半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第343話 カナン公国軍第301中隊

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「かけたまえ」

「……失礼します」

 地獄への道は善意で舗装されているとはこういうことを言うのだろう。
 アラタはそう自身を憐れんだ。
 相手はニコニコしていて、むしろ彼に好意的に映る。
 しかし、こういう時にどんなことが待っているか、いい加減彼も予測がつくようになってきた。
 笑みを浮かべた司令官アイザック・アボットは、アラタに一枚の紙を差し出した。

「中身は何でしょうか」

「私からの贈り物が受け取れないのかな?」

「……有難く頂戴いたします」

 世が世ならパワハラものの言い草。
 現代日本ならこの言葉は『俺の酒が飲めないのか』とほぼ同義である。
 だがまあ、この場所には残念ながらそんな概念は存在しない。
 言われるがままに紙を受け取ったアラタは、表に司令官と自分の名前しかないことを確認してから裏側を見てみた。
 紙をひっくり返すとそこには、

「中隊長ですか」

「昇進だ、おめでとう」

「ハハ……ソッスネ」

 乾いた笑いを絞り出すので精一杯なアラタの脳内では、先ほどからずっとけたたましい警戒音が鳴り続けている。
 このままいけば、また激戦地に送り込まれる羽目になると。
 そしてこの紙は、そこに連れて行って行動に責任を持たなければならない人数が20人から100人に増えることが記されている。
 受け入れるほかなくても、受け入れがたい決定だった。

「1192小隊はどうなりますか?」

「連れて行って構わんよ。散らして小隊を指揮させるでもよし、まとめて今と同じ運用をするでもよし、君に一任する」

「自分、用兵は専門外なのですが……」

「では今から専門家になりたまえ」

「そんな無茶な」

 全体としては好ましい結果になった、そう思いつつもアラタはこうして貧乏くじを引いている。
 彼や彼の周りの人間が主張したように、敵軍を攻撃して撃滅するにはそれなりの力と犠牲が必要だ。
 それはきっと、ただ守るだけよりも遥かに大きなそれが要求される。
 言い換えれば、元々存在しなかった負担が誰かの肩にのしかかるという事でもある。
 だからって、それが言い出しっぺになるとは思わないではないか。
 そうアラタは天を恨んだ。

「特別に用意させた。君くらいの年代の人間はこういうのが好きなんだろう?」

「なんすかこれ?」

 任命書と同じく、アイザックは百円玉くらいのバッジ? を机の上に置いて、アラタに向かって滑らせた。
 そこには多少デフォルメされた三本足の黒鳥が描かれている。

「君の率いる中隊のエンブレムだ。名誉なことだよ、専門の紋章を預かるという事は」

「それはそうでしょうが……」

「不服かい?」

「いえ、そういうわけでは」

「こういうのはありがたく受け取っておくものさ」

「ありがたく受け取らせていただきます」

「あっはっは、そうするといい」

 それからも2人は様々なことを話した。
 例の軍議の件、アラタが裏で大公に働きかけて作戦の再検討までこぎつけた事。
 アイザックは自分の立案した作戦が廃案になったにしては、随分と上機嫌だった。
 廃案だったとしても、別の作戦が立ったにしても、その過程が大事だったのだと、半ば負け惜しみじみた話を彼はしていた。
 しかし、負けたにしては彼の顔は晴れやかだった。
 まるで憑き物が落ちたかのように、彼は自然と笑った。
 そして話は再び仕事に戻る。

「例の作戦は、情報管理が肝になる。第1192小隊の人間にもこの話はするな」

「では別の作戦が立ったと伝えますか?」

「いや、まだ揉めているとでも言えばいい。真正面から否定したのではかえって怪しい」

「分かりました。やってみます」

 アラタが承服したところで、アイザックは席を立った。
 それに伴ってアラタも立ち上がる。

「君の中隊は間違いなく最も難しい仕事を任されるだろう。死者も多く出る。だが、やり抜いてほしい」

「全力を尽くします」

「心に刻むのだ、君はもう中隊長、君一人が剣を振り回せば勝てるような戦闘規模ではない。誰が死のうと、部隊が勝ち、生き残ることを優先しなければならない。分かるね?」

「覚悟しています」

「よし、良い眼だ。公国軍第301中隊長アラタ、これより敵陣地への攻撃に見せかけた欺瞞行動を命じる」

「はっ!」

 両足の踵を揃え、右手を掲げて敬礼する。
 これにて面談は終了だ。
 天幕を後にした彼を待っていたのは、腹心の部下である第1192小隊の面々だ。
 彼らも作戦変更に際して随分と尽力したのだから、その結果くらいは知りたいと思っている。

「どうでしたか?」

 リャンの言葉に、アラタは首を横に振った。

「まだ決まってない。とりあえず俺たちは敵をかく乱するために遊撃に出る」

「小隊だけですか?」

「いや、中隊でだ。さっき中隊長になって来た」

こともなげにそう言い放ったアラタに対して、真っ先に詰め寄ったのは第2分隊長のアーキムだった。

「おまっ、アラタ、中隊長!? 正気か?」

「失礼な奴だな。任命書も貰ったから」

「ほ……本物だ」

 アラタが中隊長になることがよほどショックだったのか、彼は少し震えていた。
 多分嬉しさからくるものではないなとエルモは推察する。
 アーキムもエルモも十字勲章を受勲したが、アラタはそれより上の銀星十字勲章を受勲していて、今度は小隊長から中隊長へと昇進した。
 昔は同じくらいだと思っていた人間に差を付けられたことを実感したはいいものの、まだ現実を受け入れられていないのだろう。
 彼は案外上昇志向が強く、権威に弱かった。
 そんな彼は放っておくとして、アラタは早速中隊長として初めの命令を下す。

「中隊を率いると言っても、1192小隊以外の人間はまだいない。だから方々からかき集めることになる。お前らの眼で合計80人戦えるやつを集めてきてほしい」

「一人4人でいいってことだな」

「エルモさん計算速いね」

「へへ、まあな」

 13歳でなおかつまともな初等教育を修了していないキィに褒められて、エルモの鼻は伸びまくっている。
 彼の数少ない長所を『そんなの簡単だろ』と潰す必要もないので、アラタは無視して続ける。

「スカウト元の部隊には俺から話をしにいくから、とりあえず本人の同意を取って、それから俺が行くことを伝えてほしい。じゃあ行動開始!」

「隊長」

「んー?」

「戦えるってどれくらい? 俺たちくらいですか?」

 きっちりしている性格のウォーレンは、やはりそのあたりについて明確な判断基準が欲しいようで質問してきた。
 確かに今のアラタの説明では集まってくる人間のレベルにばらつきが出てもおかしくない。
 しまったとアラタは再度メンバーを呼び戻した。

「おい、おい! ごめん、やっぱもう一回集合!」

「なんすかもー」

「ごめんな。スカウト基準としてだけど……隠密、暗闇での戦闘に秀でた能力持ちか、お前ら1人が相手して2人組で互角くらいの人間が欲しい。これ最低ラインな」

「え? 1人? 2人がどうして?」

「あーっと、言い方が悪かったな。相手2人に対して、お前ら1人で互角くらいの腕前なら合格ってことにしたい」

「なるほど」

「ハリスはまあそれくらいってことだな。ハリスに勝てないと思うやつは上手く調節してくれ。以上!」

 今度こそ本当に解散し、それぞれが隊員を探しに散っていった。
 数キロに渡って布陣している公国兵の中から80名を選ぶのだから、馬は必須といえる。
 アラタも例に洩れず4人スカウトしなければならないので、愛馬のドバイに飛び乗ってコートランド川下流に向かって走り出したのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「あ゛あ゛あ゛~、今日はもう無理、解散解散。さっさと寝ろ」

「それは大丈夫ですけど……アラタさん大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃない。んだよ、第301中隊なんて存在しないって何度言われたか。最低でも13回は同じ説明したぞ」

「それはまあ、向こうからすれば初めて受ける説明ですからね」

「まあいいや。とりあえずおやすみ」

「あ、はい。お疲れさまでした」

 アラタと同じテントに泊っているカロンに全てを放り投げて、自分の身体をベッドの上に放り投げた。
 あまり乱暴に身を投げ出したものだから、衝撃を吸収したベッドがギシギシと軋んだ。
 今日、早々にスカウトを終えたアラタは方々を駆け巡ってスカウトした隊員の所属する小隊や中隊の責任者に配置換えの了承を得ることに時間を費やした。
 アラタが新規に中隊長に任じられたという事もあり、小隊長たちは比較的従順に要請に従ってくれたが、問題だったのは中隊長連中だ。
 新参者のアラタが挨拶に来るよりも早く自分の所の隊員をかっさらおうというのだから、良い顔をする変わり者は極少数だった。
 大体の中隊長はまず疑う事から始まり、次に冷たい態度を取り、貸しを求め、ようやく納得してくれた。
 それでも隊員を異動させることに関しては誰も拒否しなかったのだから、アラタの1日くらい安い物だとも言える。
 それに誰だって部下を他の人間に預けることを快く思わないのは当然だ。
 それも新第301中隊に引き抜かれるような手練れとなればなおさら。
 中隊長の中には今出て行かれるのはちょっと……という難色を示した人間もいたが、そこは大人の交渉で引き下がってもらった。
 アラタが交渉で何を提示したのかは明らかにしない方が良いだろう。

 何はともあれ、部隊は1日足らずで構築完了した。
 明日の朝一番に集合をかけ、アラタの訓示で全てが始まる。
 食事を取る事すら面倒なくらい疲れきっていたアラタは、それでも力を振り絞ってパンを齧り、干し肉を噛み、それから歯を磨いた。
 戦場では歯磨きをしないなんてのは当たり前の光景である。
 しかし、何となくいつも通りにしないことに嫌悪感があるアラタは義務的に歯を磨く。
 15年間も野球に捧げてきて、その間一日も休むことなく丁寧に体を管理していたのだから、納得の習慣だった。

 そして気絶したように眠りについたアラタは、体感10秒ほどの眠りから覚めて起き上がる。
 起きて顔を洗い、食事を取り、歯を磨き、体の調子を整えて、それから第1192小隊にだけ配備された特殊兵装、通称黒鎧こくがいをその身に纏う。
 竜の鱗とアルミをふんだんに使用した実験的装備に、鉢金はちがねを額に巻いて準備完了。
 袋の中から刀を取り出して、左手に持ったままテントを後にする。
 目の前のちょっとした広場には、すでに99名の兵士が整列していた。
 アラタは足から魔力を地面に流すと、土石流という土属性の魔術で即席の演説台を造形した。
 アーキムが副官として号令をかける。

「これより、第301中隊アラタ中隊長より訓示!」

 台の上に立つと、今までとは比べ物にならないくらいの人数が彼の方を向いていた。
 それこそ高校時代の部活の人数と同じか少し少ないくらい。
 これだけの人数を率いるのは久々のことだ。
 緊張しないはずがない。
 アラタはそれを飼い慣らすように深く息をついた。

「新設された第301中隊の指揮官に着任した、Bランク冒険者アラタだ」

 一同は黙って聞き入っている。

「これからの作戦は未だ司令部で会議中だが、我々の仕事ははっきりしている。我ら中隊は、公国軍のどの部隊よりも激戦地に投入され、誰よりも強い敵と渡り合い、誰よりも戦果を挙げなければならない。そうでなければ各部隊からスカウトしてきた意味がない。諸君らの元の指揮官は、諸君らを快く送り出してくれた。諸君らなら太鼓判を押せると、自身を持って精鋭部隊に推薦できると、そう口々に言った。上官の期待に応えるために、故郷を守る為に、国を守る為に、大切な人を守る為に、己の力を証明するために、勝つために、力の限り戦え。俺から諸君らに要求するのは、ただそれだけだ。以上!」

「中隊長からの訓示終わり! 解散!」

 今回、第024中隊から移動してきたイヴァンは、心の底からこの部隊に来たことを誇りに思った。
 部隊を率いるのは先ほど演説を終えた銀星のアラタ、その周りを固めるのも錚々たる顔ぶれ。
 彼らと同じ所属になれたことは、彼の軍人人生の中でも特に誇れる歴史となるだろう。
 もっとも、この先の戦いを生きて潜り抜けることが出来ればの話だが。
 アイザックからの指示通り、アラタは誰にも作戦の最終決定を通達していない。
 もしかしたらアーキムやリャン、アレサンドロ辺りは勘づいているかもしれないが、明確に言葉にしたことは一度もない。
 当然新規にスカウトされた人間も、それを知る由もない。
 全てはまず味方から欺くため。
 そうでもしなければ本当の混乱は生まれない。
 敵に最も近く、最も交戦機会が多く、そして最も被害が出るであろう最前線、そこに第301中隊は配属されることになった。
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