半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第331話 大規模魔術戦

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「やっべーなマジで」

「っていうか橋を落とすにしても敵が密集しててそれどころではない感じですよね」

「下から崩すか」

「いや、元々流れが速くてマークしてなかったわけですから、溺れますよ」

「じゃあどうする?」

「さぁ……」

 アラタとリャンはひとしきり案を出し切ると、がっくりとうなだれた。
 そもそもこちら側にかなりの数の敵が上陸していて、それを排除したいのに橋が架かっているせいでひっきりなしに増援が流れ込んできて、じゃあ橋を壊したいけど有効な策を思いつくことが出来ない。

「立派な橋だなぁ」

 そう溢したのは第4分隊長のテッドだ。
 彼は軍属ではないが、公国軍の戦闘工兵カリキュラムを修了している珍しい経歴の持ち主だ。

「コラ」

 同じ分隊のカイが彼の頭を小突いた。

「いたっ」

「綺麗だとかどうでもいいから。お前はとにかく、あれをどうやってぶっ壊すか考えろ」

「でもなぁ、時間があれば壊せるんだけど、あれだけ柱が太いともうどうにもならんよ」

「隊長、こいつぶっ飛ばしていいっすか」

「やめろカイ。テッドも諦めないで考えてくれ」

 建築構造物は完全に専門外のアラタ隊長は、具体的な方策をテッドに丸投げしている。
 素人が考えるよりも現実が見えるし、その方が適切な判断と言える。
 テッドはアラタに2つの選択肢を提示した。

「橋を壊すなら橋桁はしげたを落とす必要があって、じゃあ橋脚きょうきゃくを破壊するのが一番ベーシックなんですけど、あれ壊せます?」

「ごめん、どれが橋桁でどれが橋脚か分からん」

 出来る限り分かりやすく説明したつもりだったが、様々な出自の人間が集まるこの小隊ではもう少しかみ砕いて説明する必要があるとテッドは思った。
 確かに専門外の用語を使って説明したのは適切ではなかった。

「橋桁というのは、あの、敵が通る床のことです。まあ橋の上にある道と思ってください。道が無いと人は通れないのでこれを破壊したいわけですが、そのためには橋桁を支えている橋脚を壊すのが一番です。見たところ5本ありますね。真ん中なら一本落としただけで……もしかしたら落ちるかもしれませんが、多分落ちない設計になっていると思います。なので2本、出来れば連続した橋脚を破壊することが出来れば荷重に耐えきれず自壊するはずです」

「先生みたいだな」

「前は教員もしていましたから」

「「おぉ~」」

 アラタ、エルモ、ハリス、シリウスあたりの勉強苦手勢から賞賛の声が上がった。
 彼はいい教師になれそうだ。
 だが状況は楽観的ではない。

「あんな太いの落とせないだろ」

 そう言いだしたのは第2分隊のバートン・フリードマンだ。

「炎槍じゃ無理かなあ」

「普通に土属性の操作じゃ無理なんですかね?」

 アラタは攻撃魔術を使う事しか頭にないが、リャンはもう少し柔軟だ。
 ただ、それもテッドに却下される。

「なしでは無いですけど、土の塊であれだけの人数を安全に渡らせるのは無理だと思います。多分中に骨組みがあるはずなので、攻撃魔術で破壊する方がいいかと。ただ、威力が足りればなんですけど……」

 声がしりすぼみになりながらテッドが言い終えると、アラタは腕を組んで人差し指をトントン叩き始めた。
 イライラしているのか、それともただ考え事をしているのか。

 ——ちょっと無理があるかなぁ。
 無理でもやるしかないか。

「この中でアトラダンジョンのドラゴンと戦ったことある人~」

 アラタは唐突にアンケートを取り始めた。
 自分は戦った経験があるので手を挙げながら。
 少し迷いながら、第5分隊のサイロスとシリウスも手を挙げた。
 他にはいないようだ。

「ドラゴンのブレス攻撃見た事ある?」

「いえ、無いです」

 サイロスが答えた。

「自分は遠目に一度だけ」

 シリウスはイエスと答えた。

「あれさ、あれと同じくらいの攻撃なら壊せるかな」

「それはまあ、やってみないと分からない、というくらいまではいけると思いますけど…………ドラゴンテイマーなんて存在しないでしょう?」

「よし、作戦が決まった。橋脚は俺が斬る」

「え?」

 テッドが訊き返した。

「いやだから、俺が斬る」

「無理ですよ。どんだけ太いと思ってるんですか」

「出来なきゃじり貧でコートランド川のこっち側まで制圧される。やるなら完全制圧されていない今しかない」

 そう言いながらアラタは河川敷の土手を降り始めた。
 どうやら本気でやる気らしい。

「隊長、流石に無理が——」

 なおも食い下がろうとしたテッドの肩を掴んだのはリャンだった。
 彼はアラタという人間を良く知っている。
 その性格も、実力も、覚悟も。

「アラタに任せましょう。私たちはそこまでの露払いを。いいですね?」

「…………分かりました」

「編成を少し組み替える。第1と第3が先陣を切る。俺の代わりにアーキムが入って仕切れ」

「了解」

「第5はその後ろ、俺とテッドをガードしながら進む」

「分かりました」

「それから第2と第4は橋を壊した後前衛と入れ替わって殿しんがりを頼む」

「了解です」

「承りました」

「行くぞ!」

「「「おぉ!」」」

 まだ暑い9月の日中、真っ黒な装備に身を包んだ20名の戦闘組織がコートランド川になだれ込んだ。

「道を開けろぉ!」

 連絡を受けていた最前線の隊長は、後方から迫りくる援軍のために指示を出した。
 川のこちら側では上陸してきた敵と一進一退の攻防が繰り広げられており、ここを何としても死守したい。
 その為に、ここから反撃する。
 黒い影が数十個、駆け抜けた。

「やれ」

「おう!」

「了解」

 先陣を切るのはキィ、それからハリス。
 小柄な二人は混戦の中黒鎧の効果をフルに発揮して敵兵に急接近した。

「うぉっ!」

「あ゛っ゛!」

 キィは日本刀とは逆方向に湾曲したショーテルという剣で、ハリスはやや短めの直刀で敵に斬りかかった。
 まず2名、死亡。
 カナン公国の兵士がスペースを空け、キィとハリスが斬り込んだことで敵兵が少し後ろへ下がる。
 そこに発生したスペースは、魔術行使の難易度を数段も引き下げた。
 人口が密集していることによる魔力干渉効果で魔術発動が阻害される現象は、今この場所だけでは発生しない。
 カロン、デリンジャー、ヴィンセントの身体から魔力が迸った。

「新手の敵だ! 後続急げ!」

「今だ突っ込め!」

 アーキム指示の下、第1192小隊は敵陣深くにかみついた。
 それを見た公国軍の現場指揮官も攻め時を察知する。

「今だ! 押し戻せ!」

「「「おぉぉぉおおお!!!」」」

 押しに押され士気も下がって来ていた公国兵がここに来て盛り返す。
 だが帝国兵も負けてはいない。
 コートランド川の水際は血で染まり、おびただしい数の死体の山を築き始めていた。
 そんな中、いつもなら真っ先に大技を使って斬り込むアラタはというと、

「…………チッ。全員陸にあがれ!」

「ここ足つかないですよ!」

「しょうがねえなあ!」

 彼はなぜか川の中に潜った。
 本来ならそれなりに綺麗な川は、こうして人間の血に染まっている。
 息を止めて、眼を開けて、ぼやける視界の中アラタは刀を抜いた。
 逆手に持つとなおも潜水し、刀を川底に突き刺した。

ボガバガベおきあがれ!」

 次の瞬間、魔力を流して行使した土属性の初等魔術、土石流が川の下で沸きあがった。
 それは丁度学校の教室くらいの面積をほこり、数メートルはあった川底から水面の上まで隆起してきた。
 これだけでもかなりの大技なのだが、まだアラタの魔力には余裕がある。

「全員上がれ!」

 そう指示を下した瞬間、橋の中央付近、欄干から身を乗り出した影から閃光が放たれた。

「おぉぉ!」

 自分を中心に隆起させた大地の上で、アラタは刀に魔力を乗せて2度斬りつけた。
 ウル帝国の剣聖オーウェン・ブラックの技を見よう見まねで再現した彼なりの遠距離緊急攻撃である。
 1発は外したが、1発はしっかりと光球体の中心付近を捉えて魔術の組成を破壊する。
 こうすれば雷撃が水面に直撃することも無く安全だ。
 ただ、事態は楽観視できる状態ではない。

「早く上がれ!」

「全員確認!」

 アラタに付き従ってきたテッド、カイ、ウォーレンのうち、テッドが返事をした。
 装備を付けての着衣水泳は中々に体力を奪うらしかった。

「攻撃来るぞ!」

 そう警告したのも束の間、再び橋の上からアラタ達に向かって魔術と矢が放たれた。
 彼らがいるのは敵が上陸した地点より少し上流、左側である。
 黒鎧を使って気配を消しながら泳ぎ、橋の下まで到達する作戦は早々に頓挫してしまった。
 橋の真下まではまだ距離があるし、ここではいい的になってしまう。

 雷撃、水弾、矢、投石と判断した。

「水陣!」

 少し前に出て川に足首まで浸かった状態で、アラタは左手を突いた。
 たちどころに噴水のような水が吹きあがり、敵の攻撃を防御する。
 矢や石などの非魔力攻撃も、これではばめる。
 ただ、雷撃だけは例外で水に伝播してアラタに襲い掛かる。

「くぁ~! いってえなあ! 反撃!」

「おう!」

 彼の声にすかさず反応したのは第4分隊のカイ、彼は持ち込んでいた弓に矢をつがえて打ち出した。
 あれだけ密集していれば誰かには当たるはず、そんな彼の目論見は敵の精鋭によって見事に打ち砕かれてしまう。

「マジかよ」

「隊長、指示を」

「ここでやる。対魔術戦にシフトするんだ」

「了解」

「それにしても」

 あんなに人がごちゃごちゃしている中で、どうやってここまで届くような攻撃を作り出しているのか。
 戦いの最中にあっても、彼やテッドの興味は尽きない。
 元来魔術とは非常に繊細で、自分以外の魔力が術式に干渉するとすぐに組成が崩れて使い物にならなくなるのだ。
 複数人で協力することで発動させることが可能な形式の魔術も存在することには存在するが、多数派ではない。
 特に魔力操作が未熟であろう一般兵に囲まれながらこれだけの魔術を行使してくる敵とはいったい何者なのか、単純に興味が沸き始める。

 しかし、考える時間も限られているのが戦場というものだ。

「隊長! 雷槍です!」

「気前良すぎんだろ!」

「回避、回避ィィイイー!」

「慌てんな!」

 いつの間にか刀を納刀した状態にあったアラタが、部下の心を慮る。
 日本にいる彼の後輩に今の姿を見せたら、『あの千葉さんが!?』となること間違いなし。
 そんな彼の右手付近からまっすぐ伸びるのは、これまた青白く発光する魔力の塊。
 高純度高密度の雷属性の魔力は、彼の適正にぴったりだった。
 雷撃の上位魔術、雷槍。
 その威力と精度は、術者によって大きく異なる。

「ぶっ飛べ!」

 槍投げをするように右腕を振り抜いたところから、渾身の攻撃魔術が滑空していった。
 そしてそれは敵に到達するより前に崩壊、拡散し、敵側から放たれた雷槍の働きを十二分に阻害した。

「流石です」

「すっげぇー」

「いや、これ相手やばいだろ」

 ピンチを切り抜けたことを喜ぶ3人を尻目に、アラタの額からは一筋の汗が流れ落ちて、ザーザーと流れる川の中に落ちた。
 初級の攻撃魔術が使えるだけなら距離を潰して殺せばいい。
 しかし雷槍のような高威力のそれは、人間を一撃で死に至らしめるだけの攻撃力がある。
 まだ橋脚まで到達していないと言うのに、今日も楽は出来そうにないとアラタは笑った。
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