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第5章 第十五次帝国戦役編
第410話 4千の伏兵
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今日は、ウル帝国歴1581年10月22日。
アラタたちがミラ丘陵地帯の後方まで戻ってくる前の日である。
いつも通り、いつも通りであることが少しおかしいのだが、戦場では今日も公国軍の勝利で一日を終えていた。
「報告します。十番砦前の敵が退却しました」
「……今日はこれで終わりかな」
第1師団長、アダム・クラーク中将は周囲への確認の意味も込めてそう言った。
「みたいですね」
「お疲れさまでした」
参謀部や司令部の士官たちも皆口々に労いの言葉を交わす。
いつもと変わらないと言っても、兵士の命を散らし合う戦闘行為が繰り広げられたことには違いないから。
平常運転で重労働。
それがこの戦場だ。
クラーク中将は戦闘行為が終了したことを認めつつ、まだ仕事は終わっていないと場の空気を引き締めようとした。
「被害報告を急がせろ。それから脱走の注意喚起もだ。救護所からの要請には出来るだけ応じてやれ、今あそこには治癒魔術師が1人もいないのだからな」
「失礼します」
「なにか」
「第2連隊の被害報告上がりました」
「早いな。よし」
戦闘が終われば、戦闘部隊は兵士のケアと翌日への準備、間接部門である司令部は被害状況の把握、翌日以降の作戦確認改善、軍を維持するためのインフラ管理や全体的なマネジメント業務が待っている。
彼らが就寝できるのは、決まって日を跨いでからになる。
だから、今日の彼らの睡眠時間は僅か2,3時間しかとることが出来なかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「閣下。中将閣下。エヴァラトルコヴィッチ中将閣下。エヴァラトルコヴィッチ・ウルメル中将閣下」
「うぅ、んーん」
「起きてください。昨日定めた起床時刻になりました」
帝国軍の兵営の中でも、一際目を引く大きな建物。
戦場、それも平野に陣を敷いただけだというのに、レンガ造りの建物がたった1つだけ存在する。
そこには作戦指揮所も無ければ、地下室の拷問部屋もない。
在るのはただ1つ、上流貴族の宿泊設備のみ。
流石の外面の装飾は間に合わなかったのか、それとも不要だと判断したのか、ただレンガを接着しながら積み上げただけ。
しかし一度足を踏み入れれば、そこは間違いなく貴族の屋敷である。
敷き詰められた大理石の床も、通路に敷かれた絨毯も、壁や天井に飾られた絵画も、どれも実利よりも美しさや高価格、希少性を追求したチョイス。
それ故に少々趣味の悪さというか、成金気質が垣間見えるのだが、家主はこれでも数百年続く貴族の大家の出である。
2階建て、それも天井の高さに不満だったのか、初日は中々寝付けなかった生粋の帝国貴族、エヴァラトルコヴィッチ・ウルメル。
現在ウル帝国西部方面隊と中央軍の混成部隊を率いる司令官でもある。
「ふぁ~あ。目覚まし係ご苦労様」
「ありがとうございます。皆様指揮所にてお待ちです」
「先に始めるように言っておいて。作戦を発令するころには行くから」
そう言いながら、エヴァラトルコヴィッチはパンパンと手を叩く。
すかさず部屋の外から傍付きが4名入室してきて、彼らの手によって中将の身支度が整えられていく。
いつもながら凄い世界だと目覚まし係の男は衝撃を受けつつその場を後にした。
10月23日、午前1時のことである。
「応答がないのが3件、気になりますな」
「いや、敵軍の様子に変化が無さすぎる。情報は漏れていないでしょう」
「そういって敵を侮りコートランドで敗北したのを忘れたか」
「いえいえ、適度に恐れていきましょうということで……」
「私を臆病者と愚弄するか!」
司令部に詰めている情報分析官の頭に血が上り切り、腰の剣に手が伸びかけたその時だった。
「エヴァラトルコヴィッチ中将閣下、入られます」
その声を聞いた瞬間、1人の例外もなく高い階級を所持している指揮所の人間全員が、直立不動の気を付け体勢に移行した。
1人の例外もなくだ。
天幕の外側からその空気を察知したのかは定かではないが、お付きの者が入り口の布地をまくり上げた。
本来入りやすいように、中将が手で布をどかすことなくまくり上げるこの仕事、しかし兵士は地面から1.5m、横幅70cmほどしかまくり上げようとしなかった。
それをまるで暖簾をくぐるように押しのけて、お待ちかねの中将閣下が入室する。
実は天幕のたくし上げ具合は彼が注文をつけたもので、この方が好きらしい。
何とも微妙なこだわりの果てに合流した中将に対し、司令部の人間たちはこれまた1人の例外もなく大きな声で挨拶をする。
「おはようございます!」
「閣下、今日もよろしくお願い致します!」
なんて口々に叫ぶものだから、うるさくてかなわない。
主役の彼もその騒音っぷりに耳を押さえながら挨拶を返しているのだが、案外嫌そうな顔はしていない。
実はこれまた中将の注文で、鼓膜が張り裂けそうなほど、喉から血が出そうなほど大きな声で挨拶して欲しいという奇特な物。
昭和、平成の運動部でもあるまいし、まったく意味が分からないこの変なこだわり。
エヴァラトルコヴィッチは自身の欲が満たされている実感と共に恍惚とした表情を浮かべた。
「よし」
彼がそう言うと、セミの大合唱のようだった挨拶がぴたりと止んだ。
パフォーマンスはここで終わりという意味だ。
「どこまで進んでいる?」
「は、応答要求に対する反応が3件ありません」
「敵軍の様子は?」
「別段変わった動きは無く。予定通り行きますか?」
髭を綺麗に剃った顎に手を当てて、中将は数秒間沈黙した。
周りの士官らもその様子を見守る。
静寂の後、顎から手を離した中将は、
「よし、そのまま行こうか」
と言い放ち、今日の基本方針が決定した。
先ほどまで言い合っていた士官の内、慎重派は悔しそうな顔をして、反対に強硬派はこれでもかとほくそ笑む。
しかし中将の前では表立って言い争うわけにもいかない。
彼の不況を買えば、仮に元帥だろうと失脚してしまうことを知っていたから。
妙なこだわりのある面倒くさい男でも、組織を円滑に回す為には欠かせない存在。
帝国の権威を象徴するような大貴族のこの男は、本人が知ってか知らずか周囲に安定をもたらしている。
その安定がカナン公国にまで及べばいいのにと願う人もいるだろうが、残念ながらそう都合よくはいかないのが現実だ。
エヴァラトルコヴィッチが来たことで会議が再開され、やがて結論が出る。
最後にその内容を指揮官が確認と実行を宣言することで、いつもより早い一日が始まる。
「それではこれより、先んじてミラに潜伏させていた部隊と共同で、全ての砦を同時に陥落させる。本作戦は別働隊の行う敵補給路の破壊及びミラ丘陵地帯以南の制圧作戦と密接に関係している。別働隊の作戦は既に実行中だ、失敗は許されない。諸君の健闘を期待する。作戦開始!」
※※※※※※※※※※※※※※※
その始まりは実に静かなものだった。
夜間警備に当たる公国軍の兵士たちは、決まって2人1組で行動する。
ある組は街道沿いに警戒し、ある組は砦付近を警戒し、またある組は森の中を警戒する。
最後者の夜番は、非常に不人気な役割だった。
夜の森は何か出そうなほど不気味だし、虫が飛んでいるし、実際魔物も平気で出る。
人間が殺されてしまうような危険生物には中々お目にかかることは無くても、茂みの向こうから突如として飛び出された日には心の臓が飛び出るくらい驚くことだろう。
そして今夜、上司である小隊長に警備を命じられてしまった不幸な2人組は夜のハイキングにしゃれ込んでいた。
「おい」
「ん?」
「いるよな」
「当たり前だろ」
2名の兵士の内、背が高く茶髪の男が答えた。
反対に黒髪短髪の男は非常に怖がりなのか、30秒に1回のペースで存在確認を取ってくる。
鬱陶しいことこの上ないが、実は茶髪の兵士も不安なので返事を絶やさない。
夜の森が怖いのは当たり前だ。
「なあ」
「ん?」
「いるよな」
「返事してるだろうに」
「そんな邪険にしないでくれよ」
「公国の兵士なら、幽霊だろうが敵兵だろうが恐れず立ち向かうんだよ」
とまあこんな感じで、オープンなビビりとむっつりなビビりがペアを組んでミラ丘陵地帯のとある区画を警戒する。
場所はそう、ルーラル湖の西側、二番砦の前である。
砦群の中で最西に位置する一番砦。
その前に立ちはだかる1枚の壁が二番砦である。
そろそろ肌寒くなってきた10月下旬の夜。
長袖長ズボンに金属の鎧を装備している彼らは、まだまだ寒さを感じ取るには遠いように思える。
「なぁ、寒くね?」
「夜だからな」
「そうだけどさ、やっぱ寒いよ」
「じゃあ上着を着ればいい」
「無いから相談してんだけどなぁ」
「生憎俺は何も持っていない。残念だが1人で解決してくれ」
「まったく冷たい奴だな。まあいいや」
黒髪の方は背中に背負った背嚢から腰くらいまであるマントを羽織って暖を取る。
胸元に1箇所だけ留める箇所があり、そのボタンを通して固定されている。
そんな中、2人が歩く森の中を一陣の風が吹き抜けた。
非常に気味の悪い、まるでムカデが服の下を這いずり回ったような嫌悪感。
「お、おい。今の風すごかったな」
マントを羽織った方、黒髪の兵士がまた聞き始めた。
いい加減うんざりしてきたのか、茶髪の方は応えようとしない。
「なぁ、何とか言ってくれよ。マジでこの前人影が見えたってやつがいてよ。なあ、何とか言って——」
そう言いながら後ろを振り返ると、暗闇の中、明かりに照らされた1人の男。
なんだ、やっぱりいるじゃないかと、黒髪の男が安堵する……ことはなかった。
「て、敵——」
黒装束に身を包んだ帝国兵の刃は、瞬く間に公国兵の喉元を掻っ捌き命を奪った。
音もなく命を刈り取られた茶髪の兵士と合わせて、これで1組の公国兵士が消息を絶った。
「もういいぞ」
黒装束の帝国兵がそう呟くと、暗闇の中どこからともなく似たような恰好をした兵士たちが出現した。
彼らは協力して公国兵の遺体を持ち運び、茂みの深いところに安置した。
これで早々見つからないだろうし、道端の障害物も消えた。
後続が暗闇の中移動することを考えれば、死体につまずく危険性は排除しなければならない。
「時間は?」
「そろそろです」
「よし、今夜ケリをつけるつもりで戦え」
こうして徐々に浸潤していた帝国の尖兵を先頭に、ミラ丘陵地帯に帝国軍2万6千が侵入する。
そのガイドを務めたのは、開戦直後から少しずつ少しずつ時間をかけて潜伏していた、合計4千もの伏兵たち。
仲には特殊兵装である黒装束を身につけた兵士たちまでいる始末で、魔道具の隠密効果を使われては警備の兵士はひとたまりもなかった。
やがて戦闘配置が完了すると、けたたましい音と共に本格的な開戦となる。
「突撃! 一番砦を落とすのだ!」
夜中、深夜2時半。
膠着状態にあったミラ丘陵地帯の戦況を決定づける、帝国軍の夜襲が始まった。
アラタたちがミラ丘陵地帯の後方まで戻ってくる前の日である。
いつも通り、いつも通りであることが少しおかしいのだが、戦場では今日も公国軍の勝利で一日を終えていた。
「報告します。十番砦前の敵が退却しました」
「……今日はこれで終わりかな」
第1師団長、アダム・クラーク中将は周囲への確認の意味も込めてそう言った。
「みたいですね」
「お疲れさまでした」
参謀部や司令部の士官たちも皆口々に労いの言葉を交わす。
いつもと変わらないと言っても、兵士の命を散らし合う戦闘行為が繰り広げられたことには違いないから。
平常運転で重労働。
それがこの戦場だ。
クラーク中将は戦闘行為が終了したことを認めつつ、まだ仕事は終わっていないと場の空気を引き締めようとした。
「被害報告を急がせろ。それから脱走の注意喚起もだ。救護所からの要請には出来るだけ応じてやれ、今あそこには治癒魔術師が1人もいないのだからな」
「失礼します」
「なにか」
「第2連隊の被害報告上がりました」
「早いな。よし」
戦闘が終われば、戦闘部隊は兵士のケアと翌日への準備、間接部門である司令部は被害状況の把握、翌日以降の作戦確認改善、軍を維持するためのインフラ管理や全体的なマネジメント業務が待っている。
彼らが就寝できるのは、決まって日を跨いでからになる。
だから、今日の彼らの睡眠時間は僅か2,3時間しかとることが出来なかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「閣下。中将閣下。エヴァラトルコヴィッチ中将閣下。エヴァラトルコヴィッチ・ウルメル中将閣下」
「うぅ、んーん」
「起きてください。昨日定めた起床時刻になりました」
帝国軍の兵営の中でも、一際目を引く大きな建物。
戦場、それも平野に陣を敷いただけだというのに、レンガ造りの建物がたった1つだけ存在する。
そこには作戦指揮所も無ければ、地下室の拷問部屋もない。
在るのはただ1つ、上流貴族の宿泊設備のみ。
流石の外面の装飾は間に合わなかったのか、それとも不要だと判断したのか、ただレンガを接着しながら積み上げただけ。
しかし一度足を踏み入れれば、そこは間違いなく貴族の屋敷である。
敷き詰められた大理石の床も、通路に敷かれた絨毯も、壁や天井に飾られた絵画も、どれも実利よりも美しさや高価格、希少性を追求したチョイス。
それ故に少々趣味の悪さというか、成金気質が垣間見えるのだが、家主はこれでも数百年続く貴族の大家の出である。
2階建て、それも天井の高さに不満だったのか、初日は中々寝付けなかった生粋の帝国貴族、エヴァラトルコヴィッチ・ウルメル。
現在ウル帝国西部方面隊と中央軍の混成部隊を率いる司令官でもある。
「ふぁ~あ。目覚まし係ご苦労様」
「ありがとうございます。皆様指揮所にてお待ちです」
「先に始めるように言っておいて。作戦を発令するころには行くから」
そう言いながら、エヴァラトルコヴィッチはパンパンと手を叩く。
すかさず部屋の外から傍付きが4名入室してきて、彼らの手によって中将の身支度が整えられていく。
いつもながら凄い世界だと目覚まし係の男は衝撃を受けつつその場を後にした。
10月23日、午前1時のことである。
「応答がないのが3件、気になりますな」
「いや、敵軍の様子に変化が無さすぎる。情報は漏れていないでしょう」
「そういって敵を侮りコートランドで敗北したのを忘れたか」
「いえいえ、適度に恐れていきましょうということで……」
「私を臆病者と愚弄するか!」
司令部に詰めている情報分析官の頭に血が上り切り、腰の剣に手が伸びかけたその時だった。
「エヴァラトルコヴィッチ中将閣下、入られます」
その声を聞いた瞬間、1人の例外もなく高い階級を所持している指揮所の人間全員が、直立不動の気を付け体勢に移行した。
1人の例外もなくだ。
天幕の外側からその空気を察知したのかは定かではないが、お付きの者が入り口の布地をまくり上げた。
本来入りやすいように、中将が手で布をどかすことなくまくり上げるこの仕事、しかし兵士は地面から1.5m、横幅70cmほどしかまくり上げようとしなかった。
それをまるで暖簾をくぐるように押しのけて、お待ちかねの中将閣下が入室する。
実は天幕のたくし上げ具合は彼が注文をつけたもので、この方が好きらしい。
何とも微妙なこだわりの果てに合流した中将に対し、司令部の人間たちはこれまた1人の例外もなく大きな声で挨拶をする。
「おはようございます!」
「閣下、今日もよろしくお願い致します!」
なんて口々に叫ぶものだから、うるさくてかなわない。
主役の彼もその騒音っぷりに耳を押さえながら挨拶を返しているのだが、案外嫌そうな顔はしていない。
実はこれまた中将の注文で、鼓膜が張り裂けそうなほど、喉から血が出そうなほど大きな声で挨拶して欲しいという奇特な物。
昭和、平成の運動部でもあるまいし、まったく意味が分からないこの変なこだわり。
エヴァラトルコヴィッチは自身の欲が満たされている実感と共に恍惚とした表情を浮かべた。
「よし」
彼がそう言うと、セミの大合唱のようだった挨拶がぴたりと止んだ。
パフォーマンスはここで終わりという意味だ。
「どこまで進んでいる?」
「は、応答要求に対する反応が3件ありません」
「敵軍の様子は?」
「別段変わった動きは無く。予定通り行きますか?」
髭を綺麗に剃った顎に手を当てて、中将は数秒間沈黙した。
周りの士官らもその様子を見守る。
静寂の後、顎から手を離した中将は、
「よし、そのまま行こうか」
と言い放ち、今日の基本方針が決定した。
先ほどまで言い合っていた士官の内、慎重派は悔しそうな顔をして、反対に強硬派はこれでもかとほくそ笑む。
しかし中将の前では表立って言い争うわけにもいかない。
彼の不況を買えば、仮に元帥だろうと失脚してしまうことを知っていたから。
妙なこだわりのある面倒くさい男でも、組織を円滑に回す為には欠かせない存在。
帝国の権威を象徴するような大貴族のこの男は、本人が知ってか知らずか周囲に安定をもたらしている。
その安定がカナン公国にまで及べばいいのにと願う人もいるだろうが、残念ながらそう都合よくはいかないのが現実だ。
エヴァラトルコヴィッチが来たことで会議が再開され、やがて結論が出る。
最後にその内容を指揮官が確認と実行を宣言することで、いつもより早い一日が始まる。
「それではこれより、先んじてミラに潜伏させていた部隊と共同で、全ての砦を同時に陥落させる。本作戦は別働隊の行う敵補給路の破壊及びミラ丘陵地帯以南の制圧作戦と密接に関係している。別働隊の作戦は既に実行中だ、失敗は許されない。諸君の健闘を期待する。作戦開始!」
※※※※※※※※※※※※※※※
その始まりは実に静かなものだった。
夜間警備に当たる公国軍の兵士たちは、決まって2人1組で行動する。
ある組は街道沿いに警戒し、ある組は砦付近を警戒し、またある組は森の中を警戒する。
最後者の夜番は、非常に不人気な役割だった。
夜の森は何か出そうなほど不気味だし、虫が飛んでいるし、実際魔物も平気で出る。
人間が殺されてしまうような危険生物には中々お目にかかることは無くても、茂みの向こうから突如として飛び出された日には心の臓が飛び出るくらい驚くことだろう。
そして今夜、上司である小隊長に警備を命じられてしまった不幸な2人組は夜のハイキングにしゃれ込んでいた。
「おい」
「ん?」
「いるよな」
「当たり前だろ」
2名の兵士の内、背が高く茶髪の男が答えた。
反対に黒髪短髪の男は非常に怖がりなのか、30秒に1回のペースで存在確認を取ってくる。
鬱陶しいことこの上ないが、実は茶髪の兵士も不安なので返事を絶やさない。
夜の森が怖いのは当たり前だ。
「なあ」
「ん?」
「いるよな」
「返事してるだろうに」
「そんな邪険にしないでくれよ」
「公国の兵士なら、幽霊だろうが敵兵だろうが恐れず立ち向かうんだよ」
とまあこんな感じで、オープンなビビりとむっつりなビビりがペアを組んでミラ丘陵地帯のとある区画を警戒する。
場所はそう、ルーラル湖の西側、二番砦の前である。
砦群の中で最西に位置する一番砦。
その前に立ちはだかる1枚の壁が二番砦である。
そろそろ肌寒くなってきた10月下旬の夜。
長袖長ズボンに金属の鎧を装備している彼らは、まだまだ寒さを感じ取るには遠いように思える。
「なぁ、寒くね?」
「夜だからな」
「そうだけどさ、やっぱ寒いよ」
「じゃあ上着を着ればいい」
「無いから相談してんだけどなぁ」
「生憎俺は何も持っていない。残念だが1人で解決してくれ」
「まったく冷たい奴だな。まあいいや」
黒髪の方は背中に背負った背嚢から腰くらいまであるマントを羽織って暖を取る。
胸元に1箇所だけ留める箇所があり、そのボタンを通して固定されている。
そんな中、2人が歩く森の中を一陣の風が吹き抜けた。
非常に気味の悪い、まるでムカデが服の下を這いずり回ったような嫌悪感。
「お、おい。今の風すごかったな」
マントを羽織った方、黒髪の兵士がまた聞き始めた。
いい加減うんざりしてきたのか、茶髪の方は応えようとしない。
「なぁ、何とか言ってくれよ。マジでこの前人影が見えたってやつがいてよ。なあ、何とか言って——」
そう言いながら後ろを振り返ると、暗闇の中、明かりに照らされた1人の男。
なんだ、やっぱりいるじゃないかと、黒髪の男が安堵する……ことはなかった。
「て、敵——」
黒装束に身を包んだ帝国兵の刃は、瞬く間に公国兵の喉元を掻っ捌き命を奪った。
音もなく命を刈り取られた茶髪の兵士と合わせて、これで1組の公国兵士が消息を絶った。
「もういいぞ」
黒装束の帝国兵がそう呟くと、暗闇の中どこからともなく似たような恰好をした兵士たちが出現した。
彼らは協力して公国兵の遺体を持ち運び、茂みの深いところに安置した。
これで早々見つからないだろうし、道端の障害物も消えた。
後続が暗闇の中移動することを考えれば、死体につまずく危険性は排除しなければならない。
「時間は?」
「そろそろです」
「よし、今夜ケリをつけるつもりで戦え」
こうして徐々に浸潤していた帝国の尖兵を先頭に、ミラ丘陵地帯に帝国軍2万6千が侵入する。
そのガイドを務めたのは、開戦直後から少しずつ少しずつ時間をかけて潜伏していた、合計4千もの伏兵たち。
仲には特殊兵装である黒装束を身につけた兵士たちまでいる始末で、魔道具の隠密効果を使われては警備の兵士はひとたまりもなかった。
やがて戦闘配置が完了すると、けたたましい音と共に本格的な開戦となる。
「突撃! 一番砦を落とすのだ!」
夜中、深夜2時半。
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