398 / 544
第5章 第十五次帝国戦役編
第394話 勇ましき者(レイクタウン攻囲戦19)
しおりを挟む
「カイワレ……一体アラタに何を吹き込んだ?」
ハルツは、他に言葉を見つけることが出来なかった。
突然膂力が爆発的に高まったディラン・ウォーカーに対して、アラタは包囲網の外まで吹き飛ばされた。
連合大隊はすぐに移動を開始して、レイクタウンの中心へとずれていく。
その先でアラタに加勢しようとした彼らが見たものは、文字通り別次元の戦いだった。
「ははっ、最高だ!」
「……………………」
高速移動しながら斬り結ぶ彼らの姿は、断片的にしか捉えることが出来ない。
今日の開戦直後にあった爆発で吹き飛んだ区画をゆうに超えているから、まだ生きている建物が多くあるのだ。
そんな視界の悪いエリアの中で、彼らを捕捉するのは一筋縄ではいかない。
風を切る音と、爆発音と、家が壊れて崩れ落ちる音。
そして打ち鳴らされる金属音に魔術行使による閃光。
第1192小隊の隊員ですら見たことがない、アラタの本気を超えた本気の戦闘だった。
「いいよ、いいよぉ! もっと来い!」
ディランは攻撃の頻度を減らし、アラタに半ば一方的に攻撃させている。
それが彼の体力が枯渇するのを待つ狙いなのか、単に食らいたがりなのかは定かではない。
そして、アラタが諸手で鋭い突きを放った。
「うっ!」
完全に瞳孔が開き切っていて、とても正気を保っているような外見ではないアラタ。
しかし戦い方はクレバーそのもの、突きが躱されたと見るや、小手先で細かいフェイントを入れつつ膝蹴りを入れた。
読み違えたのか、まあまあ綺麗な一撃が入った。
今日初めてまともに攻撃を受けたディランは、民家の扉に背中から突っ込んだ。
豪快な破砕音と共に、木が裂けて家の入口を破壊する。
レンガ造りの一軒家は、2人の不法侵入者によってドッキリ系YouTuberよろしく解体が進められていく。
玄関を入ってすぐ前にある階段を駆け上がるディランに対して、アラタは雷撃を数発お見舞いした。
狭い空間、それもアラタの攻撃をここまで徹底的に回避できる人間は、アラタの知る限りユウとアラン・ドレイクしかいなかった。
そこに新たに名を連ねたディランは、追いかけてくるアラタに対して壁に掛けられていた絵を投げつけた。
縦横1m×0.8mくらいの中型絵画、この家の持ち主はそこそこの金持ちか、芸術に縁のある人間だったのか。
視界を遮られたアラタは【感知】に意識を集中させつつ、左手でキャンバスを払いのけようとした。
しかしすんでのところでそれを中止、体を左側に倒して伏せた。
「お返しさ」
ディランの剣がアラタごと絵画を貫こうとし、そこまではアラタも読み切った。
ただ、このレベルの使い手が相手となると、それ以上先読みをするのはかなり困難になる。
アラタの腹にくっきりと28.5cmの足跡が付き、彼は階段を転げ落ちた。
そしてそのまま開けっ放しになっている入り口を通過して反対側の家の壁に激突する。
「まだだろう!? もっと! もっとぉ!」
「……うるせえ」
額を切り、少量の出血が認められるアラタは、左手で血を拭いつつ刀の鋒を敵に向けた。
神からもらい受けたこの刀は、高性能な魔道具としての側面を持つ。
通常武器は魔力を流して強化が可能な反面、武器本来の寿命を縮めてしまう問題点がある。
アラタの刀の場合、壊れず、劣化もしないので無問題。
多くの魔術師や、アリソン・フェンリルがそうしているように、魔術の射出口として利用可能なのだ。
先ほどまで多用してきた雷属性の魔術ではない。
魔力を触媒に、酸素などの可燃物を混ぜ込むイメージで属性魔術を練り上げ構築していく。
回路制御は精緻にして豪胆、体内に秘める魔力量は常人の遥か向こう側、魔術行使に求められる高い集中力は、生来のもの、訓練によるもの、そして【狂化】による脳内麻薬によるもの。
アラタへ向かって一直線に突き進むディランが、何かを察知して立ち止まった。
これは今日初めての行動だった。
左手で血と共に髪をかき上げ、鋒に集中する魔力は尋常ではない熱量を帯びている。
あまりの熱に、血が乾いて固まりつつあることに、アラタは気づいていない。
火球? 炎弾? 炎槍? どれも違う。
そのさらに上、炎槍よりも範囲が広く、消費魔力が大きく、大規模魔術に分類される上級魔術。
その名を——
「豪炎」
消防車の放水を思わせるような勢いと水平角度で、全てを焼き尽くす炎が射出された。
それは次から次へ、あとから押し出される炎が前のそれを後押しするように、ディランに向かって放射状に殺到した。
「アハハ!」
これでもまだ笑顔を絶やさないディラン。
ただ、その額には汗が光っていた。
熱源が近くにあるからか、激しい戦闘によるものか、それともアラタを脅威に感じている冷や汗か。
とにかく彼はその場から飛び退きつつ、大急ぎで水属性の魔力を練った。
アラタの放った豪炎は縦よりも横の角度の方が広く、かなりの至近距離にあったディランは縦方向、すなわち跳躍による回避を余儀なくされた。
そして、空中は身動きが取れない。
刀から放出される魔力の塊の反作用圧力に耐えながら、アラタは刀の角度を上へと変える。
ディランを追いかけるように炎が巻き起こり、やがて追いついた。
「あっつぅぅぅううう!!!」
剣を逆手に持ち替え、右腕の肘あたりを左手で掴む。
剣の刀身が正面に来るように構え、宝剣の装飾が光り輝いた。
水属性の結界術、名前は特にないが、アラタや師のドレイクに倣うなら水陣。
空中で行使したそれは、ディランの前面に半球上の障壁を展開し、炎とぶつかった傍から蒸発していく。
蒸気がこれでもかと発生して、周囲は深い霧に包まれた。
体の前で停滞するディランの魔術と、刀から放出されたアラタの魔術。
当然押し敗けたのはディランの方で、彼は家2軒分向こうに吹き飛ばされた。
それでも足から着地した彼は本当に隙が無いと言える。
ただ、流石の彼も少し息苦しい。
湿度が高く、酸素が薄い。
標高の高い山で突然の雨に見舞われたのと同じで、この環境は人体によろしくない。
呼吸を整えることを優先したディランに対して、白い仮面を装着して足音を消すアラタ。
視界は最悪、黒鎧と仮面の隠密効果で、アラタは一時的な透明人間になっている。
この状態、アラタに非常に有利だ。
【暗視】、【気配遮断】、【狂化】、黒鎧。
これだけのアドバンテージをフル活用して、アラタはディランの左斜め後ろから迫った。
——刺され。
そう願いながら腰溜めに突っ込むアラタに与えられた、肉に刃を刺しこんだ感覚。
確かに捉えた、その実感は、仮面の向こうに見えるディランのうなじによって一層強固なものになる。
刃を下に向けて突きたてた状態から、ドアノブを回すように柄をねじった。
また肉を抉る感触が彼を満たす。
「……最高だよ。もうすぐいけそうだ」
恍惚とした表情で振り向いたディランに対して、アラタはシンプルに引いた。
この期に及んで笑っているのだから、彼はきっと正気ではない。
「もっと派手にいこう」
そう言いつつ、ディランは刀を己が肉体から引き抜いた。
いくら【痛覚軽減】のような感覚遮断系スキルがあるとはいえ、物事には限度というものがある。
アラタは刀を握っていたから吹き飛ばされなかったが、急激な風が辺りを襲った。
それは大気をかき混ぜて、霧をあっという間に晴らしていく。
アドバンテージが消えようとしていた。
霧が包み込んでいたのは、何も物理的な視界だけではない。
敵は自分の姿を捉えられずにいて、自分は敵のことが見えている。
そんな環境要因による精神的優位性を失えば、無意識のうちにメンタルも削られる。
そして、アラタにとってそれは致命的な減点だった。
「ハァーッ、ハァーッ、カハァーッ……カヒュッ、ゲホッ」
スキル【狂化】の限界点。
よく今まで暴走せずに持ちこたえたと称賛するべきだろう。
この土壇場で、スキルを使わざるを得ない状況下で、彼はよくやった。
こうして激しく息切れを起こしても、魔力がほとんど枯渇していても、それでもディランとここまで渡り合える人間はそうどこにでもいるわけではない。
残る力で必死に体勢を保ち、尚も刀を構え続ける心意気は天晴れだ。
「アラタ、やっぱり君は最高だよ」
「ゼッ、ハァーッ……まだだ」
アラタは腰のポーチからポーションを取り出して摂取する。
とっくに使用制限は超えているし、ポーションでどうにかなる領域の疲労でもない。
それでもアラタは諦めずに刀を握る。
その光景は、ディランを動かした。
「ただ諦めないのは簡単だ。誰かにダメだと言われるまで動き続ければいいだけだからね」
ディランは不意に剣を収め、髪を整え始めた。
激しい攻防の中で、赤い髪は天高く燃え上がるように乱れている。
それを手櫛で丁寧に滑らかにしていく。
「君の諦めの悪さは特筆もので、僕が認めるほどに強い。だから、君にダメだと突き付けるのは僕でありたい」
すっかり髪型が元に戻り、表情も柔らかく穏やかになる。
「アラタは勇ましいね」
「ヒュー、ヒュッ、ハァー、なにが」
「いや、ふとね。アラタはどうやってクラスが割り振られると思う?」
アラタはクラスを持っていない。
「知るか」
「世の中には15歳までに積み上げた人生が影響しているっていう人もいるらしいけどね、僕はあまりそう思わない。だって、僕は全然勇ましくなんてないし」
アラタは呼吸を整えながら、ただ耳を傾ける。
ポーションの効果が出るまで時間がかかるし、時間を使ってくれるのはありがたい話だった。
「正直、僕よりもアラタの方が勇気があると思う。皇帝風にいうなら、勇ましき者だね」
刀を構え、注意深くディランを観察していたアラタは、ある異変に気が付いた。
髪色が変わりつつある。
抜けたわけでも、伸びたわけでもないのに、髪の色が変わっていく。
お湯で髪色が変わる着せ替え人形のように、生え際から順に、赤から金に染まっていく。
何が起こったのか分からなくても、何かが起こっているのは理解できる。
なけなしの体力を振り絞り、アラタは警戒レベルをもう1段階引き上げた。
そして、ディランは隠し事をやめた。
「僕の本当の名前は、レン・ジェームズ・ベンジャミン・ジャクソン・マシュー・デイビッド・ディラン・アイザック・マテオ・アンソニー・リオ・アルフィー・トーマス・アーチー・
アーサー・ルイス・アーロン・ウォーカー」
「長っ」
「僕のクラスは、【勇者】だ」
赤髪改め金髪の勇者レン・ウォーカーは、儚げな表情で打ち明けた。
戦いの決着をつけかねない、圧倒的事実を。
ハルツは、他に言葉を見つけることが出来なかった。
突然膂力が爆発的に高まったディラン・ウォーカーに対して、アラタは包囲網の外まで吹き飛ばされた。
連合大隊はすぐに移動を開始して、レイクタウンの中心へとずれていく。
その先でアラタに加勢しようとした彼らが見たものは、文字通り別次元の戦いだった。
「ははっ、最高だ!」
「……………………」
高速移動しながら斬り結ぶ彼らの姿は、断片的にしか捉えることが出来ない。
今日の開戦直後にあった爆発で吹き飛んだ区画をゆうに超えているから、まだ生きている建物が多くあるのだ。
そんな視界の悪いエリアの中で、彼らを捕捉するのは一筋縄ではいかない。
風を切る音と、爆発音と、家が壊れて崩れ落ちる音。
そして打ち鳴らされる金属音に魔術行使による閃光。
第1192小隊の隊員ですら見たことがない、アラタの本気を超えた本気の戦闘だった。
「いいよ、いいよぉ! もっと来い!」
ディランは攻撃の頻度を減らし、アラタに半ば一方的に攻撃させている。
それが彼の体力が枯渇するのを待つ狙いなのか、単に食らいたがりなのかは定かではない。
そして、アラタが諸手で鋭い突きを放った。
「うっ!」
完全に瞳孔が開き切っていて、とても正気を保っているような外見ではないアラタ。
しかし戦い方はクレバーそのもの、突きが躱されたと見るや、小手先で細かいフェイントを入れつつ膝蹴りを入れた。
読み違えたのか、まあまあ綺麗な一撃が入った。
今日初めてまともに攻撃を受けたディランは、民家の扉に背中から突っ込んだ。
豪快な破砕音と共に、木が裂けて家の入口を破壊する。
レンガ造りの一軒家は、2人の不法侵入者によってドッキリ系YouTuberよろしく解体が進められていく。
玄関を入ってすぐ前にある階段を駆け上がるディランに対して、アラタは雷撃を数発お見舞いした。
狭い空間、それもアラタの攻撃をここまで徹底的に回避できる人間は、アラタの知る限りユウとアラン・ドレイクしかいなかった。
そこに新たに名を連ねたディランは、追いかけてくるアラタに対して壁に掛けられていた絵を投げつけた。
縦横1m×0.8mくらいの中型絵画、この家の持ち主はそこそこの金持ちか、芸術に縁のある人間だったのか。
視界を遮られたアラタは【感知】に意識を集中させつつ、左手でキャンバスを払いのけようとした。
しかしすんでのところでそれを中止、体を左側に倒して伏せた。
「お返しさ」
ディランの剣がアラタごと絵画を貫こうとし、そこまではアラタも読み切った。
ただ、このレベルの使い手が相手となると、それ以上先読みをするのはかなり困難になる。
アラタの腹にくっきりと28.5cmの足跡が付き、彼は階段を転げ落ちた。
そしてそのまま開けっ放しになっている入り口を通過して反対側の家の壁に激突する。
「まだだろう!? もっと! もっとぉ!」
「……うるせえ」
額を切り、少量の出血が認められるアラタは、左手で血を拭いつつ刀の鋒を敵に向けた。
神からもらい受けたこの刀は、高性能な魔道具としての側面を持つ。
通常武器は魔力を流して強化が可能な反面、武器本来の寿命を縮めてしまう問題点がある。
アラタの刀の場合、壊れず、劣化もしないので無問題。
多くの魔術師や、アリソン・フェンリルがそうしているように、魔術の射出口として利用可能なのだ。
先ほどまで多用してきた雷属性の魔術ではない。
魔力を触媒に、酸素などの可燃物を混ぜ込むイメージで属性魔術を練り上げ構築していく。
回路制御は精緻にして豪胆、体内に秘める魔力量は常人の遥か向こう側、魔術行使に求められる高い集中力は、生来のもの、訓練によるもの、そして【狂化】による脳内麻薬によるもの。
アラタへ向かって一直線に突き進むディランが、何かを察知して立ち止まった。
これは今日初めての行動だった。
左手で血と共に髪をかき上げ、鋒に集中する魔力は尋常ではない熱量を帯びている。
あまりの熱に、血が乾いて固まりつつあることに、アラタは気づいていない。
火球? 炎弾? 炎槍? どれも違う。
そのさらに上、炎槍よりも範囲が広く、消費魔力が大きく、大規模魔術に分類される上級魔術。
その名を——
「豪炎」
消防車の放水を思わせるような勢いと水平角度で、全てを焼き尽くす炎が射出された。
それは次から次へ、あとから押し出される炎が前のそれを後押しするように、ディランに向かって放射状に殺到した。
「アハハ!」
これでもまだ笑顔を絶やさないディラン。
ただ、その額には汗が光っていた。
熱源が近くにあるからか、激しい戦闘によるものか、それともアラタを脅威に感じている冷や汗か。
とにかく彼はその場から飛び退きつつ、大急ぎで水属性の魔力を練った。
アラタの放った豪炎は縦よりも横の角度の方が広く、かなりの至近距離にあったディランは縦方向、すなわち跳躍による回避を余儀なくされた。
そして、空中は身動きが取れない。
刀から放出される魔力の塊の反作用圧力に耐えながら、アラタは刀の角度を上へと変える。
ディランを追いかけるように炎が巻き起こり、やがて追いついた。
「あっつぅぅぅううう!!!」
剣を逆手に持ち替え、右腕の肘あたりを左手で掴む。
剣の刀身が正面に来るように構え、宝剣の装飾が光り輝いた。
水属性の結界術、名前は特にないが、アラタや師のドレイクに倣うなら水陣。
空中で行使したそれは、ディランの前面に半球上の障壁を展開し、炎とぶつかった傍から蒸発していく。
蒸気がこれでもかと発生して、周囲は深い霧に包まれた。
体の前で停滞するディランの魔術と、刀から放出されたアラタの魔術。
当然押し敗けたのはディランの方で、彼は家2軒分向こうに吹き飛ばされた。
それでも足から着地した彼は本当に隙が無いと言える。
ただ、流石の彼も少し息苦しい。
湿度が高く、酸素が薄い。
標高の高い山で突然の雨に見舞われたのと同じで、この環境は人体によろしくない。
呼吸を整えることを優先したディランに対して、白い仮面を装着して足音を消すアラタ。
視界は最悪、黒鎧と仮面の隠密効果で、アラタは一時的な透明人間になっている。
この状態、アラタに非常に有利だ。
【暗視】、【気配遮断】、【狂化】、黒鎧。
これだけのアドバンテージをフル活用して、アラタはディランの左斜め後ろから迫った。
——刺され。
そう願いながら腰溜めに突っ込むアラタに与えられた、肉に刃を刺しこんだ感覚。
確かに捉えた、その実感は、仮面の向こうに見えるディランのうなじによって一層強固なものになる。
刃を下に向けて突きたてた状態から、ドアノブを回すように柄をねじった。
また肉を抉る感触が彼を満たす。
「……最高だよ。もうすぐいけそうだ」
恍惚とした表情で振り向いたディランに対して、アラタはシンプルに引いた。
この期に及んで笑っているのだから、彼はきっと正気ではない。
「もっと派手にいこう」
そう言いつつ、ディランは刀を己が肉体から引き抜いた。
いくら【痛覚軽減】のような感覚遮断系スキルがあるとはいえ、物事には限度というものがある。
アラタは刀を握っていたから吹き飛ばされなかったが、急激な風が辺りを襲った。
それは大気をかき混ぜて、霧をあっという間に晴らしていく。
アドバンテージが消えようとしていた。
霧が包み込んでいたのは、何も物理的な視界だけではない。
敵は自分の姿を捉えられずにいて、自分は敵のことが見えている。
そんな環境要因による精神的優位性を失えば、無意識のうちにメンタルも削られる。
そして、アラタにとってそれは致命的な減点だった。
「ハァーッ、ハァーッ、カハァーッ……カヒュッ、ゲホッ」
スキル【狂化】の限界点。
よく今まで暴走せずに持ちこたえたと称賛するべきだろう。
この土壇場で、スキルを使わざるを得ない状況下で、彼はよくやった。
こうして激しく息切れを起こしても、魔力がほとんど枯渇していても、それでもディランとここまで渡り合える人間はそうどこにでもいるわけではない。
残る力で必死に体勢を保ち、尚も刀を構え続ける心意気は天晴れだ。
「アラタ、やっぱり君は最高だよ」
「ゼッ、ハァーッ……まだだ」
アラタは腰のポーチからポーションを取り出して摂取する。
とっくに使用制限は超えているし、ポーションでどうにかなる領域の疲労でもない。
それでもアラタは諦めずに刀を握る。
その光景は、ディランを動かした。
「ただ諦めないのは簡単だ。誰かにダメだと言われるまで動き続ければいいだけだからね」
ディランは不意に剣を収め、髪を整え始めた。
激しい攻防の中で、赤い髪は天高く燃え上がるように乱れている。
それを手櫛で丁寧に滑らかにしていく。
「君の諦めの悪さは特筆もので、僕が認めるほどに強い。だから、君にダメだと突き付けるのは僕でありたい」
すっかり髪型が元に戻り、表情も柔らかく穏やかになる。
「アラタは勇ましいね」
「ヒュー、ヒュッ、ハァー、なにが」
「いや、ふとね。アラタはどうやってクラスが割り振られると思う?」
アラタはクラスを持っていない。
「知るか」
「世の中には15歳までに積み上げた人生が影響しているっていう人もいるらしいけどね、僕はあまりそう思わない。だって、僕は全然勇ましくなんてないし」
アラタは呼吸を整えながら、ただ耳を傾ける。
ポーションの効果が出るまで時間がかかるし、時間を使ってくれるのはありがたい話だった。
「正直、僕よりもアラタの方が勇気があると思う。皇帝風にいうなら、勇ましき者だね」
刀を構え、注意深くディランを観察していたアラタは、ある異変に気が付いた。
髪色が変わりつつある。
抜けたわけでも、伸びたわけでもないのに、髪の色が変わっていく。
お湯で髪色が変わる着せ替え人形のように、生え際から順に、赤から金に染まっていく。
何が起こったのか分からなくても、何かが起こっているのは理解できる。
なけなしの体力を振り絞り、アラタは警戒レベルをもう1段階引き上げた。
そして、ディランは隠し事をやめた。
「僕の本当の名前は、レン・ジェームズ・ベンジャミン・ジャクソン・マシュー・デイビッド・ディラン・アイザック・マテオ・アンソニー・リオ・アルフィー・トーマス・アーチー・
アーサー・ルイス・アーロン・ウォーカー」
「長っ」
「僕のクラスは、【勇者】だ」
赤髪改め金髪の勇者レン・ウォーカーは、儚げな表情で打ち明けた。
戦いの決着をつけかねない、圧倒的事実を。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる
ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。
私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。
浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。
白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。
子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。
マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。
その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。
当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。
そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。
マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。
焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。
やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。
HOTランキング1位になることができました!
皆さま、ありがとうございます。
他社の投稿サイトにも掲載しています。
引退した嫌われS級冒険者はスローライフに浸りたいのに!~気が付いたら辺境が世界最強の村になっていました~
微炭酸
ファンタジー
嫌われもののS級冒険者ロアは、引退と共に自由を手に入れた。
S級冒険者しかたどり着けない危険地帯で、念願のスローライフをしてやる!
もう、誰にも干渉されず、一人で好きに生きるんだ!
そう思っていたはずなのに、どうして次から次へとS級冒険者が集まって来るんだ!?
他サイト主催:グラスト大賞最終選考作品
悪徳領主の息子に転生したから家を出る。泥船からは逃げるんだよォ!
葩垣佐久穂
ファンタジー
王国南部にあるベルネット領。領主による重税、圧政で領民、代官の不満はもはや止めようがない状態へとなっていた。大学生亀山亘はそんな悪徳領主の息子ヴィクターに転生してしまう。反乱、内乱、行き着く先は最悪処刑するか、されるか?そんなの嫌だ。
せっかくのファンタジー世界、楽しく仲間と冒険してみたい!!
ヴィクターは魔法と剣の師のもとで力をつけて家から逃げることを決意する。
冒険はどこへ向かうのか、ベルネット領の未来は……
好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~
狐火いりす@商業作家
ファンタジー
事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。
そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。
「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」
神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。
露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。
やりたいことをやって好き勝手に生きていく。
なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。
人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。
婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています
葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。
そこはど田舎だった。
住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。
レコンティーニ王国は猫に優しい国です。
小説家になろう様にも掲載してます。
魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される
日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。
そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。
HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる