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第4章 灼眼虎狼編
第291話 悪い遊びを教えるのも友達の仕事
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「なんか外で色々忙しそうにしてんだけど、なんかイベントでもあるの?」
「建国記念日ですね」
「へー」
適当に返事をしつつ、買い物袋を置く。
シルにお使いを頼まれたアラタは荷物を台所にいるシルに渡した後、用事があるので出ようとする。
「ちょっと」
「ん?」
リーゼが呼び止めながら、周囲を警戒している。
余人には聞かせられない話でもするのか、そんな感じで誰もいないことを確認していた。
「お祭りの話はノエルにしないでください」
「仲間外れ?」
「違いま……まあ近いんですけど、あの子は大公の娘として式に出るので私たちとは別行動です」
「はぁ。大変だな」
「そうです大変なんです。だからくれぐれも口を滑らさないように。いいですね?」
「オッケー」
非常に軽い返事はリーゼを不安にさせるが、まあ大丈夫なのだろう。
信用するしかないと諦めて、リーゼはこの話をクリスにもしに行った。
「ただいま……」
「おかえりー」
玄関からこれ見よがしに元気のないノエルの声が聞こえてきたので、アラタは平静を装って返事をした。
リーゼの話的に、間違いなく明日の建国記念日のことで落ち込んでいるのだろう。
だからと言って自分に何が出来ると、アラタは関わらないことにした。
「…………」
アラタは居間で刀の手入れをしていたのだが、それをノエルがジッと見ている。
行為そのものには興味がないのだろう、とりあえずそうしているという様子だ。
別にみられていようといまいと関係ない作業なので、アラタは黙々と作業を続ける。
劣化しないこの刀は、手入れと言ってもせいぜい汚れを落として綺麗にする程度。
刀身についた汚れを濡れ雑巾で拭き、それから乾拭きする。
柄に関しては砂粒が入り込んでしまったりするので丁寧に柄巻きの隙間まで掃除する。
その間、ノエルはずっと立ちっぱなしで彼の方を向いていた。
「……なに?」
「聞いてくれるか」
しびれを切らしてつい聞いてしまったアラタは、同時にしまったと思う。
リーゼに言われていたのに、不覚にも話しかけてしまったことを悔やむ。
「あ、ちょっと、やっぱなし」
「私、明日のお祭りに行けないんだ」
「無視して話す感じなのね」
「みんなで行きたかったけど、それも叶わない。アラタたちだけで楽しんでくるといい」
「あのさ、俺にどうしろっていうの?」
「父上と母上を説得して欲しいなぁ~って」
また随分と無茶ぶりをしてきたノエルに対し、アラタは息をつく。
誰にものを頼んでいるんだと。
「あのね、ただでさえ俺は大公に貸しだの借金だのなんだのかんだのあるわけ。その上式典すっ飛ばして遊びに行きたいノエルのこと頼めるわけないだろ」
「そうだけど……だって……」
なおも口をとがらせて何とかしてほしいと頼んでくるノエルを見て、アラタは頭の中では何とかできないものか思案し続けている。
だが、本当にどうすることも出来ないのだ。
リーゼ辺りが頼み込めば話は別かもしれないが、アラタは大公に頼みごとを出来る立場にない。
そんな話をしてみれば、『またかい?』と冷ややかな目であしらわれるのがオチだ。
「みんなと行きたかった」
ノエルはぽつりと言い残すと、階段を上がって自分の部屋へと行ってしまった。
出来ないことを出来ると言って、過度な期待をさせるべきではない。
これで良かったのだと、アラタは自分に言い聞かせる。
ただし、ここから先ノエルに隠れて何をするのかは個人の自由だ。
「シル、クリスとリーゼ呼んで来い」
「分かった」
親のアラタとリンクしているシルキーは、胸のあたりがこそばゆくてムズムズしている。
誰かのために行動するアラタの優しさは、不器用だけど確かに伝わっているから。
やがてリーゼとクリスが召喚されて、ノエル以外の4人が集合した。
「さあ、どうしたもんかな」
こうして極秘裏に、作戦会議が開始された。
※※※※※※※※※※※※※※※
「…………はぁ」
こんな役回り、私がやる必要なかったのに。
綺麗な衣装に身を包み、お化粧しているノエルの表情は沈むように暗い。
無理からぬ話だが、式典に参加せねばならないこともまた、無理からぬ話だ。
建国記念日、大公も出席する式典、そこに大公妃と娘のノエルが参加せねばならないのは馬鹿でもわかる。
ただ、この手の行事、来賓はさほど忙しくなく、退屈な時間が多いのも容易に想像できた。
ただでさえジッとしているより走り回っている方が好きなノエルは、こんな服を脱ぎ捨ててズボンを履いて魔物と戦いたかった。
貴族院の大広間で内々に式を行い、それから外に出て挨拶を行う。
そうすればあとは何もすることは無いのだが、何もないからと言ってこの場を離れていいというわけにはいかない。
「ノエル、どこに行くんだい?」
バルコニーからアトラの中心部を見渡しているシャノンは、立ち上がったノエルに気づいた。
「お手洗いに行ってきます」
「そうか」
ここまで休憩時間も無かったからとシャノンは何も考えず目を離した。
大公妃のアリシアも同じく、眼下に広がる記念日の市井を見守っていた。
「ここで待っていてくれ」
お付きのものを待たせておいて、ノエルは一人用を足す。
軽いものとは言えドレスを着ているのだから補助は必要かに思われたが、彼女は器用に裾を守る。
洗面台で手を洗っていると、鏡に一人だけ自分の姿が映って悲しくなった。
普段ならみんながいたのに、今日は一人ぼっちで寂しい。
彼女がそう考えて落ち込むことくらい、アラタやリーゼはお見通しである。
そして、そんな状況で他の4人だけ祭りを楽しむような薄情な人間ではないことも、分かりきっている。
——おい、ノエル。
頭の中に声が響いた。
剣聖の人格と会話をするときのような、不思議な感覚だ。
「は?」
——声出すな。念じるだけでいい。
——……こうか?
——上出来。今どこにいる?
不可視の向こう側から、聞きなれた男の声がする。
——トイレだ。
——じゃあそこを出てあっちに行って、なに? あっちじゃ分かんない? あっちはあっちだろ。左、いやお前から見ると右か? ああもう、お前がやれよ。
会話の向こう側でなにやら言い合っているアラタの声は、そこで途絶えた。
代わりにスキルの使用者であるクリスが参加した。
——バカに任せた私が愚かだった。ノエル、今から私の指示に従え。
——うん、でも……
——いいから。いう通りにしろ
有無を言わさぬ強い言い方に、ノエルも言われるまま指示に従う。
トイレを出て待っていた付き人を待たせて、通路の角を右に曲がる。
それからまっすぐ進んで3つ目の交差点を左に曲がると、白い仮面が2つ暗闇の中に浮かんでいた。
「ひっ」
「シッ」
ハナニラの紋様が刻まれた仮面の男? が人差し指を立てて制止する。
声を出すな、そう言われている気がした。
「ア、アラタとクリスなのか?」
「大正解。おめかししてんな」
「仕方ないだろう。今日はそういう日なんだ」
ノエルの言葉はさほど興味がないようで、アラタは仮面を取ったクリスの方を見た。
「いけるか?」
「何とか。少し時間が欲しい」
「3分でやれ」
「やってみる」
「あの、何を…………?」
「動くな」
何をされるのか皆目見当がつかないノエルは非常に不安になる。
しかしクリスが両手を掴んで気を付けの姿勢にさせるので、されるがまま直立するしかない。
「アラタ、何するの?」
彼は答えない。
よく見ると、アラタは刀を持っていないし他に武器の類も全く見えない。
そして代わりにポケットの裾から何かの袋が顔を出している。
もしかして、とノエルは訊く。
「お祭り行ってた?」
「まあな」
「出来た。いつでもいけるぞ」
アラタが答えたのと同時に、クリスの方で何らかの準備が完了した。
何なのかは不明だが、いつでもいけるとのことだ。
「よし、やるか」
アラタは仮面と黒装束のケープ、それから黒シャツを脱ぎ、身軽になる。
そこにクリスが手を触れて、スキル【十面相】を発動させれば……
「…………私だ」
着ている服までそっくりそのまま、ノエルがもう一人出来上がった。
「おう、いい感じじゃん」
ノエルの声とアラタの口調で話すと、違和感が凄い。
「じゃ、あとは任せた」
「お前もな。ノエル行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って。替え玉!?」
その通りとばかりにアラタは頷く。
「俺たちの粋な計らいにより、お前は自由の身になったのだ!」
なんてことをノエルの見た目でもう一人のノエルに言うのだから、見た目的に非常に混乱を招く。
「バレだらどうするんだ!」
「大丈夫だって。チチウエとハハウエだろ?」
ぎこちないイントネーションは不安しかない。
「絶対ダメだ! すぐにばれる!」
「うっさいなあ。もういいから、クリス連れてって」
「分かった。しっかりな」
「ノエル頑張る!」
「私の一人称はノエルじゃなーい!」
ノエルに扮したアラタが大公たちの所に戻っていく方向とは反対に、2人は堂々と貴族院を出た。
クリスはここの警備に顔が利くので実質入り放題、ノエルは流石にそのままだとまずいのでクリスの能力で見た目だけでもアラタに変えておく。
スキルを使えば難なく警備網を突破できるという脆弱性を披露したところで、ノエルは外に出ることが出来た。
クリスはそこでスキルを解き、ついでに替えの服も手渡す。
「あ、リーゼ」
「ここまでは計画通りですね」
「リーゼが発案したのか?」
違います、と彼女は首を横に振る。
「アラタですよ。まあ結局、誰が代わりを務めるのかじゃんけんして言い出しっぺが負けたんですけどね」
転生の時といい、アラタはじゃんけんが非常に不得手だ。
クソ雑魚と言って差し支えない程に弱い。
そのくせ自分からじゃんけんを提案してくるのだから、馬鹿だとしか思えない。
そんなこんなで、アラタの尊い犠牲の上にノエル・クレスト、初めての夏祭りである。
「さっ、アラタの分も楽しまないといけませんよ!」
「……そうだな」
替え玉作戦は不安しかないが、バレてもバレなくても今は楽しもう。
ノエルは割り切ってリーゼの後についていき、市井の楽しみという物に触れることに専念することにした。
「建国記念日ですね」
「へー」
適当に返事をしつつ、買い物袋を置く。
シルにお使いを頼まれたアラタは荷物を台所にいるシルに渡した後、用事があるので出ようとする。
「ちょっと」
「ん?」
リーゼが呼び止めながら、周囲を警戒している。
余人には聞かせられない話でもするのか、そんな感じで誰もいないことを確認していた。
「お祭りの話はノエルにしないでください」
「仲間外れ?」
「違いま……まあ近いんですけど、あの子は大公の娘として式に出るので私たちとは別行動です」
「はぁ。大変だな」
「そうです大変なんです。だからくれぐれも口を滑らさないように。いいですね?」
「オッケー」
非常に軽い返事はリーゼを不安にさせるが、まあ大丈夫なのだろう。
信用するしかないと諦めて、リーゼはこの話をクリスにもしに行った。
「ただいま……」
「おかえりー」
玄関からこれ見よがしに元気のないノエルの声が聞こえてきたので、アラタは平静を装って返事をした。
リーゼの話的に、間違いなく明日の建国記念日のことで落ち込んでいるのだろう。
だからと言って自分に何が出来ると、アラタは関わらないことにした。
「…………」
アラタは居間で刀の手入れをしていたのだが、それをノエルがジッと見ている。
行為そのものには興味がないのだろう、とりあえずそうしているという様子だ。
別にみられていようといまいと関係ない作業なので、アラタは黙々と作業を続ける。
劣化しないこの刀は、手入れと言ってもせいぜい汚れを落として綺麗にする程度。
刀身についた汚れを濡れ雑巾で拭き、それから乾拭きする。
柄に関しては砂粒が入り込んでしまったりするので丁寧に柄巻きの隙間まで掃除する。
その間、ノエルはずっと立ちっぱなしで彼の方を向いていた。
「……なに?」
「聞いてくれるか」
しびれを切らしてつい聞いてしまったアラタは、同時にしまったと思う。
リーゼに言われていたのに、不覚にも話しかけてしまったことを悔やむ。
「あ、ちょっと、やっぱなし」
「私、明日のお祭りに行けないんだ」
「無視して話す感じなのね」
「みんなで行きたかったけど、それも叶わない。アラタたちだけで楽しんでくるといい」
「あのさ、俺にどうしろっていうの?」
「父上と母上を説得して欲しいなぁ~って」
また随分と無茶ぶりをしてきたノエルに対し、アラタは息をつく。
誰にものを頼んでいるんだと。
「あのね、ただでさえ俺は大公に貸しだの借金だのなんだのかんだのあるわけ。その上式典すっ飛ばして遊びに行きたいノエルのこと頼めるわけないだろ」
「そうだけど……だって……」
なおも口をとがらせて何とかしてほしいと頼んでくるノエルを見て、アラタは頭の中では何とかできないものか思案し続けている。
だが、本当にどうすることも出来ないのだ。
リーゼ辺りが頼み込めば話は別かもしれないが、アラタは大公に頼みごとを出来る立場にない。
そんな話をしてみれば、『またかい?』と冷ややかな目であしらわれるのがオチだ。
「みんなと行きたかった」
ノエルはぽつりと言い残すと、階段を上がって自分の部屋へと行ってしまった。
出来ないことを出来ると言って、過度な期待をさせるべきではない。
これで良かったのだと、アラタは自分に言い聞かせる。
ただし、ここから先ノエルに隠れて何をするのかは個人の自由だ。
「シル、クリスとリーゼ呼んで来い」
「分かった」
親のアラタとリンクしているシルキーは、胸のあたりがこそばゆくてムズムズしている。
誰かのために行動するアラタの優しさは、不器用だけど確かに伝わっているから。
やがてリーゼとクリスが召喚されて、ノエル以外の4人が集合した。
「さあ、どうしたもんかな」
こうして極秘裏に、作戦会議が開始された。
※※※※※※※※※※※※※※※
「…………はぁ」
こんな役回り、私がやる必要なかったのに。
綺麗な衣装に身を包み、お化粧しているノエルの表情は沈むように暗い。
無理からぬ話だが、式典に参加せねばならないこともまた、無理からぬ話だ。
建国記念日、大公も出席する式典、そこに大公妃と娘のノエルが参加せねばならないのは馬鹿でもわかる。
ただ、この手の行事、来賓はさほど忙しくなく、退屈な時間が多いのも容易に想像できた。
ただでさえジッとしているより走り回っている方が好きなノエルは、こんな服を脱ぎ捨ててズボンを履いて魔物と戦いたかった。
貴族院の大広間で内々に式を行い、それから外に出て挨拶を行う。
そうすればあとは何もすることは無いのだが、何もないからと言ってこの場を離れていいというわけにはいかない。
「ノエル、どこに行くんだい?」
バルコニーからアトラの中心部を見渡しているシャノンは、立ち上がったノエルに気づいた。
「お手洗いに行ってきます」
「そうか」
ここまで休憩時間も無かったからとシャノンは何も考えず目を離した。
大公妃のアリシアも同じく、眼下に広がる記念日の市井を見守っていた。
「ここで待っていてくれ」
お付きのものを待たせておいて、ノエルは一人用を足す。
軽いものとは言えドレスを着ているのだから補助は必要かに思われたが、彼女は器用に裾を守る。
洗面台で手を洗っていると、鏡に一人だけ自分の姿が映って悲しくなった。
普段ならみんながいたのに、今日は一人ぼっちで寂しい。
彼女がそう考えて落ち込むことくらい、アラタやリーゼはお見通しである。
そして、そんな状況で他の4人だけ祭りを楽しむような薄情な人間ではないことも、分かりきっている。
——おい、ノエル。
頭の中に声が響いた。
剣聖の人格と会話をするときのような、不思議な感覚だ。
「は?」
——声出すな。念じるだけでいい。
——……こうか?
——上出来。今どこにいる?
不可視の向こう側から、聞きなれた男の声がする。
——トイレだ。
——じゃあそこを出てあっちに行って、なに? あっちじゃ分かんない? あっちはあっちだろ。左、いやお前から見ると右か? ああもう、お前がやれよ。
会話の向こう側でなにやら言い合っているアラタの声は、そこで途絶えた。
代わりにスキルの使用者であるクリスが参加した。
——バカに任せた私が愚かだった。ノエル、今から私の指示に従え。
——うん、でも……
——いいから。いう通りにしろ
有無を言わさぬ強い言い方に、ノエルも言われるまま指示に従う。
トイレを出て待っていた付き人を待たせて、通路の角を右に曲がる。
それからまっすぐ進んで3つ目の交差点を左に曲がると、白い仮面が2つ暗闇の中に浮かんでいた。
「ひっ」
「シッ」
ハナニラの紋様が刻まれた仮面の男? が人差し指を立てて制止する。
声を出すな、そう言われている気がした。
「ア、アラタとクリスなのか?」
「大正解。おめかししてんな」
「仕方ないだろう。今日はそういう日なんだ」
ノエルの言葉はさほど興味がないようで、アラタは仮面を取ったクリスの方を見た。
「いけるか?」
「何とか。少し時間が欲しい」
「3分でやれ」
「やってみる」
「あの、何を…………?」
「動くな」
何をされるのか皆目見当がつかないノエルは非常に不安になる。
しかしクリスが両手を掴んで気を付けの姿勢にさせるので、されるがまま直立するしかない。
「アラタ、何するの?」
彼は答えない。
よく見ると、アラタは刀を持っていないし他に武器の類も全く見えない。
そして代わりにポケットの裾から何かの袋が顔を出している。
もしかして、とノエルは訊く。
「お祭り行ってた?」
「まあな」
「出来た。いつでもいけるぞ」
アラタが答えたのと同時に、クリスの方で何らかの準備が完了した。
何なのかは不明だが、いつでもいけるとのことだ。
「よし、やるか」
アラタは仮面と黒装束のケープ、それから黒シャツを脱ぎ、身軽になる。
そこにクリスが手を触れて、スキル【十面相】を発動させれば……
「…………私だ」
着ている服までそっくりそのまま、ノエルがもう一人出来上がった。
「おう、いい感じじゃん」
ノエルの声とアラタの口調で話すと、違和感が凄い。
「じゃ、あとは任せた」
「お前もな。ノエル行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って。替え玉!?」
その通りとばかりにアラタは頷く。
「俺たちの粋な計らいにより、お前は自由の身になったのだ!」
なんてことをノエルの見た目でもう一人のノエルに言うのだから、見た目的に非常に混乱を招く。
「バレだらどうするんだ!」
「大丈夫だって。チチウエとハハウエだろ?」
ぎこちないイントネーションは不安しかない。
「絶対ダメだ! すぐにばれる!」
「うっさいなあ。もういいから、クリス連れてって」
「分かった。しっかりな」
「ノエル頑張る!」
「私の一人称はノエルじゃなーい!」
ノエルに扮したアラタが大公たちの所に戻っていく方向とは反対に、2人は堂々と貴族院を出た。
クリスはここの警備に顔が利くので実質入り放題、ノエルは流石にそのままだとまずいのでクリスの能力で見た目だけでもアラタに変えておく。
スキルを使えば難なく警備網を突破できるという脆弱性を披露したところで、ノエルは外に出ることが出来た。
クリスはそこでスキルを解き、ついでに替えの服も手渡す。
「あ、リーゼ」
「ここまでは計画通りですね」
「リーゼが発案したのか?」
違います、と彼女は首を横に振る。
「アラタですよ。まあ結局、誰が代わりを務めるのかじゃんけんして言い出しっぺが負けたんですけどね」
転生の時といい、アラタはじゃんけんが非常に不得手だ。
クソ雑魚と言って差し支えない程に弱い。
そのくせ自分からじゃんけんを提案してくるのだから、馬鹿だとしか思えない。
そんなこんなで、アラタの尊い犠牲の上にノエル・クレスト、初めての夏祭りである。
「さっ、アラタの分も楽しまないといけませんよ!」
「……そうだな」
替え玉作戦は不安しかないが、バレてもバレなくても今は楽しもう。
ノエルは割り切ってリーゼの後についていき、市井の楽しみという物に触れることに専念することにした。
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