半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第445話 持久戦耐久戦

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「今日はあのバカな指揮官がいないですね」

「あれでも一生懸命なんだ、バカにしてやるな。って言いたいところだが、あれは流石に無策すぎるな」

 ルークがアラタの言葉に同意せざるを得ない程無能な指揮官のおかげで、彼らは連日勝利を飾ることが出来ている。
 物資も潤ったし、士気も高いし、敵の兵力を削ることも出来ている。
 文句なしの順調な途中経過だ。
 そんな彼らの快進撃を敵ながら支えてくれていた指揮官が今日はいない。

「クビになったんですかね」

「かもな」

「2人とも、そろそろ出番です」

 無駄話に華を咲かせていたところに、レインがやってきて時間だと言う。
 2人は今日、戦闘開始からずっと後列にて待機をしていた。
 アラタが戦いすぎでまた何もしてないのに鼻血を出したのを、タリアが見逃さなかったからだ。
 ポーション中毒は依存症を併発していて、アラタは隙を見てごくごくと水を飲むようにポーションを摂取している。
 その副作用で味覚に異常をきたしていたし、血が止まりにくくなっていた。
 ついでにルークも休んでおけと彼女からの命令だった。

「ルークさん」

「あ?」

「敵はどんな手を打ってきますかね?」

 ルークは考えつつ装備の点検を続けた。
 下から順番に靴紐、脛当て、ズボンの裾、ベルトなどなど。
 そして手甲の紐をチェックしている時にようやく答えを出した。

「知らね」

「結構引き延ばしておいてそれですか」

「だって分かんねーもん」

「もんってあんた……」

 外していた剣を腰に差して準備完了と胴当てを叩く。
 アラタの黒装束と違って、ルークの防具は金属を多めに使用した防御力の高い代物である。
 アラタも黒鎧を使っていれば同様の防御性能を有していたのだろうが、完全に壊れてしまった黒鎧の代わりは無かった。
 仕方がないから特配課にいた頃から使っている旧式の黒装束を身に纏い、その下に鎖帷子を着込んでいるだけ。
 装備としては非常に心もとない。

「アラタはどう考えてるんだよ」

「無能な指揮官を更迭するのが第一歩かなって」

「無味無臭だな」

「はい?」

「役に立たねー考察ってことだよ」

「ルークさんだって大して考えてない癖に」

「俺は考えてるけど秘めてるんだよ」

「口に出さなきゃ考えていないのと一緒ですぅ~」

「2人とも行きますよ!」

 じゃれ合っている2人を引っ張ることが最近の日課になりつつあるレインは、いつものように彼らを戦場へと引っ張り出す。
 大変な仕事に聞こえるかもしれないが、一度戦場の空気を与えてやればたちまちやる気になるのだから、実は難しくない。

「やっぱりいませんね」

「あぁ。まあそれならそれで戦いに集中できる。あいつの声は甲高くて耳に障る」

「俺が先に行きます。いいですよね?」

「お先にどーぞ」

 ルークが譲る仕草を見せようとすると、アラタはそれを待たずに走り出した。

「あっ! アラタさん入ります! 道を開けて!」

 後ろから叫ぶレインの声で、周囲の兵士が少しだけだが道を開けてくれる。
 ヒト1人が通れるかと聞かれると正直少し怪しい。
 走る速度を落として駅構内を縫うように小走りすれば通り抜けられるくらいの感じ。
 アラタも怒鳴ったりしないので、一直線に全力疾走とはいかない。
 それでも1分もすれば最前列まで到達する。

「斬り込むぞお前ら!」

 アラタが最前列で刀を振れば、ほぼ必ずと言っていいほど敵の命が散る。
 ラグビーのスクラムのように押し合うことが多いフロントラインで、彼は敵を崩すだけの力を持った有力な駒だ。
 戦況を変えたいときに投入すれば、必ず期待に応えてくれる。

「あの人に続け! 押して押して押しまくれぇ!」

 ぎっちりと詰まった帝国軍の肉の壁をアラタがカットしていくと、そこには自然とスペースが生まれる。
 そこに彼が入るだけでは意味が無いので、アラタはさらに先に進んでいく。
 じゃあ彼が孤立しないように、彼に続くために公国軍がその隙間に入ろうということになる。
 そうなれば巨大な前進の流れが生まれるわけで、既に戦況が変わりつつあった。

 その頃には人混みをかき分けてルークも到着する頃合い。
 アラタと周りの兵士だけでも十分かもしれないが、そこにサポート能力の高い味方が入ることでより一層安定する。

「5カウントで代わってください」

「おう!」

「5・4・3……」

 盾の隙間から短剣で刺してこようとした敵をアラタは見逃さない。
 しっかり腕を叩き落とし肘を外側から思い切り蹴り上げた。
 曲がってはいけない方向に腕が屈折すれば、自然と腱が破壊される。
 苦悶の表情と脂汗を浮かべながら、敵兵は呻き声と共に沈んだ。
 それをルークがとどめを刺す。
 交代の時間だ。

「20秒したらまた入ってくれ!」

「了解です」

 そして流れる様に取り出されるポーション瓶。
 これ以上飲むなと言われても、馬鹿正直にドーピングを卒業する人なんていない。
 今日もアラタはポーチに必要以上の本数のポーションを詰めて戦場にやって来た。

 滋養強壮に良さそうな味、悪く言うと不味い。
 飲むと短時間で爽快感が溢れてきて、不安もどこかに飛んでいく。
 運動能力には支障ないまま、心なしか痛みに鈍感になった感触。
 カナン公国軍御用達の軍用ポーションは、端的に言って危険薬物そのものだった。
 平時なら違法ドラッグ認定されて流通と取り扱いに厳しい制限が課せられるような代物を、アラタたちは平然と服用して戦っている。
 彼らは後に重い後遺症に悩まされることになるのだが、今は関係ない。

「入ります!」

 ルークの横にアラタが入り、一段と攻撃力が増した。
 彼らに相対した敵兵は徐々に崩れ始め、負傷者の回収に人員を回し始める。
 撤退の準備であり、戦いたくない兵士たちは積極的に味方を助けに動く。

「ルークさん」

「あぁ、そろそろだ」

 2人にある共通認識が芽生えたところで、敵軍後方から太鼓の音が鳴り響いた。

「下がれ! 下がるぞ!」

 予想通りの展開にアラタたちは息を吐いた。
 ここまで思い通りになると肩透かし感も否めないが、楽に終わる分には全く問題ない。

「ドンピシャでしたね」

「まあこれだけやってれば分かるようになるだろ」

「とにかく、お疲れ様です」

「おう」

 最低限の陣形だけ維持して下がる帝国兵を、アラタたちはお見送りする。
 追撃も出来なくはないが、流石に一戦交えれば疲れるし損耗も発生する。
 逃げる敵に矢の雨を降らせたところで、この戦いは終了した。

「全軍! 被害状況把握後すぐに移動するぞ!」

 レイヒムの声が戦場にこだましたのは、午前11時のことだった。




「今日も結構斬ったなー」

 こともなげにそういうアラタの心はかなりおかしくなっている。
 米軍のエリートスナイパーは6人倒せば精神衛生上の観点から任務終了となることから分かるように、人を殺傷することは精神の摩耗を招くのだ。
 その点アラタは超がつくほどの摩耗度合いとなっている。
 去年の8月に転生してから今に至るまで、それこそ数えきれないほどの人間の屍を積み上げて彼は生きている。
 やらねばやられるという仕方のない状況もあったし、能動的に殺したこともある。
 同情すべき殺しもそうでない殺しも、その全てが今のアラタを形作る大切な要素だ。

「ルークさん、こっちは終わりました!」

「俺らももうすぐ終わる! 待っとけ!」

「はーい!」

 アラタの手に握られているのは、血濡れの銅貨。
 大した価値はない、日本円で1枚100円程度だろう。
 ドル換算で1ドルにも満たない硬貨の集合体は、皮袋にまとめて入れられていた。
 戦地で拾得したものなのか、それとも母国から持ってきたものなのか。
 恐らく前者だろう、この貨幣は公国で製造されているものだから。

 カナンもウルも、共に自国通貨を発行する主権国家である。
 だから両者の貨幣価値には微妙な差があり、絶えず変動している。
 しかし現在、国家間の貨幣価値は非常に安定かつ同価値に近かった。
 カナン金貨1枚はウル金貨1枚といって差し支えないという、経済学歴史学的に見ても随分と特異な状況だったのだ。
 アラタはポーチに入りきらない金を他の兵士に渡し続けている。
 基本的に殺した敵の物は自分の物にしていいことになっていて、アラタも救急キットや消耗品のナイフなどを何度も変えている。
 食料だけは毒物の可能性を捨てきれず手を付けないが、金は金で扱いに困っていた。

 キルスコアが尋常ではない程膨れ上がっているアラタは、拾得物の量も膨大になる。
 何も持たない貧乏人を斬ることも少なくない反面、指揮官クラスや上級兵を倒すのは大抵アラタのような特別な兵士である。
 金はいくらあっても困らないと人は言うが、それは銀行口座の残高の話で合って物理的貨幣量ではない。
 倉庫や金庫を借りればよくても、そんなものミラ丘陵地帯には存在しない。
 戦争序盤で兵站が生きていれば送金、郵送という手段も取れるが今は撤退戦の最中、それも兵站はほとんど機能していない。
 自然味方に渡して特に見返りは求めず、そういったことが増えていた。

「ん…………」

 血の池の中で目を引いたものがあった。
 アラタはそれを拾い上げると、小さく振って血を飛ばす。
 銀色をしたチェーンの先についていたのはこれまた銀色のソケット。
 何が入っているのだろうと中身を空けてみる、宝石だったら流石に自分で持っておきたい。

「あー……外れか」

 アラタは残念そうな声と共にそれをまた血の池の中に放り捨てる。
 水分が抜けて皺皺になった四葉のクローバーは、いったい誰からの贈り物なのだろうか。
 目を開けたまま死んでいる男の見た目は少なくとも30代より上に見える。
 なれば子供か奥さん、恋人あたりなのだろうか。

 そんなこと知らないし、知ろうとも思わないアラタによって、1つの思い出が戦場の塵となって消えていく。
 これはそんな彼の行いに対する罰なのか、それとも人が人を殺すために練り上げたロジックによるものなのか。
 アラタとルークの【感知】に同時に反応があった。

「敵か」

「ルークさん! 敵みたいです!」

 同系統のスキル持ち2名が同時に反応、周囲にもちらほらと気づき始めている兵士がいる。
 当然すぐに指揮官のレイヒムまで連絡が入り、レスポンスとして指示が飛ぶ。

「そこまでにしろ! 騎兵は騎乗して戦闘準備! 歩兵は横陣で対応!」

 既に敵は一度撤退している。
 そうなると敵は2度目の攻撃を仕掛けるつもりということになる。
 戦いに消極的だった帝国軍がここにきてどういうつもりなのか。
 レイヒムが敵の戦術に思いを馳せる時間は残されているが、アラタたちはそうもいかない。
 敵との衝突に備えて迅速な移動を開始、アラタとルークも1人の兵士としてそれに加わる。
 隣同士になった2人は顔を見合わせた。

「何かありますよね」

「あぁ、嫌な予感がする」

 敵の先陣を切るのは歩兵の突撃隊。
 今日2度目の戦闘が始まろうとしていた。
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