半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第394話 勇ましき者(レイクタウン攻囲戦19)

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「カイワレ……一体アラタに何を吹き込んだ?」

 ハルツは、他に言葉を見つけることが出来なかった。
 突然膂力が爆発的に高まったディラン・ウォーカーに対して、アラタは包囲網の外まで吹き飛ばされた。
 連合大隊はすぐに移動を開始して、レイクタウンの中心へとずれていく。
 その先でアラタに加勢しようとした彼らが見たものは、文字通り別次元の戦いだった。

「ははっ、最高だ!」

「……………………」

 高速移動しながら斬り結ぶ彼らの姿は、断片的にしか捉えることが出来ない。
 今日の開戦直後にあった爆発で吹き飛んだ区画をゆうに超えているから、まだ生きている建物が多くあるのだ。
 そんな視界の悪いエリアの中で、彼らを捕捉するのは一筋縄ではいかない。
 風を切る音と、爆発音と、家が壊れて崩れ落ちる音。
 そして打ち鳴らされる金属音に魔術行使による閃光。
 第1192小隊の隊員ですら見たことがない、アラタの本気を超えた本気の戦闘だった。

「いいよ、いいよぉ! もっと来い!」

 ディランは攻撃の頻度を減らし、アラタに半ば一方的に攻撃させている。
 それが彼の体力が枯渇するのを待つ狙いなのか、単に食らいたがりなのかは定かではない。
 そして、アラタが諸手で鋭い突きを放った。

「うっ!」

 完全に瞳孔が開き切っていて、とても正気を保っているような外見ではないアラタ。
 しかし戦い方はクレバーそのもの、突きが躱されたと見るや、小手先で細かいフェイントを入れつつ膝蹴りを入れた。
 読み違えたのか、まあまあ綺麗な一撃が入った。
 今日初めてまともに攻撃を受けたディランは、民家の扉に背中から突っ込んだ。
 豪快な破砕音と共に、木が裂けて家の入口を破壊する。
 レンガ造りの一軒家は、2人の不法侵入者によってドッキリ系YouTuberよろしく解体が進められていく。

 玄関を入ってすぐ前にある階段を駆け上がるディランに対して、アラタは雷撃を数発お見舞いした。
 狭い空間、それもアラタの攻撃をここまで徹底的に回避できる人間は、アラタの知る限りユウとアラン・ドレイクしかいなかった。
 そこに新たに名を連ねたディランは、追いかけてくるアラタに対して壁に掛けられていた絵を投げつけた。
 縦横1m×0.8mくらいの中型絵画、この家の持ち主はそこそこの金持ちか、芸術に縁のある人間だったのか。
 視界を遮られたアラタは【感知】に意識を集中させつつ、左手でキャンバスを払いのけようとした。
 しかしすんでのところでそれを中止、体を左側に倒して伏せた。

「お返しさ」

 ディランの剣がアラタごと絵画を貫こうとし、そこまではアラタも読み切った。
 ただ、このレベルの使い手が相手となると、それ以上先読みをするのはかなり困難になる。
 アラタの腹にくっきりと28.5cmの足跡が付き、彼は階段を転げ落ちた。
 そしてそのまま開けっ放しになっている入り口を通過して反対側の家の壁に激突する。

「まだだろう!? もっと! もっとぉ!」

「……うるせえ」

 額を切り、少量の出血が認められるアラタは、左手で血を拭いつつ刀のきっさきを敵に向けた。
 神からもらい受けたこの刀は、高性能な魔道具としての側面を持つ。
 通常武器は魔力を流して強化が可能な反面、武器本来の寿命を縮めてしまう問題点がある。
 アラタの刀の場合、壊れず、劣化もしないので無問題モーマンタイ
 多くの魔術師や、アリソン・フェンリルがそうしているように、魔術の射出口として利用可能なのだ。

 先ほどまで多用してきた雷属性の魔術ではない。
 魔力を触媒に、酸素などの可燃物を混ぜ込むイメージで属性魔術を練り上げ構築していく。
 回路制御は精緻にして豪胆、体内に秘める魔力量は常人の遥か向こう側、魔術行使に求められる高い集中力は、生来のもの、訓練によるもの、そして【狂化】による脳内麻薬によるもの。
 アラタへ向かって一直線に突き進むディランが、何かを察知して立ち止まった。
 これは今日初めての行動だった。

 左手で血と共に髪をかき上げ、鋒に集中する魔力は尋常ではない熱量を帯びている。
 あまりの熱に、血が乾いて固まりつつあることに、アラタは気づいていない。
 火球? 炎弾? 炎槍? どれも違う。
 そのさらに上、炎槍よりも範囲が広く、消費魔力が大きく、大規模魔術に分類される上級魔術。
 その名を——

「豪炎」

 消防車の放水を思わせるような勢いと水平角度で、全てを焼き尽くす炎が射出された。
 それは次から次へ、あとから押し出される炎が前のそれを後押しするように、ディランに向かって放射状に殺到した。

「アハハ!」

 これでもまだ笑顔を絶やさないディラン。
 ただ、その額には汗が光っていた。
 熱源が近くにあるからか、激しい戦闘によるものか、それともアラタを脅威に感じている冷や汗か。
 とにかく彼はその場から飛び退きつつ、大急ぎで水属性の魔力を練った。
 アラタの放った豪炎は縦よりも横の角度の方が広く、かなりの至近距離にあったディランは縦方向、すなわち跳躍による回避を余儀なくされた。
 そして、空中は身動きが取れない。
 刀から放出される魔力の塊の反作用圧力に耐えながら、アラタは刀の角度を上へと変える。
 ディランを追いかけるように炎が巻き起こり、やがて追いついた。

「あっつぅぅぅううう!!!」

 剣を逆手に持ち替え、右腕の肘あたりを左手で掴む。
 剣の刀身が正面に来るように構え、宝剣の装飾が光り輝いた。
 水属性の結界術、名前は特にないが、アラタや師のドレイクに倣うなら水陣。
 空中で行使したそれは、ディランの前面に半球上の障壁を展開し、炎とぶつかった傍から蒸発していく。
 蒸気がこれでもかと発生して、周囲は深い霧に包まれた。

 体の前で停滞するディランの魔術と、刀から放出されたアラタの魔術。
 当然押し敗けたのはディランの方で、彼は家2軒分向こうに吹き飛ばされた。
 それでも足から着地した彼は本当に隙が無いと言える。
 ただ、流石の彼も少し息苦しい。
 湿度が高く、酸素が薄い。
 標高の高い山で突然の雨に見舞われたのと同じで、この環境は人体によろしくない。
 呼吸を整えることを優先したディランに対して、白い仮面を装着して足音を消すアラタ。
 視界は最悪、黒鎧と仮面の隠密効果で、アラタは一時的な透明人間になっている。
 この状態、アラタに非常に有利だ。
 【暗視】、【気配遮断】、【狂化】、黒鎧。
 これだけのアドバンテージをフル活用して、アラタはディランの左斜め後ろから迫った。

 ——刺され。

 そう願いながら腰溜めに突っ込むアラタに与えられた、肉に刃を刺しこんだ感覚。
 確かに捉えた、その実感は、仮面の向こうに見えるディランのうなじによって一層強固なものになる。
 刃を下に向けて突きたてた状態から、ドアノブを回すように柄をねじった。
 また肉を抉る感触が彼を満たす。

「……最高だよ。もうすぐいけそうだ」

 恍惚とした表情で振り向いたディランに対して、アラタはシンプルに引いた。
 この期に及んで笑っているのだから、彼はきっと正気ではない。

「もっと派手にいこう」

 そう言いつつ、ディランは刀を己が肉体から引き抜いた。
 いくら【痛覚軽減】のような感覚遮断系スキルがあるとはいえ、物事には限度というものがある。
 アラタは刀を握っていたから吹き飛ばされなかったが、急激な風が辺りを襲った。
 それは大気をかき混ぜて、霧をあっという間に晴らしていく。
 アドバンテージが消えようとしていた。

 霧が包み込んでいたのは、何も物理的な視界だけではない。
 敵は自分の姿を捉えられずにいて、自分は敵のことが見えている。
 そんな環境要因による精神的優位性を失えば、無意識のうちにメンタルも削られる。
 そして、アラタにとってそれは致命的な減点だった。

「ハァーッ、ハァーッ、カハァーッ……カヒュッ、ゲホッ」

 スキル【狂化】の限界点。
 よく今まで暴走せずに持ちこたえたと称賛するべきだろう。
 この土壇場で、スキルを使わざるを得ない状況下で、彼はよくやった。
 こうして激しく息切れを起こしても、魔力がほとんど枯渇していても、それでもディランとここまで渡り合える人間はそうどこにでもいるわけではない。
 残る力で必死に体勢を保ち、尚も刀を構え続ける心意気は天晴れだ。

「アラタ、やっぱり君は最高だよ」

「ゼッ、ハァーッ……まだだ」

 アラタは腰のポーチからポーションを取り出して摂取する。
 とっくに使用制限は超えているし、ポーションでどうにかなる領域の疲労でもない。
 それでもアラタは諦めずに刀を握る。
 その光景は、ディランを動かした。

「ただ諦めないのは簡単だ。誰かにダメだと言われるまで動き続ければいいだけだからね」

 ディランは不意に剣を収め、髪を整え始めた。
 激しい攻防の中で、赤い髪は天高く燃え上がるように乱れている。
 それを手櫛で丁寧に滑らかにしていく。

「君の諦めの悪さは特筆もので、僕が認めるほどに強い。だから、君にダメだと突き付けるのは僕でありたい」

 すっかり髪型が元に戻り、表情も柔らかく穏やかになる。

「アラタは勇ましいね」

「ヒュー、ヒュッ、ハァー、なにが」

「いや、ふとね。アラタはどうやってクラスが割り振られると思う?」

 アラタはクラスを持っていない。

「知るか」

「世の中には15歳までに積み上げた人生が影響しているっていう人もいるらしいけどね、僕はあまりそう思わない。だって、僕は全然勇ましくなんてないし」

 アラタは呼吸を整えながら、ただ耳を傾ける。
 ポーションの効果が出るまで時間がかかるし、時間を使ってくれるのはありがたい話だった。

「正直、僕よりもアラタの方が勇気があると思う。皇帝風にいうなら、勇ましき者だね」

 刀を構え、注意深くディランを観察していたアラタは、ある異変に気が付いた。
 髪色が変わりつつある。
 抜けたわけでも、伸びたわけでもないのに、髪の色が変わっていく。
 お湯で髪色が変わる着せ替え人形のように、生え際から順に、赤から金に染まっていく。
 何が起こったのか分からなくても、何かが起こっているのは理解できる。
 なけなしの体力を振り絞り、アラタは警戒レベルをもう1段階引き上げた。
 そして、ディランは隠し事をやめた。

「僕の本当の名前は、レン・ジェームズ・ベンジャミン・ジャクソン・マシュー・デイビッド・ディラン・アイザック・マテオ・アンソニー・リオ・アルフィー・トーマス・アーチー・
アーサー・ルイス・アーロン・ウォーカー」

「長っ」

「僕のクラスは、【勇者】だ」

 赤髪改め金髪の勇者レン・ウォーカーは、儚げな表情で打ち明けた。
 戦いの決着をつけかねない、圧倒的事実を。
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