401 / 544
第5章 第十五次帝国戦役編
第397話 転戦
しおりを挟む
「ねえ、髪の色戻したら?」
「あぁ、そう言えば」
金色の髪を持つレンは、先の戦いの最中にそうしたように、手櫛で髪形を整える。
燦燦と輝くブロンドは、徐々に色を変えていく。
そして、燃えるような赤い髪になると同時に、レン・ウォーカーは、ディラン・ウォーカーに戻った。
「これでよし」
満足げに笑いながら、緑のヘアピンを着けて髪形を整える。
サラサラのストレートは細く、しなやかで艶やかで美しい。
「何笑ってるの?」
モルトクが手綱を握る馬の後ろに座りながら、アリソンが訊く。
推しに会うことが出来たとはいえ、帰り道の最中のディランは上機嫌が過ぎた。
「うふふ、聞いちゃう?」
「あ、やっぱいい」
「しょうがないなあ!」
聞きたくないって言ってるのに、と溜息をつくアリソンと言えば、ここ数日体調不良が続いている。
原因ははっきりしているからそこまで心配いらないのだが、モルトク達騎士団の気遣いが少し鬱陶しい。
やれ寒くないか、お腹は空いていないか、気分は平気か、気にかけてくれるのは非常にありがたく、嬉しく、感謝の念しかなくても、もう少しそっとしておいてほしいのが本音だ。
そこにディランの一人語りまで追加されるとなると、彼女の体調は本格的に悪化しそうなまである。
「アリも盗み聞きしてたのなら分かるでしょ?」
「な、何のことかしら?」
「まあいいや。アラタはね、とにかく成長が早いんだ。トオカコーンのように、もうすくすくと育つ。そりゃ愛着も湧くよ」
「ふーん」
「初めて目にした時は、今にも死にそうなくらい弱かった。実際僕らが助けに入らなければ警備に捕まっていたわけだからね。でも、次に会った時はどういうわけか別人みたいになっていた。たかが数週間だよ? それから、僕は気になった。もっと置いておけば、次会う時にどれほど大きくなるんだろうってね」
「へー」
アリソンは心底興味無さそうにしていて、実際興味がない。
ただ、その前で馬を操るモルトクや周りの騎士たちは続きが気になっていた。
仲間の上級騎士であるオズウェルを殺した恨みはあっても、戦いに身を置く者として彼の強さは目を惹かれた。
そこそこ力を込めたディランに対してあそこまで付いていける人間なんて、帝国でもそれこそ数えるほどしかいない。
彼がどのような人生を歩んでそこに至ったのか、断片的な情報だけでも彼らが知りたがるという事を、ディランは分かって喋っていた。
「失望だなんて、戦いのときはあんなこと言ってしまったけど、本当は感動させられっぱなしだったさ。剣の一振り一振りに込められた殺気、常に最適なポジションを模索する足運び、経験に裏打ちされた確かな戦いの組み立て方、それらを戦闘中に正しく選択するための思考力、そしてそれらすべてを支える体力。正直震えたね」
「ディラン殿、戦闘中に人に見せられない顔をするのはどうかと思いますぞ」
「あはは、僕そんなにヤバかった?」
「完全にイッてましたね」
浅黒い褐色肌の上級騎士、ジェリー・アサルの言葉に、一同がドッと笑い始めた。
アリソンは相変わらずムスッとしていたが、それくらいディランの顔はまずいものだったみたいだ。
実際、対面していたアラタも少し引いていたし、イッたというのもあながち間違いではないのかもしれない。
ディランは少し赤面して咳払いすると、話を続ける。
「とにかく! また会う日を楽しみにしているってことだよ」
「えぇ、次こそはフィエルボアが仕留めてやりますよ」
「ゼン君、そんなことしたら5mmにスライスするからね?」
「……すみませんでした」
「アラタは誰にも譲らない。僕だけのものにしたい」
「お嬢、トスカが見えてきました」
「ようやくグランヴァインまで帰ってこれたね。早くシャワー浴びて寝たい」
彼らの戦争はこれにて幕を閉じる。
ディランがもう少し長居したいと言い出したら。
帝国内での権力争いに彼らが駆り出されることが無ければ。
初めから彼が本気だったら。
アラタやその仲間たちの命は、数多くの偶然の上に成り立っている。
人知れず今日も運よく生き延びた彼らが、未来をどのように描くのか。
まだ見ぬ明日を楽しみに、ディランは夢を見るために眠るのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
「君の中隊長の任を解き、第1192小隊の小隊長として再任する。異論はないね?」
「はい、ありません」
「よし、1192は206中隊に編入されることが決まった。以降は中隊長の指示を仰ぐように」
「はい」
「話は以上だが、何か聞きたいことはあるかい?」
「ありません」
「そうか、では下がりたまえ」
「失礼しました」
アラタは司令部を後にすると、ぼーっとした顔で砦の中を歩いていく。
100人の部下を預かる中隊長というポジションは、決して楽なものではなかった。
これは1192小隊でもそうだが、仲が悪くて喧嘩をする奴らもいれば、何をしでかすか分からない爆弾みたいなやつもいる。
100人の中で一番頭が悪い奴をピックアップすれば、大抵常軌を逸した人間がこんにちはする。
そういう面では、中隊ではなく小隊の指揮だけに戻されたのは悪いことだけではなかった。
「アラタ」
「んー?」
小隊の区画はまだ先だが、偶然か必然か、アーキムが彼の前に現れた。
「結果は?」
司令部に呼び出された話は既に知られている。
「301中隊は解散、第1192小隊だけに逆戻りだったよ」
「アラタにはその方が向いているな」
「うるせい」
「他には?」
「俺たちは206中隊の下につく。まあ複雑かもしれないけど、ハルツさんのところだ」
「俺はもう前を向いている」
「……そっか」
アーキムがハルツ、というかクラーク家と仲良くできない原因ははっきりしている。
彼の家であるラトレイア家をアラタがぶっ壊し、それを指示したハルツ・クラーク、アラン・ドレイク。
最終的にその背後にいるのは、現大公シャノン・クレスト。
ラトレイア家もウル帝国と繋がりがあったとはいえ、アーキムの怨恨も理解できる。
アラタは彼の言葉を信じなかったが、前よりは前に進んでいると評価した。
喜ばしいことだ。
「これからの予定は?」
「ハルツさんの所に挨拶してくる。お前は戻ってみんなに状況説明をしてやってくれ」
「分かった」
頷いたアーキムはすぐにアラタの進行方向とは別の方に向かっていった。
小さな堀を作り、そこに近くの川から水を引く。
正面には木製の柵が張り巡らされていて、馬では流石に突破できない。
【身体強化】などを修めている敵への対処は考えず、その分コストを抑えていた。
砦の内部にも通路に沿って張り巡らされたバリケード、アラタは歩きながら自分が攻撃者になった気分で策を練る。
対策してあると考えたいが、もし無策なら土属性の魔術でひっくり返す、初手はこれで決まり。
木は乾いているからよく燃えそうで、火属性魔術の出番となる。
あとは単純に乗り越える手があるが、敵が柵の向こうで待ち構えているのにそれは少し厳しいかもしれない。
結局順路通りに攻め落とすのが一番安全で堅いのかなと考えているうちに、第206中隊の駐屯している兵営に到着した。
「1192のアラタです! ハルツさんいますか!」
「ハルツー」
遠くでルークの声が聞こえた。
きっと呼んでくれているのだろうと、アラタは兵営の入り口で待つ。
革製の装備から、金属の部分鎧にフルプレートメイル。
バラエティに富んでいる半面、統率感に欠けるこの場の兵士たち。
ハルツの部隊は第206中隊、今は独立して第3師団の指揮下で動いているが、元は第1師団所属第1旅団、第2連隊、第32特別大隊と階層分けされている。
特に第32特別大隊は通称冒険者大隊、全員がカナン公国の冒険者ギルドに所属している冒険者で構成された大隊だ。
つまり、その構成要素である206の隊員もまた、全員冒険者ということになる。
だから装備に統一感が無く、アラタも見知った顔がちらほらいた。
「おーおー、久しぶりだな、アラタ!」
「キーン、それにアーニャも。カイルはどこいった?」
「怪我して寝込んでいる。いま隊長のとこの治癒魔術師様に世話になってる最中だ」
この裏表無さそうな好青年はキーン、その隣にいる軽装備のショートカットはアーニャ、それから負傷中のカイルはアラタのギャンブル仲間で端的に言えばボンクラだ。
治癒魔術師様っていうのはタリアさんのことなんだろうなと脳内変換しつつ、アラタは既知の仲間との再会を喜んだ。
「見ねえなって思ったらそこにいたのかよ」
「まあね」
「この前の作戦の指揮官アラタだったでしょ? あんた何見てたの?」
「そうだっけ?」
「そうだったけど、さっき中隊長は解任された。これからは小隊長として206の一員になる」
「へへ、いいねそれ」
何の照れ隠しなのか、キーンは後頭部を掻きながら笑った。
これから彼らは同僚となるのだから、もう少し世間話に華を咲かせたいと思ったところでストップがかかった。
「アラタ! すまんがこっちに来てくれ!」
「はーい! じゃあまたな2人とも」
「おう、またな」
兵営の奥へ進んでいくアラタに対して、2人は逆方向に進んでいく。
「またなだってよ」
「良かったね」
「あぁ、俺もアラタもな」
アラタの過去は、様々な要因でそこそこ広く知られてしまっている。
本来闇に葬るはずだった出来事も、つまびらかになってしまったことによる影響は少なくない。
その火消しの為に大公がどれだけ労力を支払ったか、これは意外と知られていない。
ただ、アラタの生き方に理解を示してくれる人間が増えた事だけは良かったのかもしれない。
「転戦、ですか」
「そうだ。ガルシア中将の話ではこの戦場は停滞する。それよりも戦力差の大きいミラが危険だ」
「分かりましたが……同行する軍の規模は?」
「2千だ」
苦い顔で言い切ったハルツは、恐らくその後のアラタのリアクションまで想像していたのだろう。
予想通り、苦虫を噛み潰したような顔をするアラタ。
「まあそんな顔をするな」
「この戦争、一体どうなるんですかね」
後手後手に回りがちな司令部の対応に、アラタは現場側の人間として少し不満があるらしい。
それはハルツも一緒だが彼はもう少し大人で、では自分に何か具体的で実現可能な打開策を挙げることが出来るのか、そう問いかけることまで出来る。
結果、こうするしかないと彼の頭が言っている。
まだそこまで考えが至らない若人の肩を叩き、ハルツは言う。
「勝てば戦役は終わる。引き分けでも終わる。頑張ろうじゃないか」
「ハルツさんマジポジティブっすね」
「ははは、照れるだろう」
——皮肉のつもりだったんだけどな。
会話がかみ合わない2人でも、いざ戦いになれば問題ない。
最低限そこだけは信頼しつつ、彼らの戦場は次の舞台へと変遷していくのだった。
「あぁ、そう言えば」
金色の髪を持つレンは、先の戦いの最中にそうしたように、手櫛で髪形を整える。
燦燦と輝くブロンドは、徐々に色を変えていく。
そして、燃えるような赤い髪になると同時に、レン・ウォーカーは、ディラン・ウォーカーに戻った。
「これでよし」
満足げに笑いながら、緑のヘアピンを着けて髪形を整える。
サラサラのストレートは細く、しなやかで艶やかで美しい。
「何笑ってるの?」
モルトクが手綱を握る馬の後ろに座りながら、アリソンが訊く。
推しに会うことが出来たとはいえ、帰り道の最中のディランは上機嫌が過ぎた。
「うふふ、聞いちゃう?」
「あ、やっぱいい」
「しょうがないなあ!」
聞きたくないって言ってるのに、と溜息をつくアリソンと言えば、ここ数日体調不良が続いている。
原因ははっきりしているからそこまで心配いらないのだが、モルトク達騎士団の気遣いが少し鬱陶しい。
やれ寒くないか、お腹は空いていないか、気分は平気か、気にかけてくれるのは非常にありがたく、嬉しく、感謝の念しかなくても、もう少しそっとしておいてほしいのが本音だ。
そこにディランの一人語りまで追加されるとなると、彼女の体調は本格的に悪化しそうなまである。
「アリも盗み聞きしてたのなら分かるでしょ?」
「な、何のことかしら?」
「まあいいや。アラタはね、とにかく成長が早いんだ。トオカコーンのように、もうすくすくと育つ。そりゃ愛着も湧くよ」
「ふーん」
「初めて目にした時は、今にも死にそうなくらい弱かった。実際僕らが助けに入らなければ警備に捕まっていたわけだからね。でも、次に会った時はどういうわけか別人みたいになっていた。たかが数週間だよ? それから、僕は気になった。もっと置いておけば、次会う時にどれほど大きくなるんだろうってね」
「へー」
アリソンは心底興味無さそうにしていて、実際興味がない。
ただ、その前で馬を操るモルトクや周りの騎士たちは続きが気になっていた。
仲間の上級騎士であるオズウェルを殺した恨みはあっても、戦いに身を置く者として彼の強さは目を惹かれた。
そこそこ力を込めたディランに対してあそこまで付いていける人間なんて、帝国でもそれこそ数えるほどしかいない。
彼がどのような人生を歩んでそこに至ったのか、断片的な情報だけでも彼らが知りたがるという事を、ディランは分かって喋っていた。
「失望だなんて、戦いのときはあんなこと言ってしまったけど、本当は感動させられっぱなしだったさ。剣の一振り一振りに込められた殺気、常に最適なポジションを模索する足運び、経験に裏打ちされた確かな戦いの組み立て方、それらを戦闘中に正しく選択するための思考力、そしてそれらすべてを支える体力。正直震えたね」
「ディラン殿、戦闘中に人に見せられない顔をするのはどうかと思いますぞ」
「あはは、僕そんなにヤバかった?」
「完全にイッてましたね」
浅黒い褐色肌の上級騎士、ジェリー・アサルの言葉に、一同がドッと笑い始めた。
アリソンは相変わらずムスッとしていたが、それくらいディランの顔はまずいものだったみたいだ。
実際、対面していたアラタも少し引いていたし、イッたというのもあながち間違いではないのかもしれない。
ディランは少し赤面して咳払いすると、話を続ける。
「とにかく! また会う日を楽しみにしているってことだよ」
「えぇ、次こそはフィエルボアが仕留めてやりますよ」
「ゼン君、そんなことしたら5mmにスライスするからね?」
「……すみませんでした」
「アラタは誰にも譲らない。僕だけのものにしたい」
「お嬢、トスカが見えてきました」
「ようやくグランヴァインまで帰ってこれたね。早くシャワー浴びて寝たい」
彼らの戦争はこれにて幕を閉じる。
ディランがもう少し長居したいと言い出したら。
帝国内での権力争いに彼らが駆り出されることが無ければ。
初めから彼が本気だったら。
アラタやその仲間たちの命は、数多くの偶然の上に成り立っている。
人知れず今日も運よく生き延びた彼らが、未来をどのように描くのか。
まだ見ぬ明日を楽しみに、ディランは夢を見るために眠るのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
「君の中隊長の任を解き、第1192小隊の小隊長として再任する。異論はないね?」
「はい、ありません」
「よし、1192は206中隊に編入されることが決まった。以降は中隊長の指示を仰ぐように」
「はい」
「話は以上だが、何か聞きたいことはあるかい?」
「ありません」
「そうか、では下がりたまえ」
「失礼しました」
アラタは司令部を後にすると、ぼーっとした顔で砦の中を歩いていく。
100人の部下を預かる中隊長というポジションは、決して楽なものではなかった。
これは1192小隊でもそうだが、仲が悪くて喧嘩をする奴らもいれば、何をしでかすか分からない爆弾みたいなやつもいる。
100人の中で一番頭が悪い奴をピックアップすれば、大抵常軌を逸した人間がこんにちはする。
そういう面では、中隊ではなく小隊の指揮だけに戻されたのは悪いことだけではなかった。
「アラタ」
「んー?」
小隊の区画はまだ先だが、偶然か必然か、アーキムが彼の前に現れた。
「結果は?」
司令部に呼び出された話は既に知られている。
「301中隊は解散、第1192小隊だけに逆戻りだったよ」
「アラタにはその方が向いているな」
「うるせい」
「他には?」
「俺たちは206中隊の下につく。まあ複雑かもしれないけど、ハルツさんのところだ」
「俺はもう前を向いている」
「……そっか」
アーキムがハルツ、というかクラーク家と仲良くできない原因ははっきりしている。
彼の家であるラトレイア家をアラタがぶっ壊し、それを指示したハルツ・クラーク、アラン・ドレイク。
最終的にその背後にいるのは、現大公シャノン・クレスト。
ラトレイア家もウル帝国と繋がりがあったとはいえ、アーキムの怨恨も理解できる。
アラタは彼の言葉を信じなかったが、前よりは前に進んでいると評価した。
喜ばしいことだ。
「これからの予定は?」
「ハルツさんの所に挨拶してくる。お前は戻ってみんなに状況説明をしてやってくれ」
「分かった」
頷いたアーキムはすぐにアラタの進行方向とは別の方に向かっていった。
小さな堀を作り、そこに近くの川から水を引く。
正面には木製の柵が張り巡らされていて、馬では流石に突破できない。
【身体強化】などを修めている敵への対処は考えず、その分コストを抑えていた。
砦の内部にも通路に沿って張り巡らされたバリケード、アラタは歩きながら自分が攻撃者になった気分で策を練る。
対策してあると考えたいが、もし無策なら土属性の魔術でひっくり返す、初手はこれで決まり。
木は乾いているからよく燃えそうで、火属性魔術の出番となる。
あとは単純に乗り越える手があるが、敵が柵の向こうで待ち構えているのにそれは少し厳しいかもしれない。
結局順路通りに攻め落とすのが一番安全で堅いのかなと考えているうちに、第206中隊の駐屯している兵営に到着した。
「1192のアラタです! ハルツさんいますか!」
「ハルツー」
遠くでルークの声が聞こえた。
きっと呼んでくれているのだろうと、アラタは兵営の入り口で待つ。
革製の装備から、金属の部分鎧にフルプレートメイル。
バラエティに富んでいる半面、統率感に欠けるこの場の兵士たち。
ハルツの部隊は第206中隊、今は独立して第3師団の指揮下で動いているが、元は第1師団所属第1旅団、第2連隊、第32特別大隊と階層分けされている。
特に第32特別大隊は通称冒険者大隊、全員がカナン公国の冒険者ギルドに所属している冒険者で構成された大隊だ。
つまり、その構成要素である206の隊員もまた、全員冒険者ということになる。
だから装備に統一感が無く、アラタも見知った顔がちらほらいた。
「おーおー、久しぶりだな、アラタ!」
「キーン、それにアーニャも。カイルはどこいった?」
「怪我して寝込んでいる。いま隊長のとこの治癒魔術師様に世話になってる最中だ」
この裏表無さそうな好青年はキーン、その隣にいる軽装備のショートカットはアーニャ、それから負傷中のカイルはアラタのギャンブル仲間で端的に言えばボンクラだ。
治癒魔術師様っていうのはタリアさんのことなんだろうなと脳内変換しつつ、アラタは既知の仲間との再会を喜んだ。
「見ねえなって思ったらそこにいたのかよ」
「まあね」
「この前の作戦の指揮官アラタだったでしょ? あんた何見てたの?」
「そうだっけ?」
「そうだったけど、さっき中隊長は解任された。これからは小隊長として206の一員になる」
「へへ、いいねそれ」
何の照れ隠しなのか、キーンは後頭部を掻きながら笑った。
これから彼らは同僚となるのだから、もう少し世間話に華を咲かせたいと思ったところでストップがかかった。
「アラタ! すまんがこっちに来てくれ!」
「はーい! じゃあまたな2人とも」
「おう、またな」
兵営の奥へ進んでいくアラタに対して、2人は逆方向に進んでいく。
「またなだってよ」
「良かったね」
「あぁ、俺もアラタもな」
アラタの過去は、様々な要因でそこそこ広く知られてしまっている。
本来闇に葬るはずだった出来事も、つまびらかになってしまったことによる影響は少なくない。
その火消しの為に大公がどれだけ労力を支払ったか、これは意外と知られていない。
ただ、アラタの生き方に理解を示してくれる人間が増えた事だけは良かったのかもしれない。
「転戦、ですか」
「そうだ。ガルシア中将の話ではこの戦場は停滞する。それよりも戦力差の大きいミラが危険だ」
「分かりましたが……同行する軍の規模は?」
「2千だ」
苦い顔で言い切ったハルツは、恐らくその後のアラタのリアクションまで想像していたのだろう。
予想通り、苦虫を噛み潰したような顔をするアラタ。
「まあそんな顔をするな」
「この戦争、一体どうなるんですかね」
後手後手に回りがちな司令部の対応に、アラタは現場側の人間として少し不満があるらしい。
それはハルツも一緒だが彼はもう少し大人で、では自分に何か具体的で実現可能な打開策を挙げることが出来るのか、そう問いかけることまで出来る。
結果、こうするしかないと彼の頭が言っている。
まだそこまで考えが至らない若人の肩を叩き、ハルツは言う。
「勝てば戦役は終わる。引き分けでも終わる。頑張ろうじゃないか」
「ハルツさんマジポジティブっすね」
「ははは、照れるだろう」
——皮肉のつもりだったんだけどな。
会話がかみ合わない2人でも、いざ戦いになれば問題ない。
最低限そこだけは信頼しつつ、彼らの戦場は次の舞台へと変遷していくのだった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました
夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」
命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。
本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。
元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。
その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。
しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。
といった序盤ストーリーとなっております。
追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。
5月30日までは毎日2回更新を予定しています。
それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる