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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編
第492話 重戦士の見上げた空
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アラタ・チバは異世界人だ。
彼は元の世界で、武道というものを経験したことがほとんどない。
あるのは学校での柔道の授業だけ。
あれは相手を倒すというよりも、安全な受け身の取り方や基礎的な技の体系をなぞることに重きを置いている。
安全な日本では、その方が自然なカリキュラムだろう。
従って彼は、異世界に来て初めて刀を握った。
転生時に神に与えられた一級品の刀。
折れず、曲がらず、劣化しない。
しかし如何せん使い方が分からない。
冒険者として行動を共にするノエルに教えを乞うても、まったく理解不能な言葉しか話さない。
やれ刃をスッと通すだの、グッと溜めてバシッと斬るだの、まったく参考にならなかった。
そんなアラタが剣術の師を探し求めたのは、これも自然な成り行きだった。
アラタは人力で動かすタイプのモノでは最大クラスのリヤカーを引きながら、孤児院の門をくぐった。
その敷地内にある林の中には、アラタに縁のある者たちの墓がある。
墓を建てる許可を得ることが出来たのは、そこが元々戦死者を弔うために使用されていたことが1つ。
そしてもう1つは、アラタがここを取り仕切る人間に師事していたからだった。
「あっ! アラタが来た!」
褐色の男の子が声をあげると、外で遊んでいた子供たちが一斉に彼の方を見た。
子供たちがアラタを見るその目は、期待と希望にあふれていた。
戦場では怨念と殺意と敵意しか向けられなかったアラタも、帰ってきて随分と立場が変わった。
子供たちが一斉にアラタの方へと駆けていく。
「アラター今日のご飯はなに?」
「遊んで! 遊んで!」
「みんな! アラタさんの邪魔しちゃだめ!」
「マリーはアラタの前ではいい子なんだな」
「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」
子供の声というのは総じて高い。
キンキンよく響くし、声量もある。
こうも大人数で押しかけられると、アラタは比喩でも何でもなく体調不良を起こしてしまう。
ノエルのくれた耳栓で何とか耐えているものの、早急にこの場から立ち去りたかった。
そんな時助け舟を出してくれるのは、やはり大人だった。
「みんな~おやつの時間ですよ~」
「「「はーい!」」」
先ほどまでアラタに群がっていたのがウソのようにはけていく。
流石にこの教会兼孤児院を運営している人は子供の扱い方を熟知している。
シスターのような出で立ちの女性、リリーは子供たちが建物に入っていくところを見届けるとアラタのところへやって来た。
「いつもすみません。今回もこんなにたくさん」
「気にしないでください。やりたくてやらせてもらっているので」
「いつも本当にありがとうございます。中に入れてしまいましょうか」
リヤカーを勝手口に回している間、アラタはリリーの後ろを歩いていた。
とりとめもない会話をしながらも、彼は別のことを並行して考えている。
この国で、特定の宗教を信仰している人間というのをほとんど見たことがない。
アラタは日本人なので、特に何とも思っていなかったのだが、後々になって少し変だと思った。
日本人だって何かの宗教を信仰していることが大半で、表に出ないだけで形式上はそうなっている。
でもノエルは無宗教だ。
リーゼも、クリスも、もちろんシルも。
宗教による国家統治は元の世界でよくあるスタイルだったが、カナン公国もウル帝国もその形式をとっているようには見えない。
何がどう変なのか、まだアラタは明快に説明することが出来ない。
ただ言い現わしようのない漠然とした違和感だけが胸に残る。
「…………さん? アラタさん?」
「あっ、すみません」
少し考えすぎたと我に返る。
アラタの目の前には不思議そうな顔をしたリリーが彼の方を見ていた。
「荷物降ろしましょうか」
「そうっすね。結構ありますしちゃっちゃといきましょう!」
※※※※※※※※※※※※※※※
「で、リリーとはそれだけ?」
「……? はい」
シャーロット・バーンスタインは長い溜息をついた。
こいつマジで……という様子のものだ。
「前からそんなにぶっきらぼうだったかしら」
「愛想がある方ではないですよね」
「あぁ……うん。前からそんな感じだったわね」
ここは孤児院の敷地内、ただ先ほどの建物とは少し離れている。
シャーロットの戦友たち、アラタの戦友たち、その両方が眠る墓のすぐ近く。
林の中の開けた原っぱ。
今は冬だから芝生も茶色をしていて、ところどころ剥げた地面が顔をのぞかせている。
シャーロットが幅15cmはあろうかという太い剣と、大型の丸盾を手に取った。
彼女の上背はアラタよりもさらに上、実に190cm。
横幅もアラタより太く、体格勝負では珍しくアラタが敗けていた。
「あんたも抜きな」
シャーロットが武器を構える。
アラタは袋から刀を取り出すと、それを腰のホルスターに差した。
鞘に付いた紐、下緒で上手く固定されるようにできていて、普通にしている分には刀が抜けることはない。
刀以外の装備は全て普通、つまり戦闘向きではない。
裏がツルツルの革靴に、黒のズボン。
白シャツはなんの防御力も有していない。
戦争中の装備と比べれば、3段も4段も劣る装備。
それでもアラタはまるで意に介さないようで、するりと刀を抜いた。
「リリーが治せる範囲の怪我ならオーケーよね?」
「いいですよ」
「……どれだけ力を付けたか見てやる」
先に突っ込んだのは、師匠シャーロット。
弟子のアラタはそれを待ち受ける。
【身体強化】、【痛覚軽減】、【感知】を起動、他のスキルは起動一歩手前で待機。
魔力を練り上げ体と刀を強化する。
魔術はまだ発動させず、地面に流し込むだけで放置。
クラス【重戦士】がアラタを間合いに収めた。
「おぉお!」
盾で身を護りつつ、大上段から剣を振り下ろした。
カウンターを狙うにしても、まずは盾の防御をかいくぐらないといけない。
そもそもその前に、彼女の攻撃を受けるか躱すかしなければならないのが難しい。
アラタが選んだのは後者、受けずに躱すためにバックステップを取った。
彼が数瞬前まで立っていた地面が粉々になり、付近に流していた魔力が無駄になる。
魔力は外に流してもコントロールが効いていればある程度滞留するのだが、手や足が離れて制御を失うと途端に安定性を欠くようになる。
要するに、霧散してしまうのだ。
アラタは地面に着地すると付近に残った魔力と再接続し、極力ロスを減らそうと試みる。
それと同時に、何もせず無駄打ちは避けたいと魔術を起動させた。
雷撃10発、まずは観察と分析から入る。
シャーロットも彼の意図を汲んだのか、前に突き進みながら叫んだ。
「近接術師もここまで様になるとはねぇ!」
「どうも」
「だが肝心の格闘術がお粗末!」
躱すことが出来ないタイミング。
それは確かに存在する。
例えば、膝が伸び切った状態でタイミングよく横薙ぎの攻撃が到達する場合。
再度ジャンプをする事も、しゃがみこむこともできないのだから、アラタは攻撃を受けるしかなかった。
シャーロットは雷撃を盾と肉体で受けながらアラタを斬りつける。
【重戦士】の耐久性はかなり高い。
アラタの魔術とはいっても、初級の雷撃くらいでは大して効かない。
シャーロットの攻撃はアラタから見て右側から襲い来る。
対してアラタは鋒を地面に向けて彼女の刃を受ける体勢。
甲高い金属音と共に、刀の刃の上を剣が駆け抜ける。
構えた刀を【身体強化】で持ち上げながらアラタは受けた。
着地の瞬間膝を抜くように曲げ、上に力を逃がす余裕を作る。
シャーロットの剣が頭上を通過するのに合わせて、アラタは手首を返した。
雲の隙間をすり抜けるように受け流せば、今度はアラタが斬り込む番。
左一文字、アラタは胴を打ちにいった。
「うふふ、やるわね」
——誘い込まれたのか。
やけにすんなりと斬撃を撃ち込めた感触を覚えたのも束の間、アラタは目の前を阻む大きな盾に圧されて吹き飛ばされた。
ただのシールドバッシュも、元Aランク冒険者をもってすれば致命的なダメージを与えることが可能になる。
下手に受ければそれだけでゲームオーバーの攻撃を、器用に右足の裏で受けた。
足首、膝、股関節をクッション代わりにして突進力をやわらげつつ、それを推進力に変換する。
アラタはシャーロットの盾を蹴飛ばすように飛び退くと、空中にありながら魔術を展開した。
「むっ」
目くらまし……あんたも好きだね。
シャーロットの視界には、煙に隠れる直前のアラタが白い仮面を取り出すのが見えた。
黒装束のことは彼女も知っている。
そしてアラタのスキル【気配遮断】は彼女との訓練の最中に発現したものだから、これも知っている。
そこから導き出された結論は……
【敵感知】起動。
火球と水弾の大規模行使により、ここら一帯は濃い霧に包まれた。
アラタのことを知っているシャーロットは、何よりもまずスキルと魔道具を併用した不意打ちに警戒を払う。
【重戦士】である彼女は不意打ちの類に強い耐性を保持しているので、そこまで後手に回る必要があったのかは定かではない。
ただ、黒装束とスキルの併用は彼女の警戒網をすり抜けるかもしれないと畏れさせるだけの力があった。
シャーロットが霧の中でアラタの存在を認知してから5秒。
距離は未だ遠いままだった。
スキル【敵感知】はホルダーに対して敵意を持つ存在を知覚することのできるスキル。
いわゆる第六感に大別される系統の能力で、同じ名前でも能力には個人差があった。
彼女の場合、敵の大まかな位置や人数を把握することが可能だ。
それに不意打ちも検知することが出来る優れもの。
その反面、中々どうして攻撃の種類までは分からなかった。
剣を振るのか、魔術を使ってくるのか、拳で向かってくるのか。
ただ1つ言えるのは、シャーロットがアラタの攻撃モーションを悟ったということである。
「チッ、近接じゃないのかい!」
シャーロットは悪態をつきながら剣と盾を振り回し、周囲の霧を払いのける。
20m以上離れたアラタの姿が見えるようになったころ、彼の準備も完成する。
「持てる全てで勝ちに行く。姐さんに教わったことです」
「だからってここまでやるかね」
アラタの目の前には、シャーロットの方を向いた15本の光の槍が並んでいた。
彼の得意魔術、雷槍。
生身かつ無抵抗の人間なら一撃で絶命可能な危険な魔術。
それを15本、つまりシャーロットは15回死ねる。
流石の【重戦士】もこれは受け切れないと、彼女は回避機動に入ろうとした。
そんな彼女の足を、植物の蔦はよく絡めとっていた。
「くっっそ!」
シャーロットが足に絡む蔦を切り裂いてから回避に移るよりも速く、アラタの雷槍が彼女に直撃した。
それも15本分まとめて全て。
普通の人間ならとっくに死んでいるはずなのだが、霧が晴れた丘には仰向けになって寝転んでいるシャーロットの姿があった。
厚い胸板が上下していて、呼吸をしていることが分かる。
「俺の勝ちですね。初めて勝った」
「まったく、やりすぎだよ」
重戦士の見上げた空は、今にも雨か雪が降り始めそうなくらい薄暗かった。
彼は元の世界で、武道というものを経験したことがほとんどない。
あるのは学校での柔道の授業だけ。
あれは相手を倒すというよりも、安全な受け身の取り方や基礎的な技の体系をなぞることに重きを置いている。
安全な日本では、その方が自然なカリキュラムだろう。
従って彼は、異世界に来て初めて刀を握った。
転生時に神に与えられた一級品の刀。
折れず、曲がらず、劣化しない。
しかし如何せん使い方が分からない。
冒険者として行動を共にするノエルに教えを乞うても、まったく理解不能な言葉しか話さない。
やれ刃をスッと通すだの、グッと溜めてバシッと斬るだの、まったく参考にならなかった。
そんなアラタが剣術の師を探し求めたのは、これも自然な成り行きだった。
アラタは人力で動かすタイプのモノでは最大クラスのリヤカーを引きながら、孤児院の門をくぐった。
その敷地内にある林の中には、アラタに縁のある者たちの墓がある。
墓を建てる許可を得ることが出来たのは、そこが元々戦死者を弔うために使用されていたことが1つ。
そしてもう1つは、アラタがここを取り仕切る人間に師事していたからだった。
「あっ! アラタが来た!」
褐色の男の子が声をあげると、外で遊んでいた子供たちが一斉に彼の方を見た。
子供たちがアラタを見るその目は、期待と希望にあふれていた。
戦場では怨念と殺意と敵意しか向けられなかったアラタも、帰ってきて随分と立場が変わった。
子供たちが一斉にアラタの方へと駆けていく。
「アラター今日のご飯はなに?」
「遊んで! 遊んで!」
「みんな! アラタさんの邪魔しちゃだめ!」
「マリーはアラタの前ではいい子なんだな」
「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」
子供の声というのは総じて高い。
キンキンよく響くし、声量もある。
こうも大人数で押しかけられると、アラタは比喩でも何でもなく体調不良を起こしてしまう。
ノエルのくれた耳栓で何とか耐えているものの、早急にこの場から立ち去りたかった。
そんな時助け舟を出してくれるのは、やはり大人だった。
「みんな~おやつの時間ですよ~」
「「「はーい!」」」
先ほどまでアラタに群がっていたのがウソのようにはけていく。
流石にこの教会兼孤児院を運営している人は子供の扱い方を熟知している。
シスターのような出で立ちの女性、リリーは子供たちが建物に入っていくところを見届けるとアラタのところへやって来た。
「いつもすみません。今回もこんなにたくさん」
「気にしないでください。やりたくてやらせてもらっているので」
「いつも本当にありがとうございます。中に入れてしまいましょうか」
リヤカーを勝手口に回している間、アラタはリリーの後ろを歩いていた。
とりとめもない会話をしながらも、彼は別のことを並行して考えている。
この国で、特定の宗教を信仰している人間というのをほとんど見たことがない。
アラタは日本人なので、特に何とも思っていなかったのだが、後々になって少し変だと思った。
日本人だって何かの宗教を信仰していることが大半で、表に出ないだけで形式上はそうなっている。
でもノエルは無宗教だ。
リーゼも、クリスも、もちろんシルも。
宗教による国家統治は元の世界でよくあるスタイルだったが、カナン公国もウル帝国もその形式をとっているようには見えない。
何がどう変なのか、まだアラタは明快に説明することが出来ない。
ただ言い現わしようのない漠然とした違和感だけが胸に残る。
「…………さん? アラタさん?」
「あっ、すみません」
少し考えすぎたと我に返る。
アラタの目の前には不思議そうな顔をしたリリーが彼の方を見ていた。
「荷物降ろしましょうか」
「そうっすね。結構ありますしちゃっちゃといきましょう!」
※※※※※※※※※※※※※※※
「で、リリーとはそれだけ?」
「……? はい」
シャーロット・バーンスタインは長い溜息をついた。
こいつマジで……という様子のものだ。
「前からそんなにぶっきらぼうだったかしら」
「愛想がある方ではないですよね」
「あぁ……うん。前からそんな感じだったわね」
ここは孤児院の敷地内、ただ先ほどの建物とは少し離れている。
シャーロットの戦友たち、アラタの戦友たち、その両方が眠る墓のすぐ近く。
林の中の開けた原っぱ。
今は冬だから芝生も茶色をしていて、ところどころ剥げた地面が顔をのぞかせている。
シャーロットが幅15cmはあろうかという太い剣と、大型の丸盾を手に取った。
彼女の上背はアラタよりもさらに上、実に190cm。
横幅もアラタより太く、体格勝負では珍しくアラタが敗けていた。
「あんたも抜きな」
シャーロットが武器を構える。
アラタは袋から刀を取り出すと、それを腰のホルスターに差した。
鞘に付いた紐、下緒で上手く固定されるようにできていて、普通にしている分には刀が抜けることはない。
刀以外の装備は全て普通、つまり戦闘向きではない。
裏がツルツルの革靴に、黒のズボン。
白シャツはなんの防御力も有していない。
戦争中の装備と比べれば、3段も4段も劣る装備。
それでもアラタはまるで意に介さないようで、するりと刀を抜いた。
「リリーが治せる範囲の怪我ならオーケーよね?」
「いいですよ」
「……どれだけ力を付けたか見てやる」
先に突っ込んだのは、師匠シャーロット。
弟子のアラタはそれを待ち受ける。
【身体強化】、【痛覚軽減】、【感知】を起動、他のスキルは起動一歩手前で待機。
魔力を練り上げ体と刀を強化する。
魔術はまだ発動させず、地面に流し込むだけで放置。
クラス【重戦士】がアラタを間合いに収めた。
「おぉお!」
盾で身を護りつつ、大上段から剣を振り下ろした。
カウンターを狙うにしても、まずは盾の防御をかいくぐらないといけない。
そもそもその前に、彼女の攻撃を受けるか躱すかしなければならないのが難しい。
アラタが選んだのは後者、受けずに躱すためにバックステップを取った。
彼が数瞬前まで立っていた地面が粉々になり、付近に流していた魔力が無駄になる。
魔力は外に流してもコントロールが効いていればある程度滞留するのだが、手や足が離れて制御を失うと途端に安定性を欠くようになる。
要するに、霧散してしまうのだ。
アラタは地面に着地すると付近に残った魔力と再接続し、極力ロスを減らそうと試みる。
それと同時に、何もせず無駄打ちは避けたいと魔術を起動させた。
雷撃10発、まずは観察と分析から入る。
シャーロットも彼の意図を汲んだのか、前に突き進みながら叫んだ。
「近接術師もここまで様になるとはねぇ!」
「どうも」
「だが肝心の格闘術がお粗末!」
躱すことが出来ないタイミング。
それは確かに存在する。
例えば、膝が伸び切った状態でタイミングよく横薙ぎの攻撃が到達する場合。
再度ジャンプをする事も、しゃがみこむこともできないのだから、アラタは攻撃を受けるしかなかった。
シャーロットは雷撃を盾と肉体で受けながらアラタを斬りつける。
【重戦士】の耐久性はかなり高い。
アラタの魔術とはいっても、初級の雷撃くらいでは大して効かない。
シャーロットの攻撃はアラタから見て右側から襲い来る。
対してアラタは鋒を地面に向けて彼女の刃を受ける体勢。
甲高い金属音と共に、刀の刃の上を剣が駆け抜ける。
構えた刀を【身体強化】で持ち上げながらアラタは受けた。
着地の瞬間膝を抜くように曲げ、上に力を逃がす余裕を作る。
シャーロットの剣が頭上を通過するのに合わせて、アラタは手首を返した。
雲の隙間をすり抜けるように受け流せば、今度はアラタが斬り込む番。
左一文字、アラタは胴を打ちにいった。
「うふふ、やるわね」
——誘い込まれたのか。
やけにすんなりと斬撃を撃ち込めた感触を覚えたのも束の間、アラタは目の前を阻む大きな盾に圧されて吹き飛ばされた。
ただのシールドバッシュも、元Aランク冒険者をもってすれば致命的なダメージを与えることが可能になる。
下手に受ければそれだけでゲームオーバーの攻撃を、器用に右足の裏で受けた。
足首、膝、股関節をクッション代わりにして突進力をやわらげつつ、それを推進力に変換する。
アラタはシャーロットの盾を蹴飛ばすように飛び退くと、空中にありながら魔術を展開した。
「むっ」
目くらまし……あんたも好きだね。
シャーロットの視界には、煙に隠れる直前のアラタが白い仮面を取り出すのが見えた。
黒装束のことは彼女も知っている。
そしてアラタのスキル【気配遮断】は彼女との訓練の最中に発現したものだから、これも知っている。
そこから導き出された結論は……
【敵感知】起動。
火球と水弾の大規模行使により、ここら一帯は濃い霧に包まれた。
アラタのことを知っているシャーロットは、何よりもまずスキルと魔道具を併用した不意打ちに警戒を払う。
【重戦士】である彼女は不意打ちの類に強い耐性を保持しているので、そこまで後手に回る必要があったのかは定かではない。
ただ、黒装束とスキルの併用は彼女の警戒網をすり抜けるかもしれないと畏れさせるだけの力があった。
シャーロットが霧の中でアラタの存在を認知してから5秒。
距離は未だ遠いままだった。
スキル【敵感知】はホルダーに対して敵意を持つ存在を知覚することのできるスキル。
いわゆる第六感に大別される系統の能力で、同じ名前でも能力には個人差があった。
彼女の場合、敵の大まかな位置や人数を把握することが可能だ。
それに不意打ちも検知することが出来る優れもの。
その反面、中々どうして攻撃の種類までは分からなかった。
剣を振るのか、魔術を使ってくるのか、拳で向かってくるのか。
ただ1つ言えるのは、シャーロットがアラタの攻撃モーションを悟ったということである。
「チッ、近接じゃないのかい!」
シャーロットは悪態をつきながら剣と盾を振り回し、周囲の霧を払いのける。
20m以上離れたアラタの姿が見えるようになったころ、彼の準備も完成する。
「持てる全てで勝ちに行く。姐さんに教わったことです」
「だからってここまでやるかね」
アラタの目の前には、シャーロットの方を向いた15本の光の槍が並んでいた。
彼の得意魔術、雷槍。
生身かつ無抵抗の人間なら一撃で絶命可能な危険な魔術。
それを15本、つまりシャーロットは15回死ねる。
流石の【重戦士】もこれは受け切れないと、彼女は回避機動に入ろうとした。
そんな彼女の足を、植物の蔦はよく絡めとっていた。
「くっっそ!」
シャーロットが足に絡む蔦を切り裂いてから回避に移るよりも速く、アラタの雷槍が彼女に直撃した。
それも15本分まとめて全て。
普通の人間ならとっくに死んでいるはずなのだが、霧が晴れた丘には仰向けになって寝転んでいるシャーロットの姿があった。
厚い胸板が上下していて、呼吸をしていることが分かる。
「俺の勝ちですね。初めて勝った」
「まったく、やりすぎだよ」
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