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第5章 第十五次帝国戦役編
第369話 漆黒の職場
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アラタはまず、居酒屋の関係者に見張りを立てさせた。
これは彼がタリアを連れて戻って来た時に気が付いたことなのだが、未確定情報しかない以上、混乱を避ける必要がある。
負傷した公国兵が、味方の敗北を伝えに来たのだからただ事ではないし、恐らく本当に公国軍は敗北したのだろう。
ただし、軽はずみに行動していい理由にはならない。
アラタは、どこかこの情報を信じたくなかったというのもあるだろう。
人は信じたいことを信じ、見たいことを見る生き物だから。
とにかく彼は中隊の人間に店員たちを見晴らせ、不要な混乱を避けるように外部との接触を遮断した。
入り口を固め、周辺にも張り付いておく。
ここまですれば、もし仮に彼女たちが大声で状況を伝えようとしても、その前に拘束することが出来るはず。
それを仕切るのはアラタからの信頼厚いアーキム・ラトレイア。
彼はこの状況を見て思う。
自分の仕事は必要なかったのかもしれないと。
「邪魔! 端に寄ってなさい!」
「すみません」
息つく暇もなく、ひっきりなしに廊下を駆けまわる彼女たちが、自分だけ逃げる用意をしたり周りにこの話を漏らすほど暇ではないことは、見ればわかる。
負傷兵の治療はタリアが中心となって、この店の従業員たちで回っていた。
軍の宴会を受けてしまったが運の尽き、深夜だというのに協力してくれる彼女たちを疑い、監視するなんて許されるのだろうか、アーキムは少し後ろめたくなってきた。
だが、そこは元八咫烏、多少感情を動かされようと任務と目的を見失うことは無い。
アーキムは店内を歩き回り、把握していない経路が無いか探索する。
そしてまた店の人間に邪魔だと言われて謝罪する。
基本的にこの繰り返しだ。
「もう、ほんっとうに嫌になっちゃう」
「ね! 何とか言ってちょうだい!」
おばさん連中にそう言われてしまうのも、仕事の内だと割り切る。
こうしてアーキムの手によって、情報が漏洩する事件は未然に防がれた。
そうなると次に懸念すべきは、ここレイクタウンの街が戦場になる危険性。
アラタは部下にルークを呼んでこさせている間に、まだまともな思考能力を残している部下たちを緊急招集して会議を開いていた。
もう1人の中隊長であるハルツは泥酔していてとても使い物にならないため、アラタが指揮を執っている。
施術中の店内の一室を借り、1192小隊を中心としたメンバーで今後の動きを練る。
「誤報だと思うか」
彼の言葉に対して反応する者は誰もいない。
この場にいる全員が、真実だと捉えている。
「町を出る準備をすべきだな」
そう提案したのはアーキムと同門のバートン・フリードマン。
今度は頷く人間が数名散見される。
「ミラに戻るんですか?」
リャンはまだ少し顔が赤いが、まあ正気を保っている。
バートンは首を横に振りながら続けた。
「街の外に出て味方の援護と待機、状況次第で動きを変えるべきだと提案する」
「詳しく」
「さっき到着したのが最速だとしたら、これから敗残兵たちがここに集まってくる。それから追跡してくる敵軍もセットでな。状況によるが、幸いこの町は砦として使えないことも無い、最低でも一度は敵を追い払うために前に陣を敷くべきだと思う」
「敵は公国軍を倒したんだろ? 俺たちだけじゃどうにもならん」
バートンの案に異を唱えたのは第4分隊のバッカス。
彼は元々警邏機構の対テロ特殊部隊の出身で、特務警邏のバートンやアーキムとはあまり仲が良くない。
「じゃあ首都のアトラまで直進させる気か?」
「そうは言っていない。ただ、敵味方が混ざっていたら混戦になると言っている」
「だからそれを見極めるためにだな——」
「分かる頃には手遅れなんだよ」
「ストップ」
ヒートアップしてきたところをアラタが制止した。
お互いの主張はよくわかったから、もう十分だ。
「どっちにしろ、正確な情報を待つ時間は無いらしい」
誰も否定するものはいない。
最低でもそこだけは意見が一致しているようだ。
「街の人間には荷物をまとめさせろ。それから301の隊員には出撃準備、206の人間には籠城戦の用意をさせる。これでいいな?」
参加者たちが頷いたところで、アラタは刀を手にして立ち上がる。
「酔いは醒めたな?」
「目が覚めて頭だけいたいなんて最悪ですよ」
「隊長、やっぱりソフトドリンクこそ至高です」
「どっちでもいい。お前ら、ここからは誇張無しに国の命運を左右すると思え。行動!」
「「「了解!」」」
バタバタと慌ただしく靴が床を叩く。
その様子を見ていたアーキムは、会議に参加していなくてもおおよその動向を把握した。
「住民は避難させる。俺たちは戦闘準備をして待機、平地戦と籠城戦は両方あり得る」
「分かった。情報封鎖は解除でいいか?」
「あぁ。ちゃんと謝っといてくれ」
アラタはアーキムに声を掛けた後、同じ階にある部屋の前に立った。
借りている室内では、負傷兵の救急処置が行われている。
扉が閉まっていても、中の緊迫した状況を感じ取ることが出来る。
息を吹き返したら、まず何を聞くべきか。
戦況、敵の状況、負傷に至る経緯、とても一つには絞り切れず、怪我人に向けた適切な対応が出来るとは考えにくい。
申し訳ないが、今は戦争中だ。
彼には多少無理をしてもらってでも情報を獲得しなければならない。
そこまで考えが纏まると、もう彼のやるべき仕事ではなくなっていた。
扉の前で待機させるだけの仕事を任せるには、彼は安くない。
「キィ」
「はーい」
アラタは1階で待機していた隊員の中からキィをピックアップした。
見た目通り幼くても、元はウル帝国の工作員だ。
尋問、拷問などの技術を一通り習得していることを彼は知っていた。
今回そこまでしろとは言わないが、適任ではある。
「ここに書いてあることを上から順番に聞き出せ。多少強引になってもいい」
「僕怒られるの嫌だよ。あと字が汚いよ」
「うるさい。とにかく頼むぞ」
アラタはそれだけ言い終わると、次の仕事のために建物を後にした。
居酒屋を出ると、外はかなりの騒ぎになっていた。
師走でもここまでせわしなくなることは無いだろうと思えるほど、外は緊急事態であることを如実に示していた。
走り回る大人たち、翻弄されて泣きじゃくる子供、その人混みの中をかき分けて進む兵士たち。
「……結構多いな」
【暗視】、【身体強化】を起動して、軽い身のこなしを以て屋根の上まで飛び上がる。
垂直飛びは無理でも、側壁や足場となる土台を踏みしめればこんなことも可能だ。
元の世界なら、ひと呼吸で屋上に上がる事なんて考えもしなかった。
しかし慣れとは怖いもので、今のアラタは特に何も感じていない。
まるで元々出来ていたかのように、何の気なしに屋根の上に上がるという選択肢が彼の人生の中に介在している。
高いところから見下ろすと、より一層街の様子が見えてくる。
この混乱で火事でも起きたら大変だと心配していた彼も、今のところその気配がないことに安堵する。
夏から秋にかけて、深夜という点が大きかったのだろう。
それでも火を使った照明には注意が必要だ。
アラタは周囲を360°ぐるりと見渡し状況を把握してから、東門へ向かって走り始めた。
カナン公国の首都アトラにも言えることだが、この世界の都市は驚くほど城壁に囲まれた城塞都市が多い。
城塞都市から人が溢れて壁の外に街を形成することも少なくないが、多くの人が壁内での生活をしていた。
レイクタウンも同様に、周囲を木や石の壁に取り囲まれている。
とりわけ東側の門が堅く設計されているのは、偏に帝国への恐怖心の表れである。
東門は籠城の準備を進める206中隊、野戦の準備を進める301中隊の両方にとって重要な地点であり、兵士の割合が多かった。
「中隊長アラタだ! 301の人間はいるか!」
「隊長!」
呼びかけに反応したのはウォーレン。
中央戦術研究所から参加した彼のような陣頭指揮の執れる人間を、アラタは重宝していた。
今の時代、ただ戦えるだけの馬鹿では困るのだ。
「状況は?」
「順調に進んでいます。ただ、ここではありませんが、西と北側の城壁が低く、野戦か市街戦は避けられそうにないです」
「バートンのやつ、全然戦えねえじゃねえか」
「仕方ないと思います。設計上は戦える計算でしたから」
「また改竄か?」
「納期の遅れの一点張りで……ここ数年は工事自体行われていないです」
「チッ」
小さく短く舌打ちをしてから、すぐに頭を切り替える。
無いものは無い、出来ないものは出来ない。
「野戦しかないか?」
「敵軍の到達速度次第です」
「城壁工事でもするか?」
「それが、いけるんです、実際」
半分冗談で言ってみた発言に対して、ウォーレンは大まじめに肯定した。
「マジ!?」
「この辺り粘土質じゃないですか。鐘楼や公園を解体して、あとは壁を焼き上げれば……できそうなんですよ」
「どれくらいだ」
「金貨は100枚弱あるはずで——」
「違う。納期だ」
「8時間の3交代24時間体制で4日ほど」
「……今から働かせろ。若い男は街の人間も徴収して働かせるんだ」
「戦地動員令は発令されていませんよ?」
「うるせえ。動員令がないなら金を払って働かせろ。どうせ死んだら使い道なんてない」
「では自分が指揮を……」
「いや、お前はここに残れ。エルモとカイ、それからシリウスを向かわせる。そっちは俺がやっておく」
「了解です」
やっぱり東門をウォーレンに任せて正解だったとアラタは密かにガッツポーズした。
他の面々でここまで頭を回せるのはリャンかアーキムくらいである。
有能な部下のおかげで少しの希望が見えてきたところで、アラタは一度宿舎に戻った。
ハルツの所でも例の居酒屋でもなく、1192小隊の人間がまとめて借りた宿。
行動開始直後には酔いつぶれている人間を放置するように指示をしていたが、そう悠長なことを言っている余裕もなくなった。
他の人間を向かわせたところでどこまで真剣に取り合うか分からないので、彼が直接向かう。
サボり魔のエルモも、流石に本気のアラタが叩き起こしに来たらこうして飛び起きる。
2度声を掛けても起きなかったので、布団ごと床に引きずりおろしてから頬を叩いた。
「起きろ。任務だ」
「………………へぇ?」
気持ちよく寝ていたところを訳も分からず叩き起こされた男たちは、皆一様に目を丸くする。
そして目の前に立つ仁王の面を見て、すぐに正気に立ち返るのだ。
「シリウス……あとついでにサイロスはどこだ」
「2人は娼館に行った」
「緊急招集させろ。西と北の壁を補修するんだ。3日でやれ」
4日かかると報告を受けたので、頑張らせて3日で終わらせる。
ブラック企業ここに極まれりと言った様子で、コンプライアンス意識の欠片もないが、ここでは基本的にほぼすべてのタブーが許容される。
生きるか死ぬかという時に、コンプラを気にしているような人間は真っ先に死ぬから。
そしてアラタは再度、例の居酒屋に戻っていったのだった。
これは彼がタリアを連れて戻って来た時に気が付いたことなのだが、未確定情報しかない以上、混乱を避ける必要がある。
負傷した公国兵が、味方の敗北を伝えに来たのだからただ事ではないし、恐らく本当に公国軍は敗北したのだろう。
ただし、軽はずみに行動していい理由にはならない。
アラタは、どこかこの情報を信じたくなかったというのもあるだろう。
人は信じたいことを信じ、見たいことを見る生き物だから。
とにかく彼は中隊の人間に店員たちを見晴らせ、不要な混乱を避けるように外部との接触を遮断した。
入り口を固め、周辺にも張り付いておく。
ここまですれば、もし仮に彼女たちが大声で状況を伝えようとしても、その前に拘束することが出来るはず。
それを仕切るのはアラタからの信頼厚いアーキム・ラトレイア。
彼はこの状況を見て思う。
自分の仕事は必要なかったのかもしれないと。
「邪魔! 端に寄ってなさい!」
「すみません」
息つく暇もなく、ひっきりなしに廊下を駆けまわる彼女たちが、自分だけ逃げる用意をしたり周りにこの話を漏らすほど暇ではないことは、見ればわかる。
負傷兵の治療はタリアが中心となって、この店の従業員たちで回っていた。
軍の宴会を受けてしまったが運の尽き、深夜だというのに協力してくれる彼女たちを疑い、監視するなんて許されるのだろうか、アーキムは少し後ろめたくなってきた。
だが、そこは元八咫烏、多少感情を動かされようと任務と目的を見失うことは無い。
アーキムは店内を歩き回り、把握していない経路が無いか探索する。
そしてまた店の人間に邪魔だと言われて謝罪する。
基本的にこの繰り返しだ。
「もう、ほんっとうに嫌になっちゃう」
「ね! 何とか言ってちょうだい!」
おばさん連中にそう言われてしまうのも、仕事の内だと割り切る。
こうしてアーキムの手によって、情報が漏洩する事件は未然に防がれた。
そうなると次に懸念すべきは、ここレイクタウンの街が戦場になる危険性。
アラタは部下にルークを呼んでこさせている間に、まだまともな思考能力を残している部下たちを緊急招集して会議を開いていた。
もう1人の中隊長であるハルツは泥酔していてとても使い物にならないため、アラタが指揮を執っている。
施術中の店内の一室を借り、1192小隊を中心としたメンバーで今後の動きを練る。
「誤報だと思うか」
彼の言葉に対して反応する者は誰もいない。
この場にいる全員が、真実だと捉えている。
「町を出る準備をすべきだな」
そう提案したのはアーキムと同門のバートン・フリードマン。
今度は頷く人間が数名散見される。
「ミラに戻るんですか?」
リャンはまだ少し顔が赤いが、まあ正気を保っている。
バートンは首を横に振りながら続けた。
「街の外に出て味方の援護と待機、状況次第で動きを変えるべきだと提案する」
「詳しく」
「さっき到着したのが最速だとしたら、これから敗残兵たちがここに集まってくる。それから追跡してくる敵軍もセットでな。状況によるが、幸いこの町は砦として使えないことも無い、最低でも一度は敵を追い払うために前に陣を敷くべきだと思う」
「敵は公国軍を倒したんだろ? 俺たちだけじゃどうにもならん」
バートンの案に異を唱えたのは第4分隊のバッカス。
彼は元々警邏機構の対テロ特殊部隊の出身で、特務警邏のバートンやアーキムとはあまり仲が良くない。
「じゃあ首都のアトラまで直進させる気か?」
「そうは言っていない。ただ、敵味方が混ざっていたら混戦になると言っている」
「だからそれを見極めるためにだな——」
「分かる頃には手遅れなんだよ」
「ストップ」
ヒートアップしてきたところをアラタが制止した。
お互いの主張はよくわかったから、もう十分だ。
「どっちにしろ、正確な情報を待つ時間は無いらしい」
誰も否定するものはいない。
最低でもそこだけは意見が一致しているようだ。
「街の人間には荷物をまとめさせろ。それから301の隊員には出撃準備、206の人間には籠城戦の用意をさせる。これでいいな?」
参加者たちが頷いたところで、アラタは刀を手にして立ち上がる。
「酔いは醒めたな?」
「目が覚めて頭だけいたいなんて最悪ですよ」
「隊長、やっぱりソフトドリンクこそ至高です」
「どっちでもいい。お前ら、ここからは誇張無しに国の命運を左右すると思え。行動!」
「「「了解!」」」
バタバタと慌ただしく靴が床を叩く。
その様子を見ていたアーキムは、会議に参加していなくてもおおよその動向を把握した。
「住民は避難させる。俺たちは戦闘準備をして待機、平地戦と籠城戦は両方あり得る」
「分かった。情報封鎖は解除でいいか?」
「あぁ。ちゃんと謝っといてくれ」
アラタはアーキムに声を掛けた後、同じ階にある部屋の前に立った。
借りている室内では、負傷兵の救急処置が行われている。
扉が閉まっていても、中の緊迫した状況を感じ取ることが出来る。
息を吹き返したら、まず何を聞くべきか。
戦況、敵の状況、負傷に至る経緯、とても一つには絞り切れず、怪我人に向けた適切な対応が出来るとは考えにくい。
申し訳ないが、今は戦争中だ。
彼には多少無理をしてもらってでも情報を獲得しなければならない。
そこまで考えが纏まると、もう彼のやるべき仕事ではなくなっていた。
扉の前で待機させるだけの仕事を任せるには、彼は安くない。
「キィ」
「はーい」
アラタは1階で待機していた隊員の中からキィをピックアップした。
見た目通り幼くても、元はウル帝国の工作員だ。
尋問、拷問などの技術を一通り習得していることを彼は知っていた。
今回そこまでしろとは言わないが、適任ではある。
「ここに書いてあることを上から順番に聞き出せ。多少強引になってもいい」
「僕怒られるの嫌だよ。あと字が汚いよ」
「うるさい。とにかく頼むぞ」
アラタはそれだけ言い終わると、次の仕事のために建物を後にした。
居酒屋を出ると、外はかなりの騒ぎになっていた。
師走でもここまでせわしなくなることは無いだろうと思えるほど、外は緊急事態であることを如実に示していた。
走り回る大人たち、翻弄されて泣きじゃくる子供、その人混みの中をかき分けて進む兵士たち。
「……結構多いな」
【暗視】、【身体強化】を起動して、軽い身のこなしを以て屋根の上まで飛び上がる。
垂直飛びは無理でも、側壁や足場となる土台を踏みしめればこんなことも可能だ。
元の世界なら、ひと呼吸で屋上に上がる事なんて考えもしなかった。
しかし慣れとは怖いもので、今のアラタは特に何も感じていない。
まるで元々出来ていたかのように、何の気なしに屋根の上に上がるという選択肢が彼の人生の中に介在している。
高いところから見下ろすと、より一層街の様子が見えてくる。
この混乱で火事でも起きたら大変だと心配していた彼も、今のところその気配がないことに安堵する。
夏から秋にかけて、深夜という点が大きかったのだろう。
それでも火を使った照明には注意が必要だ。
アラタは周囲を360°ぐるりと見渡し状況を把握してから、東門へ向かって走り始めた。
カナン公国の首都アトラにも言えることだが、この世界の都市は驚くほど城壁に囲まれた城塞都市が多い。
城塞都市から人が溢れて壁の外に街を形成することも少なくないが、多くの人が壁内での生活をしていた。
レイクタウンも同様に、周囲を木や石の壁に取り囲まれている。
とりわけ東側の門が堅く設計されているのは、偏に帝国への恐怖心の表れである。
東門は籠城の準備を進める206中隊、野戦の準備を進める301中隊の両方にとって重要な地点であり、兵士の割合が多かった。
「中隊長アラタだ! 301の人間はいるか!」
「隊長!」
呼びかけに反応したのはウォーレン。
中央戦術研究所から参加した彼のような陣頭指揮の執れる人間を、アラタは重宝していた。
今の時代、ただ戦えるだけの馬鹿では困るのだ。
「状況は?」
「順調に進んでいます。ただ、ここではありませんが、西と北側の城壁が低く、野戦か市街戦は避けられそうにないです」
「バートンのやつ、全然戦えねえじゃねえか」
「仕方ないと思います。設計上は戦える計算でしたから」
「また改竄か?」
「納期の遅れの一点張りで……ここ数年は工事自体行われていないです」
「チッ」
小さく短く舌打ちをしてから、すぐに頭を切り替える。
無いものは無い、出来ないものは出来ない。
「野戦しかないか?」
「敵軍の到達速度次第です」
「城壁工事でもするか?」
「それが、いけるんです、実際」
半分冗談で言ってみた発言に対して、ウォーレンは大まじめに肯定した。
「マジ!?」
「この辺り粘土質じゃないですか。鐘楼や公園を解体して、あとは壁を焼き上げれば……できそうなんですよ」
「どれくらいだ」
「金貨は100枚弱あるはずで——」
「違う。納期だ」
「8時間の3交代24時間体制で4日ほど」
「……今から働かせろ。若い男は街の人間も徴収して働かせるんだ」
「戦地動員令は発令されていませんよ?」
「うるせえ。動員令がないなら金を払って働かせろ。どうせ死んだら使い道なんてない」
「では自分が指揮を……」
「いや、お前はここに残れ。エルモとカイ、それからシリウスを向かわせる。そっちは俺がやっておく」
「了解です」
やっぱり東門をウォーレンに任せて正解だったとアラタは密かにガッツポーズした。
他の面々でここまで頭を回せるのはリャンかアーキムくらいである。
有能な部下のおかげで少しの希望が見えてきたところで、アラタは一度宿舎に戻った。
ハルツの所でも例の居酒屋でもなく、1192小隊の人間がまとめて借りた宿。
行動開始直後には酔いつぶれている人間を放置するように指示をしていたが、そう悠長なことを言っている余裕もなくなった。
他の人間を向かわせたところでどこまで真剣に取り合うか分からないので、彼が直接向かう。
サボり魔のエルモも、流石に本気のアラタが叩き起こしに来たらこうして飛び起きる。
2度声を掛けても起きなかったので、布団ごと床に引きずりおろしてから頬を叩いた。
「起きろ。任務だ」
「………………へぇ?」
気持ちよく寝ていたところを訳も分からず叩き起こされた男たちは、皆一様に目を丸くする。
そして目の前に立つ仁王の面を見て、すぐに正気に立ち返るのだ。
「シリウス……あとついでにサイロスはどこだ」
「2人は娼館に行った」
「緊急招集させろ。西と北の壁を補修するんだ。3日でやれ」
4日かかると報告を受けたので、頑張らせて3日で終わらせる。
ブラック企業ここに極まれりと言った様子で、コンプライアンス意識の欠片もないが、ここでは基本的にほぼすべてのタブーが許容される。
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