半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第392話 蜘蛛の巣(レイクタウン攻囲戦17)

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 ウル帝国軍の兵士は基本的に徒歩で移動する。
 だから、レイクタウンの東に陣取った場所から、城壁の間をここ数日間毎日徒歩で往復していた。
 ただし、騎兵や階級の高い人間は別である。
 彼らは馬を操って大地を駆けていく。
 帝国の北や東では魔物の背に乗って移動手段とする民族や風習が存在しているが、帝国以西は普通に馬を使用している。
 だから、ディラン・ウォーカーやアリソン以下8名は騎馬で戦場へと急行していた。

「みんなもっと速く!」

 3分と保たないような全速力で馬を走らせているディランは、時折後ろを振り向いて急かしてくる。
 こちとら騎士団の馬を全頭回復させながら走行しているのに、とアリソンは心の中で呪詛を吐く。
 彼は自分の分だけ、彼女は自分の馬を含めて8頭分。
 単純比較で8倍の負荷が彼女にのしかかっていた。
 普段彼女を護衛し、助ける騎士団も、治癒や回復の類だけは専門外。
 街の中に入り、徐々に城壁へと近づきつつあった時、ディランはまた後ろを振り返って遅れ気味の同僚たちを急かした。

「馬を降りてもちゃんと走るんだよ!」

「うっさい! うっさいうっさいうっさ——」

 雷鳴轟くような轟音。
 火山が噴火したのかと聞き間違えるレベルの音圧。
 音が顔を殴り、瞬く間に駆け抜けていく。
 元来臆病な性格である馬は軒並み驚いてひっくり返り、危うく落馬しそうになった。
 騎士団、それからディランは上手くバランスを取りつつ馬を落ち着かせることが出来たが、アリソンは初めから諦めて空中に浮いている。
 彼女と共に浮遊している馬はそれはそれで混乱の極致にあったが、最終的に考えることを止めた。
 モクモクと立ち上る煙は、見た目通り大規模な爆発があったことを示している。
 ディランの知る限り、ここまで大きな爆発を引き起こすことのできる帝国の装備は存在しない。
 アリソンがここにいるのだから、魔術を用いたという線も消える。
 そうなれば、公国軍が何か仕掛けてきたと考えるのが妥当だろう。

「……急がなくっちゃ」

 仲間を助けるなんて殊勝な心掛けではない。
 帝国に出来ないことをやってのける公国軍、絶対にあの煙の元には彼の求めてきた存在がいるはず。
 彼は自分の好奇心の赴くままに、開けっ放しになっている城門へを突き進んでいった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「…………いや、やりすぎでしょ」

 爆発の余韻が残る中、1192小隊の沈黙を破ったのはエルモだった。
 変な汗をかいているアラタの隣ではリャンが腰を抜かしていて、その反対側ではカロンがぽっかりと口を開けたままになっていた。
 確かに爆発するときに耳を閉じて口を開けろと指示されていたが、ここまで大きなものになるなんて聞いていなかった。
 そう、使用したアラタ本人でさえも。

「アラタ、もう一度聞くが、誰に貰った?」

「先生。アラン・ドレイク」

「やはり一度特務警邏の方で取り調べが必要だな」

 アーキムの言葉に、バートン、エルモが頷いた。
 バートンなんて激しく同意し過ぎて首がもげるのではないか心配になるくらい首を縦に振り続けていた。
 アラタは師匠への嫌疑にはノーコメントを貫きつつ、自分のやったことの釈明をした。

「だって、魔力籠めろって言ってたから……それにほら、ちゃんと範囲内で収まっただろ?」

「半径50m余分に見積もった爆発範囲でな」

「そ、それは知らんし。結果オーライだろ」

「司令部の人間がその説明で納得するといいな」

「いやいや、してもらうしかないって。それより始まるぞ。持ち場に散れ」

 しっしっ、とアラタが部下を追いやり、残ったのはキィ、リャン、カロンの第1分隊だけ。
 信用ならないものを見るような視線を注がれ続けたアラタはなけなしの良心で爆心地に向けて合掌した。

「戦いだから、しょうがない」

 東門の城壁が早々に陥落し、と言ってもこれは演技だが、なだれ込んできた帝国軍をアラン・ドレイク謹製の爆発術式魔道具で粉砕する。
 見事にハマった作戦結果を見て、ガルシア中将あたりは大喜びしているに違いない。
 東門の守備に当たっていた第3師団長のブレア・ラトレイア少将もきっと同じに違いないと、アラタは思い込むことにした。
 いずれにせよ、生き残りの帝国兵や後続を徹底的に叩く必要がある。
 ここから先は当分正規兵の出番だ。

「出撃前にトイレとか済ませておけよ」

 小学生にするようなアドバイスをして、アラタは自分がトイレに行くために一度その場を後にした。



「ぐ……一体何が!? あ、足も……」

 城壁内部に侵入し、壁の上を守備していたはずの公国軍が撤退したのがやけに早いと思ったのがたった1,2分前。
 建物の向こう側から閃光が奔ったと思ったら、気づいた時には体ごと吹き飛ばされた後だった。
 一兵卒の帝国兵の足は、崩壊してきた建物の瓦礫に埋まってしまっている。
 感覚ははっきりしていて、普通に痛い。
 折れている可能性はあっても、ぐしゃぐしゃにつぶれたり切断していたりと言った懸念はほとんどない。
 あとは誰か味方が引っ張り上げてくれれば、そう考えていた彼の元に人影が近づいてきた。

「おっ、おーい、足が挟まった! 抜けるのを手伝ってくれ!」

 爆発の余波で砂煙が立ち込めている辺り一帯の視界は非常に悪い。
 それこそ敵か味方か判別するためには5mくらいの距離感まで接近する必要があるほどに。
 だがそれも徐々に晴れていき、遠くまで見渡せるようになる。
 鎧兜に刻み込まれた紋章は、この地を守護してきた国のものである。
 決して外部からの侵攻者などではない。

「あ……助け——」

 遠巻きにして、槍で突き殺す。
 矢を使うのはもったいないので、これが一番効率的で安全な敵の殺し方だ。
 爆発で即死しなかった帝国兵を、公国兵が次々に狩っていく。
 あの爆発に巻き込まれてまともに動ける人間なんてほとんどおらず、運よく無傷だった兵士も公国兵の集団により捕縛もしくは殺害された。
 まだ東門をくぐっていなかった兵士たちは衝撃に圧されて立ち止まり、隊列に空白が生まれる。
 爆発することを知っていた者と知らなかった者、両者の立て直しの速度は比べようがないほどに差が開いていた。

「全隊! 再度城壁を固めろ!」

 ラトレイア少将自ら陣頭指揮を執り、部隊を東門に集結させていく。
 3千対4千の戦場において、東門だけに1千もの守備を置く賭けは、見事に成功したようだ。
 3個中隊が門の下で守備兼土木工事。
 破壊された門を修復すべく、早急にバリケード設置に取り掛かった。

「アラタ、来た」

 その様子を100m後方から見ていたキィが、鉱山のカナリアよろしく危険を察知する。
 分隊員はただちに立ち上がり、アラタが右手を空に向かって突き上げた。

「合図だ。動くぞ」

「206中隊出るぞ!」

「エルモ、バートン、ダリル、用意しろ」

 アラタの打ち上げた火球は、屋根の上からであれば街のどこからでも見ることが出来た。
 赤く燃え上がる魔力の球は、燃焼温度が低く、やがて消えた。
 合図を作戦開始と受け取った、アラタ以外の4人の中隊長。
 バラバラの所属、それらを組み合わせたうえで、大隊長がいない異例の混成部隊。
 ハルツやアラタ率いる特務大隊は、東門内部をぐるりと取り囲むように配置を終えていて、今その包囲網を縮小し始めた。

「全員、粉末魔石とポーションを摂取しろ」

 そう命令したアラタの感覚では、それら魔力増強剤はエナジードリンクと大差ないのだろう。
 ただ、効果としてはまるで別物、劇物の類である。
 明らかな異物感、脈が速くなるのを感じ、五感が研ぎ澄まされる。
 先ほどまであんなに不安だったというのに、今は雲一つない爽快な心持ち。
 ドロリとした不快なのど越しとは裏腹に、薬の効果は一同からマイナスな感情をすべて奪い去っていった。
 決して体に良いものではないと理解しつつ、少しでも生存率を上げるためにそれを強要する。
 これからぶつかるであろう敵を目の前にして、即死しないための最低限の準備だ。
 アラタは301小隊全体に対して、この指示を出したわけではない。
 第1192小隊、それから見込みのある301の隊員だけ。
 物資が足りないというのもあるし、体が負荷に耐えられる保証が出来なかったというのが一番大きい。

 そこまでして彼らが立ち向かうのは、帝国軍の中でも最強を名乗るに相応しい集団。
 フィエルボアの剣、魔女アリソン・フェンリル、そしてディラン・ウォーカー。
 城門をバリケードで塞ぎ、城壁の上から矢や魔術をこれでもかと浴びせたというのに、全くの無傷。
 アリソンの炎槍でバリケードが吹き飛び、燃え上がると、陽炎の向こうから9名の兵士が入城してきた。
 地上にいた第3師団の兵士はその場からの退去を命じられ、5個中隊による包囲網が完成している。
 その円の内側にて敵を迎え撃つのは、第1192小隊、それからハルツ率いる0667小隊。
 共に指揮官選りすぐりの精鋭で、簡単にここを抜かせるつもりは毛頭ない。

「やっと会えたね」

 燃えるような赤髪に、甘いマスク。
 宝剣を携えて金色の甲冑に身を包むのは、ディラン・ウォーカー。
 無言で刀を抜き、正眼に構える日本人。
 黒鎧に身を包み、額には鉢金を巻いた精悍な顔つきの青年アラタ。

「引かれてるわよ」

「うるさいなぁ」

「隊長、当たりですか」

「あぁ、大当たりだ」

 ディランはアラタとの1対1を所望してここに来たのだが、生憎そこまで希望通りにはいかない。
 互いに周囲には頼もしい仲間たちがいて、集団戦を余儀なくされている。

 公国軍は、帝国軍を葬り去る為に場内に罠と仕掛けを張り巡らせた。
 それは蜘蛛の巣のように、来るものを拒まず、去るものを決して逃がさず。
 帝国軍は、そのような展開をある程度見越していた。
 エヴァラトルコヴィッチ中将は、というより誰が指揮官でもそのようにするだろうが、ここに来て最強の兵士たちを投入することで巣の破壊を試みる。
 彼らが十分に公国の意図を破壊したところで、ゆっくりと一般の兵士を投入すればいい。
 ディランたちよりも先に攻めに従事していた兵士たちは、一種の試金石に過ぎない。
 ここからが本番だ。

「アラタ、僕を満足させてくれよ」

「全員、無理はするな。あいつは俺がやる」

 レイクタウン攻囲戦、最後の戦いが始まった。
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