半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第271話 深淵を垣間見る

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「ダンジョンから生まれる魔物ってどんな風に出てくんの?」

「知らない」

「私もです」

 アラタの抱いたものは素朴な疑問だったが、ノエルもリーゼも答えを知らなかった。
 クリスも同じようで、口を閉じたまま。

「変じゃね?」

「変ですけど、そういう物ですから」

「そういうもんなのか」

 おかしな話だと、彼は思う。
 魔物の定義として、体内に魔力結晶を含有する可能性を持つ種であるということを、彼は最近知った。
 ただしそれ以外は普通の生物と変わりなく、方法に違いはあれど生殖するのだ。
 すなわち、発生源があるはず。
 それが親と呼ぶべき存在なのか、あるいは自己そのものなのかはそれぞれだが、とにかくダンジョンのうろから生まれてくるなんて話を鵜呑みにするわけにはいかなかった。
 現代日本に生きてきた人間として、そんなファンタジーは認められない。
 まあそのほかは十分ファンタジーに浸かりきっているのだから今更感は否めないが。

「アラタは何に対しても理由を求め過ぎなんだ」

「お前が求めなさすぎなんだよ」

「そんなに気になるんだったら学者にでもなればいい」

「こいつにそんな頭は無い」

 横からクリスが否定する。
 まあこの中では最も付き合いが長く、彼の勉強嫌いを知っている彼女からすればこれは善意ですらある。
 話が深くなる前に終わらせようという、建設的意見交換のための斬り捨てだ。
 学者アラタ路線が消えたことはさておき、アホ認定されていることは彼とて容認したくない。
 学校の勉強は苦手でもそれなりに頭の回転は速い自信があるから。

「おいクリス、そういうお前は頭いいのかよ」

「少なくともお前よりかは」

「クリスだって学校通ってないだろ」

「出来もしないのにエリの仕事を手伝って、そのしりぬぐいをしてたのは誰だったのか忘れたのか?」

「それは……しょうがないじゃん」

「止まれ、警戒」

 アラタの完全敗北が決定したところで、ノエルが口を閉じるように促した。
 アラタ、クリスは【敵感知】を発動、サポートのルークは口出しする気はないが、【感知】を起動して周囲の把握に努める。
 3人のスキルに引っかかる反応が1つ、2つ、徐々に増えていく。
 判断の分かれ目だ。

「適度に相手をしつつ、第3層まで撤退する」

「ノエルにしてはいい判断だ」

「ですね」

「来るぞ」

 クリスが忠告した時、前方から何かが近づいてきた。
 距離的にはまだ遠く、ルクシオキノコの光では輪郭もおぼつかない。
 推定するに大型の魔物、だが足は特別速くないので準備する時間は十分にある。

「ヒカリツノサイだ! 絶対仕留めるぞ!」

「何それ」

 いきなりテンションがぶちあがったノエルに対して、アラタは未知の魔物の生態を聞く。
 クリスも知らないみたいで、結果的にリーゼが答えた。

「ルクシオキノコを食べたサイに近い魔物です。光る角が希少で高値で取引されます」

「そんなことはどうでもいい! あいつの肉は美味いんだ!」

 興奮気味のノエルはやや前に出て、先行するはずのクリスよりも前に出ている。
 等級的にはBからCに分類されるヒカリツノサイなら、彼女一人で勝てる算段だ。

「角を傷つけたらだめですよ!」

 後方からリーゼが声を掛けるがノエルに届いているかは怪しい。
 彼女は溜息をつくと2人にサポートを依頼する。

「アラタは魔術支援、クリスは近接のサポートを。ノエルは【剣聖の間合い】を起動していますから能力減衰に気を付けて」

「オッケー」

「分かった」

 クリスがノエルに続き、アラタはその場で魔力を練り上げる。
 土壁のような大きめの魔術は使えないとしても、石弾なら問題ない。
 アラタは身体強化を強めにかけて、石弾で生成した礫を握り締める。
 既に納刀されていて、彼は投球モーションに入っていた。

「ふっ!」

 短く切った息に次いで、豪速球がダンジョンを駆け抜ける。
 それはあっという間にノエルとクリスを抜き去って魔物に命中した。

「アラタ! 角は避けてください!」

「わりぃ」

 見事に正面の角に命中してしまったことを詫びつつ、今度は雷撃を起動する。
 無防備な人間ならワンパン出来る威力の攻撃でも、魔物にはかすり傷程度のダメージも入らないらしい。
 もう少し改良の余地がある石弾は一度使用を中止し、純粋な魔力攻撃に切り替える。
 そこにリーゼも合わさって、牽制と目くらましの意味を込めて雷撃、水弾、風刃が迫る。

ってーな」

「魔力が豊富に蓄えられていて魔術耐性がついていそうですね」

 こうなると残された手段は限られてくる。
 脳を揺らして気絶させるか、物理攻撃で一刀両断するか。
 前者はサイ相手には難易度が高く、となると残されたのは後者。
 そしてこのパーティーでそれを実行するならば、役割は決まる。

「動きを止めろ!」

「分かった」

 突進してくるヒカリツノサイに対して、流石にクリスでは正面からぶつかることは出来ない。
 軽トラと正面衝突するようなもので、相撲取りでも少し厳しいかもしれない。
 だから、彼女は魔術を使用した。
 アラタから教わった水と土の複合魔術、底なし沼。
 その起動スピードを上げるためにいくつかのプロセスをカットして、威力を弱める。
 結果、出来たのは少し湿った程度の緩い地面。
 そこに何の気なしに足を踏み込むとどうなるのか、答えは子供でも分かる。
 ガクッと足を取られた魔物は、勢い余って転びそうになるところをギリギリ耐えた。
 完全に虚を突いたと確信していたクリスは不満そうな顔をしたが、これで十分。
 体勢を立て直すためにスピードは緩まり、下に注視した分的に払う注意がおろそかになった。
 それがこの個体が死ぬ理由だ。

「むんっ!」

 レイテ村で初めて見たときから、アラタの脳裏に深く刻み込まれていた綺麗な剣筋。
 力任せに振っているように見えてその実、これ以上ないくらいに丁寧に刃は筋繊維を断裂させていく。
 剣聖のクラスもあるのだろうが、本人の資質と努力もあるのだろう。
 刀を握って1年未満のアラタでは辿り着けない境地がそこにあった。
 サイの首は地面に転がり、角から光が消える。
 また魔力を込めれば光り輝くだろうが、生命活動が停止したのだから当然の帰結である。

「……後続が来ないな」

 すぐに肉の解体を始めるかに思えたノエルの嗅覚が、何かに反応する。
 嗅覚と言っても物理的なものでは無く、第六感的なあれだ。
 スキルやクラスがあるこの異世界における『何となく』の価値はかなり大きい。
 そしてノエルが何か異変を感じ取った時、ルークも何かを掴んだ。

「ハルツ」

「どうした?」

「ボスエリアってここからどれくらいだ?」

「徒歩で1時間くらいだな」

 何の気なしに答えたハルツによると、ドラゴンの待ち構える場所までは4, 5kmは確実にあるとのことだ。
 それだけの広大な地下空間がアトラに広がっていることも驚きだが、ルークの驚きはそこにはない。

「撤退だ、逃げるぞ」

「何を…………まさか!」

 何かを察したハルツは前方にいる4人に声を掛けた。

「ドラゴンが近くにいる! 撤退するぞ!」

「へぁ?」

 ハルツの絶叫に、アラタが間抜けな声を出した時、彼の背後に得も言われぬ恐怖が迫っていた。
 【敵感知】に反応はない。
 ただ、ヤバい存在がいることだけははっきりと感じ取ることが出来る。
 魔力の塊のような、純粋な力の塊がそこにあった。
 本来移動するはずの無いそれが、第5層を闊歩している。
 それがどれほど異常で、どれほど危険で、どれほど怖いことか。
 ボスエリアは第5層の最奥、つまり第4層との連絡口から最も離れた場所にあり、第4層までの安全はある程度確保されていた。
 その前提が崩れたのだから、もはやこのダンジョンは中級ダンジョンではない。
 全エリアが危険地帯になりうる、世界でも屈指の難易度の迷宮に姿を変えつつあったのだ。


「ゴァァ…………クルル」

 温度が少し、上がった気がした。

 アラタは【身体強化】、【痛覚軽減】、【暗視】、【気配遮断】を起動、魔力を一気に練り上げて魔術使用に備えた。
 クリスは反射的にハルツたちの方に走り出していて、リーゼ、ノエルも同様だ。
 対応が分かれたのは一体何が原因だったのか。
 ドラゴンに対する認識の違いか、個人の力量差か、それとも性格の違いか。
 ユウという強大な敵を前にしても引かなかったアラタは、ここでも同じ過ちを犯す。
 燃えるような魔力が迸り、周囲に撒き散らされた。
 その一つ一つが中級レベルの攻撃魔術、炎弾と同程度の威力を誇り、しかもそれが口腔内から漏れ出た魔力の残りかすだというのだから、笑うしかない。
 本命は赤いドラゴンの口の中に危険な圧力で充填されていた。
 魔術名は無く、単純なブレス攻撃。
 アラタは風陣、雷陣の二重結界を張り、それから土壁でガードを試みた。
 だが、ダンジョンは脆いからこの手の魔術は使用禁止であるという先の言葉が、彼の魔術発動を一瞬遅らせた。

 やっべ、間に合わな…………

 眼前にまであかいブレスが迫っていて、広範囲の攻撃に対応が間に合わないことを確信した。
 少しズレたら避けることは出来るが、重心が後ろに寄っていて急には動けない。
 かなりまずい、受ければ死という状況の中、アラタは終わりの呆気なさをこれでもかと突き付けられていた。
 生きてみると決意した矢先、すぐに次の死地がやって来た。
 何度乗り越えても先は見えず、迫りくる脅威は留まるところを知らない。
 ご都合主義にだんだん敵が強くなるとか、そんなことは無い。
 初めから最強クラスの敵に出くわして、身の丈に合わない敵とぶつかることはざらにあって、ほとんどの場合逃げることすらままならない。
 たまに与えられる逃げる機会も、こうしてフイにしてしまえば意味はない。
 アラタの中で、圧縮された時間が流れたが、それでも感傷に浸るほどの時間は残されていない。

 死んだ、そう思った時、左側面から大きな衝撃を受けて、アラタの視界は反時計回りに90度急回転した。
 ノエルが自分をかばって飛び込み、代わりに少しブレスを受けたのだと知ったのは、彼が撤退してしばらくしてのことだった。
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