちらは手一杯といいますか、戦争でかなりの数の冒険者がいなくなりましたし……」

「確かに。話を逸らしてすんません、内容を」

 テラーは荷物カバンの中からハードケースに収められた紙を取り出してアラタに渡した。
 どうやらもう正式な依頼のフォーマットに従って書類が出来上がっているらしい。
 アラタなら特にごねることもなく受けてくれるだろうという、信頼と依存が籠められた文書だ。

「2,3質問いいですか?」

「どうぞどうぞ」

「従軍で戦闘員が減ったのは理解しますが、魔物の活性化の理由はどこに?」

「はぁ、それがさっぱりでして。依頼内容もその調査までとなっております」

「なるほど。でもテラーさん、魔物を討伐してもまたすぐに湧きますよ? 元を叩くか現地住民を鍛え上げないと」

 テラーは別に詰められているわけでもないのに汗を拭い続けている。
 真冬だというのに、珠のような汗が額を伝う。
 会話の内容が聞こえない程遠くから見れば、テラーがアラタに詰められているように見えなくもない。

「もういっそのこと地方移住者を募るっていうのは?」

「あー……多分それは駄目です」

「どうしてですか?」

「実利はともかく、感情的に見れば地方に追いやられたと考えるのが普通でしょうし、未開拓領域近くは普通に危険なんですよ。アラタさんみたいに魔物より強ければ気にしないでしょうけど……まあそんな感じでよろしくないです」

「なるほど」

「地方への移住は確かに進めたいですよ? 農耕局の上の方もいつもそう考えています。でも現実的じゃないんですよ。それならせめて現地の人に安心してもらえるくらいの仕事はしようというのが趣旨なんです」

「色々と大変ですね」

「恐縮です」

「まあとにかく、魔物討伐と活性化原因の調査は受けさせてもらいます。うちの連中も定期的に訓練しないと鈍るんで」

「感謝します」

 話がまとまったところで、アラタは立ちあがってテラーの肩を叩いた。

「孤児院は少し留守になってしまうので、欠員の補充は農耕局でお願いしますね。あと近衛局への連絡も忘れずにお願いします。あとで俺が怒られちゃうので」

「お任せください」

 こうしてアラタたち2係は、カナン公国西部未開拓領域近くの魔物討伐に乗り出したのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

 カナン公国の西部には人類の文化圏ではない領域、未開拓両機が広がっている。
 その広さは全くの未知数で、世界の果てを見た者はまだいないとされている。
 国と未開拓領域の境界は非常に曖昧かつ流動的に変化する。
 開拓者が前に進めば国土が広がり、退がれば狭まる。
 そんな未開拓領域近くの村、ナモン村、ダオ村の中間付近にアラタの怒号が響いていた。

「狼に正面から魔術を撃つな! 躱されるに決まってんだろ!」

「アラタさんは撃ってたじゃないですか!」

「当たればいいんだよ!」

「もう無茶苦茶だ!」

 フォレストウルフに遠距離から火球を撃って躱されたカロンは、アラタに叱られながら剣を手にした。
 臭いなどを敏感に察知して警戒している狼に対して、魔術攻撃をヒットさせるのはかなり難しい。
 アラタの言ったように、それが遠距離となればなおさらのことだ。
 カロンを含む2係の人間は歴戦の強者だが、一挙手一投足すべてに隙が無いかと言われると少し怪しい。
 それはアラタも同じ話で、一通りの行動の中にもっとこうすればよかった、こうするべきだったと絶えず反省と改善を繰り返している。
 練度の高さとは行動と振り返りの試行回数そのものであり、アラタたちはそのことをよく理解していた。
 だからたまに経験値を稼がなければ腕が落ちることも良く知っている。
 アラタは自分も戦いつつ全体の指揮、他の面々がフロントを張っている。
 2人1組、場合によっては3人1組で魔物を倒していく。
 そうなれば当然組み合わせによってペースに違いが出てきて、大まかな格付けが出来るようになる。
 アラタは除外して、今までならアーキムかキィのいる組がトップだったのだが——

「どういうこっちゃ」

 クリスの戦いぶりを見て、エルモは呆気にとられた。
 この女、随分と久しぶりに見たと思ったらかなり腕を上げている。
 今のところの魔物討伐数は明らかなトップ。
 それもペアは戦闘があまり得意では無いリャン・グエル。
 彼の持つスキル【魔術効果減衰】は強力だが、そもそもこのレベルの魔物は魔術を使ってこない。
 明らかに不利な条件で、彼女は成果を上げていた。

「バートンさん、俺たち負けてますよ」

 カロンは心底悔しそうにしながらそう言った。
 彼もかなりの負けず嫌いで、それが成長の原動力になっている。

「ペースを上げるぞ」

 そしてそれに乗っかったバートン。
 2人の狩猟速度が上がると、周りもそれに引っ張られて活気付く。
 やる気があるのはいいことだとアラタは目を細め、クリスは無言で魔物を切り続ける。
 そんな2係の訓練兼依頼が終了したのは、日が落ちて3時間ほどが経過した午後8時過ぎのことだった。

「みんなお疲れー」

「「「お疲れ様です」」」

 今夜はここに夜営するので、各自仕事を終えたのちに一度焚火を中心に集合した。
 それぞれの顔が下から照らされていて、少し怖い。

「えーみんなもね、これでクリスの実力が分かってもらえたと思うので、これから共に励むように。俺からは以上なんだけど、何かある人」

 簡単なミーティングで締めようとしてくれたアラタに対して、手を挙げたのはデリンジャーだ。

「今日1日で任務完了ですか?」

「その予定だよ」

「魔物の活性化原因の特定がまだですが」

「それは普通に無理だ。人手が足りない」

 アラタの代わりに応えたのはバートンだった。
 彼は戦闘もいけるくちだが、どちらかといえば頭脳労働の方が得意である。
 脳味噌に詰め込んだ大量の知識を活かして隊を支える。

「農耕局もそれは分かっていたはず。だなアラタ」

「まあ、そうなんじゃね?」

「魔物の活性化には季節的な周期に加えて、もっと長いスパンでの周期が存在する。今回は食物連鎖の複数階層で大規模な魔物の発生があるし、辺境の人手も随分と戦争に吸われた。ある程度の増加は元々分かっていた話だ」

「じゃあ農耕局はそれを分かっていて自分たちに話を振ってきたんですか?」

 デリンジャーはようやく状況を把握するに至る。
 バートン、リャン、エルモ辺りは初めから分かっていて、アラタはそもそも農耕局の人間が言うことを何一つ信用していない。
 別に彼らのことが好きだとか嫌いだとかではなく、そういう気質なのだ。

「ま、ほどほどにして帰るべ」

 結局その一言で、2係の遠征は終了することとなった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「エイダン、行かないでちょうだい」

 心が張り裂けそうなほど、か細く弱弱しい声だった。
 声の持ち主の頬は痩せこけていて、それと同じように体も細かった。
 特段食べるものが不足しているというわけではないが彼女は痩せていた。
 暖炉では薪の残りかすが燻っていて、部屋は暗く少し寒い。
 青年はそんな家からまるで出ていくかのような大荷物を背負って玄関に立っていた。
 男の名前はエイダンというらしく、瞳には暗い光を宿していた。

「母さん、俺は行くよ」

「命を捨てないで」

「死なないように生きるとして、帝国の様子を窺いながら生きなければならないのなら、そんなのは死んでいるのと同じだ」

「ウル帝国の人が全て悪いわけではないわ」

「……行ってくる」

 エイダンは母親の制止を振り切って家を出た。
 その首元には1匹の白蛇が巻き付いている。

 ——報いを受けさせてやる。
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