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第5章 第十五次帝国戦役編
第430話 4度目の正直
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立っていられない。
指先が凍り付いたように冷たく感じる。
鼻血が止まらない。
気持ち悪い。
息が苦しい。
眠い。
揺れる馬車は、敵軍の兵士を乗せたまま走り続ける。
ここで止めては追いすがるカナン公国軍との乱戦になり、自分や中将の命が危ないと御者は思ったのだろう。
正解だ。
ブレーバー中尉たちは、敵軍の妨害を破壊しつつも、敵指揮官の抹殺チャンスを手ぐすね引いて待っている状態で追いかけている。
決して広くはない馬車。
電車1両の2/3ほどの長さだろうか。
横幅も大差ない状況下に十数人が詰め込まれている。
剣聖オーウェン・ブラックはエヴァラトルコヴィッチ中将と御者を守りながら、公国軍1192小隊とハルツ分隊はアラタ、タリアを守りながら戦う。
前者はどこまで行っても庇護対象を抱えながらの戦闘になるのに対し、後者は治療が終わり次第最強の切り札として戦場に復帰する。
人数差もあり、有利なのは公国軍の方だ。
「タリア……さん。俺は」
「黙ってて」
タリアはアラタの言葉をピシャリと跳ねのけると、すぐさま治療に取り掛かる。
治癒魔術師、魔力を使用して細胞の治癒を促進し、治療行為を行う特殊技能の持ち主。
これは魔術全般に言えることだが、努力よりも才能がものを言う。
少し言い方を変えると、努力するのは当たり前なので、あとはセンスや要領の良さ、魔力量によって魔術師の評価が決まるのだ。
治癒魔術師はその中でもさらに才能至上主義、とにかく難しいの一言に尽きる。
体内で魔力を扱う感覚というのは、魔術師なら人並みに知覚できる。
ただ、それで細胞を治癒させるというのは、もはや天性の感覚以外に会得しようがない。
科学の発達した未来で、人体や生物の組成についてもう少し理解が追いつけば、明確なイメージもしやすくなるだろう。
とにかく、カナン公国に3人しかいない治癒魔術師の内の1人が同行してくれるというのは、非常に大きなアドバンテージなのだ。
「鼻血は止血できたかな。じゃあ……カスを吐き出させなきゃ」
アラタの身体、特に胸の辺りから下腹部にかけてタリアの魔力が包み込む。
少し暖かく、体が熱を持つような感覚。
辛いことに変わりはなくても、治癒魔術を受けているという感覚はアラタの気持ちを幾分か楽にしてくれる。
「ポーションの摂りすぎね。バカ」
「ずみまぜん」
「だから黙ってて」
「あ゛い」
ポーションは劇物だ。
効果が薄ければ、栄養ドリンクくらいの価値しかない。
しかし、強力な鎮痛作用、気分高揚作用、魔力増幅、体力促進など、明らかにヤバめなものも存在する。
こと軍隊においては、危険度の高いポーションはごく当たり前に摂取を推奨されている。
アラタが日頃飲んでいるのは軍用もしくはアラン・ドレイク特製の非売品。
これだけで十分危険なのが伝わってくる。
「タリア! あとどれくらいだ!」
「話しかけないで!」
「すまん!」
オーウェンが【剣聖の間合い】を発動しているせいで、体術と剣術一辺倒な戦いになっている。
魔術やスキルを用いた多角的で多彩な攻撃が封じられ、狭く不安定な馬車では思うように戦えない。
じゃあタリアに【剣聖の間合い】の効果は関係ないのかというと、大ありだ。
ただし、スキル効果は距離による減衰をモロに受ける上に、今は範囲内に人数が多い。
このスキルには明確な容量制限が存在しているということになる。
ルークやアーキムたちがそれを肩代わりしているおかげで、どうにかタリアは治療を続けることが出来るわけだ。
「ふーっ、ふーっ」
タリアの額から零れ落ちた汗が馬車の床板を濡らす。
アラタはその横顔を見ながら、熱を帯びている上半身のことを考えていた。
ドレイク曰く、アラタの寿命は普通の人より少ない。
異世界人特有の現象なのか、それとも今までの無茶な戦い方が祟ったのか。
ポーション中毒もその内の1つだろう。
——こんなの……ズタボロじゃない。
彼女の流し込む魔力から返ってくる感覚が教えてくれる。
この男の身体はもうすぐ壊れると。
十全に動かすことが出来るのは筋肉くらいのもので、消化器系も、呼吸器系も、すでに満身創痍の中戦っていた。
鼻血が止まらないのも納得だ。
むしろよく今まで喀血しなかったとその悪運の強さに呆れるほど。
タリアがアラタを初めて見た時、これといった長所は無かった。
剣も魔術も体術も知能も、特筆すべきことはほとんどない。
身体能力が高いのは認めるが、戦闘用に練り上げられた肉体ではなかった。
恐らく、競技などの出身なのだろうと推測した。
レイテ村の出身と聞いた時、疑念の眼は一層強まった。
彼女もレイテ村の出身だったが、アラタの存在は見たことも聞いたことも無かったから。
狭い村だ、ありえない。
しばらくして、アラタは変わった。
まさに別人のように。
相変わらず出自の怪しさが消えることはなく、タリアは彼のことを警戒していた。
それでも、認識を改めた点が1つ。
アラタは強い。
それはもう、怖いくらいに。
何があったのか、タリアも全てを知っているわけではなかった。
だが、彼の身体を治療している今なら分かる。
無理をしていたのだと、命を燃やしていたのだと、ここまで全力で走り抜けてきたのだと、そうでもしなければ、たった1年と少しでここまで強くなることは出来なかったのだと。
タリアがこの戦争で死ななければ、きっとアラタの方が先に死ぬ。
でも、彼女はこの治療行為が無駄になるとは思っていない。
むしろ、生きて国に帰るべきだと思っている。
「まだ……まだ、あんたは…………!」
「チッ、暗器も全部見切られてるな」
「あぁ、不用意に使うと逆に利用されるぞ」
ルーク、アーキムを中心に攻め立てるも、一向に崩せない公国軍。
これだけの人数差があって、かすり傷1つ付かないオーウェンのヤバさ。
流石にこの空間、この人数なら、アラタでも無事では済まない。
序列的には、アーキム達、アラタ、オーウェンの順に強くなっていく。
アラタを欠いた状態では、こうも厳しいものなのかとアーキムは唇を噛んだ。
「お前たちどこの出身だ? 軍か? 警察か? 冒険者か?」
オーウェンの推理はいい所を突いている。
軍出身者は少ないが、特務警邏、冒険者が多い。
少人数の戦闘連携に思うところがあるように見える。
ルークが最前線に立ち、口を開いた。
「冒険者だ」
「なるほど。自由意思に基づき行動するはずの人間が、随分と皮肉なものだな」
「だからこそだよ。俺たちは全員もれなく自分の意志でここに立っている。だから強いんだ」
「そういう見方も出来るな」
ガタガタと揺れている馬車で、黒鎧のブーツが床を叩いた。
それは最後尾で、次いでカタンと鯉口を切る音が通り抜けた。
何度叩きのめされても、その度に立ち上がる青年の名は。
「アラタ、待ってたぜ」
「お待たせしました。ここで終わらせましょう」
カナン公国冒険者ギルドアトラ支部所属。
Bランクパーティー灼眼虎狼のエース。
Bランク冒険者アラタ。
たとえ世界を跨いだとしても、彼は身も心も、魂までエースなのだ。
エースは全てを背負う。
仲間の期待も、周囲の重圧も、勝利の快感も、敗北の辛酸も。
全てを背負うからこそ、全てを手にする権利を有している。
エースが今回背負うのは、国の命運。
ここで指揮官を仕留めれば、まず間違いなく敵は公国の侵略を諦めるだろう。
今までに失った土地まで返ってくるか分からないが、少なくともこれ以上の損失は抑えられる。
逆にここで負ければ、切り札を失った公国軍に、剣聖オーウェンを止められるものはいない。
首都にいるノエルやリーゼ、クリスらの出陣命令も出るだろうし、その先にはアラン・ドレイクと言う後期高齢者の動員もあるかもしれない。
そこまでいってしまえば、結果がどうであれアラタの負けだ。
「お前ら、援護と外からの妨害対処に回れ」
「中将閣下、少し乱暴しますゆえ、お気をつけてください」
思えば敵ながら長い付き合いだとオーウェンは思った。
味方ならともかく、戦場で殺し殺されという日常を生きているのに、4度目の対決を迎えるのは稀だ。
指揮官同士ならそういうこともあるだろうが、現場レベルにいる彼らの常識では、会ったら殺すという世界ではこれほど決着が着かないことも珍しい。
今までの3度の対決はいずれもアラタが逃げ出したことで白紙になっている。
今度はオーウェンが逃げ出す番だが、エヴァラトルコヴィッチを連れている状態では馬車から飛び降りることも難しい。
「てめーは今日ここで、そこの指揮官と一緒に殺す」
「ここまでお前に有利な状況だ。せいぜいしくじらないようにしろ」
「3度目の正直……ってわけにはいかなかったけど、今度こそ、4度目の正直だ。俺はお前に勝って、家に帰る」
「戦場で夢を見る人間は長生きできんぞ」
オーウェンがそう言い切る前に、アラタが床板を蹴って突っ込んだ。
移動する勢いをそのまま乗せて、右肩の肩口から全体重を使った袈裟斬り。
軌道は読みやすいが、この閉鎖空間では避けることにも制限がついて回る。
オーウェンは受けるために大剣を構えた。
「撃て!」
アラタは斬りかかりながら指示、指揮者にコントロールされた演奏者のように、一斉に部下たちが攻撃を飛ばす。
「工夫がない」
アラタの壊れぬ刀が大剣に深い傷を刻んだまでは良かったが、オーウェンは一時的にスキル【剣聖の間合い】を解除、風属性の魔術を使って攻撃を全ていなした。
スキルを解除したら、すかさずこちらも魔術攻撃。
その程度の意識共有はとうの昔に完了している公国兵は、アラタを筆頭に起動時間の短い雷撃を中心にモーションに入った。
恐らくオーウェンがスキルを再起動する方が速いと、アーキムとバートンは投げナイフを取り出して投擲準備に入っている。
アラタも少し分かっていたのか、雷撃を刀に流し込んで刺突の構え。
案の定、全ての魔術攻撃よりも先にオーウェンのスキルが立ち上がり終わった。
これでは魔術は掻き消されて終わりだ。
では、アラタの攻撃と残る2人の援護射撃が刺さるのか。
オーウェンは魔術、スキルなしでこれらを防がねばならない。
アラタの刀の鋒が、剣聖に届こうとしていた。
指先が凍り付いたように冷たく感じる。
鼻血が止まらない。
気持ち悪い。
息が苦しい。
眠い。
揺れる馬車は、敵軍の兵士を乗せたまま走り続ける。
ここで止めては追いすがるカナン公国軍との乱戦になり、自分や中将の命が危ないと御者は思ったのだろう。
正解だ。
ブレーバー中尉たちは、敵軍の妨害を破壊しつつも、敵指揮官の抹殺チャンスを手ぐすね引いて待っている状態で追いかけている。
決して広くはない馬車。
電車1両の2/3ほどの長さだろうか。
横幅も大差ない状況下に十数人が詰め込まれている。
剣聖オーウェン・ブラックはエヴァラトルコヴィッチ中将と御者を守りながら、公国軍1192小隊とハルツ分隊はアラタ、タリアを守りながら戦う。
前者はどこまで行っても庇護対象を抱えながらの戦闘になるのに対し、後者は治療が終わり次第最強の切り札として戦場に復帰する。
人数差もあり、有利なのは公国軍の方だ。
「タリア……さん。俺は」
「黙ってて」
タリアはアラタの言葉をピシャリと跳ねのけると、すぐさま治療に取り掛かる。
治癒魔術師、魔力を使用して細胞の治癒を促進し、治療行為を行う特殊技能の持ち主。
これは魔術全般に言えることだが、努力よりも才能がものを言う。
少し言い方を変えると、努力するのは当たり前なので、あとはセンスや要領の良さ、魔力量によって魔術師の評価が決まるのだ。
治癒魔術師はその中でもさらに才能至上主義、とにかく難しいの一言に尽きる。
体内で魔力を扱う感覚というのは、魔術師なら人並みに知覚できる。
ただ、それで細胞を治癒させるというのは、もはや天性の感覚以外に会得しようがない。
科学の発達した未来で、人体や生物の組成についてもう少し理解が追いつけば、明確なイメージもしやすくなるだろう。
とにかく、カナン公国に3人しかいない治癒魔術師の内の1人が同行してくれるというのは、非常に大きなアドバンテージなのだ。
「鼻血は止血できたかな。じゃあ……カスを吐き出させなきゃ」
アラタの身体、特に胸の辺りから下腹部にかけてタリアの魔力が包み込む。
少し暖かく、体が熱を持つような感覚。
辛いことに変わりはなくても、治癒魔術を受けているという感覚はアラタの気持ちを幾分か楽にしてくれる。
「ポーションの摂りすぎね。バカ」
「ずみまぜん」
「だから黙ってて」
「あ゛い」
ポーションは劇物だ。
効果が薄ければ、栄養ドリンクくらいの価値しかない。
しかし、強力な鎮痛作用、気分高揚作用、魔力増幅、体力促進など、明らかにヤバめなものも存在する。
こと軍隊においては、危険度の高いポーションはごく当たり前に摂取を推奨されている。
アラタが日頃飲んでいるのは軍用もしくはアラン・ドレイク特製の非売品。
これだけで十分危険なのが伝わってくる。
「タリア! あとどれくらいだ!」
「話しかけないで!」
「すまん!」
オーウェンが【剣聖の間合い】を発動しているせいで、体術と剣術一辺倒な戦いになっている。
魔術やスキルを用いた多角的で多彩な攻撃が封じられ、狭く不安定な馬車では思うように戦えない。
じゃあタリアに【剣聖の間合い】の効果は関係ないのかというと、大ありだ。
ただし、スキル効果は距離による減衰をモロに受ける上に、今は範囲内に人数が多い。
このスキルには明確な容量制限が存在しているということになる。
ルークやアーキムたちがそれを肩代わりしているおかげで、どうにかタリアは治療を続けることが出来るわけだ。
「ふーっ、ふーっ」
タリアの額から零れ落ちた汗が馬車の床板を濡らす。
アラタはその横顔を見ながら、熱を帯びている上半身のことを考えていた。
ドレイク曰く、アラタの寿命は普通の人より少ない。
異世界人特有の現象なのか、それとも今までの無茶な戦い方が祟ったのか。
ポーション中毒もその内の1つだろう。
——こんなの……ズタボロじゃない。
彼女の流し込む魔力から返ってくる感覚が教えてくれる。
この男の身体はもうすぐ壊れると。
十全に動かすことが出来るのは筋肉くらいのもので、消化器系も、呼吸器系も、すでに満身創痍の中戦っていた。
鼻血が止まらないのも納得だ。
むしろよく今まで喀血しなかったとその悪運の強さに呆れるほど。
タリアがアラタを初めて見た時、これといった長所は無かった。
剣も魔術も体術も知能も、特筆すべきことはほとんどない。
身体能力が高いのは認めるが、戦闘用に練り上げられた肉体ではなかった。
恐らく、競技などの出身なのだろうと推測した。
レイテ村の出身と聞いた時、疑念の眼は一層強まった。
彼女もレイテ村の出身だったが、アラタの存在は見たことも聞いたことも無かったから。
狭い村だ、ありえない。
しばらくして、アラタは変わった。
まさに別人のように。
相変わらず出自の怪しさが消えることはなく、タリアは彼のことを警戒していた。
それでも、認識を改めた点が1つ。
アラタは強い。
それはもう、怖いくらいに。
何があったのか、タリアも全てを知っているわけではなかった。
だが、彼の身体を治療している今なら分かる。
無理をしていたのだと、命を燃やしていたのだと、ここまで全力で走り抜けてきたのだと、そうでもしなければ、たった1年と少しでここまで強くなることは出来なかったのだと。
タリアがこの戦争で死ななければ、きっとアラタの方が先に死ぬ。
でも、彼女はこの治療行為が無駄になるとは思っていない。
むしろ、生きて国に帰るべきだと思っている。
「まだ……まだ、あんたは…………!」
「チッ、暗器も全部見切られてるな」
「あぁ、不用意に使うと逆に利用されるぞ」
ルーク、アーキムを中心に攻め立てるも、一向に崩せない公国軍。
これだけの人数差があって、かすり傷1つ付かないオーウェンのヤバさ。
流石にこの空間、この人数なら、アラタでも無事では済まない。
序列的には、アーキム達、アラタ、オーウェンの順に強くなっていく。
アラタを欠いた状態では、こうも厳しいものなのかとアーキムは唇を噛んだ。
「お前たちどこの出身だ? 軍か? 警察か? 冒険者か?」
オーウェンの推理はいい所を突いている。
軍出身者は少ないが、特務警邏、冒険者が多い。
少人数の戦闘連携に思うところがあるように見える。
ルークが最前線に立ち、口を開いた。
「冒険者だ」
「なるほど。自由意思に基づき行動するはずの人間が、随分と皮肉なものだな」
「だからこそだよ。俺たちは全員もれなく自分の意志でここに立っている。だから強いんだ」
「そういう見方も出来るな」
ガタガタと揺れている馬車で、黒鎧のブーツが床を叩いた。
それは最後尾で、次いでカタンと鯉口を切る音が通り抜けた。
何度叩きのめされても、その度に立ち上がる青年の名は。
「アラタ、待ってたぜ」
「お待たせしました。ここで終わらせましょう」
カナン公国冒険者ギルドアトラ支部所属。
Bランクパーティー灼眼虎狼のエース。
Bランク冒険者アラタ。
たとえ世界を跨いだとしても、彼は身も心も、魂までエースなのだ。
エースは全てを背負う。
仲間の期待も、周囲の重圧も、勝利の快感も、敗北の辛酸も。
全てを背負うからこそ、全てを手にする権利を有している。
エースが今回背負うのは、国の命運。
ここで指揮官を仕留めれば、まず間違いなく敵は公国の侵略を諦めるだろう。
今までに失った土地まで返ってくるか分からないが、少なくともこれ以上の損失は抑えられる。
逆にここで負ければ、切り札を失った公国軍に、剣聖オーウェンを止められるものはいない。
首都にいるノエルやリーゼ、クリスらの出陣命令も出るだろうし、その先にはアラン・ドレイクと言う後期高齢者の動員もあるかもしれない。
そこまでいってしまえば、結果がどうであれアラタの負けだ。
「お前ら、援護と外からの妨害対処に回れ」
「中将閣下、少し乱暴しますゆえ、お気をつけてください」
思えば敵ながら長い付き合いだとオーウェンは思った。
味方ならともかく、戦場で殺し殺されという日常を生きているのに、4度目の対決を迎えるのは稀だ。
指揮官同士ならそういうこともあるだろうが、現場レベルにいる彼らの常識では、会ったら殺すという世界ではこれほど決着が着かないことも珍しい。
今までの3度の対決はいずれもアラタが逃げ出したことで白紙になっている。
今度はオーウェンが逃げ出す番だが、エヴァラトルコヴィッチを連れている状態では馬車から飛び降りることも難しい。
「てめーは今日ここで、そこの指揮官と一緒に殺す」
「ここまでお前に有利な状況だ。せいぜいしくじらないようにしろ」
「3度目の正直……ってわけにはいかなかったけど、今度こそ、4度目の正直だ。俺はお前に勝って、家に帰る」
「戦場で夢を見る人間は長生きできんぞ」
オーウェンがそう言い切る前に、アラタが床板を蹴って突っ込んだ。
移動する勢いをそのまま乗せて、右肩の肩口から全体重を使った袈裟斬り。
軌道は読みやすいが、この閉鎖空間では避けることにも制限がついて回る。
オーウェンは受けるために大剣を構えた。
「撃て!」
アラタは斬りかかりながら指示、指揮者にコントロールされた演奏者のように、一斉に部下たちが攻撃を飛ばす。
「工夫がない」
アラタの壊れぬ刀が大剣に深い傷を刻んだまでは良かったが、オーウェンは一時的にスキル【剣聖の間合い】を解除、風属性の魔術を使って攻撃を全ていなした。
スキルを解除したら、すかさずこちらも魔術攻撃。
その程度の意識共有はとうの昔に完了している公国兵は、アラタを筆頭に起動時間の短い雷撃を中心にモーションに入った。
恐らくオーウェンがスキルを再起動する方が速いと、アーキムとバートンは投げナイフを取り出して投擲準備に入っている。
アラタも少し分かっていたのか、雷撃を刀に流し込んで刺突の構え。
案の定、全ての魔術攻撃よりも先にオーウェンのスキルが立ち上がり終わった。
これでは魔術は掻き消されて終わりだ。
では、アラタの攻撃と残る2人の援護射撃が刺さるのか。
オーウェンは魔術、スキルなしでこれらを防がねばならない。
アラタの刀の鋒が、剣聖に届こうとしていた。
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