282 / 544
第4章 灼眼虎狼編
第278話 脳筋的解決手法
しおりを挟む
「今日はよろしくお願いします」
「こっちこそよろしく頼む。期待しているぞ」
ダンジョンの入り口でアラタとハルツたちは集合した。
今日、彼らはアトラダンジョンの攻略を本気で行う。
予想外の事態が進行していると見られている迷宮内部では、どのようなアクシデントに見舞われるか分かったものでは無い。
出来る限り早期の決着が求められる。
「ドレイク殿は?」
「後で第5層の入り口に飛ぶから先に行けって言われました。あの人転移術使えるんですよ」
「ま、今更驚きはしないな」
2人がそんなやり取りをしている間に、準備は整ったみたいだ。
「アラタ行くぞ!」
ノエルが彼らを呼んでいた。
ハルツの仲間たちも準備万端だ。
「行きましょう」
「あぁ。今度こそ、な」
こうして一行はダンジョンへと入場した。
先日の偵察及び下準備の際と同様に、第1、第2層はスルーする。
ここには敵らしい敵はいないし、いたとしても他の冒険者に駆逐される。
魔物の異常発生でもしない限り、この辺りで敵を見つける方が難しい。
そしてそれは第3層に到着してからも大体同じである。
先日しっかりと間引かれたこのフロアの魔物の数はまだ回復しきっていない。
再生成までに8時間程度のクールタイムが存在していて、それから徐々に洞から発生する。
今は最大値のおよそ3割と言ったところか。
低位の魔物とたまに遭遇して、討ち漏らすことなくそれらを処理する。
ただ、今回面倒なのは仕留めた魔物たちの死骸を処分しなければならないという点にある。
自分の仕留めた獲物は自分で処理するのが基本な冒険者だが、物理的に不可能な場合は後処理を他の冒険者にアウトソーシングする場合が往々にしてある。
ノエルやアラタくらいに戦闘能力に特化していると、その傾向はより顕著になる。
しかし今回はダンジョン制覇クエストに挑む手前、戦闘行為に携わるのを許可できる人間に厳しい制約がかけられる。
例えば外注した冒険者に第3層の掃討を任せて自分たちが下に降りるなど、そう言った行為を監視できないからこその処置である。
まさかギルド職員が現地で監視するわけにもいかず、撤退に必要な予備選力としてハルツたちを認めている程度。
だから彼らはこうして倒した魔物の死骸から金になる部位を切り分けて、残りを埋めなければならない。
「クリス、リーゼ、来てくれ」
唐突にアラタが2人を招集した。
丁度作業に一区切りついたクリスは足早に、解体の真っ最中だったリーゼは手に付いた血を拭いながら彼らの方へと向かっていった。
「そろそろ行くか?」
「ですね。効率も悪くなってきましたし」
「賛成だ。第4層でも同じことをするのだからあまり時間はかけたくない」
念のため宿泊道具を持ってきている彼らだが、クリスは今日の内に決着を付けたいらしい。
まあ好き好んでこんな暗闇に長居することも無いだろう。
とにかく方針は決まった。
第4層に向かう。
「ノエル、そこまでにして移動するぞ!」
「分かった!」
ノエルは黒イノシシを解体している最中だったようで、こちらに目をやることなく返事をする。
アラタは暗闇の中、【暗視】で彼女の作業が見えていた。
他の2人がどこまで気付いているか分からないと前置きしつつ、アラタは内心驚いていた。
元々刃物の扱いならパーティーの中で頭一つ抜けているノエルだが、その度合いがさらに開いている。
料理人が肉を捌く時のように、魚を3枚におろすときのように、迷いのない太刀筋で魔物が解体されていくのだ。
勿論敵が強くなればこうはいかないだろう。
しかし、同じことをやってみろと言われて出来るか、アラタには自信が無い。
明らかに前とは違う面を見せられて、嫌が応にも期待は膨らむ。
今のノエルならもしかしたら、そう思わせるだけの覇気を彼女は纏っていた。
「出発します!」
少し距離を取ったハルツたちに合図をして、4人は第4層に向けて出発する。
道中で遭遇した魔物は襲ってこない限り相手にしない。
解体するにもいちいち足を止めなければならなく、時間の無駄になってしまうから。
第3、第4層はあくまでも下準備まで。
全滅させるのは第5層からの帰り道。
こうしてかららは階層構造のダンジョンを下へ下へと下っていく。
それはまるで奈落へと落ちていくように。
第4層に降りてもやることは同じだった。
魔物を排除し、死骸処理を行い、また排除する。
第4層に生息する脅威度の高い魔物と戦っているのだから、油断はできない。
些細なミスで命を落としかねない敵の強さのはずなのに、アラタはどこかフワフワとしていた。
これは、甲子園に続く大会に似ている。
ここを勝たなければ先は無いというのに、つい先を見据えてしまう。
そうしていくつもの強豪が散っていったというのに、中々思うようにいかない。
それでも頭で考えるより先に刀が敵に触れるのだから、アラタという人間の戦闘力は大したものだ。
周囲も彼が少々集中力を欠いていることを承知しておきながら、あえて泳がせている。
彼はタンク役としてドラゴンと対峙するから、余計なことを言ってコンディションを崩したくない。
アラタの調子が気になるところだが、道中は実に安定して魔物を間引くことが出来た。
これ以上ないくらい順調な滑り出しだ。
そして、関門に到着する。
「お待たせしました」
「時間通りじゃな。ワシも今しがた来た所じゃ」
封鎖された第5層への入り口で、一行はドレイクと合流した。
ダンジョンに入場したのが朝の7時で、現在10時。
実に3時間かけてここまで到達したと考えると、中々にスムーズに計画は進行している。
「ドレイク殿、手間をかける」
自分たちが単独制覇に挑戦するから、という趣旨でノエルは彼にそう言った。
「ノエル様たちがやらなければワシに依頼が来ておりました。どちらにせよ問題はありますまい」
「それもそうだな。今日はここを頼む」
「かしこまりました」
「小休止だ。15分後に出発する」
ノエルが音頭を取ったが、これは元々予定にあった休憩なので各々なし崩し的に休みに入る。
未だに決まった指揮官がいないこのパーティーの状態は少し考える必要がありそうだ。
それもこれも、今日という日を生き残ったらという話だ。
「アラタ」
休憩中、ドレイクはアラタをみんなと少し離れたところに呼びつけた。
アラタも無言のままそちらに行く。
「例の物じゃ」
「ありがとうございます」
彼が手渡したのは薬の瓶。
中には禍々しい色をした青緑の液体が封入されている。
この世界でこんな見た目をしている薬品は、用途が限られてくる。
ポーション以外にあり得ない。
「副作用の方はどうじゃ?」
「問題ないです。大量生産して売り出せばいいのに」
「おぬし、わしが初めてポーションをくれてやった時のことを覚えておるか」
「まあ。使ったら3日間魔力を練れなくなる奴ですよね?」
「そうじゃ。あれは安全装置なのじゃよ。薬物による魔力量増強はそれくらい危険なものなのじゃ」
「でも先生は俺に渡すじゃないですか」
「こうでもしなければおぬしはもっと悪い薬物に手を出すじゃろうからな」
ふんと鼻を鳴らしたドレイクに対して、アラタも反論する。
「一緒ですよ。まあ感謝はしていますが」
そう言うとアラタはポーチにそれを収納して離れようとする。
いつまでも一緒にいるとノエルが近づいてきて何の話をしていたのか知りたがる。
「アラタ」
「何です?」
「寿命の話、あれはこのポーションも関わっておる。使用を迷ってはならぬが、出来るなら使うな」
「了解です」
彼にそう忠告させたものは一体何だったのか。
今頃になって後ろめたい気持ちになったのか、まさか彼に限ってそんなことは無いだろう。
しかし、使い捨てるように酷使してきたアラタに対して柔和な態度を取るようになったこともまた事実。
彼の中でも何かが変わり始めていた。
「全員集合してくれ」
ノエルが一同を再集合させる。
「これよりダンジョン最下層、第5層に侵入する。雑魚は極力相手にしないで火竜を倒す予定だ」
やっぱり少し変わったなとアラタは思う。
今のノエルは迷っていない。
自分のように余計なことにも気を取られていない。
この戦いが終わったら、なんてことは微塵もないのだろう。
こいつみたいになれなくても、こいつの役には立ちたい。
「邪魔になるようならクリスが捌いてくれ。リーゼは全体の指揮と回復、アラタはドラゴンの……聞いているのか?」
「あ……あー。ダイジョブ」
「まったく。アラタはドラゴンの攻撃を凌いでくれ。大役だ」
「任せろ」
「では、勝とう」
強い意志の込められた、決意にも似たそれはいやおうなしに士気を引き上げる。
それぞれが武器を手にしたところで、ドレイクは入り口を開くために杖を振った。
厳重に構築されたバリケードが、みるみるうちにはがれていく。
ぽっかりと空いた第5層への入り口は、以前来た時よりも不気味で、それでいて熱かった。
ドラゴンが近いと誰もが直感する。
「行くぞ」
アラタが先頭に立って一同を引き連れていく。
まだボスは近くにはいないようだが、ふとした曲がり角で遭遇することがあるかもしれない。
「クリス」
アラタから指示が飛ぶ。
索敵しろという意味だ。
「近いな。ただ存在感が大きすぎて分からん」
「俺もだ。全員気を付けろ」
【敵感知】持ちの2人はドラゴンの存在を明確に推し量ることは出来ない。
何せ相手が敵意を持って待ち構えているのではないのだから。
ルークの【感知】であればそれも分かるのだろうが、今回それは禁じられている。
それでは単独制覇として認められない。
ただ、第5層に入ったばかりだというのに辺りに充満している魔力と熱気が、近いと言っている。
ボス戦はもうすぐそこだ。
「アラタ」
クリスが何かを感じた。
「分かってる」
アラタも同様、センサーに反応があったらしい。
それすなわち、火竜が敵対行動を取っているということになる。
侵入者に対して、明確な殺意を抱いているということだ。
「散開しろ!」
ノエルの命令でそれぞれが距離を取る。
しかし生憎まだ第5層の入り口も入り口、それほど広い空間は確保されていない。
メインフロアに向かって一直線の向こう側から、強大な魔力反応が伝わってきた。
皆まで言う必要は無い、ドラゴンだ。
「アラタ!」
「やってる!」
ブレス攻撃が飛んでくるとして、その効果範囲はこの通路全体を覆い尽くしてなお余る。
であれば、ここで逃げ場はない。
道は前に広がっているだけだ。
「刀の先で引っかけるみたいに…………具体的にイメージを……壁を抉るように、それから…………」
ぶつぶつと独り言を溢しながら、アラタは刀を構えた。
大上段に構えた彼の体の至る所から、常人なら即昏倒レベルの魔力が展開されていく。
漏れ出して無に帰るのではなく、体外でコントロールされている状況だ。
それは水を掴むように、カーテンを閉めるように。
そう言ったイメージの中で、アラタは魔力を練り上げては体の外側で制御していく。
体内から放出するプロセスを並行していては、コントロールに支障が出ると、彼は練習の中で理解していた。
必要なのは膨大な魔力量、魔術の技能、結界術の素養、本番で成功させる胆力と集中力、固定観念にとらわれない自由な発想、そして覚悟。
「膜を……いや壁を…………後ろに受け流して、それで」
もう同じ失敗はしない。
俺は俺を、少しは価値のある人間だと思いたい。
みんなのような人間に、なりたい。
「ゔゔゔぅぅううらぁぁああっ!」
奥の方で何かが光ったのとほぼ同時に、アラタは刀を振り下ろした。
魔力のカーテンを纏って前に、皆を守るように、攻撃を受け流すように、火竜の膨大な魔力に対抗するようにそれを展開した。
轟々と音が響き渡り、その後に訪れた一瞬の静寂。
自分たちが無傷であることを悟ったノエルは、いつの間にか走り出していた。
「突撃!」
一本道の向こうに待ち構えている火竜に向かって、パーティーは鬼のように殺到していった。
「こっちこそよろしく頼む。期待しているぞ」
ダンジョンの入り口でアラタとハルツたちは集合した。
今日、彼らはアトラダンジョンの攻略を本気で行う。
予想外の事態が進行していると見られている迷宮内部では、どのようなアクシデントに見舞われるか分かったものでは無い。
出来る限り早期の決着が求められる。
「ドレイク殿は?」
「後で第5層の入り口に飛ぶから先に行けって言われました。あの人転移術使えるんですよ」
「ま、今更驚きはしないな」
2人がそんなやり取りをしている間に、準備は整ったみたいだ。
「アラタ行くぞ!」
ノエルが彼らを呼んでいた。
ハルツの仲間たちも準備万端だ。
「行きましょう」
「あぁ。今度こそ、な」
こうして一行はダンジョンへと入場した。
先日の偵察及び下準備の際と同様に、第1、第2層はスルーする。
ここには敵らしい敵はいないし、いたとしても他の冒険者に駆逐される。
魔物の異常発生でもしない限り、この辺りで敵を見つける方が難しい。
そしてそれは第3層に到着してからも大体同じである。
先日しっかりと間引かれたこのフロアの魔物の数はまだ回復しきっていない。
再生成までに8時間程度のクールタイムが存在していて、それから徐々に洞から発生する。
今は最大値のおよそ3割と言ったところか。
低位の魔物とたまに遭遇して、討ち漏らすことなくそれらを処理する。
ただ、今回面倒なのは仕留めた魔物たちの死骸を処分しなければならないという点にある。
自分の仕留めた獲物は自分で処理するのが基本な冒険者だが、物理的に不可能な場合は後処理を他の冒険者にアウトソーシングする場合が往々にしてある。
ノエルやアラタくらいに戦闘能力に特化していると、その傾向はより顕著になる。
しかし今回はダンジョン制覇クエストに挑む手前、戦闘行為に携わるのを許可できる人間に厳しい制約がかけられる。
例えば外注した冒険者に第3層の掃討を任せて自分たちが下に降りるなど、そう言った行為を監視できないからこその処置である。
まさかギルド職員が現地で監視するわけにもいかず、撤退に必要な予備選力としてハルツたちを認めている程度。
だから彼らはこうして倒した魔物の死骸から金になる部位を切り分けて、残りを埋めなければならない。
「クリス、リーゼ、来てくれ」
唐突にアラタが2人を招集した。
丁度作業に一区切りついたクリスは足早に、解体の真っ最中だったリーゼは手に付いた血を拭いながら彼らの方へと向かっていった。
「そろそろ行くか?」
「ですね。効率も悪くなってきましたし」
「賛成だ。第4層でも同じことをするのだからあまり時間はかけたくない」
念のため宿泊道具を持ってきている彼らだが、クリスは今日の内に決着を付けたいらしい。
まあ好き好んでこんな暗闇に長居することも無いだろう。
とにかく方針は決まった。
第4層に向かう。
「ノエル、そこまでにして移動するぞ!」
「分かった!」
ノエルは黒イノシシを解体している最中だったようで、こちらに目をやることなく返事をする。
アラタは暗闇の中、【暗視】で彼女の作業が見えていた。
他の2人がどこまで気付いているか分からないと前置きしつつ、アラタは内心驚いていた。
元々刃物の扱いならパーティーの中で頭一つ抜けているノエルだが、その度合いがさらに開いている。
料理人が肉を捌く時のように、魚を3枚におろすときのように、迷いのない太刀筋で魔物が解体されていくのだ。
勿論敵が強くなればこうはいかないだろう。
しかし、同じことをやってみろと言われて出来るか、アラタには自信が無い。
明らかに前とは違う面を見せられて、嫌が応にも期待は膨らむ。
今のノエルならもしかしたら、そう思わせるだけの覇気を彼女は纏っていた。
「出発します!」
少し距離を取ったハルツたちに合図をして、4人は第4層に向けて出発する。
道中で遭遇した魔物は襲ってこない限り相手にしない。
解体するにもいちいち足を止めなければならなく、時間の無駄になってしまうから。
第3、第4層はあくまでも下準備まで。
全滅させるのは第5層からの帰り道。
こうしてかららは階層構造のダンジョンを下へ下へと下っていく。
それはまるで奈落へと落ちていくように。
第4層に降りてもやることは同じだった。
魔物を排除し、死骸処理を行い、また排除する。
第4層に生息する脅威度の高い魔物と戦っているのだから、油断はできない。
些細なミスで命を落としかねない敵の強さのはずなのに、アラタはどこかフワフワとしていた。
これは、甲子園に続く大会に似ている。
ここを勝たなければ先は無いというのに、つい先を見据えてしまう。
そうしていくつもの強豪が散っていったというのに、中々思うようにいかない。
それでも頭で考えるより先に刀が敵に触れるのだから、アラタという人間の戦闘力は大したものだ。
周囲も彼が少々集中力を欠いていることを承知しておきながら、あえて泳がせている。
彼はタンク役としてドラゴンと対峙するから、余計なことを言ってコンディションを崩したくない。
アラタの調子が気になるところだが、道中は実に安定して魔物を間引くことが出来た。
これ以上ないくらい順調な滑り出しだ。
そして、関門に到着する。
「お待たせしました」
「時間通りじゃな。ワシも今しがた来た所じゃ」
封鎖された第5層への入り口で、一行はドレイクと合流した。
ダンジョンに入場したのが朝の7時で、現在10時。
実に3時間かけてここまで到達したと考えると、中々にスムーズに計画は進行している。
「ドレイク殿、手間をかける」
自分たちが単独制覇に挑戦するから、という趣旨でノエルは彼にそう言った。
「ノエル様たちがやらなければワシに依頼が来ておりました。どちらにせよ問題はありますまい」
「それもそうだな。今日はここを頼む」
「かしこまりました」
「小休止だ。15分後に出発する」
ノエルが音頭を取ったが、これは元々予定にあった休憩なので各々なし崩し的に休みに入る。
未だに決まった指揮官がいないこのパーティーの状態は少し考える必要がありそうだ。
それもこれも、今日という日を生き残ったらという話だ。
「アラタ」
休憩中、ドレイクはアラタをみんなと少し離れたところに呼びつけた。
アラタも無言のままそちらに行く。
「例の物じゃ」
「ありがとうございます」
彼が手渡したのは薬の瓶。
中には禍々しい色をした青緑の液体が封入されている。
この世界でこんな見た目をしている薬品は、用途が限られてくる。
ポーション以外にあり得ない。
「副作用の方はどうじゃ?」
「問題ないです。大量生産して売り出せばいいのに」
「おぬし、わしが初めてポーションをくれてやった時のことを覚えておるか」
「まあ。使ったら3日間魔力を練れなくなる奴ですよね?」
「そうじゃ。あれは安全装置なのじゃよ。薬物による魔力量増強はそれくらい危険なものなのじゃ」
「でも先生は俺に渡すじゃないですか」
「こうでもしなければおぬしはもっと悪い薬物に手を出すじゃろうからな」
ふんと鼻を鳴らしたドレイクに対して、アラタも反論する。
「一緒ですよ。まあ感謝はしていますが」
そう言うとアラタはポーチにそれを収納して離れようとする。
いつまでも一緒にいるとノエルが近づいてきて何の話をしていたのか知りたがる。
「アラタ」
「何です?」
「寿命の話、あれはこのポーションも関わっておる。使用を迷ってはならぬが、出来るなら使うな」
「了解です」
彼にそう忠告させたものは一体何だったのか。
今頃になって後ろめたい気持ちになったのか、まさか彼に限ってそんなことは無いだろう。
しかし、使い捨てるように酷使してきたアラタに対して柔和な態度を取るようになったこともまた事実。
彼の中でも何かが変わり始めていた。
「全員集合してくれ」
ノエルが一同を再集合させる。
「これよりダンジョン最下層、第5層に侵入する。雑魚は極力相手にしないで火竜を倒す予定だ」
やっぱり少し変わったなとアラタは思う。
今のノエルは迷っていない。
自分のように余計なことにも気を取られていない。
この戦いが終わったら、なんてことは微塵もないのだろう。
こいつみたいになれなくても、こいつの役には立ちたい。
「邪魔になるようならクリスが捌いてくれ。リーゼは全体の指揮と回復、アラタはドラゴンの……聞いているのか?」
「あ……あー。ダイジョブ」
「まったく。アラタはドラゴンの攻撃を凌いでくれ。大役だ」
「任せろ」
「では、勝とう」
強い意志の込められた、決意にも似たそれはいやおうなしに士気を引き上げる。
それぞれが武器を手にしたところで、ドレイクは入り口を開くために杖を振った。
厳重に構築されたバリケードが、みるみるうちにはがれていく。
ぽっかりと空いた第5層への入り口は、以前来た時よりも不気味で、それでいて熱かった。
ドラゴンが近いと誰もが直感する。
「行くぞ」
アラタが先頭に立って一同を引き連れていく。
まだボスは近くにはいないようだが、ふとした曲がり角で遭遇することがあるかもしれない。
「クリス」
アラタから指示が飛ぶ。
索敵しろという意味だ。
「近いな。ただ存在感が大きすぎて分からん」
「俺もだ。全員気を付けろ」
【敵感知】持ちの2人はドラゴンの存在を明確に推し量ることは出来ない。
何せ相手が敵意を持って待ち構えているのではないのだから。
ルークの【感知】であればそれも分かるのだろうが、今回それは禁じられている。
それでは単独制覇として認められない。
ただ、第5層に入ったばかりだというのに辺りに充満している魔力と熱気が、近いと言っている。
ボス戦はもうすぐそこだ。
「アラタ」
クリスが何かを感じた。
「分かってる」
アラタも同様、センサーに反応があったらしい。
それすなわち、火竜が敵対行動を取っているということになる。
侵入者に対して、明確な殺意を抱いているということだ。
「散開しろ!」
ノエルの命令でそれぞれが距離を取る。
しかし生憎まだ第5層の入り口も入り口、それほど広い空間は確保されていない。
メインフロアに向かって一直線の向こう側から、強大な魔力反応が伝わってきた。
皆まで言う必要は無い、ドラゴンだ。
「アラタ!」
「やってる!」
ブレス攻撃が飛んでくるとして、その効果範囲はこの通路全体を覆い尽くしてなお余る。
であれば、ここで逃げ場はない。
道は前に広がっているだけだ。
「刀の先で引っかけるみたいに…………具体的にイメージを……壁を抉るように、それから…………」
ぶつぶつと独り言を溢しながら、アラタは刀を構えた。
大上段に構えた彼の体の至る所から、常人なら即昏倒レベルの魔力が展開されていく。
漏れ出して無に帰るのではなく、体外でコントロールされている状況だ。
それは水を掴むように、カーテンを閉めるように。
そう言ったイメージの中で、アラタは魔力を練り上げては体の外側で制御していく。
体内から放出するプロセスを並行していては、コントロールに支障が出ると、彼は練習の中で理解していた。
必要なのは膨大な魔力量、魔術の技能、結界術の素養、本番で成功させる胆力と集中力、固定観念にとらわれない自由な発想、そして覚悟。
「膜を……いや壁を…………後ろに受け流して、それで」
もう同じ失敗はしない。
俺は俺を、少しは価値のある人間だと思いたい。
みんなのような人間に、なりたい。
「ゔゔゔぅぅううらぁぁああっ!」
奥の方で何かが光ったのとほぼ同時に、アラタは刀を振り下ろした。
魔力のカーテンを纏って前に、皆を守るように、攻撃を受け流すように、火竜の膨大な魔力に対抗するようにそれを展開した。
轟々と音が響き渡り、その後に訪れた一瞬の静寂。
自分たちが無傷であることを悟ったノエルは、いつの間にか走り出していた。
「突撃!」
一本道の向こうに待ち構えている火竜に向かって、パーティーは鬼のように殺到していった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―
浅山いちる
ファンタジー
この作品は改稿版があります。こちらはサクサク進みますがそちらも見てもらえると嬉しいです!
大事なモノは、いつだって手の届くところにある。――人も、魔法も。
幼い頃憧れた、兵士を目指す少年ジャック。数年の時を経て、念願の兵士となるのだが、その初日「行ってほしい部署がある」と上官から告げられる。
なくなくその部署へと向かう彼だったが、そこで待っていたのは、昔、隣の家に住んでいた幼馴染だった。
――モンスターから魔法を作るの。
悠久の時を経て再会した二人が、新たな魔法を生み出す冒険ファンタジーが今、幕を開ける!!
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット!」にも掲載しています。
裏庭が裏ダンジョンでした@完結
まっど↑きみはる
ファンタジー
結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。
裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。
そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?
挿絵結構あります
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~
灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。
その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。
魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。
首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。
訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。
そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。
座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。
全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。
ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語
ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
都市伝説と呼ばれて
松虫大
ファンタジー
アルテミラ王国の辺境カモフの地方都市サザン。
この街では十年程前からある人物の噂が囁かれていた。
曰く『領主様に隠し子がいるらしい』
曰く『領主様が密かに匿い、人知れず塩坑の奥で育てている子供がいるそうだ』
曰く『かつて暗殺された子供が、夜な夜な復習するため街を徘徊しているらしい』
曰く『路地裏や屋根裏から覗く目が、言うことを聞かない子供をさらっていく』
曰く『領主様の隠し子が、フォレスの姫様を救ったそうだ』等々・・・・
眉唾な噂が大半であったが、娯楽の少ない土地柄だけにその噂は尾鰭を付けて広く広まっていた。
しかし、その子供の姿を実際に見た者は誰もおらず、その存在を信じる者はほとんどいなかった。
いつしかその少年はこの街の都市伝説のひとつとなっていた。
ある年、サザンの春の市に現れた金髪の少年は、街の暴れん坊ユーリに目を付けられる。
この二人の出会いをきっかけに都市伝説と呼ばれた少年が、本当の伝説へと駆け上っていく異世界戦記。
小説家になろう、カクヨムでも公開してましたが、この度アルファポリスでも公開することにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる