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第6章 公国復興編
第477話 自分のための選択
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「アラタ」
1192小隊の索敵担当、キィはノエルの元を離れてアラタの所へとやって来た。
さっきからアラートが脳内で鳴り響いている。
「分かってる。お前はノエルのところに戻れ」
「これヤバいよ。軍隊みたいな規模だよ」
広範囲に使える【感知】を持つアラタも、キィと同じ感触を得ていた。
どう考えたって山賊の規模感ではない。
それこそキィの言うように、れっきとした軍隊の規模だ。
アラタたち黒装束、ノエル、それからエミル少佐麾下の1個中隊。
少佐はレイクタウンに残っているから別行動、アラタたちは彼らと共に街の近くに巣食う武装ゲリラの掃討に来ていた。
当初アラタたちは、エミル少佐たちこそがこの辺りを縄張りとしている武装ゲリラなのではないかと疑っていた。
今もその懸念が完全に払拭されたわけではないが、少し考えが変わってきている。
レイクタウンにいる少佐の管理下にある兵士崩れたちとは、また少し違う集団がこの辺りにいることが分かったから。
数は明らかに自分たちより多く、もしかしたら500名を超えるかもしれない規模感。
戦争とまではいかなくても、一勝負できるくらいの戦力だ。
「隊長どうします?」
「まだ何とも判断がつかない」
「じゃあエルモさんは?」
「俺も~」
年上2人に訊いたところで、こいつらからまともな答えが返ってくると期待するのは間違っている。
カロンは最後の砦、リャンに話を振った。
「リャンさんは?」
リャンは辺りを見回した。
周辺にはアラタたち以外にも、敵か味方か釈然としない元兵士たちが集まっている。
彼はカロンの耳元に口を近づけて、そっと耳打ちした。
「少佐たちがシロなら、ゲリラは敵なので殲滅します。クロなら組んでいる可能性が高いので任務の難易度が跳ね上がります」
「クロだったらどうするんです?」
「アラタの本気が見れるかも、といったところでしょうか」
「……だいぶヤバいですね」
2人が顔を見合わせている頃、アラタは別の問題に頭を悩ませていた。
ノエルをどうするか。
戦わせてもいいのか、それとも逃がすべき?
逃がす場合、キィたちだけではもしもの時に対応しきれない。
やはり自分がいなければ、そう考えている。
しかし自分ごとノエルを逃がすとなると、こちらを眺めているであろうゲリラたちに背を向けることになる。
それでは本末転倒だ。
ではどうするか。
完膚なきまでに敵を圧倒し、ノエルを手元に置きながら勝利する。
しかしこれにも問題がある。
だからアラタは悩んでいるのだ。
「アラタ殿!」
エミル少佐の部下、ラーク中尉がやって来た。
彼はアラタたちと行動を共にする1個中隊を率いている。
「どうしました?」
「物見からの報告で、武装ゲリラがレイクタウンに向けて動き出したみたいです」
「なるほど」
「大規模な戦闘が予測されます。アラタ殿には我々に御同行いただければと」
「部下たちも一緒ならいいですよ」
「もちろんです。決まったということでいいですね?」
「えぇ」
「ではいきましょう!」
なんか芝居臭いなと思う。
出来過ぎというか、レイクタウンで仕込みでもしていたのかな?
もう全てが疑わしく見えてきて、アラタにとって何が真実なのか分からなくなってきた。
ただ、主観的な感想としては、限りなくクロに近づいたとも言える。
アラタは見通しの利かない霧の中を、何も持たずに歩いているような気分だった。
それでも任務を遂行し、ノコノコついてきたノエルを守り抜かなければならない。
アラタの負担は増すばかりだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
城壁の外側にある建物は、みんな帝国軍によって破壊されてしまった。
レイクタウン攻囲戦における、帝国軍の悪行の1つである。
それが今回は味方をした。
アラタたちが地上5, 6mはある城壁の上から敵を見下ろす視界は非常にクリアに確保されていた。
家が無事だったら、こうはいかなかっただろう。
「どうします?」
「リャンはどう思う?」
「敵は公国軍の残党、味方も同じ。繋がっている可能性を否定するのは無理では?」
「だよなあ」
アラタはまた、天秤を前にして揺れている。
天秤の皿の上に乗っているうちの片方は、鍵だ。
レイクタウンにいるエミル少佐たちがシロなのかクロなのかを確かめるための、正解へと続いている鍵。
もう片方の皿に乗っているのは、たった1人の女の子。
ここに居るはずの無かった女性だ。
「ふぅー…………」
カナン公国東部の治安を改善し、安定化させるためには前者の皿に手を掛けるしかない。
答えを知らなければ、エミル少佐たちがクロだった時に対応できないから。
以前までのアラタだったら、間違いなく迷うことなく鍵を取っていた。
だが、彼はここにきてまだ悩んでいる。
自分に取れる解決策では2つを両取りできるものは持ち合わせていない。
じゃあ白黒はっきりさせるために、ノエルを危険に晒すのか、自分の手の届かないところに放置するのか、それが躊躇われる。
公国軍の装備を身につけた武装集団たちは、アラタたち防衛サイドの目と鼻の先までやって来ていた。
悩ましい、非常に悩ましい。
もっといい方法があるのではないか、そう思えてならないが、名案が浮かぶわけでもない。
浮かない顔をしているアラタを見て、隣に立つリャンは彼の背中を叩いた。
「おっ」
「迷ったなら、自分のために選択していいと思います」
「けどなぁ」
「今まで散々他人のために頑張って来たんです、アラタだって、もう自分のために生きていいんですよ」
「自分の為……かぁ」
「心の赴くままに、ただ心の望む在り方を選べばいいんです。それなら答えだって絞れるはずでしょ?」
彼が本音を隠すようになったのは、異世界に転生する前からだ。
高校球児だった彼に対して、嵐のような誹謗中傷に、高校生の精神状態を考えないマスコミの取材行為。
もう野球なんてどうでもよかった?
違う。
彼はまだ、好きなだけ野球をやりたかった。
怪我をしたからなんだというのだ、そんなもの一流の選手なら皆乗り越えてきた障害の1つに過ぎない。
大学で再起を図るという道も、プロに入ってリハビリから始める選択肢もあった。
社会人の実業団でも、彼を誘う声は1つや2つではなかった。
でも、彼はもういいと言った。
平時と何も変わらない表情で、全ての誘いを断った。
自分が我儘を言うことで、周りが不幸になってしまったから、またそうなるのが怖かった。
転生してから、その傾向はより顕著になった。
異世界にやって来てから数日で、人殺しを犯した。
殺されても文句の言えない人種だったが、それでも命を奪ったことに変わりはない。
異世界人という出自を隠してくれた2人に対して、ある程度のいう事は聞かなければと思った。
だから言われるがまま冒険者になった。
そして、我儘を言う時が来た。
レイフォード家に入り、二重スパイとして好きな人のために生きたいと願った。
その結果、ほとんどの同僚が死に、裏社会の汚さを見て、それでも抜け出せずに深い闇の中へと進み、最後はすべて失った。
彼が彼の望んだとおりに行動すると、大抵裏目に出て酷い目に遭う。
だから学習して、本音を隠すようになった。
大局的に物事を俯瞰して、最善手を打つようになった。
大人になったともいえる。
その一方で、アラタという人間の意志がどこにあるのか分からない。
公国のために東部を鎮圧するのは、別に彼である必要はない。
異世界人で、この国の人間でもない彼が、これ以上公国のために命を擦り減らす必要なんてどこにもない。
ただ彼は彼が護りたいものを護るために、譲れないものを譲らないように、これからの人生を生きて行けばいい。
アラタは2つ目の選択肢を取った。
「リャン」
「はい」
「1192小隊全員でノエルを護れ。俺はお前ら全員を護る」
「了解」
アラタは城壁の側面についた階段を降りていく。
城門付近にはエミル少佐が指示のために立っていた。
彼はそこに近づき、それに気づいたエミル少佐もこちらを向く。
「どうされました?」
糸目は油断なくアラタを見据えている。
だが、彼はもう不要な忖度も気遣いもしない。
「ちょっと内緒の話を」
「分かりました。おい」
エミルが周りを一瞥しながら言うと、兵士たちが掃けていく。
まあ彼らは厳密には兵士ではなく、元兵士なのだが。
「人払いは済みました」
「ども。これから俺は出撃して、敵を1人残らず無力化します」
「それはそれは頼もしい」
「少佐自身分かっておいでとは思いますが、私はまだあなた方に対しての疑念を払拭できていない。疑念が何なのかは説明するまでもないでしょう。なので、貴方たちが何か不穏な行動を取り次第、私は少佐たちを敵と認定します。いいですね?」
「そんなに急がなくても。第一私たちがアラタ殿を攻撃する理由はないでしょう」
「だと良いですが。失礼になったことは謝ります。ですが、もし相応の覚悟を持って行動を起こされるというのであれば、その前に一度俺の戦いを見ることをお勧めします。敵になれば、俺の刀は少佐たちにも牙をむきますから」
「肝に銘じておきます。そしてそれが現実にはならないと確信しております」
「警告と謝罪と、それからついでに決意表明をさせてもらいました。もし本当に無実だったら、本当に申し訳ありません」
「いえ、確認も証拠の呈示も出来ない我々も悪いですから」
「そうですか、では」
言いたいことをひとしきり言い終えたところで、アラタはその場を後にした。
城門を開けるのは手間だから、城壁から出ると言っている。
エミルは彼の背中を見送りながら、細い眼をほんの少しだけ開いた。
石組みの階段を登っていく足音は、重さをまるで感じさせない。
1段ずつ飛ばしながら登るには、それなりの足の長さと体力が必要となる。
黒一色の装備に身を包み、腰には日本刀を差した日本人の青年。
彼は、強くなった。
言いたいことを言い、やりたいことをやり、成し遂げたいことを成し遂げるだけの力を。
でも、今まではその力を無闇に行使することは控えてきた。
要らぬ口は災いの元だし、やりたいことを何も考えずにやれば周りが迷惑を被るし、成し遂げたいことなんてまるで無かった。
フワフワとしたことばかりを掲げ、その漠然とした願いさえも儚く散っていった。
城壁から、烏が1羽、舞い降りた。
彼らの眼前には元仲間たち、公国軍の戦友たちが迫っている。
「もう誰も失いたくない。出来るだけ多くの人が、人並みの人生を送って死ねるように、俺はこのクソったれた世界を変えたい」
幾度目になるか分からない、アラタの抜刀。
迸る魔力、沸き立つオーラ。
鍛え上げられた肉体をさらに進化させる、エクストラスキル【不溢の器】。
弧を描くように、アラタはゆっくりと刀を回した。
正面から見て円を描くようにだ。
刀の鋒からは、雷属性に練り上げられた魔力が放出されて、光の槍となって空中に停滞している。
——無駄に命を散らす必要なんてない。
レイクタウン郊外に、閃光が奔った。
1192小隊の索敵担当、キィはノエルの元を離れてアラタの所へとやって来た。
さっきからアラートが脳内で鳴り響いている。
「分かってる。お前はノエルのところに戻れ」
「これヤバいよ。軍隊みたいな規模だよ」
広範囲に使える【感知】を持つアラタも、キィと同じ感触を得ていた。
どう考えたって山賊の規模感ではない。
それこそキィの言うように、れっきとした軍隊の規模だ。
アラタたち黒装束、ノエル、それからエミル少佐麾下の1個中隊。
少佐はレイクタウンに残っているから別行動、アラタたちは彼らと共に街の近くに巣食う武装ゲリラの掃討に来ていた。
当初アラタたちは、エミル少佐たちこそがこの辺りを縄張りとしている武装ゲリラなのではないかと疑っていた。
今もその懸念が完全に払拭されたわけではないが、少し考えが変わってきている。
レイクタウンにいる少佐の管理下にある兵士崩れたちとは、また少し違う集団がこの辺りにいることが分かったから。
数は明らかに自分たちより多く、もしかしたら500名を超えるかもしれない規模感。
戦争とまではいかなくても、一勝負できるくらいの戦力だ。
「隊長どうします?」
「まだ何とも判断がつかない」
「じゃあエルモさんは?」
「俺も~」
年上2人に訊いたところで、こいつらからまともな答えが返ってくると期待するのは間違っている。
カロンは最後の砦、リャンに話を振った。
「リャンさんは?」
リャンは辺りを見回した。
周辺にはアラタたち以外にも、敵か味方か釈然としない元兵士たちが集まっている。
彼はカロンの耳元に口を近づけて、そっと耳打ちした。
「少佐たちがシロなら、ゲリラは敵なので殲滅します。クロなら組んでいる可能性が高いので任務の難易度が跳ね上がります」
「クロだったらどうするんです?」
「アラタの本気が見れるかも、といったところでしょうか」
「……だいぶヤバいですね」
2人が顔を見合わせている頃、アラタは別の問題に頭を悩ませていた。
ノエルをどうするか。
戦わせてもいいのか、それとも逃がすべき?
逃がす場合、キィたちだけではもしもの時に対応しきれない。
やはり自分がいなければ、そう考えている。
しかし自分ごとノエルを逃がすとなると、こちらを眺めているであろうゲリラたちに背を向けることになる。
それでは本末転倒だ。
ではどうするか。
完膚なきまでに敵を圧倒し、ノエルを手元に置きながら勝利する。
しかしこれにも問題がある。
だからアラタは悩んでいるのだ。
「アラタ殿!」
エミル少佐の部下、ラーク中尉がやって来た。
彼はアラタたちと行動を共にする1個中隊を率いている。
「どうしました?」
「物見からの報告で、武装ゲリラがレイクタウンに向けて動き出したみたいです」
「なるほど」
「大規模な戦闘が予測されます。アラタ殿には我々に御同行いただければと」
「部下たちも一緒ならいいですよ」
「もちろんです。決まったということでいいですね?」
「えぇ」
「ではいきましょう!」
なんか芝居臭いなと思う。
出来過ぎというか、レイクタウンで仕込みでもしていたのかな?
もう全てが疑わしく見えてきて、アラタにとって何が真実なのか分からなくなってきた。
ただ、主観的な感想としては、限りなくクロに近づいたとも言える。
アラタは見通しの利かない霧の中を、何も持たずに歩いているような気分だった。
それでも任務を遂行し、ノコノコついてきたノエルを守り抜かなければならない。
アラタの負担は増すばかりだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
城壁の外側にある建物は、みんな帝国軍によって破壊されてしまった。
レイクタウン攻囲戦における、帝国軍の悪行の1つである。
それが今回は味方をした。
アラタたちが地上5, 6mはある城壁の上から敵を見下ろす視界は非常にクリアに確保されていた。
家が無事だったら、こうはいかなかっただろう。
「どうします?」
「リャンはどう思う?」
「敵は公国軍の残党、味方も同じ。繋がっている可能性を否定するのは無理では?」
「だよなあ」
アラタはまた、天秤を前にして揺れている。
天秤の皿の上に乗っているうちの片方は、鍵だ。
レイクタウンにいるエミル少佐たちがシロなのかクロなのかを確かめるための、正解へと続いている鍵。
もう片方の皿に乗っているのは、たった1人の女の子。
ここに居るはずの無かった女性だ。
「ふぅー…………」
カナン公国東部の治安を改善し、安定化させるためには前者の皿に手を掛けるしかない。
答えを知らなければ、エミル少佐たちがクロだった時に対応できないから。
以前までのアラタだったら、間違いなく迷うことなく鍵を取っていた。
だが、彼はここにきてまだ悩んでいる。
自分に取れる解決策では2つを両取りできるものは持ち合わせていない。
じゃあ白黒はっきりさせるために、ノエルを危険に晒すのか、自分の手の届かないところに放置するのか、それが躊躇われる。
公国軍の装備を身につけた武装集団たちは、アラタたち防衛サイドの目と鼻の先までやって来ていた。
悩ましい、非常に悩ましい。
もっといい方法があるのではないか、そう思えてならないが、名案が浮かぶわけでもない。
浮かない顔をしているアラタを見て、隣に立つリャンは彼の背中を叩いた。
「おっ」
「迷ったなら、自分のために選択していいと思います」
「けどなぁ」
「今まで散々他人のために頑張って来たんです、アラタだって、もう自分のために生きていいんですよ」
「自分の為……かぁ」
「心の赴くままに、ただ心の望む在り方を選べばいいんです。それなら答えだって絞れるはずでしょ?」
彼が本音を隠すようになったのは、異世界に転生する前からだ。
高校球児だった彼に対して、嵐のような誹謗中傷に、高校生の精神状態を考えないマスコミの取材行為。
もう野球なんてどうでもよかった?
違う。
彼はまだ、好きなだけ野球をやりたかった。
怪我をしたからなんだというのだ、そんなもの一流の選手なら皆乗り越えてきた障害の1つに過ぎない。
大学で再起を図るという道も、プロに入ってリハビリから始める選択肢もあった。
社会人の実業団でも、彼を誘う声は1つや2つではなかった。
でも、彼はもういいと言った。
平時と何も変わらない表情で、全ての誘いを断った。
自分が我儘を言うことで、周りが不幸になってしまったから、またそうなるのが怖かった。
転生してから、その傾向はより顕著になった。
異世界にやって来てから数日で、人殺しを犯した。
殺されても文句の言えない人種だったが、それでも命を奪ったことに変わりはない。
異世界人という出自を隠してくれた2人に対して、ある程度のいう事は聞かなければと思った。
だから言われるがまま冒険者になった。
そして、我儘を言う時が来た。
レイフォード家に入り、二重スパイとして好きな人のために生きたいと願った。
その結果、ほとんどの同僚が死に、裏社会の汚さを見て、それでも抜け出せずに深い闇の中へと進み、最後はすべて失った。
彼が彼の望んだとおりに行動すると、大抵裏目に出て酷い目に遭う。
だから学習して、本音を隠すようになった。
大局的に物事を俯瞰して、最善手を打つようになった。
大人になったともいえる。
その一方で、アラタという人間の意志がどこにあるのか分からない。
公国のために東部を鎮圧するのは、別に彼である必要はない。
異世界人で、この国の人間でもない彼が、これ以上公国のために命を擦り減らす必要なんてどこにもない。
ただ彼は彼が護りたいものを護るために、譲れないものを譲らないように、これからの人生を生きて行けばいい。
アラタは2つ目の選択肢を取った。
「リャン」
「はい」
「1192小隊全員でノエルを護れ。俺はお前ら全員を護る」
「了解」
アラタは城壁の側面についた階段を降りていく。
城門付近にはエミル少佐が指示のために立っていた。
彼はそこに近づき、それに気づいたエミル少佐もこちらを向く。
「どうされました?」
糸目は油断なくアラタを見据えている。
だが、彼はもう不要な忖度も気遣いもしない。
「ちょっと内緒の話を」
「分かりました。おい」
エミルが周りを一瞥しながら言うと、兵士たちが掃けていく。
まあ彼らは厳密には兵士ではなく、元兵士なのだが。
「人払いは済みました」
「ども。これから俺は出撃して、敵を1人残らず無力化します」
「それはそれは頼もしい」
「少佐自身分かっておいでとは思いますが、私はまだあなた方に対しての疑念を払拭できていない。疑念が何なのかは説明するまでもないでしょう。なので、貴方たちが何か不穏な行動を取り次第、私は少佐たちを敵と認定します。いいですね?」
「そんなに急がなくても。第一私たちがアラタ殿を攻撃する理由はないでしょう」
「だと良いですが。失礼になったことは謝ります。ですが、もし相応の覚悟を持って行動を起こされるというのであれば、その前に一度俺の戦いを見ることをお勧めします。敵になれば、俺の刀は少佐たちにも牙をむきますから」
「肝に銘じておきます。そしてそれが現実にはならないと確信しております」
「警告と謝罪と、それからついでに決意表明をさせてもらいました。もし本当に無実だったら、本当に申し訳ありません」
「いえ、確認も証拠の呈示も出来ない我々も悪いですから」
「そうですか、では」
言いたいことをひとしきり言い終えたところで、アラタはその場を後にした。
城門を開けるのは手間だから、城壁から出ると言っている。
エミルは彼の背中を見送りながら、細い眼をほんの少しだけ開いた。
石組みの階段を登っていく足音は、重さをまるで感じさせない。
1段ずつ飛ばしながら登るには、それなりの足の長さと体力が必要となる。
黒一色の装備に身を包み、腰には日本刀を差した日本人の青年。
彼は、強くなった。
言いたいことを言い、やりたいことをやり、成し遂げたいことを成し遂げるだけの力を。
でも、今まではその力を無闇に行使することは控えてきた。
要らぬ口は災いの元だし、やりたいことを何も考えずにやれば周りが迷惑を被るし、成し遂げたいことなんてまるで無かった。
フワフワとしたことばかりを掲げ、その漠然とした願いさえも儚く散っていった。
城壁から、烏が1羽、舞い降りた。
彼らの眼前には元仲間たち、公国軍の戦友たちが迫っている。
「もう誰も失いたくない。出来るだけ多くの人が、人並みの人生を送って死ねるように、俺はこのクソったれた世界を変えたい」
幾度目になるか分からない、アラタの抜刀。
迸る魔力、沸き立つオーラ。
鍛え上げられた肉体をさらに進化させる、エクストラスキル【不溢の器】。
弧を描くように、アラタはゆっくりと刀を回した。
正面から見て円を描くようにだ。
刀の鋒からは、雷属性に練り上げられた魔力が放出されて、光の槍となって空中に停滞している。
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