半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第347話 Run Away

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 敵が立て直してきた。
 そのドンピシャなタイミングで、カナン公国軍の司令部は作戦を第2段階へと移行させた。
 狼煙を上げ、前線で戦っている兵士たちに合図を送る。
 ただちに退却し、川を渡るようにと。

「全員退却! ぐずぐずするな!」

 そう叫ぶアラタの眼前には、少なく見積もっても500以上のウル帝国兵が見えていた。
 アラタ率いる第301中隊を完全に葬り去る為に、過剰なまでの戦力を投入して即時殲滅を図っている。
 アラタの背筋に冷たいものが走った。
 流石にこの戦力差でまともにぶつかれば3分ともたない。
 それは中隊の誰もが共有している事実だった。
 故に皆の行動は速い。
 周囲の敵はあらかた片付いたので、即時反転し自陣を目指した。

「隊長! 騎馬が寄せてきてます!」

「足を止めるな! アーキム! バートン! ヴィンセント! ハリス! カロン! 来い!」

 アーキムは第1小隊を指揮する小隊長でもあるが、構わずアラタは呼びつけた。
 既に敵騎馬隊との距離は200mにまで迫っている。

「Eの2と3の中間だ。ヴィンセントは分かんないと思うから俺に合わせろ」

 素早く陣形を整えて、アラタ達は敵を待ち受ける。
 撤退する中隊と離れると駒として浮いてしまい、最悪無視される可能性もあるので自分たちも下がりながら。
 アラタの手にはいつもの刀ではなく、隊員から借り受けた槍が握られていた。
 柄は木製、先端に50cmはあろうかという刃を備えた代物だ。
 馬との間合いを潰すならこちらの方が適している。
 敵との距離が、100mを切った。

「しくじるなよ」

「準備入ります」

 カロン、ハリスが先頭に立ち、魔力を練り始めた。
 明らかに魔術を起動しようとしていて、遠目からでもそれは察知できる。
 敵兵は重装備の人間を前面に押し出して、魔術を受け切るつもりに見える。
 実際よほど殺傷力の強い魔術でもなければ、あれほどの装甲を持つ敵の動きを止めることは出来ないし、よしんば高威力魔術を行使したとしても、後続を止めることが出来なければ彼らがアラタ達にとどめを刺す。
 騎馬の数はおよそ15、歩兵しかいない中隊に先制攻撃を仕掛けるには十分な数だ。

「……隊長」

 何かに気づいたのか、珍しくヴィンセントが声を発した。

「どした?」

「弓兵がいる」

「おいおいマジか。数は?」

「3」

「おっけ」

 そう短く応えた時には既に交戦距離間近まで迫っていた。
 アラタは前に立つカロンとハリスよりも体を敵の方に置き、槍を片手に刀を抜いた。
 彼も魔術を使うつもりだ。

「俺以外は想定通り! ヴィンセントはアーキムに合わせろ!」

「「「了解!!!」」」

 アラタの刀が大地に突き立てられた。
 高性能な魔道具としての側面も持ち合わせている彼の刀は、練り上げた魔力を無駄なく地中に流し込んでいく。
 まだアラタが魔力の扱いにおいて未熟だったころ、彼は刀を介してのみ強力な魔術を発動可能だった時期がある。
 今でも刀を使用した方がキレが良い技もある。
 敵重装騎兵が頭を下げた。

「やるぞ!」

 地土の防壁ウォールオブアースという、土属性の防御魔術だ。
 特に珍しいものでも難しいものでもなく、存在する土を操作して壁を作り出す。
 ただし、作り出せる壁の強度と操作可能な土の量を増やそうとすると難易度は指数関数的に跳ね上がる。
 かつてアラタは、魔力伝達性の高いフィールドにおいてこれを使用し、意識を喪失したものの雷槍70発以上を凌ぎ切った。
 もし仮に魔力や魔術で強化されていようと、ただの矢がこの壁を貫ける道理はない。
 そして、土の壁は騎馬の進行方向を阻害する。

「側面から仕掛けろ!」

 騎馬隊の指揮官なのか、重装備の使いどころを失った男が叫んだ。
 敵はその声に従って綺麗に2つに分割され、そのまま駆け抜けていく。
 ここでアラタ達がスルーすれば、301中隊の両側面を通過されることになる。
 その通り掛けに攻撃されれば、ある程度の被害は覚悟しなければならない。
 ……通過出来れば。

「あぁ!?」

 トントンと音を立てて、矢は再び壁に阻まれた。
 アラタの構築した壁は正面だけでは無かったのだ。
 そして彼のいやらしいところは、壁の構築をギリギリまで粘ることで敵の攻撃中止を可能な限り防ぎ、加えて敵の進行方向と同じ方向に先細りさせるように2つの側壁を構築することで、視覚的にも発覚を遅らせた。
 結果、再装填に僅かながら時間が必要な弓矢を撃たせた。
 今度は彼らのターンである。

「撃てぇ!」

 カロン、ハリスがそれぞれ一発ずつ炎槍を、そしてアラタが雷属性魔力で強化された槍を敵に向かって投擲した。
 狙いは悪くない、距離も近い、敵はこちらに背を向けていて、尚且つ壁の上に立った状態で撃ったから角度も少しついている。
 人間にとって最も対処しづらい後方上向きの位置から、元八咫烏組による連携攻撃を受けるという事はどういうことなのか。
 答えは今ウル帝国軍が示してくれている。
 ハリスの魔術は外れたが、カロンの炎槍は敵を焼き、アラタの槍は重装備の敵の背中を貫いて腹から先っぽが突き出ていた。
 これだけでまず2人死亡。
 それでも攻撃は終わらない。

「次!」

 壁の隙間から外に出たアーキム、バートン、ヴィンセントの3名は、矢をキリキリと引いている。
 距離は20mと少し、良い距離感だ。

「撃て」

 アーキムの号令で3本の矢が放たれた。
 上級魔術の後では少し見劣りするかもしれないが、実はこれが中々に厄介。
 彼らは矢を放つ前にきちんと矢を魔力で強化している。
 アラタの刀のように、耐久力のある物体ではなく、矢のような脆いものに対して。
 放つ前に自壊しないだけ彼らの技量は高く、評価されるべきものである。
 ただし、発射された後、制御下から離れた矢がどのような挙動をするのか。

「お゛っ、ロラン!」

「応!」

 不規則変化軌道を描いて飛来する矢を受けるためには、重装備で潰すしかない。
 軌道が不規則なので命中率も下がるから、回避も選択肢の中にはあることにはある。
 ただ、今回は距離が近く、そこまで考える余裕は無い。
 3人が矢を放つ直前、指揮官はロランという男に後ろを任せた。
 彼と彼の馬は金属の鎧で身を固めていて、魔力強化された矢でも簡単には通さない防御力がある。
 結果、3人の放った矢は悉く防がれた。
 この攻守は敵に軍配が上がった。
 しかしまあ、十分陣形は乱したというのがアラタの感想である。

「戻るぞ」

 そう言いながら笑った彼の視界の向こう側で、敵騎馬隊が横に逸れていくのが見えていた。
 相手の先制攻撃から味方を守り、騎馬の有利な間合いまでもっていくための重装騎兵を後ろに下がらせ、一人殺した。
 半分に分割させたことで突進力も分散、これなら中隊に残った指揮官たちで上手くさばける。
 敵もそのように評価しただろうから、一度仕切り直しを選んだのだろう。

「アラタ、次はどうする?」

「また来れば今度は俺が雷槍で仕掛ける。お前らは注意を引き付けるんだ」

「了解…………下がっていったな」

「ならよし。合流して撤退する」

「了解」

 会話を終えたアーキムは自分の小隊の方へと戻っていった。
 小隊長がいないと部隊の調子が締まらない。
 同部隊のバートンも彼の後に続き、カロン、ハリスも先に行った。
 残るのはアラタとヴィンセントだけである。

「いい腕だ」

「……どうも」

 未だにヴィンセントという男との距離感を測りかねているアラタだが、最近これじゃないか? というそれを掴みかけている。
 あまり干渉せず、指示は最小限、好きに動かせつつ仲間と協力させる。
 中々に難しいが、細かい指示を出さなくてもこちらの意図に沿った動きをしてくれる彼は優秀な部下だ。
 労う時も一緒で、喜びを分かち合う必要は無くても、彼の働きに対する評価はきちんと口頭で伝える。

 リーダーって大変だな。

 そう彼は元の世界で自分を引っ張ってくれていたかつての仲間に思いを馳せるのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「報告! 下流の敵部隊を完全に捉えました! 壊滅も時間の問題かと!」

「よし。残るは2つか……」

 イリノイ・テレピン帝国軍元帥は、拳を握り締めた。
 忌々しい奇襲部隊の内、2つをしっかりと捕捉したと報告が入って来たから。
 川を渡りきる前に捕捉できたのなら、あとは数ですり潰せば何の問題もない。
 現状報告されている被害も、奇襲部隊が壊滅すればお釣りが来る程度の軽微な物。
 イリノイは戦況の順調さに顔をほころばせながら、より完璧を目指した。
 完璧というよりかは潔癖というべきか、とにかくある種のこだわりがあった。

「捕まえ切れていない敵の状況は」

「は、数はそれぞれ100前後、上手くかわされてしっかりと交戦状態に入っておりません」

 両方とも、かなり腕の立つ敵だとイリノイは見た。
 だからこそここで仕留めておきたいという感情が彼を支配する。
 本国からの援軍が到着する前に功績を上げる必要があるという事情と、ここにいる司令部付き参謀エヴァラトルコヴィッチ中将の鼻を明かしてやりたいという感情と、それから一応勝たなければならないという僅かな義務感。
 指揮官として完璧なまでに視野狭窄を引き起こしているのだが、そうなったのは一体誰のせいなのか。
 イリノイが悪いのは確かだろう。
 次に、戦場の指揮系統に家の格という物を持ち込んだエヴァラトルコヴィッチにも問題がある。
 中央貴族の彼が好き勝手にふるまえば、地方出身のイリノイが良い顔をせずに余計な力が入ってしまうことは想像できた。
 極めつけは、本国からの援軍という一見味方が、彼に時間制限を課してしまった点だろう。
 戦いは戦場だけで起こっているわけではないので、時たまこういうことが起こりうる。
 そんな時、現場では後世の歴史家から見てとんでもない判断が下されたりもする。

「残る2隊を確実に始末しろ。渡河しても構わんし、その時は後続を投入しろ」

「はっ!」

 伝令係は歴史を乗せて天幕を後にする。
 彼が司令部の意向を伝えたが最後、戦場に大きな変化が訪れる。
 そんなイリノイ元帥の決断に異を唱える者は誰もいない。
 ほとんどは『まあ全滅させたければさせればいい』程度の考えしか持ち合わせていないし、もし投入戦力を増強するとしても自分の直属の部隊が使われなければそれでいいと思っている。
 残る少しの人間は、自分だけはまきこまれないようにせっせと準備を進めていた。
 何かって?
 いざという時に動けない理由を作る準備である。
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