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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編
第494話 去る者と来る者
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「寿退社……じゃないんだけどね」
「出世退社か?」
「まあ強いて言うならそんな感じかな」
アーキム・ラトレイアは名前の通り、ラトレイア伯爵家に名を連ねる者だ。
それも末席ではなく、きちんとした血筋の持ち主。
先代当主ビヨンド・ラトレイアは大公選の折にウル帝国と内通しており、のちに席を追われている。
その後は当主代理という形で家をまとめていたブレア・ラトレイアという男がいたのだが、彼もまた帝国と内通していた。
伯爵家の社会的信用が地に落ちた後だというのに、彼の帝国に対する忠誠心は大層なものだったらしい。
結局彼は死罪、代理を継承したのはノーリス・ラトレイア。
彼は、彼こそはウル帝国と通じていませんようにと満を持して当主の座を継承しようとしている。
アーキムはノーリスの息子だ。
巡り巡って自分の父親が伯爵になることになって、順当にいけばその内彼が次の当主になる。
そんな人間にいつまでも裏稼業を任せるのは体裁がつかないという事で、彼は僅か数週間で冒険者を引退することになった。
そしてそれは八咫烏、第1192小隊と続いてきた特殊部隊からの脱退を意味していた。
彼は今日剣を捨て、本格的な貴族の一員となって領地経営と議会運営に精を出すのだ。
アラタはラトレイア家に向かうのに際して、クリスを連れて行った。
彼女も八咫烏時代にアーキムと共に仕事をした仲で、アラタたち8人が集合する場所に行く必要があった。
まあ色々と用事があるのだ。
ラトレイア家は公国の南東方面に広大な領地を持つ貴族で、首都に構えているのは本邸ではなく別邸だ。
それでも議会が首都で開催される関係上、当主は1年のほとんどをこちらで過ごす。
ビヨンドも、ブレアも、2名ともここに居ながらにして、帝国と繋がっていたのだ。
黒く艶のある門扉は、客人がやってくると自動的に開く。
人感機能のある魔道具と自動扉の仕組みは、それだけで新築の家が1軒建ちそうな金額を要する。
アラタは毎回のことながら、『おぉー』と感嘆の声を漏らす。
クリスは表情を変えないままただ先に進むだけ。
屋敷前の庭園を進んでいくと、よく見た背格好の男が正面入り口の前で待っていた。
「おっす、元気?」
気軽に声をかけたアラタの格好はよく言えば質素、悪く言えば地味で貧相。
一方アーキムは濃い緑がかった黒のスーツ。
見るからに高そうだし、彼は実によく着こなしている。
それでもこの服を着てもし似合わなかったらと思うと、試着するだけで相応の緊張感が生まれそうだとアラタは思った。
アーキムは『そこそこだ』とぶっきらぼうに返すと扉を開けた。
「入れ。全員そろっている」
アラタの屋敷と違い、ラトレイア家は基本的に土足だ。
特定の部屋や区画以外は全部土足、もしかしたらその方が楽なこともあるのかもしれない。
土足だから、眼に見えないレベルでは不衛生であることに違いはないだろう。
ただ、眼に見える分には屋敷の中は極度に清潔に保たれているように見えた。
暗めの色の床は石材を使っていて、本当に少しだが顔が映るくらいピカピカに磨かれている。
隙間にホコリは1つもなく、廊下に取り付けられた燭台は光り輝いていた。
「照明の魔道具使わんの?」
アラタの家はほぼすべてが魔力で動く、いわばハイテク家屋だった。
アーキムは無言で人差し指と親指をこすり合わせた。
「これがない」
金がないのだと、そう言われたアラタは記憶を掘り返してみる。
そう言えばブレア中将への処罰の中に、伯爵家に対する罰金刑が定められていた気がした。
謀反を起こさないように力を削ぎ落しておく。
基本中の基本だ。
「クリスは大公選以来になるな。その目はどうした?」
黒目と金目のオッドアイ。
アーキムも先ほどから気になっていたらしい。
クリスはありのままを話す。
「半分自分の眼で、半分義眼のようなものだ」
「見えるのか?」
「むしろ前よりもよく見える」
「まあ、視力が回復して何よりだな」
「あぁ」
アラタとクリスがかつて2人きりで黒装束として活動していたころ、彼らはこの屋敷に強制捜査に入っている。
ドアを蹴破って戦闘員を蹴散らし駆け抜けた廊下を再び通っていくと、見覚えのある部屋の前に辿り着いた。
「ここだ」
そう言いながらアーキムはドアを開けた。
そこにはアラタにとってのいつもの面子、クリスにとっては懐かしい顔ぶれと知らない顔が少し。
「隊長遅刻……じゃないか」
カロンはアラタをイジろうとしたものの、まだ予定の時間まで5分も残されていた。
アラタはカロンを無視して全体に挨拶する。
「みんなお疲れ様」
「「「お疲れ様です隊長」」」
「はい、じゃあ後はアーキムよろしく」
アラタは入室して早々、アーキムに全て投げた。
彼がグダグダ前置きしても仕方ない。
「いきなりか」
「そ、よろしく」
「分かった。あー……」
アラタとクリスが席につき、アーキムが扉の前に立つ。
自分を除いた8人が全員こちらを向いていて、自分の発言に注目が集まっている。
まるで自分が隊長になったみたいな、そんな感じだった。
「俺は今日をもって、冒険者を引退する。理由はラトレイア家の仕事に専念するためだ、分かって欲しい。特務警邏、黒狼、八咫烏、公国軍第1192小隊、ほんの少しだが冒険者。誰にでも出来る仕事じゃなかった。誰にでもチャンスがある生き方じゃなかった。剣林弾雨を潜り抜けてここまで生き残ったんだ、俺はまだ走り続ける。みんな、今までありがとう。そしてこれからもよろしく」
別れのスピーチは、非常に短かった。
アーキムらしいと言えばらしいが、少し寂しく物足りなさもある。
それでも今生の別れとなるわけでもあるまいしと、全員そのまま流すことにした。
主役の挨拶が終わったところで、アラタから話がある。
「アーキムは部隊を去るけど、俺たちも異動だ」
アラタは荷物の中から8枚の書類を取り出した。
それぞれ書かれている内容はほぼ同じ、違うのは記された名前だけ。
配られた紙を受け取ったリャンがアラタに訊いた。
「貴族院近衛局教導部 魔道具試験課 第2係ですか」
「そ。俺たちは公務員になるのです」
アラタは高らかにそう宣言したが、アーキムを含めて納得のいっていない顔が多い。
彼らの視線を一気に浴びて、アラタの笑顔にも陰りが見える。
「隊長、冒険者は中立だって言ってましたよね?」
「……まあね」
「軍と貴族院の両方と距離を取るならこれしかないって言ってましたよね?」
「……言った、言ったかなー?」
「隊長!」
席から立ち上がったのはカロンだ。
彼はこの中でも貴族院に対する目が厳しい。
アラタは詰められてタジタジだ。
「俺は別に公務員なんかなりたくない。ただ隊長たちと一緒に仕事ができればそれでよかった。冒険者でよかったのに、何で貴族院なんですか。隊長だって本意ではないでしょ!」
「まあ、軍内部であれだけ不祥事が重なればな。高度な政治的判断というやつだ」
「隊長!」
「カロン、その辺でやめとけ」
アラタに噛みつくカロンを止めたのは、エルモだった。
彼も今回の命令には思うところがあったが、アーキムを快く送り出したかったのと、アラタがこの決定を受ける決断をするにあたって相応に悩んだことを察していた。
アラタだって、貴族にはいい思い出がない。
カロンだって、それは分かっている。
ただ彼の場合は、人より少しだけ割り切れない理由というのが大きく多かっただけだ。
「……分かりましたよ。やりますよ、やらせていただきますよ」
「ごめんね、助かる」
「1つ貸しです」
「わかった」
うちのぐーたら悪魔みたいなことを言うんだなとアラタは怠惰の悪魔を思い出す。
その隙にというかなんというか、今度はデリンジャーが切り出した。
「で、アラタさん、そこに御一緒の方は一体?」
「あぁ、クリスだ。みんなに挨拶して」
「クリスだ、よろしく」
——何も新しい情報がねえ。
恐らく今日一番みんなの意見が一致した瞬間だった。
「ま、こんな感じでよろしく。クリスには2係に参加してもらう。アーキムの代役と思ってくれ」
この件はすでにアーキムには伝えてあるので、今更彼が何か言うわけではない。
しかしながら、他の面子にはいま初めて伝えた。
カロンに代わり、今度はデリンジャーが噛みつく。
「女性ですか」
「ダメか?」
「いえ、別に」
アラタは自分が率いる組織ながら、なんて火種の多い職場なんだと頭を抱えた。
いたるところに爆薬と着火剤が仕掛けられていて、些細な振動で簡単に爆発する。
「デリンジャー、今のうちに言いたいこと言っておきな」
「いえ、自分は大丈夫です」
カロンよりは大人なデリンジャーは人のことを下げるような発言は慎んでいる。
だから、頭の中で考えるだけで声に出したりは決してしていないと断言できる。
しかし、それが命取りだ。
「クリス、使っていいよ」
「……女は戦えないか」
クリスの入隊に懐疑的な視線を向けていたデリンジャーの視線は驚きを隠せなかった。
自分は口にしていないのに、彼女は自分の心の内を言い当てたのだから。
「足手纏い、余計な気遣いの手間、なるほどなるほど」
「いや、自分はそこまでは……」
クリスのスキル【以心伝心】は脅威だ。
なにせ考えていることが垂れ流しになってしまうのだから。
ある程度精神力が強ければ簡単に弾くこともできるから、決して万能ではない。
それでも今のデリンジャーのように、心が揺らいでいる人間の脳内を覗き見ることくらいは非常にイージーだった。
「アラタ、なんとかしてほしいと頼んでいるぞ」
「はいはい。クリスもあんまりイジメないでね」
デリンジャーが彼女のヤバさを認識したところで、アラタが両者の間に割って入る。
言葉足らずなクリスに代わって、アラタが彼女を紹介する。
「レイフォード家の武装メイド、特殊配達課、黒装束、八咫烏と渡り歩いてきたクリスだ。俺は特配課の終わりの頃から一緒だった。脱走した俺以外の特配課唯一の生き残り、八咫烏の初期メンバー、今は俺と一緒でBランク冒険者。こんな感じで口下手な奴だから、お前らから絡んでやってくれ」
「隊長、こうなること分かってて放置しましたよね」
「俺の予想通りにクリスの実力を疑って、期待通りのリアクションをしてくれてありがとう」
まんまとアラタの掌の上で転がされたデリンジャーは赤面すると、クリスに向かって手を差し出した。
「大変失礼いたしました。これからよろしくお願いします」
「初対面で舐められるのは慣れている。これからは気を付けろ」
2人が仲直りしたところで、この集まりの目的は大方達成した。
アーキムは今後も首都にいるとはいえ、一緒に行動することはほとんどなくなる。
その代わりに加入したクリスが、今後は2係の副官として腕を振るうのだ。
「じゃあみんな」
そう言いながら、アラタは拳を前に差し出した。
他のメンバーもそれに倣って握り拳を差し出していく。
円陣の真ん中で、9人の拳が集合した。
「アーキムの門出とクリスの活躍を願って、いくぞ!!!」
「「「応!!!」」」
「出世退社か?」
「まあ強いて言うならそんな感じかな」
アーキム・ラトレイアは名前の通り、ラトレイア伯爵家に名を連ねる者だ。
それも末席ではなく、きちんとした血筋の持ち主。
先代当主ビヨンド・ラトレイアは大公選の折にウル帝国と内通しており、のちに席を追われている。
その後は当主代理という形で家をまとめていたブレア・ラトレイアという男がいたのだが、彼もまた帝国と内通していた。
伯爵家の社会的信用が地に落ちた後だというのに、彼の帝国に対する忠誠心は大層なものだったらしい。
結局彼は死罪、代理を継承したのはノーリス・ラトレイア。
彼は、彼こそはウル帝国と通じていませんようにと満を持して当主の座を継承しようとしている。
アーキムはノーリスの息子だ。
巡り巡って自分の父親が伯爵になることになって、順当にいけばその内彼が次の当主になる。
そんな人間にいつまでも裏稼業を任せるのは体裁がつかないという事で、彼は僅か数週間で冒険者を引退することになった。
そしてそれは八咫烏、第1192小隊と続いてきた特殊部隊からの脱退を意味していた。
彼は今日剣を捨て、本格的な貴族の一員となって領地経営と議会運営に精を出すのだ。
アラタはラトレイア家に向かうのに際して、クリスを連れて行った。
彼女も八咫烏時代にアーキムと共に仕事をした仲で、アラタたち8人が集合する場所に行く必要があった。
まあ色々と用事があるのだ。
ラトレイア家は公国の南東方面に広大な領地を持つ貴族で、首都に構えているのは本邸ではなく別邸だ。
それでも議会が首都で開催される関係上、当主は1年のほとんどをこちらで過ごす。
ビヨンドも、ブレアも、2名ともここに居ながらにして、帝国と繋がっていたのだ。
黒く艶のある門扉は、客人がやってくると自動的に開く。
人感機能のある魔道具と自動扉の仕組みは、それだけで新築の家が1軒建ちそうな金額を要する。
アラタは毎回のことながら、『おぉー』と感嘆の声を漏らす。
クリスは表情を変えないままただ先に進むだけ。
屋敷前の庭園を進んでいくと、よく見た背格好の男が正面入り口の前で待っていた。
「おっす、元気?」
気軽に声をかけたアラタの格好はよく言えば質素、悪く言えば地味で貧相。
一方アーキムは濃い緑がかった黒のスーツ。
見るからに高そうだし、彼は実によく着こなしている。
それでもこの服を着てもし似合わなかったらと思うと、試着するだけで相応の緊張感が生まれそうだとアラタは思った。
アーキムは『そこそこだ』とぶっきらぼうに返すと扉を開けた。
「入れ。全員そろっている」
アラタの屋敷と違い、ラトレイア家は基本的に土足だ。
特定の部屋や区画以外は全部土足、もしかしたらその方が楽なこともあるのかもしれない。
土足だから、眼に見えないレベルでは不衛生であることに違いはないだろう。
ただ、眼に見える分には屋敷の中は極度に清潔に保たれているように見えた。
暗めの色の床は石材を使っていて、本当に少しだが顔が映るくらいピカピカに磨かれている。
隙間にホコリは1つもなく、廊下に取り付けられた燭台は光り輝いていた。
「照明の魔道具使わんの?」
アラタの家はほぼすべてが魔力で動く、いわばハイテク家屋だった。
アーキムは無言で人差し指と親指をこすり合わせた。
「これがない」
金がないのだと、そう言われたアラタは記憶を掘り返してみる。
そう言えばブレア中将への処罰の中に、伯爵家に対する罰金刑が定められていた気がした。
謀反を起こさないように力を削ぎ落しておく。
基本中の基本だ。
「クリスは大公選以来になるな。その目はどうした?」
黒目と金目のオッドアイ。
アーキムも先ほどから気になっていたらしい。
クリスはありのままを話す。
「半分自分の眼で、半分義眼のようなものだ」
「見えるのか?」
「むしろ前よりもよく見える」
「まあ、視力が回復して何よりだな」
「あぁ」
アラタとクリスがかつて2人きりで黒装束として活動していたころ、彼らはこの屋敷に強制捜査に入っている。
ドアを蹴破って戦闘員を蹴散らし駆け抜けた廊下を再び通っていくと、見覚えのある部屋の前に辿り着いた。
「ここだ」
そう言いながらアーキムはドアを開けた。
そこにはアラタにとってのいつもの面子、クリスにとっては懐かしい顔ぶれと知らない顔が少し。
「隊長遅刻……じゃないか」
カロンはアラタをイジろうとしたものの、まだ予定の時間まで5分も残されていた。
アラタはカロンを無視して全体に挨拶する。
「みんなお疲れ様」
「「「お疲れ様です隊長」」」
「はい、じゃあ後はアーキムよろしく」
アラタは入室して早々、アーキムに全て投げた。
彼がグダグダ前置きしても仕方ない。
「いきなりか」
「そ、よろしく」
「分かった。あー……」
アラタとクリスが席につき、アーキムが扉の前に立つ。
自分を除いた8人が全員こちらを向いていて、自分の発言に注目が集まっている。
まるで自分が隊長になったみたいな、そんな感じだった。
「俺は今日をもって、冒険者を引退する。理由はラトレイア家の仕事に専念するためだ、分かって欲しい。特務警邏、黒狼、八咫烏、公国軍第1192小隊、ほんの少しだが冒険者。誰にでも出来る仕事じゃなかった。誰にでもチャンスがある生き方じゃなかった。剣林弾雨を潜り抜けてここまで生き残ったんだ、俺はまだ走り続ける。みんな、今までありがとう。そしてこれからもよろしく」
別れのスピーチは、非常に短かった。
アーキムらしいと言えばらしいが、少し寂しく物足りなさもある。
それでも今生の別れとなるわけでもあるまいしと、全員そのまま流すことにした。
主役の挨拶が終わったところで、アラタから話がある。
「アーキムは部隊を去るけど、俺たちも異動だ」
アラタは荷物の中から8枚の書類を取り出した。
それぞれ書かれている内容はほぼ同じ、違うのは記された名前だけ。
配られた紙を受け取ったリャンがアラタに訊いた。
「貴族院近衛局教導部 魔道具試験課 第2係ですか」
「そ。俺たちは公務員になるのです」
アラタは高らかにそう宣言したが、アーキムを含めて納得のいっていない顔が多い。
彼らの視線を一気に浴びて、アラタの笑顔にも陰りが見える。
「隊長、冒険者は中立だって言ってましたよね?」
「……まあね」
「軍と貴族院の両方と距離を取るならこれしかないって言ってましたよね?」
「……言った、言ったかなー?」
「隊長!」
席から立ち上がったのはカロンだ。
彼はこの中でも貴族院に対する目が厳しい。
アラタは詰められてタジタジだ。
「俺は別に公務員なんかなりたくない。ただ隊長たちと一緒に仕事ができればそれでよかった。冒険者でよかったのに、何で貴族院なんですか。隊長だって本意ではないでしょ!」
「まあ、軍内部であれだけ不祥事が重なればな。高度な政治的判断というやつだ」
「隊長!」
「カロン、その辺でやめとけ」
アラタに噛みつくカロンを止めたのは、エルモだった。
彼も今回の命令には思うところがあったが、アーキムを快く送り出したかったのと、アラタがこの決定を受ける決断をするにあたって相応に悩んだことを察していた。
アラタだって、貴族にはいい思い出がない。
カロンだって、それは分かっている。
ただ彼の場合は、人より少しだけ割り切れない理由というのが大きく多かっただけだ。
「……分かりましたよ。やりますよ、やらせていただきますよ」
「ごめんね、助かる」
「1つ貸しです」
「わかった」
うちのぐーたら悪魔みたいなことを言うんだなとアラタは怠惰の悪魔を思い出す。
その隙にというかなんというか、今度はデリンジャーが切り出した。
「で、アラタさん、そこに御一緒の方は一体?」
「あぁ、クリスだ。みんなに挨拶して」
「クリスだ、よろしく」
——何も新しい情報がねえ。
恐らく今日一番みんなの意見が一致した瞬間だった。
「ま、こんな感じでよろしく。クリスには2係に参加してもらう。アーキムの代役と思ってくれ」
この件はすでにアーキムには伝えてあるので、今更彼が何か言うわけではない。
しかしながら、他の面子にはいま初めて伝えた。
カロンに代わり、今度はデリンジャーが噛みつく。
「女性ですか」
「ダメか?」
「いえ、別に」
アラタは自分が率いる組織ながら、なんて火種の多い職場なんだと頭を抱えた。
いたるところに爆薬と着火剤が仕掛けられていて、些細な振動で簡単に爆発する。
「デリンジャー、今のうちに言いたいこと言っておきな」
「いえ、自分は大丈夫です」
カロンよりは大人なデリンジャーは人のことを下げるような発言は慎んでいる。
だから、頭の中で考えるだけで声に出したりは決してしていないと断言できる。
しかし、それが命取りだ。
「クリス、使っていいよ」
「……女は戦えないか」
クリスの入隊に懐疑的な視線を向けていたデリンジャーの視線は驚きを隠せなかった。
自分は口にしていないのに、彼女は自分の心の内を言い当てたのだから。
「足手纏い、余計な気遣いの手間、なるほどなるほど」
「いや、自分はそこまでは……」
クリスのスキル【以心伝心】は脅威だ。
なにせ考えていることが垂れ流しになってしまうのだから。
ある程度精神力が強ければ簡単に弾くこともできるから、決して万能ではない。
それでも今のデリンジャーのように、心が揺らいでいる人間の脳内を覗き見ることくらいは非常にイージーだった。
「アラタ、なんとかしてほしいと頼んでいるぞ」
「はいはい。クリスもあんまりイジメないでね」
デリンジャーが彼女のヤバさを認識したところで、アラタが両者の間に割って入る。
言葉足らずなクリスに代わって、アラタが彼女を紹介する。
「レイフォード家の武装メイド、特殊配達課、黒装束、八咫烏と渡り歩いてきたクリスだ。俺は特配課の終わりの頃から一緒だった。脱走した俺以外の特配課唯一の生き残り、八咫烏の初期メンバー、今は俺と一緒でBランク冒険者。こんな感じで口下手な奴だから、お前らから絡んでやってくれ」
「隊長、こうなること分かってて放置しましたよね」
「俺の予想通りにクリスの実力を疑って、期待通りのリアクションをしてくれてありがとう」
まんまとアラタの掌の上で転がされたデリンジャーは赤面すると、クリスに向かって手を差し出した。
「大変失礼いたしました。これからよろしくお願いします」
「初対面で舐められるのは慣れている。これからは気を付けろ」
2人が仲直りしたところで、この集まりの目的は大方達成した。
アーキムは今後も首都にいるとはいえ、一緒に行動することはほとんどなくなる。
その代わりに加入したクリスが、今後は2係の副官として腕を振るうのだ。
「じゃあみんな」
そう言いながら、アラタは拳を前に差し出した。
他のメンバーもそれに倣って握り拳を差し出していく。
円陣の真ん中で、9人の拳が集合した。
「アーキムの門出とクリスの活躍を願って、いくぞ!!!」
「「「応!!!」」」
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