半身転生

片山瑛二朗

文字の大きさ
上 下
286 / 544
第4章 灼眼虎狼編

第282話 走り続けなければ生きていけない

しおりを挟む
「えー本日はお日柄も良く……」

 余所行きの格好をして大勢の前で挨拶をしているノエルを見て、アラタとクリスはこう思った。

「「いつもこうならいいんだけどな」」

 そしてお互いの顔を見合わせる。
 やっぱりお前もそう思うか、と笑う。

「まあ実際良家のお嬢様だし」

 そう言いながらアラタはジョッキの中に並々と注がれている黄金色の液体を覗き込んだ。
 普通に市販されているもので、特に珍しくはない。
 これだけ多くの人間が参加する回なのだから、まずは量を集めなければならない。
 それにアラタは酒に対して特にこだわりはないのだから、つべこべ言わず安酒を飲んでいればよろしい。
 とにかく、

「ダンジョン制覇記念だ、みんな楽しんでくれ! 乾杯!」

「「「かんぱーい!!!」」

 ダンジョンを制した翌日、ギルドでは記念パーティーが開かれていた。
 リーゼ曰く、これから貴族院などの祝賀会にも顔を出さなければならないから当分はこういった日々が続くらしい。
 飲み会自体は好きなアラタだが、貴族とか堅苦しいことは苦手なので良し悪しだ。
 ただ、今日は冒険者やギルドの人間しかいない催しなので、心行くまで楽しむことが出来る。
 そう言った意味では、このパーティーが一番楽しみな行事だった。

「ノエル様、二つ名は考えたのですか?」

「いや、まだそういったのは……」

「慣例を鑑みればパーティーを解散して新たなパーティーのトップになるというのも」

「だからそういうのはまだ考えて……」

「まあまあ、今日はそれよりもダンジョン制覇を祝いましょうよ」

 開始早々ノエルに殺到した冒険者たちは、リーゼによって受け流されていく。
 もはやお家芸だとアラタは思った。
 ノエルは明るいが、適当にスルーするとかそういう処世術は苦手なように見受けられて、それは彼女の育ってきた環境由来だと思える。
 粗野で野蛮な冒険者なんかと接する機会なんてここ最近まで無かったわけで、常に隣にはリーゼが護衛についているから、こうしてグイグイ来られると困るらしい。
 そう言ったことも追々克服した方が良いんじゃないかなと思いながら、アラタはテーブルに用意されていた食事に手を伸ばした。

「おうアラタ、飲んでるか?」

「おー、飲んでるよ。カイルは?」

「ギルドの奢りなんだから飲まないわけないだろ。今日はぶっ倒れるまで飲むぞ!」

 そしてカイルはグラスの中のビールを一気に流し込んだ。
 また調子の良いこと言って、パーティーのキーンやアーニャが解放する姿が目に浮かぶ。
 ただ、今日はそれでもいいとアラタも思った。
 アラタも初めの1杯を一気飲みし、お代わりを注いでもらう。

「今日は朝までいくぞ!」

 ノエル、リーゼは周囲と談笑しながら軽く食事をつまみ、アラタは友達たちと陽気に酒をあおっている。
 その中で、クリスは隅の方でちょこんと座っていた。
 元々このような会に縁がなく、それに怪我までしている彼女は少し入っていきづらい。
 アラタたちが楽しんでいるようだからそれでよしと、クリスはよそってもらった食事に手を付ける。

「アラタの所に行かなくていいのか?」

 目線を上げるとハルツたちがそこに立っていた。

「別に。私はあんな風に乱痴気騒ぎをする趣味は無い」

「乱痴気……久しぶりに聞いたな」

「そもそも浮かれ過ぎなんだ。帰り道に敵の襲撃があったらどうする」

「それもそうだな」

 そう答えたハルツは、仲間たちに目配せする。
 ここは俺だけでいいから、お前たちは向こうに行っていろと。

「お前も向こうに行かないのか?」

「怪我をしている君一人では心もとない。私も今日は飲まないよ」

「そうか」

 それからクリスは黙々と食事を口に運んでいた。
 その視線の先には楽しそうな顔で騒いでいるアラタの姿があった。
 ノエルもリーゼも若干引くほどの飲みっぷりを見せて、周囲の人間たちを次々に潰していく。
 しかし少し心配になる飲み方をしている彼を、クリスはそこまで心配している様子は無い。

「あんなに飲んで大丈夫なのか?」

 ハルツは心配なようで疑問を呈した。

「大丈夫だ」

「アラタはあんなに強いのか」

「強いというより、薬物に耐性がつきつつある」

 そう呟くクリスの表情は心なしか悲しそうに見えた。

「例のポーションか。クリスからやめるようには言わないのか」

 例のものとは、ドレイク特性の非認可魔力増強剤のことである。
 強い依存性と副作用は、確かな効果を保証しているようにさえ思える。
 アラタはこれをかなり前から服用している。
 それは今回のクエストでもそうだった。

「ああでもしなければ私たちは生き残れなかった」

「……昔はそうでも、今は違うだろ」

「変わらない。強くあり続けなければ、私たちは生きていけない」

「そんなことは無い!」

 思わず強まったハルツの語気に、クリスは少し驚いたようで握っていたフォークを落としてしまう。

「すまない」

 ハルツはそれを拾って布巾に包むと、代わりのフォークを持ってきた。
 クリスはそれを受け取るとまた食事を再開する。

「クリス、よく聞いてくれ。もう大公選は終わった。アラタもお前も、自分のために生きていいんだ。自分のために生きるだけなら、そこまで体を痛めつける必要なんてどこにも無いんだ」

「流石はクラーク家の次男坊、明るい考えだ」

「お前だってそう思う日がいつか来る」

「人間はそう簡単には変わらない」

「簡単だとは言っていない。頑張って変わるべきだと言っているんだ」

 ハルツの眼はリーゼやノエルと似ていて、真っ直ぐ透明感に溢れている。
 アラタやクリスが一等苦手とするタイプだ。

「何かやりたいことは無いのか」

 クリスは今までに聞かれた事の無い質問が飛んできて、答えに詰まる。
 惰性で生きてきたわけではないが、それでも自分の意志とは無縁な人生だったから。
 アラタ同様、彼女も自信を見つめ直す機会がやって来たのかもしれない。

「あいつがあんな風に笑うと知ったのはつい最近だ」

「うん、それから?」

「私も出来るなら、ああやって笑うあいつでいてくれた方が嬉しい」

「うんうん」

「あと…………」

「あと?」

「いつかは剣を置いて、畑とかをやってみたい」

 奴隷で尚且つ育児放棄までされていた彼女は、いつも空腹だった。
 その経験が彼女に食べることに対する執着を植え付けた。
 だから、動機としては至極当然の流れである。

「夢が叶うと良いな」

「あぁ」

 それからも2人は大騒ぎする冒険者たちを、外側から眺めていた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「あー飲み過ぎた」

 ふらふらと揺れる視界に沿ってバランスを取ろうとすると、自然と体が揺れてしまう。
 揺れる視界に合わせているのだから、当たり前だ。
 今日は家に帰らず、ギルドの宿に泊まることになった。
 男衆はギルドや隣接している食堂で酔いつぶれていて、女性陣は部屋に行ってしまった。
 ノエル、リーゼはだいぶ酔いが回っていて、クリスが警護を買って出てくれた。
 アラタ的には少し心もとなかったが、ハルツまで警備に当たってくれるということなので一安心、アラタは心行くまで酒をあおったのだ。
 ギルドを出て、入り口の階段に腰を下ろす。
 夜の空気感とひんやりとした石材の温度が心地よい。
 月が出ていない代わりに、星が良く見える。

「…………いないか」

 【敵感知】を起動してみたものの、それらしい反応はない。
 今日は本当に何もないのだと、そう判断した。

 こんな暗闇は、昔を思い出す。
 中学生の頃は、陽が落ちても出来る練習をやっていた。
 高校生の時は、ナイター設備で何でもできた。
 大学生になってからは、コンビニでバイトをしていた。
 いつも何かをしていた夜なのに、異世界の夜はこんなにも早い。
 時間的にはまだ深夜1時。

 まだという表現がアラタの時間間隔を如実に表している。
 彼は朝も強いが、夜更かししても問題ないタイプだ。
 それでも睡眠の大切さを知っている彼は、決して自分のことをショートスリーパーだとは認識していない。
 そんなものを自称する人間は、早死にすると相場が決まっている。

「はぁぁぁあああ」

 長い溜息は非常に酒臭い。
 寝る前に歯磨きしなければ、寝起きが最悪になってしまうことは確実。
 ギルドに歯磨き道具があるかは微妙なところで、それは宿にも同じことが言えた。
 なんだか面倒くさくなったアラタは口をよそぐことだけ決めて、そのまま黄昏続ける。

 向こうの俺は元気だろうか。
 遥香は元気だろうか。
 父さんは、母さんは、あきらは元気だろうか。
 慎太郎はプロで活躍しているだろうか。
 他の皆も、幸せに暮らしているだろうか。
 最近、そんなことばかり考えている。
 きっとまだ、元の世界に未練があるんだろ。
 もう帰れないっていうのに、俺にはその資格が無いっていうのに。

 ただの大学生だった青年は、異世界の厳しさに順応するうちに元の自分を忘れてしまった。
 記憶としては、知識としては自分がどんな人間だったのかよく覚えている。
 ただ、仮に帰ったとしても前と同じ自分ではいられない。
 背後には常に気を張っているし、近しい間柄でも必要とあれば斬る。
 そんなことする機会なんて無いというのに、考えずにはいられない。
 失うことが怖くて、つい他人と距離を取ってしまう。
 そんな自分が元の世界に帰ったところで、まともな生活を送ることが出来ないのを彼は悟っていた。
 彼はマグロのような人間で、泳ぎ続けなければ生きていられない。
 何か夢や目標があって、その中で窒息しそうになりながら全力疾走する生き方しか知らない。
 だからダンジョンを制覇した今、空っぽの自分に何かを入れなければ気がふれそうになる。

 次は何をしようか。

 答えは出ないまま、アラタは寝ることにした。
 ギルドの中に戻って、そのまま隣にある宿の部屋に入る。
 隣には先につぶれたカイルが寝ていて、もう片方のベッドに横になった。
 いつかの夜、考えた事を思い出す。

「余計なことを考えるな。なるようになるさ」

 約10か月ぶりにそう呟くと、眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...