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第5章 第十五次帝国戦役編
第313話 シングル・アグレッサー
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「全員フル装備で集合」
小隊長がそう言ったのは、あの人の指示で馬を飛ばして半日後のことでした。
僕たちは猛暑の中、全員黒鎧を装着し、各々が自分の武器を持って小隊長の所に集まりました。
僕の武器は槍、それからセカンドウェポンとして短めの剣も装備しています。
既に汗だくで、どこかの川で水浴びしたい。
そんなことを考えていた時期が、僕にもありました。
「今日からの訓練には、全て真剣の武器を使用する」
アラタのその一言で、場が凍り付いた。
真剣を使う訓練が可能なシチュエーションというのは本当に少ない。
一つは極端に実力差が開いている場合、そしてもう一つは双方のレベルが極限まで研ぎ澄まされた場合。
確かにアラタくらいなら出来るかもしれないが、小隊の構成員全員がそうだとは言い難い。
第5分隊のサイロスが手を挙げた。
「なんだ」
「軽度の負傷ならともかく、戦線離脱者や死者が出たらまずいですよ」
「だから頑張るんだろうが」
「小隊長殿、兵士は森に生えている訳ではありません」
「当たり前だ。それぞれに人生があるからな」
「戦いの中で死ぬのなら諦めもつきます。しかし訓練で死亡したとなれば……遺族になんて言えば」
「あーわーったよ」
アラタは自然な流れでおもむろに刀を抜くと、サイロスの前に突き出した。
「お前はあれだ、戦うことが目的になっている。戦争は目的ではなく手段、外交手段、稼ぎの手段、だったら勝つ、生きて帰る、金を稼ぐことに情熱を燃やすべきだ。生きようが死のうが、目的を達成してこそ男だろうが」
「俺はそうは思いません。戦う前に死ぬなんて、そんなのはバカのすることだ」
「じゃあ死ねや」
意識の隙間を縫うように、アラタの身体から刀に向かって魔力が流れた。
静かに、水が伝うように、流れた。
「アラタ!」
リャンの【魔術効果減衰】によって雷撃は掻き消され、魔力は霧散する。
サイロスはアラタの殺気に当てられてまるで反応できていない。
これをあと3日半で一人前に仕上げるのだから、リーバイ中佐も中々に無茶を言う。
「ちゃんと説明しなきゃ分かりませんよ。言葉足らずなのはアラタの短所です」
小隊長、つまり上官はアラタでも、年齢はリャンの方が上。
八咫烏の第1小隊にいたときから、親、引率者としての立場は彼のものだった。
アラタは刀を下に向けて、少し黙った。
それから、
「俺たちの小隊は、あと3日と少しでAランク相当の敵と戦わなきゃいけない。そのための訓練を開始する。特記戦力レベルの敵とぶつかれば、無能はただ死ぬだけじゃない。仲間に迷惑をかけて、最悪道連れにして死ぬことになる。だから死ぬぎりぎりの訓練をやる。これでいいか」
上からの指令をすべて、洗いざらい伝えたことは、必ずしも良いこととは言えない。
あえて情報を隠すことで部下を動かしやすくなることもあるからだ。
しかし、アラタにそんな技能はまだない。
出来もしないことをやろうとするから問題が起こる。
アラタは少し反省し、自分の問いかけに首を縦に振ったリャンの方を見た。
「俺は、出来る限り多くの仲間と生きて帰りたい。だから、今ここで死ぬ気になって訓練する。覚悟のあるやつだけ残れ。残りは通常部隊に入れるように手配してやる」
言ってしまったと、アラタは後悔した。
思い出されるのは、高1冬の忌まわしい記憶。
自分のペースで走り続けたとして、全員がついてきてくれるわけではない。
だが、現在彼が率いているのは横浜明応高校野球部ではない。
全員が殺人経験を持つ百戦錬磨の実働部隊、カナン公国軍第1192小隊なのだ。
少し待っている間も、誰かが去る気配は微塵もない。
むしろアラタが確認して、指示を出すのを待っている。
「小隊長、出揃いました」
彼を除いて19名、全員参加である。
「…………訓練を始める」
「「「おぉぉぉおおお!!!」」」
少々不器用な小隊長に率いられて、新八咫烏の訓練はスタートした。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おらぁ! キィ死亡! 時間空けるな!」
「隊長にプレッシャーをかけ続けろ! 攻撃を絶やすな!」
「遅い!」
「ぐっ!」
指示を出していたアーキム第2分隊長の腹に、刀の柄が深々とめり込んだ。
もしかしたら骨が折れているかもしれないほどの衝撃に、たまらず膝をつく。
アーキムは痛覚軽減を持っていても、その熟練度はさほど大したことなかった。
「座るな!」
峰撃ちではない、刃のついた一太刀がアーキムに襲い掛かる。
エルモの狙い澄ました狙撃がアラタに迫る。
アラタのスキル【感知】の効果半径を見切り、そのギリギリ外側からの攻撃。
矢が近づけばスキルで気付かれるとしても、対応には遅れる。
案の定、矢を躱したアラタの体勢が崩れた。
上半身を傾けて矢を回避、そして右手一本でアーキムを斬りつける。
両手で唐竹割りにしていたらガード関係なく倒せただろうが、攻撃はすんでのところで防がれる。
そしてクリスが気配を消して近づいていた。
しかし、気配は感じずともタイミングは読める。
相手がここで畳みかけてくるだろうと言う、そういう感覚だ。
「リャン!」
「ぐっ、相殺しきれないっ!」
地面に転がったアーキムを蹴飛ばしたアラタは、反対の足で地面に魔力を流す。
使用する魔術は土棘、土属性の初歩魔術だ。
雷撃に比べて起動速度が遅いが、魔力効率と威力が高い。
物理的に初めから存在する土を使用する分、発動して制御から離れた魔術を止めることはリャンにはできない。
最後の数発は【魔術効果減衰】で掻き消したものの、残りは周囲に飛び散って彼らの間合いを搔き乱した。
そんな混乱に乗じて、アラタは地を這うようにエルモに接近。
「歯ぁ食いしばれ」
「あぎっ!」
弓を捨てて短刀による近接戦闘を試みたエルモは、腹に1発、胸に1発、首元に蹴りを1発しっかりと叩きこまれた。
彼の初撃はアラタに止められて、がっちりと右手がロックされている、これでは躱しようがない。
エルモもダウン、キィ、ダリル、バートンは既に死亡判定を食らっている。
これにて1セット終了だ。
「4人死亡、スクワット400回始め!」
こともなげにアラタは刀を収め、部下にペナルティを指示した。
彼らは装備を着たままそれなりに苦しいトレーニングに従事してもらう。
「ばけもんかよ」
「もう1分隊追加させろよハゲ」
「ヒモ、甲斐性無し」
「何か?」
「「「なんでもありません! サー!」」」
この手の恨み言は、こうして相手に耳にかなりはっきりと届いているのだと、彼は最近知った。
アラタも事あるごとに理不尽な指導者に対して呪詛を吐いていたものだ。
それが何の因果かこうして立場が逆転している。
「第3、第4分隊集合」
第5分隊との模擬戦を終え、一足先に休憩していた彼らの時間が終わる。
これから先は、地獄だ。
「集合」
周りの歩調を気にしながら、憂鬱な気持ちも相まって足が進まない彼らに、アラタが2度目の集合を掛けた。
その目から発せられるメッセージを、彼らはしっかりと受信する。
——3度目は無い。
「お前ら走れ!」
第3分隊所属のハリスが真っ先に走り出した。
旧八咫烏に所属していた彼は、アラタの怒りのツボを心得ている。
理不尽ではない、むしろ優しい。
ただ、周囲との調整も含めてしっかりと外堀を埋め、それでいて笑顔で死にそうな任務を割り振ってくるこの男を、ハリスは尊敬して、そして恐れていた。
彼を筆頭に2個分隊が集合するまでにかかった時間は1分程度。
責められるほどではない。
当然アラタも怒らない。
ただ粛々と次の訓練が始まるだけだ。
「3分後、俺とお前らで戦闘訓練を開始する。殺す気でかかってこい」
こうして、今度は第3、第4の2個分隊がアラタに散々揉まれたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
訓練を終えた夜、アラタは一人で木剣を振っていた。
【身体強化】も何も使用せずに、ただ自分の身体能力だけで素振りをする。
鉛を打ち込んである重い木剣を使用しているというのも勿論だが、それ以上に生身の状態で振る剣は振りにくい。
今日、彼は1度も被弾しなかった。
相手が真剣に委縮していたというのも、多少は考慮せねばならない。
しかしそれでも、彼は単独で相手は8人、あまりあるハンデだ。
彼らはアラタにボロ雑巾のようにしごかれて、泥のように眠っている。
先行して訓練を行い、陽が沈むころには後続部隊と合流する。
軍の仕事や野営の当直などを彼らに任せ、八咫烏は眠るのだ。
これで本当に勝てるのか、そんな不安が彼の中には常にある。
こうして練習しなければ、不安が追いついてきて囁くのだ。
いま休んで力及ばず負けたとして、お前は後悔しないのか、と。
彼を突き動かすのは、いつだって後ろめたい気持ちや不安などのネガティブな気持ち。
始めはそうではなかった、ただ単純に強くなりたかった。
そうすべき理由もあったし、彼自身それを楽しんでいた。
しかし、今はそうではない。
小隊の命を預かり、彼らに嫌われようと、彼らを一人前にする。
そうすることで、彼らの命は救われる。
だが、それだけでいいのかと彼の中で誰かが訊いてくる。
部下を強くするだけでこの戦いを乗り切れるのか、本当にそう思っているのならお前は相当おめでたい人間だと。
結局のところ、彼はまだ自分を信じ切れていない。
自分が嫌いで、信頼できず、故に行動に自信が持てない。
では他人のことは信用できるのかというと、これも難しい。
強くなる自分は想像できても、自分の指導の下強くなる部下というものを思い描けない。
自身の隣に立って戦う部下、仲間というものを夢想できない。
だから結局、自分の力で何とかしようとするのだ。
それが間違っていることだと知りつつ、間違った方向に迷い込む。
訓練において、仮想敵役を務める人間や部隊のことを、アグレッサー(侵略者)と呼ぶ。
この訓練において、アグレッサーは彼一人。
シングル・アグレッサーなのだ。
第1192小隊が対峙する想定の特記戦力が、仲間を連れていない可能性はゼロに近い。
そしてアラタがAランカーと比較してどれほど強いのか、これも分からない。
アグレスは、その性質上組織最強の者が務める。
もしも本番でアグレスを凌ぐ敵と遭遇した場合、生存確率は極端に低下する。
だから彼は、今宵も剣を振るのだ。
コラリス・キングストンに言われたように、最強を目指して。
小隊長がそう言ったのは、あの人の指示で馬を飛ばして半日後のことでした。
僕たちは猛暑の中、全員黒鎧を装着し、各々が自分の武器を持って小隊長の所に集まりました。
僕の武器は槍、それからセカンドウェポンとして短めの剣も装備しています。
既に汗だくで、どこかの川で水浴びしたい。
そんなことを考えていた時期が、僕にもありました。
「今日からの訓練には、全て真剣の武器を使用する」
アラタのその一言で、場が凍り付いた。
真剣を使う訓練が可能なシチュエーションというのは本当に少ない。
一つは極端に実力差が開いている場合、そしてもう一つは双方のレベルが極限まで研ぎ澄まされた場合。
確かにアラタくらいなら出来るかもしれないが、小隊の構成員全員がそうだとは言い難い。
第5分隊のサイロスが手を挙げた。
「なんだ」
「軽度の負傷ならともかく、戦線離脱者や死者が出たらまずいですよ」
「だから頑張るんだろうが」
「小隊長殿、兵士は森に生えている訳ではありません」
「当たり前だ。それぞれに人生があるからな」
「戦いの中で死ぬのなら諦めもつきます。しかし訓練で死亡したとなれば……遺族になんて言えば」
「あーわーったよ」
アラタは自然な流れでおもむろに刀を抜くと、サイロスの前に突き出した。
「お前はあれだ、戦うことが目的になっている。戦争は目的ではなく手段、外交手段、稼ぎの手段、だったら勝つ、生きて帰る、金を稼ぐことに情熱を燃やすべきだ。生きようが死のうが、目的を達成してこそ男だろうが」
「俺はそうは思いません。戦う前に死ぬなんて、そんなのはバカのすることだ」
「じゃあ死ねや」
意識の隙間を縫うように、アラタの身体から刀に向かって魔力が流れた。
静かに、水が伝うように、流れた。
「アラタ!」
リャンの【魔術効果減衰】によって雷撃は掻き消され、魔力は霧散する。
サイロスはアラタの殺気に当てられてまるで反応できていない。
これをあと3日半で一人前に仕上げるのだから、リーバイ中佐も中々に無茶を言う。
「ちゃんと説明しなきゃ分かりませんよ。言葉足らずなのはアラタの短所です」
小隊長、つまり上官はアラタでも、年齢はリャンの方が上。
八咫烏の第1小隊にいたときから、親、引率者としての立場は彼のものだった。
アラタは刀を下に向けて、少し黙った。
それから、
「俺たちの小隊は、あと3日と少しでAランク相当の敵と戦わなきゃいけない。そのための訓練を開始する。特記戦力レベルの敵とぶつかれば、無能はただ死ぬだけじゃない。仲間に迷惑をかけて、最悪道連れにして死ぬことになる。だから死ぬぎりぎりの訓練をやる。これでいいか」
上からの指令をすべて、洗いざらい伝えたことは、必ずしも良いこととは言えない。
あえて情報を隠すことで部下を動かしやすくなることもあるからだ。
しかし、アラタにそんな技能はまだない。
出来もしないことをやろうとするから問題が起こる。
アラタは少し反省し、自分の問いかけに首を縦に振ったリャンの方を見た。
「俺は、出来る限り多くの仲間と生きて帰りたい。だから、今ここで死ぬ気になって訓練する。覚悟のあるやつだけ残れ。残りは通常部隊に入れるように手配してやる」
言ってしまったと、アラタは後悔した。
思い出されるのは、高1冬の忌まわしい記憶。
自分のペースで走り続けたとして、全員がついてきてくれるわけではない。
だが、現在彼が率いているのは横浜明応高校野球部ではない。
全員が殺人経験を持つ百戦錬磨の実働部隊、カナン公国軍第1192小隊なのだ。
少し待っている間も、誰かが去る気配は微塵もない。
むしろアラタが確認して、指示を出すのを待っている。
「小隊長、出揃いました」
彼を除いて19名、全員参加である。
「…………訓練を始める」
「「「おぉぉぉおおお!!!」」」
少々不器用な小隊長に率いられて、新八咫烏の訓練はスタートした。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おらぁ! キィ死亡! 時間空けるな!」
「隊長にプレッシャーをかけ続けろ! 攻撃を絶やすな!」
「遅い!」
「ぐっ!」
指示を出していたアーキム第2分隊長の腹に、刀の柄が深々とめり込んだ。
もしかしたら骨が折れているかもしれないほどの衝撃に、たまらず膝をつく。
アーキムは痛覚軽減を持っていても、その熟練度はさほど大したことなかった。
「座るな!」
峰撃ちではない、刃のついた一太刀がアーキムに襲い掛かる。
エルモの狙い澄ました狙撃がアラタに迫る。
アラタのスキル【感知】の効果半径を見切り、そのギリギリ外側からの攻撃。
矢が近づけばスキルで気付かれるとしても、対応には遅れる。
案の定、矢を躱したアラタの体勢が崩れた。
上半身を傾けて矢を回避、そして右手一本でアーキムを斬りつける。
両手で唐竹割りにしていたらガード関係なく倒せただろうが、攻撃はすんでのところで防がれる。
そしてクリスが気配を消して近づいていた。
しかし、気配は感じずともタイミングは読める。
相手がここで畳みかけてくるだろうと言う、そういう感覚だ。
「リャン!」
「ぐっ、相殺しきれないっ!」
地面に転がったアーキムを蹴飛ばしたアラタは、反対の足で地面に魔力を流す。
使用する魔術は土棘、土属性の初歩魔術だ。
雷撃に比べて起動速度が遅いが、魔力効率と威力が高い。
物理的に初めから存在する土を使用する分、発動して制御から離れた魔術を止めることはリャンにはできない。
最後の数発は【魔術効果減衰】で掻き消したものの、残りは周囲に飛び散って彼らの間合いを搔き乱した。
そんな混乱に乗じて、アラタは地を這うようにエルモに接近。
「歯ぁ食いしばれ」
「あぎっ!」
弓を捨てて短刀による近接戦闘を試みたエルモは、腹に1発、胸に1発、首元に蹴りを1発しっかりと叩きこまれた。
彼の初撃はアラタに止められて、がっちりと右手がロックされている、これでは躱しようがない。
エルモもダウン、キィ、ダリル、バートンは既に死亡判定を食らっている。
これにて1セット終了だ。
「4人死亡、スクワット400回始め!」
こともなげにアラタは刀を収め、部下にペナルティを指示した。
彼らは装備を着たままそれなりに苦しいトレーニングに従事してもらう。
「ばけもんかよ」
「もう1分隊追加させろよハゲ」
「ヒモ、甲斐性無し」
「何か?」
「「「なんでもありません! サー!」」」
この手の恨み言は、こうして相手に耳にかなりはっきりと届いているのだと、彼は最近知った。
アラタも事あるごとに理不尽な指導者に対して呪詛を吐いていたものだ。
それが何の因果かこうして立場が逆転している。
「第3、第4分隊集合」
第5分隊との模擬戦を終え、一足先に休憩していた彼らの時間が終わる。
これから先は、地獄だ。
「集合」
周りの歩調を気にしながら、憂鬱な気持ちも相まって足が進まない彼らに、アラタが2度目の集合を掛けた。
その目から発せられるメッセージを、彼らはしっかりと受信する。
——3度目は無い。
「お前ら走れ!」
第3分隊所属のハリスが真っ先に走り出した。
旧八咫烏に所属していた彼は、アラタの怒りのツボを心得ている。
理不尽ではない、むしろ優しい。
ただ、周囲との調整も含めてしっかりと外堀を埋め、それでいて笑顔で死にそうな任務を割り振ってくるこの男を、ハリスは尊敬して、そして恐れていた。
彼を筆頭に2個分隊が集合するまでにかかった時間は1分程度。
責められるほどではない。
当然アラタも怒らない。
ただ粛々と次の訓練が始まるだけだ。
「3分後、俺とお前らで戦闘訓練を開始する。殺す気でかかってこい」
こうして、今度は第3、第4の2個分隊がアラタに散々揉まれたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
訓練を終えた夜、アラタは一人で木剣を振っていた。
【身体強化】も何も使用せずに、ただ自分の身体能力だけで素振りをする。
鉛を打ち込んである重い木剣を使用しているというのも勿論だが、それ以上に生身の状態で振る剣は振りにくい。
今日、彼は1度も被弾しなかった。
相手が真剣に委縮していたというのも、多少は考慮せねばならない。
しかしそれでも、彼は単独で相手は8人、あまりあるハンデだ。
彼らはアラタにボロ雑巾のようにしごかれて、泥のように眠っている。
先行して訓練を行い、陽が沈むころには後続部隊と合流する。
軍の仕事や野営の当直などを彼らに任せ、八咫烏は眠るのだ。
これで本当に勝てるのか、そんな不安が彼の中には常にある。
こうして練習しなければ、不安が追いついてきて囁くのだ。
いま休んで力及ばず負けたとして、お前は後悔しないのか、と。
彼を突き動かすのは、いつだって後ろめたい気持ちや不安などのネガティブな気持ち。
始めはそうではなかった、ただ単純に強くなりたかった。
そうすべき理由もあったし、彼自身それを楽しんでいた。
しかし、今はそうではない。
小隊の命を預かり、彼らに嫌われようと、彼らを一人前にする。
そうすることで、彼らの命は救われる。
だが、それだけでいいのかと彼の中で誰かが訊いてくる。
部下を強くするだけでこの戦いを乗り切れるのか、本当にそう思っているのならお前は相当おめでたい人間だと。
結局のところ、彼はまだ自分を信じ切れていない。
自分が嫌いで、信頼できず、故に行動に自信が持てない。
では他人のことは信用できるのかというと、これも難しい。
強くなる自分は想像できても、自分の指導の下強くなる部下というものを思い描けない。
自身の隣に立って戦う部下、仲間というものを夢想できない。
だから結局、自分の力で何とかしようとするのだ。
それが間違っていることだと知りつつ、間違った方向に迷い込む。
訓練において、仮想敵役を務める人間や部隊のことを、アグレッサー(侵略者)と呼ぶ。
この訓練において、アグレッサーは彼一人。
シングル・アグレッサーなのだ。
第1192小隊が対峙する想定の特記戦力が、仲間を連れていない可能性はゼロに近い。
そしてアラタがAランカーと比較してどれほど強いのか、これも分からない。
アグレスは、その性質上組織最強の者が務める。
もしも本番でアグレスを凌ぐ敵と遭遇した場合、生存確率は極端に低下する。
だから彼は、今宵も剣を振るのだ。
コラリス・キングストンに言われたように、最強を目指して。
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