半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第421話 よく笑っていた人

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 敵を見つければ、状況次第で襲い掛かる。
 敵に見つかれば、有無を言わさず襲われる。
 ミラ丘陵地帯でカナン公国軍がゲリラ戦を展開するようになってからというもの、両軍の戦闘単位は細分化の一途を辿っていた。
 敵は散り散りになっているのだから、帝国軍はまとまって敵をすり潰せばいいのではないかと思うのが普通の思考だろう。

 ただ、彼らのトップ、司令官エヴァラトルコヴィッチ・ウルメル中将は普通ではない。
 味方兵士を使い潰してでも、この地域に潜伏している公国軍を減らしてしまおうという考えなのだ。
 従って索敵の為に兵士を薄く細かく配置し、捜索網を広く張る。
 広ければ薄まり、公国軍に食い破られることもあるだろうが、そこは気にしない。
 重要なのは敵戦力をここから逃がさないようにすることで、その為の損害は目を瞑るつもりらしい。

 アラタたちも例に洩れず、度重なる帝国軍の攻撃に疲弊していた。
 人間が馬を含めて100人もまとまっていれば、見つかることも少なくないし動きも少し遅い。
 結果避けられない戦闘というのを彼らは何回も経験してきたし、それは今日も発生した。
 少しずつ削られて、物資も満足にない中で、彼らは食料確保と戦闘を自己完結する必要がある。
 敵と戦う事だって楽ではないのに、その上動植物を狩って100人分の食料確保をする。
 この作戦はアラタたちが想像していた以上に過酷なもので、正直1か月は持ちそうになかった。

「……腹減った」

「メシの話をするなエルモ」

 彼を叱るアーキムの声にも力がない。
 腹から声が出ていないのは、腹に何も入っていないからだろう。

「アラタ、それなに?」

 もぐもぐと口を動かしているアラタを見て、キィは同じものを欲しがった。
 1日一食、それもかなり量の少ない食事では、育ち盛りのキィには足りなかった。
 アラタはポーチから同じものを取り出してキィの手に置く。

「なにこれ?」

「魔石を包んでた紙。ずっと噛んでるとその内食べられる」

「……いただきます」

 ヤギにでもなったつもりなのか、もしゃもしゃと紙を食む2人。
 正直おかしくなっているが、それでも何か口に入れておくのは精神的に良いのだろう。
 周りの隊員も、たかが紙なのに羨ましそうな目で見ている。
 暴発するのも、限界を迎えるのも、時間の問題だった。

「魔物、いねえなぁ」

 元ハルツ隊、ルークがぼやく。
 彼はスキル【感知】の所持者であり、その技量はアラタよりも、キィよりも高い。
 アラタが【敵感知】からの成長で【感知】を手に入れたのに対して、ルークのそれは【罠感知】から進化したものだ。
 動植物に対する感知能力に限って言えば、ルークは公国でも指折りの使い手だった。
 そんな彼が不猟だと嘆くのだから、いよいよ深刻である。

「肉食いて~」

「俺も~」

 カロン、バートンが音を上げる。
 彼らだけではない、いつの間にか中隊全体が空腹を口にしていた。
 アラタはここが限界だと判断し、部隊を停止させる。

「カロン、キィ、ルークさん、レイン、エルモ。1人ずつ連れて索敵して来い。食料収集の時間にしよう」

 そうしてアラタたちは、休憩モードに移行したのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「ねぇカロン」

「なに?」

「八咫烏の噂って本当なのか?」

「知らね」

 望遠鏡片手に索敵を続けるカロン、ピコの2人組は、見晴らしの良い坂の上から丘陵地帯を見渡していた。
 アップダウンの激しい地域性もあって、丘の上に登っても死角となるエリアは非常に多い。
 ここに登って索敵したところで、見落としは普通にありうる。
 それでも軍隊が通れるような道を抑えておくことで、最低限敵の襲撃を予測することは出来る。

 そんな中のピコの質問だった。
 彼は15歳で軍に入隊してからその道一筋。
 アラタやカロンのように、あっちへふらふらこっちへふらふらしている訳ではなかった。
 カロンはそんな彼の言葉を邪険に扱う。
 八咫烏絡みの話はあまりしたくなかった。

「なぁ、教えてくれよ。仲間のことをもっと知りたいのは普通のことだろ」

「じゃあ俺は普通じゃなくてもいい」

「あのねえ……」

 頑なに話そうとしないカロンに対して、無理矢理聞き出すのは良くない。
 それはピコも分かっているのだが、『じゃあいいや』と引き下がれるほどさっぱりした性格でもない。
 生まれる時代と世界が違えば、彼は良いマスメディアの一員になることが出来ただろう。

「じゃあせめて隊長のことだけでも」

「アラタさん?」

「あの人、一体何者?」

「俺だって知りたいよ」

 カロンは双眼鏡を覗きながら答えた。
 ピコはその隣で岩に腰かけている。

「交友関係とかさ、カロンが知ってる範囲だけでもいいよ」

「そうだなあ」

 ——カロンは隊長のこと本当に大好きだなぁ。

 自分のことは話したがらないのに、アラタのこととなると口が軽くなる。
 それはきっと、自分の慕う人はこんなに凄いのだと、自慢したいからなのだとピコは評価する。
 分からなくもないが、それはそれでどうなの? というのが彼の考えだ。

「何から知りたい?」

「経歴とか? 剣術の師匠とか?」

「去年の6月くらいに冒険者ギルドで冒険者登録したらしくて、パーティーメンバーはクレスト家とクラーク家の御令嬢2人。死亡偽装を2回していて要注意人物になってる」

「なんだそれ」

「本当のことだし。あとこの前Bランク冒険者になった」

「それは知ってる。他には?」

「剣術は不屈のアレクサンダー、魔術は賢者ドレイクが師にあたるって」

「へぇ~」

「大公選の前くらいから裏仕事に従事、足取りが不明になってから貴族暗殺未遂で死刑、あとで死亡偽装が発覚、生存確認」

「またか」

「諜報部隊の八咫烏、その総隊長に就任。解散までトップだった」

「で、カロンと出会ったと」

「うん」

 カロンも元は、ドレイク子飼いの工作員の1人、つまりアラタと同じ出自だった。
 平時は冒険者とは別の組合で日雇い作業員として日銭を稼ぎ、ドレイクの指示で汚れ仕事を請け負う。
 アラタと1つ違う点は、カロンは仕事に対して報酬を受け取っていたという点。
 たったそれだけの違いがあるだけで、残りはアラタと似たり寄ったりだ。

「じゃあさ」

 そしてピコの興味は禁忌領域まで伸びていく。

「隊長は去年まで何をしていたんだ?」

「さあ、分からない」

「聞いたことあるの?」

「うん。西部のレイテ村で暮らしてたって。でもウソでしょ」

「俺もそう思う」

「あの人、そこだけは頑なに話さないんだよなあ」

 当然だ。
 彼が異世界人であることを知っているのはごく一部の人間だけ。
 うっかりノエルが口を滑らせていないと仮定すれば、父親の大公ですら知り得ない真実なのだ。
 ハルツもアラタの本当の出自を知らぬまま死んだし、親しいからといっておいそれと開示する情報ではない。

「気になるな」

 ピコの好奇心が彼を危険に晒す。
 事と次第によっては、アラタはピコを殺すだろう。
 既に本当のことを知っている人間は時間経過で信用が蓄積されていくこともあり、アラタも口封じをすることはない。
 でも、これから知る人間の安全を保障することは誰にもできない。

「誰か知ってる人いないかなぁ」

「やめろよ。人のプライベートだぞ」

「カロンは知りたくないのかよ」

「知りたいけど……」

「じゃあ聞きに行こうぜ」

「でも、アラタさんだって言いたくないことはあると思う」

「はぁー、いい子ちゃんぶりっ子め」

「いや、俺も前に調べた」

「何か分かったのか?」

 カロンは首を横に振りながら、それでも道中に得られた情報の断片を溢していく。

「去年より前のことは分からなかったけど、夏くらいまではよく笑う人だったらしい。アラタさんに告白したギルドの職員も居たって聞いた」

「へぇ」

「でも、俺と出会った時は、もう今のアラタさんとほとんど同じだった。淀んだ眼をしていて、冷たくて、強くて、厳しくて、悲しそうで。だから、これ以上調べるのはやめにしようって思ったんだ」

 カロンは先ほどから望遠鏡を下に降ろしていた。
 話すことに専念するために、監視を怠っていた。

「ピコが気になるのも分かるけど、そっとしてあげて欲しい。アラタさんが話したくなったらその時初めて聞いてあげたい」

「……優等生だなぁ」

 ピコは拾い上げた小石を、またその辺に捨てた。
 指先に付着した砂を拭くと、立ち上がって後ろに付いた砂を払う。

「つまんねーの。でもまぁ、これっきりにしといてやるよ」

「助かる」

「お前が感謝するのは変じゃね?」

「いや、俺も少し喋りすぎた」

「そうだな…………カロン、あれ」

「あ?」

「いや、望遠鏡覗けよ」

「あ、あぁ……」

 折り畳み式の望遠鏡は、使用時に展開して全長40cm程度になる。
 そこから覗き込む世界は、端の方が暗く、そしてその内側は魚眼のように少し歪んでいた。

「見えるか? 敵か? 数は?」

「黙ってろ。今見てる」

 敵味方を判断するのに手っ取り早いのは、旗印を見ること。
 紋章まで見えないことはよくあるが、公国軍は藍色に近い青、帝国軍は赤と黒の旗色。
 それだけ分かれば判別できてしまうのだが、なりすましにも注意を払う必要がある。
 そんな時は望遠鏡を使って顔を見る。
 帝国人と公国人では顔の特徴に違いがある。
 正直ヨーロッパ人がすべて同じに見えたり、向こうから見たアジアンが全員同じに見える様に、両者の違いも彼らにしかわからない。
 言われてみれば、帝国人の方がなんとなく鼻が高い気がする。
 それら総合的な要素を加味して、カロンは結論を出した。

「味方だ。それも第207中隊だ。他にもいる。あれは……」

「それで十分だろ。いいから報告に行くぞ」

「あ、うん」

 索敵に出た隊員の内、味方の姿を発見したのは2人とエルモのペア。
 ゲリラ戦に移行して以来、初めの味方発見である。
 カロンとピコは、ようやくまともな食事にありつけるかもしれないという期待感を胸に、丘を駆け降りていった。
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