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第5章 第十五次帝国戦役編
第412話 力を渇望し、世界を呪い、そして未来を切り拓く
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アラタには自信がない。
自信とは先天的に持つものではなく、後天的に積み上げるものだからだ。
かつてのアラタは自信に満ち溢れていた。
高校3年間の僅かな間だけだが、彼の人生において精神衛生的に健康体だった頃の彼は輝いて見えた。
しかし今は違う。
どれだけ訓練を積んでも、どれだけ必死に戦っても、どれだけ命を懸けても、それでも勝てない。
常人ではとっくに発狂してしまうようなストレスの中で自らを鍛え上げても、それでも天は彼に味方をする気はないようだ。
彼の戦闘能力は非常に高い。
これは客観的な事実だ。
ただ、彼の精神は脆いというのも、また客観的事実だった。
アラタは今夜も訓練に明け暮れる。
第206中隊の隊員たちが寝静まった後も、一人で刀を振るっていた。
大きな音を立てることは出来ないので、静かに魔力を練り上げ、静かに地面へと流し込む。
彼に内在する異質なエネルギーは、まるで水溶き片栗粉のような粘性を持っているように思える。
初めはコップ一杯分程度の分量しか知覚することが出来なかった。
実際、それが限界だったのだろう。
そして徐々に鍛え、運用効率を上げていく。
18歳でこの世界にやって来たアラタは、師のドレイク曰く、これ以上の大幅な魔力量の増加は見込めないと言われた。
だから魔術師のような戦い方は諦めていたし、魔力を節約しながら、ロスを減らしながら戦う術を身につけた。
そして、エクストラスキル【不溢の器】を得た。
このスキルは彼の身体を溢れぬ器へと作り替える。
彼の求める想いの丈に見合うように、超回復した魔力が溢れないように、全てのリミッターを解除する。
否、リミッター解除という表現は的確ではない。
そもそも初めから、そこに制限などは存在しなかった。
あるのはただ、人間という種族における物理的限界点。
千葉新という個体に課せられた、DNAという人体設計図上の限界。
【不溢の器】はそれを書き換える能力だ。
ダンジョンで死亡した後、神と対峙した時にアラタは要求した。
練習が報われるように、努力が実を結ぶチャンスを得れるように、限界が決められるのではなく、成長する余地を、可能性を潰さないで欲しいと。
あの性格の捻じ曲がった存在は、彼女が如何に神とはいえ、そんなことは出来ないと内心思った。
チャンスとか機会とか、そういった物は物事の巡り合わせの結果であって、そこに手を加えることはしないと決めていたから。
神が与えるのはあくまでもきっかけ。
アラタが際限のない成長を望むのなら、その間口に立つチケットを与えるだけ。
その後どうするかは本人次第。
非常に適当で、本人任せな、無責任な代物だ。
だからスキルは神の恩恵もとい、神の呪いとも称されるのだ。
だが、神にとってはそれでよかった。
彼女は行く末が分かっている物語は作らないし、読むこともしない。
何が起こるか分からないからこそ生きて先を見る楽しみがあるし、それを楽しみに日々を生きることが出来る。
だから、スキルの中でも最上級に位置するエクストラスキルを与える条件は非常に厳しい。
凡夫に与えて、特に能力を活かすことなく一生が終わりましたなんて、時間の無駄以外の何物でもない。
全ては彼女が物語を楽しめるように、心に穴が空くほどに能力を渇望し、世界を呪い、未来を切り拓く素養を持った存在にだけ、それを授けるのだ。
「良い感じだけど、悲劇は少し見飽きちゃった」
彼女はそう呟くと、テレビのリモコンでサブスク映画を見るべく画面を操作し始めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「それじゃあ、ヘラルド中佐、行ってきます」
「あぁ。お互い死力を尽くそう」
「では」
10月24日、アラタたち第206中隊はミラ丘陵地帯前線、八番砦と九番砦の中間付近に向けて出立した。
今は快晴が続いているが、デリンジャー曰くこれからしばらくは天気が悪そうとのことだった。
「そういやさ」
四番砦の麓から出発した中隊の移動時間はそこそこ長く、その間ずっと警戒しっぱなしというわけにもいかない。
こんな時雑談の種をまくのは、決まってエルモだった。
「なんだ」
また下らない話か、とアーキムが呆れたように言う。
「いや、冒険者って集団戦術無理じゃね?」
「いや、出来ますよ」
エルモの疑問に反応したのはレイン。
彼はハルツのパーティーメンバーであり、アラタとも以前から面識がある。
「でも、無理くね?」
「206はできます。他は知りません」
「何でよ」
「ハルツさんのおかげだろ」
アラタの言葉に、レインは首を縦に振る。
「聖騎士のクラスはどちらかと言えば集団の指揮に秀でたクラスです。戦闘系なので本人への加護もあるのが凄いところですが、本領はやっぱり集団戦の指揮能力です」
「へぇ~」
「今回は開戦まで時間がありませんでした。だから他の隊は訓練時間が取れずに元々のやり方で戦わざるを得なかったわけです。ただ、206はハルツさんの指揮能力で初めからある程度戦えたので、分隊行動を基礎とする集団戦はむしろ得意なんです」
レインが一通り説明を終えると、エルモはアラタの方を向いた。
「アラタは指揮へたくそだよな」
「しばくぞ」
「デリンジャーさんかアーキムさんの方が分かりやすくて間違いが起こらないですよね」
「へいリャン、裏切るなよ」
「でも本当のことですし……」
「俺は指揮なんてできなくても隊長のこと尊敬してますよ!」
「カロン、それはフォローになってないんだわ」
「あっ、すみません」
オチがついて笑いが噴き出したところで、アーキムが話を戻す。
「そういうわけなら心強いが、指揮は誰が執るんだ? 冗談抜きでハルツの穴をこいつが埋めるのは無理がある」
「こいつって言うな。あと流石に俺も慣れてきたから出来る」
「アラタが上達してきたかどうかって、正直あまり関係ないですよね。後方で指示だけさせるって勿体ないですし」
「リャンに同意です。指揮は僕やアーキムさんでも出来るけど、戦闘面で隊長が抜けるのは避けたいですもん」
デリンジャーが核心に迫ったところで、横から声がかかった。
「指揮は元々206だった連中で請け負うぜ?」
「ルークさん、マジですか?」
彼もハルツのパーティーメンバー、偵察斥候を得意とするBランク冒険者のルークだ。
彼は騎兵でもなければ専用の馬を持っている訳でもないので、馬車の荷台からの会議参加だ。
「出来るのか?」
しょっぱなから失礼全開な聞き方をするアーキム。
「すみませんルークさん。こいつ口は悪いんですけど根はいい子なんです。だから見逃してください」
「あぁ鬱陶しい」
アーキムは反抗期なのか、ポンポンと軽く自分の頭を叩いてくるアラタの手を払いのけた。
ルークはと言うと、そんなことを一々気にするような人間ではないので全く何とも思っておらず、話を続ける。
「出来る。と言い切るしかないな。集団戦を履修済みと言っても結局のところ冒険者だから、分隊や小隊の構成は近しい人間たちに偏る。で、うちのパーティーには治癒魔術師がいるからあまり前線に出て戦うのはよろしくないのよ」
「なるほど」
「それに、お前らのその真っ黒な装備、ちゃんと運用するなら後ろで遊ばせておく意味はないべ?」
「確かに」
荷台の上からでは締まらないが、ルークが総括する。
「中隊の全体指揮は俺らに任せろ。1192は思う存分暴れて、敵をここから追い出せ。いいな」
「分かりました。それでいきましょう」
あと数時間で中隊は目的地に到着する。
公国軍の作戦がうまくいっていると仮定するのなら、移動中の偶発的な戦闘の可能性は低いだろうと、アラタは部下たちを自由にさせたまま移動を続けるのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「…………くくっ」
「……くくくっ」
「あぁーはっはっはっは! これは面白くなってきたぞぉ!」
場所は変わり、ここはウル帝国軍司令部。
ミラ丘陵地帯の東十数キロの位置にあり、ここが実質的な帝国軍のアンカーとなっている。
指揮所で高笑いしたエヴァラトルコヴィッチ中将の元には、緊急の連絡が次々と入って来ていた。
やれ足止めを食って動けないだの、分断されて大部分は山頂の砦に封じ込められただの、非常に愉快な報告ばかりが上がってきている。
彼以外の指揮官は皆一様に青ざめていて、この状況のまずさをこれでもかと表している。
平地に残っている戦力は僅か2千。
この兵だけで道を確保し、閉じ込められた2万8千もの帝国兵を解放しなければならないのだ。
身の毛もよだつとはまさにこのことで、もしこのまま帝国軍が敗北したらと考えると、将校たちは責任問題で頭痛がしてきた。
その中で1人笑うエヴァラトルコヴィッチはやはり頭がおかしいのだろう。
「いやぁ、相手にも良い頭脳がいるようだね」
「はは……左様なようで」
「これは嬉しいことだよ? 戦術史に名前が残るような戦争をしている訳だからね」
言いたいことは理解できるが、やはり大半の将官は納得できない。
今回の戦争が新しい兵器、戦術のオンパレードであることは認めるが、誰だってそんな戦いの実験台になりたいとは思わない。
互いが互いに一発逆転の手を打つあまりに、非常にストロークの大きいシーソーゲームが展開されている。
正直疲れたというのが本音だ。
こんな事せずに、普通に補給路だけ断って丘陵地帯の外側で野戦を仕掛けるではダメだったのかと、彼らは今でも思っている。
ただ、そんな進言をしてエヴァラトルコヴィッチ中将の不興を買いでもしたらと考えると、その方が百倍恐ろしい話だった。
誰だって、前任の司令官であるイリノイ・テレピン元帥と同じ末路は辿りたくない。
「ま、皆の胃に穴が空きそうなのは私も心苦しい。よって朗報をお知らせしましょう」
エヴァラトルコヴィッチの言葉と共に、指揮所の天幕の入り口が空いた。
例によって全開ではなく、中途半端に開かれていて、暖簾をくぐるように布地をまくり上げる。
「おぉ……」
「寡兵と言えど貴公がいるのならばあるいは」
「中将閣下、心臓に悪いです」
そう口々に安堵の言葉を伝えられて、承認欲求の強い彼の気分が良くならないはずがない。
満面の笑みで入って来た男を迎え入れると、肩を組んで紹介する。
「ウル帝国序列3位。剣聖オーウェン・ブラックさんでぇーす!」
自信とは先天的に持つものではなく、後天的に積み上げるものだからだ。
かつてのアラタは自信に満ち溢れていた。
高校3年間の僅かな間だけだが、彼の人生において精神衛生的に健康体だった頃の彼は輝いて見えた。
しかし今は違う。
どれだけ訓練を積んでも、どれだけ必死に戦っても、どれだけ命を懸けても、それでも勝てない。
常人ではとっくに発狂してしまうようなストレスの中で自らを鍛え上げても、それでも天は彼に味方をする気はないようだ。
彼の戦闘能力は非常に高い。
これは客観的な事実だ。
ただ、彼の精神は脆いというのも、また客観的事実だった。
アラタは今夜も訓練に明け暮れる。
第206中隊の隊員たちが寝静まった後も、一人で刀を振るっていた。
大きな音を立てることは出来ないので、静かに魔力を練り上げ、静かに地面へと流し込む。
彼に内在する異質なエネルギーは、まるで水溶き片栗粉のような粘性を持っているように思える。
初めはコップ一杯分程度の分量しか知覚することが出来なかった。
実際、それが限界だったのだろう。
そして徐々に鍛え、運用効率を上げていく。
18歳でこの世界にやって来たアラタは、師のドレイク曰く、これ以上の大幅な魔力量の増加は見込めないと言われた。
だから魔術師のような戦い方は諦めていたし、魔力を節約しながら、ロスを減らしながら戦う術を身につけた。
そして、エクストラスキル【不溢の器】を得た。
このスキルは彼の身体を溢れぬ器へと作り替える。
彼の求める想いの丈に見合うように、超回復した魔力が溢れないように、全てのリミッターを解除する。
否、リミッター解除という表現は的確ではない。
そもそも初めから、そこに制限などは存在しなかった。
あるのはただ、人間という種族における物理的限界点。
千葉新という個体に課せられた、DNAという人体設計図上の限界。
【不溢の器】はそれを書き換える能力だ。
ダンジョンで死亡した後、神と対峙した時にアラタは要求した。
練習が報われるように、努力が実を結ぶチャンスを得れるように、限界が決められるのではなく、成長する余地を、可能性を潰さないで欲しいと。
あの性格の捻じ曲がった存在は、彼女が如何に神とはいえ、そんなことは出来ないと内心思った。
チャンスとか機会とか、そういった物は物事の巡り合わせの結果であって、そこに手を加えることはしないと決めていたから。
神が与えるのはあくまでもきっかけ。
アラタが際限のない成長を望むのなら、その間口に立つチケットを与えるだけ。
その後どうするかは本人次第。
非常に適当で、本人任せな、無責任な代物だ。
だからスキルは神の恩恵もとい、神の呪いとも称されるのだ。
だが、神にとってはそれでよかった。
彼女は行く末が分かっている物語は作らないし、読むこともしない。
何が起こるか分からないからこそ生きて先を見る楽しみがあるし、それを楽しみに日々を生きることが出来る。
だから、スキルの中でも最上級に位置するエクストラスキルを与える条件は非常に厳しい。
凡夫に与えて、特に能力を活かすことなく一生が終わりましたなんて、時間の無駄以外の何物でもない。
全ては彼女が物語を楽しめるように、心に穴が空くほどに能力を渇望し、世界を呪い、未来を切り拓く素養を持った存在にだけ、それを授けるのだ。
「良い感じだけど、悲劇は少し見飽きちゃった」
彼女はそう呟くと、テレビのリモコンでサブスク映画を見るべく画面を操作し始めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「それじゃあ、ヘラルド中佐、行ってきます」
「あぁ。お互い死力を尽くそう」
「では」
10月24日、アラタたち第206中隊はミラ丘陵地帯前線、八番砦と九番砦の中間付近に向けて出立した。
今は快晴が続いているが、デリンジャー曰くこれからしばらくは天気が悪そうとのことだった。
「そういやさ」
四番砦の麓から出発した中隊の移動時間はそこそこ長く、その間ずっと警戒しっぱなしというわけにもいかない。
こんな時雑談の種をまくのは、決まってエルモだった。
「なんだ」
また下らない話か、とアーキムが呆れたように言う。
「いや、冒険者って集団戦術無理じゃね?」
「いや、出来ますよ」
エルモの疑問に反応したのはレイン。
彼はハルツのパーティーメンバーであり、アラタとも以前から面識がある。
「でも、無理くね?」
「206はできます。他は知りません」
「何でよ」
「ハルツさんのおかげだろ」
アラタの言葉に、レインは首を縦に振る。
「聖騎士のクラスはどちらかと言えば集団の指揮に秀でたクラスです。戦闘系なので本人への加護もあるのが凄いところですが、本領はやっぱり集団戦の指揮能力です」
「へぇ~」
「今回は開戦まで時間がありませんでした。だから他の隊は訓練時間が取れずに元々のやり方で戦わざるを得なかったわけです。ただ、206はハルツさんの指揮能力で初めからある程度戦えたので、分隊行動を基礎とする集団戦はむしろ得意なんです」
レインが一通り説明を終えると、エルモはアラタの方を向いた。
「アラタは指揮へたくそだよな」
「しばくぞ」
「デリンジャーさんかアーキムさんの方が分かりやすくて間違いが起こらないですよね」
「へいリャン、裏切るなよ」
「でも本当のことですし……」
「俺は指揮なんてできなくても隊長のこと尊敬してますよ!」
「カロン、それはフォローになってないんだわ」
「あっ、すみません」
オチがついて笑いが噴き出したところで、アーキムが話を戻す。
「そういうわけなら心強いが、指揮は誰が執るんだ? 冗談抜きでハルツの穴をこいつが埋めるのは無理がある」
「こいつって言うな。あと流石に俺も慣れてきたから出来る」
「アラタが上達してきたかどうかって、正直あまり関係ないですよね。後方で指示だけさせるって勿体ないですし」
「リャンに同意です。指揮は僕やアーキムさんでも出来るけど、戦闘面で隊長が抜けるのは避けたいですもん」
デリンジャーが核心に迫ったところで、横から声がかかった。
「指揮は元々206だった連中で請け負うぜ?」
「ルークさん、マジですか?」
彼もハルツのパーティーメンバー、偵察斥候を得意とするBランク冒険者のルークだ。
彼は騎兵でもなければ専用の馬を持っている訳でもないので、馬車の荷台からの会議参加だ。
「出来るのか?」
しょっぱなから失礼全開な聞き方をするアーキム。
「すみませんルークさん。こいつ口は悪いんですけど根はいい子なんです。だから見逃してください」
「あぁ鬱陶しい」
アーキムは反抗期なのか、ポンポンと軽く自分の頭を叩いてくるアラタの手を払いのけた。
ルークはと言うと、そんなことを一々気にするような人間ではないので全く何とも思っておらず、話を続ける。
「出来る。と言い切るしかないな。集団戦を履修済みと言っても結局のところ冒険者だから、分隊や小隊の構成は近しい人間たちに偏る。で、うちのパーティーには治癒魔術師がいるからあまり前線に出て戦うのはよろしくないのよ」
「なるほど」
「それに、お前らのその真っ黒な装備、ちゃんと運用するなら後ろで遊ばせておく意味はないべ?」
「確かに」
荷台の上からでは締まらないが、ルークが総括する。
「中隊の全体指揮は俺らに任せろ。1192は思う存分暴れて、敵をここから追い出せ。いいな」
「分かりました。それでいきましょう」
あと数時間で中隊は目的地に到着する。
公国軍の作戦がうまくいっていると仮定するのなら、移動中の偶発的な戦闘の可能性は低いだろうと、アラタは部下たちを自由にさせたまま移動を続けるのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「…………くくっ」
「……くくくっ」
「あぁーはっはっはっは! これは面白くなってきたぞぉ!」
場所は変わり、ここはウル帝国軍司令部。
ミラ丘陵地帯の東十数キロの位置にあり、ここが実質的な帝国軍のアンカーとなっている。
指揮所で高笑いしたエヴァラトルコヴィッチ中将の元には、緊急の連絡が次々と入って来ていた。
やれ足止めを食って動けないだの、分断されて大部分は山頂の砦に封じ込められただの、非常に愉快な報告ばかりが上がってきている。
彼以外の指揮官は皆一様に青ざめていて、この状況のまずさをこれでもかと表している。
平地に残っている戦力は僅か2千。
この兵だけで道を確保し、閉じ込められた2万8千もの帝国兵を解放しなければならないのだ。
身の毛もよだつとはまさにこのことで、もしこのまま帝国軍が敗北したらと考えると、将校たちは責任問題で頭痛がしてきた。
その中で1人笑うエヴァラトルコヴィッチはやはり頭がおかしいのだろう。
「いやぁ、相手にも良い頭脳がいるようだね」
「はは……左様なようで」
「これは嬉しいことだよ? 戦術史に名前が残るような戦争をしている訳だからね」
言いたいことは理解できるが、やはり大半の将官は納得できない。
今回の戦争が新しい兵器、戦術のオンパレードであることは認めるが、誰だってそんな戦いの実験台になりたいとは思わない。
互いが互いに一発逆転の手を打つあまりに、非常にストロークの大きいシーソーゲームが展開されている。
正直疲れたというのが本音だ。
こんな事せずに、普通に補給路だけ断って丘陵地帯の外側で野戦を仕掛けるではダメだったのかと、彼らは今でも思っている。
ただ、そんな進言をしてエヴァラトルコヴィッチ中将の不興を買いでもしたらと考えると、その方が百倍恐ろしい話だった。
誰だって、前任の司令官であるイリノイ・テレピン元帥と同じ末路は辿りたくない。
「ま、皆の胃に穴が空きそうなのは私も心苦しい。よって朗報をお知らせしましょう」
エヴァラトルコヴィッチの言葉と共に、指揮所の天幕の入り口が空いた。
例によって全開ではなく、中途半端に開かれていて、暖簾をくぐるように布地をまくり上げる。
「おぉ……」
「寡兵と言えど貴公がいるのならばあるいは」
「中将閣下、心臓に悪いです」
そう口々に安堵の言葉を伝えられて、承認欲求の強い彼の気分が良くならないはずがない。
満面の笑みで入って来た男を迎え入れると、肩を組んで紹介する。
「ウル帝国序列3位。剣聖オーウェン・ブラックさんでぇーす!」
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