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第5章 第十五次帝国戦役編
第416話 1対1.3
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アラタがウル帝国と戦う理由は、自分のことを覚えておいてくれる人を守る為。
この世界の住人ではない彼は、能動的に動かなければ生きた証が残らない。
だから、自分も精一杯生きたのだと、頑張ったのだと叫ぶように、彼は全力で刀を振るい、未来を切り拓くのだ。
外からアーキムが横槍を入れたことで剣聖オーウェン・ブラックに生まれた隙を、アラタは見逃さなかった。
一歩間違えれば即死の危険領域に身を置くのは相変わらずだが、彼の攻撃は確かに剣聖にまで届いた。
アラタとお揃いで、オーウェンの左肩にもじんわりと血が滲む。
太刀を受けたというのに、彼は少し嬉しそうだ。
どこぞの変態勇者ではないのだから、もう少し常識人であってほしかったとアラタは苦笑いする。
まったくどいつもこいつも、強い奴は頭のおかしい奴しかなれないルールでもないのかと、アラタは自分のことを棚上げした。
「……3人か」
オーウェンが周囲を見渡しながら呟く。
先ほどからアラタとオーウェンが戦っている周囲は、両軍の兵士とも気安く踏み込もうとしない。
それぞれの兵士の敵、オーウェンとアラタに切り刻まれる未来しか見えないから、誰も近づこうとしない。
戦場にぽっかりと空いた空白、その外周、乱戦の真っ只中に、時折チラ見えする黒い装備。
カナン公国軍第1192小隊専用装備、黒鎧である。
起源をレイフォード公爵家物流事業部特殊配達課の装備、それからアラン・ドレイク麾下の八咫烏と脈々と継承されてきた魔道具。
鋼鉄のような強度を誇るアカアシグモの糸、魔力伝達性が高いニタン木綿、そしていくつかの材料と、アトラダンジョン最下層ボスフロアに鎮座する火竜の鱗。
金貨にして数百枚はくだらない、日本円にして数千万円の超高級装備。
攻撃を受ければ傷ついた回路から魔力が噴出することによって反応装甲の役割を果たし、正しく回路に魔力を伝達すれば認識阻害系の魔道具として使用できる。
金属素材は高価で希少なアルミニウムを使用しており、魔物の素材と組み合わせると無類の強度を獲得する。
軽量、堅牢、高価、多機能。
価格だけクリアできれば戦争を変える装備を実験的に身につけている精鋭たち。
彼らが人混みの中から虎視眈々と隙を狙ってくる。
オーウェンと言えども、多少の面倒くささは覚えていることだろう。
「お薬の時間だ」
アラタは片手に剣を構えたまま、器用にポーチから丸薬を取り出した。
まあまあな大きさの、絶対に一口で言ったらのどに詰まるサイズをした赤黒い禍々しい魔石。
石の内部では不思議なことに、透明な水の中に絵の具を落としたように不規則な文様が怪しく蠢いている。
間違いなく体に悪い、というかそもそも食しても大丈夫なものなのか、それすら危うい。
それをアラタは何の迷いもなく、オーウェンが阻止しようとする前に口にした。
大きな飴をかみ砕くように、バリバリと音を立てながらの咀嚼。
もったいないことに、破片はそのまま地面に落ちたりしていた。
オーウェンは大剣を構えてみたものの、動き出しそうな気配を見せることはなかった。
何を待っていたのか、そもそも動く気が無かったのか、動けなかったのか。
ただ1つ言えることは、アラタの得ることが出来たアドバンテージは絶大だという事だ。
「ごちそうさまでした」
「終わったか?」
「待っててくれたの?」
「帝国軍は正々堂々戦う」
「ウソつくなカス」
アラタはレイクタウン攻囲戦において、帝国軍に肉壁にされた公国兵を知っている。
よもや帝国兵であるオーウェンから正々堂々という言葉が出るなんて、と呆れに近い乾いた笑いで嘲笑する。
「決めた。帝国はマジで許さん」
オーウェンは何も言わず、ただ剣を構えるだけだ。
アラタは先ほど摂取した魔石の効果もあって漲る魔力を持て余している状態。
かといって、オーウェンのスキル【剣聖の間合い】がある以上魔術を無駄打ちしたくはない。
荒ぶる魔力を体内でコントロールしつつ、かなりの量を刀に流し込む。
魔力制御能力も随分と磨いてきたアラタ、しかしそれでも刀から魔力が零れ落ちている。
もったいないことこの上なく、アラタはなんとか零れた魔力も利用しようと試みる。
大地に魔力を流し込み、辺り一帯を自身の絶対領域とする。
ただし、魔術を使ってしまえば敵のスキルに相殺されてしまうので、あくまでも敵の魔術攻撃を阻害する目的だ。
「3人とも援護しろ!」
魔力吹きすさぶ大地を踏みしめてアラタが突っ込んだ。
オーウェンは進みも下がりもせず、ただその場で待ち受ける。
敵の移動に全神経を集中させ、間合いに入った瞬間に剣先で捉える様に剣を構える。
剣聖ともあろうものが、よもやそのタイミングを外すなんてことは考えにくく、そうなるとアラタは何らかの方法を使って敵の剣をかいくぐらなければならない。
剣の間合いはオーウェンの方が広く、攻撃が先に届くのは彼。
まず、アラタはその仕事をアーキム、エルモ、カロンに任せた。
雷撃。
投石。
弓矢による射撃。
三者三様の援護射撃は当然オーウェンも認識している。
真正面から突っ込んでくる敵だけなら剣1本で対処できる。
では魔術と石と矢をどう防ぎつつ、アラタを一撃で葬り去るか。
「…………ふん」
オーウェンはスキルを解除、自身が魔術を使えるようにした。
彼は得意では無いが、魔術を使える。
風属性結界術、風陣。
砂を巻き上げながら竜巻のように彼の周囲を駆け抜ける風が、あらゆるものの侵入を阻害する。
アラタは突っ込み続けながら、魔術起動の感触を確かめていた。
手の付近でパチパチと弾ける雷属性の魔力に手を痺れさせながら、もう1種類の魔術を起動する。
炎槍、高難易度魔術である。
刀の鋒から放つように、魔力を刀でコントロールしながら空中に留め置く。
それはうねりをあげながら成長し、空気中の酸素と結びつくことで激しく燃焼する。
「ぶった斬ってやるよ」
間合いに入る前に一太刀。
鋒で引っ掻けるように放った炎槍は、美しい放物線を描きながらオーウェンに迫る。
風属性と火属性のかみ合わせは非常に悪く、魔力量や術式の堅牢さ次第で容易に破壊できてしまう。
恐らく、オーウェンの風陣はもたない。
となればある程度次のアクションは予測できるだろう。
——【剣聖の間合い】再起動。
アラタの仲間であるノエルがオーウェンと同じようにスキルのオンオフを激しく切り替える事の無いことから推測できるように、本来【剣聖の間合い】の起動にはそこそこ時間がかかるのだ。
時間にして約10秒といった所か。
それだけの時間、ノエルはスキル起動の意志を籠めて身体を操作する必要がある。
それに対してオーウェンのこのスキル行使速度。
常軌を逸したスキル回転度は剣聖を至高たらしめる。
もうそろそろ、アラタがオーウェンの間合いに踏み込む頃合いだ。
余談だが、オーウェンの持つスキルの中で最も起動速度が速いのは【痛覚軽減】である。
だが、それは単一の起動速度が最速であるだけで、スキル使用に優先度を割り振れば当然順番は異なる。
つまり、現在オーウェンは【剣聖の間合い】を起動しているだけだ。
他のスキルを起動しようとしているのかもしれないが、現状たったそれだけ。
加えてクラスの補助、素の身体能力などの戦闘力。
ノエルならクラスの補助だけでアラタの居場所を探り当てるが、こちらの感度はオーウェンよりノエルの方が鋭い。
ハナニラの仮面を装着し、湧き出し続ける魔力をほんの少し流し込む。
それだけで認識的透明人間の出来上がり、あとは【感知】でも何でも使いやがれ。
アラタは右側から回り込むように走り回り、炎槍を放つために振り終えた刀を腰だめに構えた。
この距離、黒鎧と仮面の合わせ技による認識阻害、残りは敵の能力で使用不可。
完全の背後を取ったアラタの眼と、なぜか剣聖の眼が合った。
なんっ——
コンクリートの上に金属パイプを落としたような、重くてよく響く音が鳴った。
包丁で肉を切った時、絶対にこんな音は鳴ったりしない。
包丁を刀、肉を人間の体に置き換えたら、アラタの攻撃は防がれたということになる。
「これでもダメか」
「能力は認めるが、工夫が足りない」
「あっそ!」
この間合いは危険だと、アラタはすぐに離脱を図る。
当然オーウェンにとっては得意な距離なので、この間隔を保つべく足を運ぶ。
「近ぇ!」
「だろうな」
「アラタ避けろ!」
彼の首筋に奔る僅かな違和感。
オーウェンのスキルで阻害されつつも、フル起動していた【感知】の残滓が働いたのだろうか。
ともかくアラタは勘に身を任せて頭を下げ、背後から飛来した矢を躱す。
アーキムの狙いは正確で、矢はオーウェンの眉間を撃ち抜こうとしていた。
オーウェンはこれをどうやって防ぐのか。
答え、素手で掴む。
「おいおいマジか」
「ふんっ」
アラタの身体でブラインドされていたほぼ見えない射撃を、【感知】もなしに素手で取る。
言葉だけ受け取っても大概おかしいし、目の前でそれを見たらもう仕込みとしか思えない。
アーキムお前、裏切っている訳じゃないよなと。
オーウェンは手に持った矢の鏃を、アラタの首元めがけて突き刺しにかかる。
避けられないと判断したアラタ、これを左手の防具で受けようとガードを挙げた。
「痛っ」
黒鎧の防御を易々と普通の矢が貫けることはない、アラタは事前のテストでそのことをよく知っていた。
だから、鏃から溢れ出る魔力がそうさせたのだと咄嗟に理解した。
手首よりももう少し肘側の前腕部、内側から矢が皮膚を突き破って貫通していた。
そのおかげで、アラタの首元は無傷だ。
「痛ってえなぁ!」
右手1本で刀を振り抜くと、オーウェンはそれを受けずに躱した。
同時に少し距離を取り、自分が有利なはずの間合いを捨てる。
「何してんだよ」
「外したらどうだ?」
何か仕掛けがあるのか、それともただ舐めているだけなのか。
アラタは最大限警戒しつつ、仲間のことを信じてオーウェンから一瞬目を切った。
矢の先端を鏃ごと斬り落とし、反対側から矢を引き抜く。
ボタボタと血が滴るが、気にしている場合ではない。
幸いアドレナリンはドバドバ出ているし、魔力が溢れて体は元気だ。
彼は再び両手で剣を握ると、踵をべったりと付いて正眼に構える。
「もういいのか?」
「その喋り方鼻につくな。ぶっ潰してやる」
「……やれやれ」
ボツリ、ポツリと天から水滴が下賜される。
デリンジャーによると今日の天気は雨、段々と酷くなってくるらしい。
戦場に嵐が訪れようとしていた。
この世界の住人ではない彼は、能動的に動かなければ生きた証が残らない。
だから、自分も精一杯生きたのだと、頑張ったのだと叫ぶように、彼は全力で刀を振るい、未来を切り拓くのだ。
外からアーキムが横槍を入れたことで剣聖オーウェン・ブラックに生まれた隙を、アラタは見逃さなかった。
一歩間違えれば即死の危険領域に身を置くのは相変わらずだが、彼の攻撃は確かに剣聖にまで届いた。
アラタとお揃いで、オーウェンの左肩にもじんわりと血が滲む。
太刀を受けたというのに、彼は少し嬉しそうだ。
どこぞの変態勇者ではないのだから、もう少し常識人であってほしかったとアラタは苦笑いする。
まったくどいつもこいつも、強い奴は頭のおかしい奴しかなれないルールでもないのかと、アラタは自分のことを棚上げした。
「……3人か」
オーウェンが周囲を見渡しながら呟く。
先ほどからアラタとオーウェンが戦っている周囲は、両軍の兵士とも気安く踏み込もうとしない。
それぞれの兵士の敵、オーウェンとアラタに切り刻まれる未来しか見えないから、誰も近づこうとしない。
戦場にぽっかりと空いた空白、その外周、乱戦の真っ只中に、時折チラ見えする黒い装備。
カナン公国軍第1192小隊専用装備、黒鎧である。
起源をレイフォード公爵家物流事業部特殊配達課の装備、それからアラン・ドレイク麾下の八咫烏と脈々と継承されてきた魔道具。
鋼鉄のような強度を誇るアカアシグモの糸、魔力伝達性が高いニタン木綿、そしていくつかの材料と、アトラダンジョン最下層ボスフロアに鎮座する火竜の鱗。
金貨にして数百枚はくだらない、日本円にして数千万円の超高級装備。
攻撃を受ければ傷ついた回路から魔力が噴出することによって反応装甲の役割を果たし、正しく回路に魔力を伝達すれば認識阻害系の魔道具として使用できる。
金属素材は高価で希少なアルミニウムを使用しており、魔物の素材と組み合わせると無類の強度を獲得する。
軽量、堅牢、高価、多機能。
価格だけクリアできれば戦争を変える装備を実験的に身につけている精鋭たち。
彼らが人混みの中から虎視眈々と隙を狙ってくる。
オーウェンと言えども、多少の面倒くささは覚えていることだろう。
「お薬の時間だ」
アラタは片手に剣を構えたまま、器用にポーチから丸薬を取り出した。
まあまあな大きさの、絶対に一口で言ったらのどに詰まるサイズをした赤黒い禍々しい魔石。
石の内部では不思議なことに、透明な水の中に絵の具を落としたように不規則な文様が怪しく蠢いている。
間違いなく体に悪い、というかそもそも食しても大丈夫なものなのか、それすら危うい。
それをアラタは何の迷いもなく、オーウェンが阻止しようとする前に口にした。
大きな飴をかみ砕くように、バリバリと音を立てながらの咀嚼。
もったいないことに、破片はそのまま地面に落ちたりしていた。
オーウェンは大剣を構えてみたものの、動き出しそうな気配を見せることはなかった。
何を待っていたのか、そもそも動く気が無かったのか、動けなかったのか。
ただ1つ言えることは、アラタの得ることが出来たアドバンテージは絶大だという事だ。
「ごちそうさまでした」
「終わったか?」
「待っててくれたの?」
「帝国軍は正々堂々戦う」
「ウソつくなカス」
アラタはレイクタウン攻囲戦において、帝国軍に肉壁にされた公国兵を知っている。
よもや帝国兵であるオーウェンから正々堂々という言葉が出るなんて、と呆れに近い乾いた笑いで嘲笑する。
「決めた。帝国はマジで許さん」
オーウェンは何も言わず、ただ剣を構えるだけだ。
アラタは先ほど摂取した魔石の効果もあって漲る魔力を持て余している状態。
かといって、オーウェンのスキル【剣聖の間合い】がある以上魔術を無駄打ちしたくはない。
荒ぶる魔力を体内でコントロールしつつ、かなりの量を刀に流し込む。
魔力制御能力も随分と磨いてきたアラタ、しかしそれでも刀から魔力が零れ落ちている。
もったいないことこの上なく、アラタはなんとか零れた魔力も利用しようと試みる。
大地に魔力を流し込み、辺り一帯を自身の絶対領域とする。
ただし、魔術を使ってしまえば敵のスキルに相殺されてしまうので、あくまでも敵の魔術攻撃を阻害する目的だ。
「3人とも援護しろ!」
魔力吹きすさぶ大地を踏みしめてアラタが突っ込んだ。
オーウェンは進みも下がりもせず、ただその場で待ち受ける。
敵の移動に全神経を集中させ、間合いに入った瞬間に剣先で捉える様に剣を構える。
剣聖ともあろうものが、よもやそのタイミングを外すなんてことは考えにくく、そうなるとアラタは何らかの方法を使って敵の剣をかいくぐらなければならない。
剣の間合いはオーウェンの方が広く、攻撃が先に届くのは彼。
まず、アラタはその仕事をアーキム、エルモ、カロンに任せた。
雷撃。
投石。
弓矢による射撃。
三者三様の援護射撃は当然オーウェンも認識している。
真正面から突っ込んでくる敵だけなら剣1本で対処できる。
では魔術と石と矢をどう防ぎつつ、アラタを一撃で葬り去るか。
「…………ふん」
オーウェンはスキルを解除、自身が魔術を使えるようにした。
彼は得意では無いが、魔術を使える。
風属性結界術、風陣。
砂を巻き上げながら竜巻のように彼の周囲を駆け抜ける風が、あらゆるものの侵入を阻害する。
アラタは突っ込み続けながら、魔術起動の感触を確かめていた。
手の付近でパチパチと弾ける雷属性の魔力に手を痺れさせながら、もう1種類の魔術を起動する。
炎槍、高難易度魔術である。
刀の鋒から放つように、魔力を刀でコントロールしながら空中に留め置く。
それはうねりをあげながら成長し、空気中の酸素と結びつくことで激しく燃焼する。
「ぶった斬ってやるよ」
間合いに入る前に一太刀。
鋒で引っ掻けるように放った炎槍は、美しい放物線を描きながらオーウェンに迫る。
風属性と火属性のかみ合わせは非常に悪く、魔力量や術式の堅牢さ次第で容易に破壊できてしまう。
恐らく、オーウェンの風陣はもたない。
となればある程度次のアクションは予測できるだろう。
——【剣聖の間合い】再起動。
アラタの仲間であるノエルがオーウェンと同じようにスキルのオンオフを激しく切り替える事の無いことから推測できるように、本来【剣聖の間合い】の起動にはそこそこ時間がかかるのだ。
時間にして約10秒といった所か。
それだけの時間、ノエルはスキル起動の意志を籠めて身体を操作する必要がある。
それに対してオーウェンのこのスキル行使速度。
常軌を逸したスキル回転度は剣聖を至高たらしめる。
もうそろそろ、アラタがオーウェンの間合いに踏み込む頃合いだ。
余談だが、オーウェンの持つスキルの中で最も起動速度が速いのは【痛覚軽減】である。
だが、それは単一の起動速度が最速であるだけで、スキル使用に優先度を割り振れば当然順番は異なる。
つまり、現在オーウェンは【剣聖の間合い】を起動しているだけだ。
他のスキルを起動しようとしているのかもしれないが、現状たったそれだけ。
加えてクラスの補助、素の身体能力などの戦闘力。
ノエルならクラスの補助だけでアラタの居場所を探り当てるが、こちらの感度はオーウェンよりノエルの方が鋭い。
ハナニラの仮面を装着し、湧き出し続ける魔力をほんの少し流し込む。
それだけで認識的透明人間の出来上がり、あとは【感知】でも何でも使いやがれ。
アラタは右側から回り込むように走り回り、炎槍を放つために振り終えた刀を腰だめに構えた。
この距離、黒鎧と仮面の合わせ技による認識阻害、残りは敵の能力で使用不可。
完全の背後を取ったアラタの眼と、なぜか剣聖の眼が合った。
なんっ——
コンクリートの上に金属パイプを落としたような、重くてよく響く音が鳴った。
包丁で肉を切った時、絶対にこんな音は鳴ったりしない。
包丁を刀、肉を人間の体に置き換えたら、アラタの攻撃は防がれたということになる。
「これでもダメか」
「能力は認めるが、工夫が足りない」
「あっそ!」
この間合いは危険だと、アラタはすぐに離脱を図る。
当然オーウェンにとっては得意な距離なので、この間隔を保つべく足を運ぶ。
「近ぇ!」
「だろうな」
「アラタ避けろ!」
彼の首筋に奔る僅かな違和感。
オーウェンのスキルで阻害されつつも、フル起動していた【感知】の残滓が働いたのだろうか。
ともかくアラタは勘に身を任せて頭を下げ、背後から飛来した矢を躱す。
アーキムの狙いは正確で、矢はオーウェンの眉間を撃ち抜こうとしていた。
オーウェンはこれをどうやって防ぐのか。
答え、素手で掴む。
「おいおいマジか」
「ふんっ」
アラタの身体でブラインドされていたほぼ見えない射撃を、【感知】もなしに素手で取る。
言葉だけ受け取っても大概おかしいし、目の前でそれを見たらもう仕込みとしか思えない。
アーキムお前、裏切っている訳じゃないよなと。
オーウェンは手に持った矢の鏃を、アラタの首元めがけて突き刺しにかかる。
避けられないと判断したアラタ、これを左手の防具で受けようとガードを挙げた。
「痛っ」
黒鎧の防御を易々と普通の矢が貫けることはない、アラタは事前のテストでそのことをよく知っていた。
だから、鏃から溢れ出る魔力がそうさせたのだと咄嗟に理解した。
手首よりももう少し肘側の前腕部、内側から矢が皮膚を突き破って貫通していた。
そのおかげで、アラタの首元は無傷だ。
「痛ってえなぁ!」
右手1本で刀を振り抜くと、オーウェンはそれを受けずに躱した。
同時に少し距離を取り、自分が有利なはずの間合いを捨てる。
「何してんだよ」
「外したらどうだ?」
何か仕掛けがあるのか、それともただ舐めているだけなのか。
アラタは最大限警戒しつつ、仲間のことを信じてオーウェンから一瞬目を切った。
矢の先端を鏃ごと斬り落とし、反対側から矢を引き抜く。
ボタボタと血が滴るが、気にしている場合ではない。
幸いアドレナリンはドバドバ出ているし、魔力が溢れて体は元気だ。
彼は再び両手で剣を握ると、踵をべったりと付いて正眼に構える。
「もういいのか?」
「その喋り方鼻につくな。ぶっ潰してやる」
「……やれやれ」
ボツリ、ポツリと天から水滴が下賜される。
デリンジャーによると今日の天気は雨、段々と酷くなってくるらしい。
戦場に嵐が訪れようとしていた。
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