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第4章 灼眼虎狼編
第260話 地の利(東部動乱8)
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目の前が真っ白になった。
転移魔術を体験するのは初めてのことだが、そういう物なのだろうとワイアットは判断する。
転移先が牢屋になっていれば詰みなのだがな、と考えた彼の目の前に再度広がった青々とした光景は、懸念が外れたことを意味していた。
先ほどと同様、鬱蒼とした森。
違うのは、場所。
そう判断した理由は彼の足元にある。
背後の土壁は崩れ、足元も少し緩い。
上からはバラバラと木の枝が降り注いできて危ない。
敵との距離は依然近いまま、だが様子が違う。
当然だろう、敵にとってこの状況は望んだ状況のはずだから。
「初めて見た」
「私もだ」
距離を取ったハルツに対して、ワイアットは奇妙な親近感を覚えていた。
この男について何も知らなくても、何となくそう思った。
戦闘スタイルが近いというのが理由なのだろう、根拠のないシンパシなんてその程度だ。
「転移術を行い、俺を戦場から引き離す。その間に本隊が決着をつける、か?」
ハルツたちは答えない。
答える必要が無いから。
代わりにハルツ分隊、転移術式小隊が周囲を取り囲む。
何日も前から準備していたであろう、狩場で。
「かかれ!」
弓矢による一斉射撃。
それをこともなげに防ぐワイアットは、斜面を駆け上がっていく。
その先にはルークと転移術式小隊の面々。
ルークが予備の剣を抜いた。
真っ向勝負ということらしい。
「始めるぞ!」
ルークとワイアットががっちりと組み合った時、後方でハルツが叫ぶ。
ミラ丘陵地は敵のホームグラウンド。
しかし、この場に限って言えばそうでもない。
この、戦場から数キロ離れた山の中は、ハルツが直々に指揮を取って組み上げた、大きな棺桶なのだ。
入れる人間は決まっている。
「セット!」
レインは大地に黒い杭を打ち付けて、準備完了を合図する。
このままでは仕掛けが使えないので、ルークが敵から距離を取る必要があった。
彼の合図を耳にしたルークはワイアットから離れようとするが、影のようにぴったりと張り付いてきて離れてくれない。
彼からすれば、こうしている限り安全なのだから、十分に利用させてもらおうとするのは当然である。
レインのセットの合図から十数秒、まだ仕掛けを作動できていない。
最悪ルークごと敵を葬り去れば解決するといっても、それは本当に奥の手として残しておきたい。
仕方がないとハルツが走り出した。
クロスレンジでAランク冒険者と熾烈な攻防を繰り広げているルークに疲労の色が見え始めている。
このままではまずいと、ジーンとタリアも杖を構えた。
ハルツが間に割り込んだその時に、追撃として魔術攻撃を打ち込むつもりだ。
先ほど替えたばかりのルークの剣が、いまにも折れそうなくらいボロボロになっている。
剣の先端、烏帽子に関しては既に欠けてしまって存在しない。
武器の耐久がもう保たないと分かっているルークは敵の攻撃を受けるのではなく、躱すことに専念しているがそれもいつまで保つか。
躱しきれない剣の軌道を描くワイアットに対し、ルークは仕方なく剣で受けた。
深々と入った亀裂は、もう武器としての能力を発揮できなくなったことを表している。
剣が中央部分から折れた。
「スイッチだ!」
明らかに押されていたルークの影から、ハルツが出てきた。
大振りな両手剣を渾身の力で振るい、敵はそれを盾で受けた。
盾のふちについている金属とハルツの剣がぶつかり、小さな火花を生む。
そして勢いそのまま、ハルツはワイアットを吹き飛ばした。
彼と入れ替わったルークは既に後方に下がり、予備の剣と弓を手にしている。
敵を引き剥がしたハルツも撤退する構えだ。
「しゃがんで!」
後方からの叫びに、ハルツの体が反射的に動いた。
そんな彼の頭上を魔術が飛び越え、ワイアットに襲い掛かる。
「おっ!?」
先ほどまでと同様、剣と盾で攻撃から身を守ろうとしたワイアットの頬には深々と傷が入っている。
魔術は魔力強化した剣で確かに掻き消したはずだが、と後方を確認する。
確かに魔術を破壊したその軌跡の先には、1本の矢が刺さっていた。
男の顔に、歓喜の笑みが浮かび上がる。
「変態だ」
「変態だわ」
「珍しい仕掛けだな。お前、どこの流派だ?」
彼の問いかけにジーンは答えない。
沈黙は金なり、だから。
何はともあれ時間と距離は稼いだ。
森に仕掛けられた数々の罠が、Aランカーを襲う。
「全員配置につけ! 途中で撃ち漏らすなよ!」
まず、ありったけの矢と魔術攻撃がワイアットに襲い掛かる。
それも盾があれば無傷でカバーできるところが彼の異常なところなのだが、それでも行動は制限される。
そして、山の中で何かが響く。
地鳴りのような、獣の呻き声のような、そんな音が。
彼は息つく暇もなく、左方からの丸太に対処しなければならない。
1本や2本ならまだよかったが、そんな簡単なものなどわざわざ仕掛けたりしない。
10以上の丸太が斜面を転がって来たのだ。
いくらAランカーが化け物じみていると言っても、所詮は人間。
しかもワイアットは見た目通りゴリゴリの近接戦闘職。
半面魔術には少し疎い。
ドレイクやアラタなら土壁を作って対応しそうな気もするが、ワイアットにその選択肢は無く、身体強化をフル活用して飛び上がった。
生えている木の上に飛び移り、丸太を回避する手を取った。
しかしそれも予想範囲内、次の罠が起動する。
「チッ」
後方から数本、矢が飛来する。
位置、雰囲気、軌道的に人が射撃しているのではなく、あらかじめ仕掛けられた弓矢で攻撃していると判断する。
そんなことを考えていたのも束の間、今度は反対側から時間差で弓が撃ち出された。
不意打ち対策は当然のように備えている彼にこの手の攻撃は致命傷足りえない。
そうはいっても、彼から思考リソースを奪うには十分な手数。
次の瞬間、突如彼が足場にしていた木の枝が折れた。
折れたというより、爆ぜたという表現の方が適切なそれは、断面から煙が出ている。
何か仕込んでいたな、そう思ったワイアットに向かって再度矢が飛んできた。
今度は人間が射撃しているのだろう、先ほどまでタリアやジーンがいた方向から飛んできている。
空中で受け切る以外の行動選択の余地は無く、今度も受け身にならざるを得ない。
体を捻りながら盾で受けたが、1本足に被弾した。
丸形の標準的な大きさの盾では、彼の巨体を隠しきれていない。
そして、視点を着地地点に移してみると、明らかにおかしい。
土がひっくり返されたように、そこだけ色が濃い。
明確に罠だと分かるそれに対して、馬鹿正直に足をついてやることもないと彼は火球を放つ。
彼が着地するより速く魔術が地面に到達し、衝撃で隠されていたものが露になった。
そこにあったのは彼の予想した通り落とし穴、ぽっかりと暗い口を開けて彼を待っていた。
その中に突き立てられていたのは、先端を斜めに切った木の枝や竹の棒。
どれもこの山から取ったもので無限にあるし、簡単に加工できる。
今更着地点を変更できないワイアットは、左手に装備した盾を下に向け、精一杯魔力で強化する。
盾を貫通して足元から自分を串刺しにすることは無いだろうと、彼は高をくくった。
油断したというより、外に考えることが多すぎてそれしか考える余地が無かったのだろう。
彼がもし【思考加速】系統のスキルを保持していたら、短く圧縮された体感時間の中で熟慮を重ねることが出来ただろう。
しかし、能力は無限ではない。
彼がAランカーの端くれとして認定された理由は、偏に戦士としての能力の高さにある。
つまり、それ単体では真価を発揮することは難しいのだ。
彼の予想を、ハルツたちは足元から打ち破る。
「何っ!」
きちんと強化したはずの盾に、罠の棘が突き刺さった。
ただの植物が、魔力強化した盾を貫通するなど聞いたことが無い。
そう、ただの植物なら。
魔力で強化された仕掛けなら、話は変わる。
落とし穴に仕掛けられた棘には、地中を通じて魔力供給用のケーブルが埋設、接続されている。
魔力損失が極めて少ない最新式のそれを用意したのは誰か。
それはハルツの兄、イーサン・クラークである。
ケーブルを通じて供給されたエネルギーは彼の盾を捉えることに成功した。
そして、これで終わりではない。
「扉は既に開かれた。幽世から狙いを定め、我が身体を触媒に、天炎百雷敵を穿て………………炎雷!」
罠の数々がワイアットを襲い始めてからこの方、タリアは小さな声で詠唱を口ずさんできた。
使用する魔術は、炎雷。
高威力高難易度、行使できる人間は少ない。
少ないと言っても周囲にドレイクやアラタがいるのでその希少性には若干の疑問がある。
それでも、カナン公国でこの魔術を発動できる人間というのは一桁しかいない。
そう考えれば、アラタが異常なだけでタリアもかなりの魔術師だということだ。
それは幾本もの光の矢を降らせ、御柱を迎えるのは天まで焦がさんとするほどの劫火。
詠唱が小さい分、威力は100%ではない。
それでも効果半径を絞り込めば、結局威力に変化はない。
半径5m。
中心点はもちろん落とし穴の中心と同じ。
盾は剥ぎ取り、回避する時間も与えない。
この攻撃は確実に刺さる。
あとは敵がそれを受け切るだけの耐久性を有しているか、防御策を持ち合わせているかどうか、これに尽きる。
ルークの【感知】では、敵は確かに炎雷の効果半径内にいた。
術後も反応が微弱になりながら、それでもその場に留まっている。
ハルツの指示に注目が集まった。
まだ仕掛けは残っている。
「包囲を縮小。仕掛けはあと3段使用しろ」
転移術式小隊が炎雷の火消し兼包囲警戒に回り、タリア、ジーン、ルークは攻撃を継続する。
炎雷や丸太でクリアになった視界の中、敵らしき影に向かって矢を、魔術をぶつけ続ける。
無慈悲に、無感情に、ただ敵を殺すために。
それが戦争という物だから。
「撃ち方やめ。俺、ルーク、ジーンが接近して様子を見る。包囲を解かず、自爆攻撃に警戒」
彼らから見て、ワイアットは斜面の上側に位置取っていた。
だから、戦闘で荒れ放題になった山を彼らは登っていく。
本来なら坂の上の方が有利なのは明白だが、炎雷を放つ都合上そうもいかなかった。
そして、3人はハリネズミのようになったワイアットの元にたどり着く。
まだ息をしていることも驚きだが、そもそも人の形を保っていることが驚嘆に値する。
黒焦げになっていてもおかしくないところを、何とか防御したのだろう。
ハルツは異国の戦士に敬意を表しつつ、剣を手にした。
「言い残すことは」
「カヒュッ……た、ヒュッ、楽し……った」
「さらばだ」
火傷で爛れた首を落とし、この場の戦いの決着がついた。
ハルツたち中央軍の勝利である。
転移魔術を体験するのは初めてのことだが、そういう物なのだろうとワイアットは判断する。
転移先が牢屋になっていれば詰みなのだがな、と考えた彼の目の前に再度広がった青々とした光景は、懸念が外れたことを意味していた。
先ほどと同様、鬱蒼とした森。
違うのは、場所。
そう判断した理由は彼の足元にある。
背後の土壁は崩れ、足元も少し緩い。
上からはバラバラと木の枝が降り注いできて危ない。
敵との距離は依然近いまま、だが様子が違う。
当然だろう、敵にとってこの状況は望んだ状況のはずだから。
「初めて見た」
「私もだ」
距離を取ったハルツに対して、ワイアットは奇妙な親近感を覚えていた。
この男について何も知らなくても、何となくそう思った。
戦闘スタイルが近いというのが理由なのだろう、根拠のないシンパシなんてその程度だ。
「転移術を行い、俺を戦場から引き離す。その間に本隊が決着をつける、か?」
ハルツたちは答えない。
答える必要が無いから。
代わりにハルツ分隊、転移術式小隊が周囲を取り囲む。
何日も前から準備していたであろう、狩場で。
「かかれ!」
弓矢による一斉射撃。
それをこともなげに防ぐワイアットは、斜面を駆け上がっていく。
その先にはルークと転移術式小隊の面々。
ルークが予備の剣を抜いた。
真っ向勝負ということらしい。
「始めるぞ!」
ルークとワイアットががっちりと組み合った時、後方でハルツが叫ぶ。
ミラ丘陵地は敵のホームグラウンド。
しかし、この場に限って言えばそうでもない。
この、戦場から数キロ離れた山の中は、ハルツが直々に指揮を取って組み上げた、大きな棺桶なのだ。
入れる人間は決まっている。
「セット!」
レインは大地に黒い杭を打ち付けて、準備完了を合図する。
このままでは仕掛けが使えないので、ルークが敵から距離を取る必要があった。
彼の合図を耳にしたルークはワイアットから離れようとするが、影のようにぴったりと張り付いてきて離れてくれない。
彼からすれば、こうしている限り安全なのだから、十分に利用させてもらおうとするのは当然である。
レインのセットの合図から十数秒、まだ仕掛けを作動できていない。
最悪ルークごと敵を葬り去れば解決するといっても、それは本当に奥の手として残しておきたい。
仕方がないとハルツが走り出した。
クロスレンジでAランク冒険者と熾烈な攻防を繰り広げているルークに疲労の色が見え始めている。
このままではまずいと、ジーンとタリアも杖を構えた。
ハルツが間に割り込んだその時に、追撃として魔術攻撃を打ち込むつもりだ。
先ほど替えたばかりのルークの剣が、いまにも折れそうなくらいボロボロになっている。
剣の先端、烏帽子に関しては既に欠けてしまって存在しない。
武器の耐久がもう保たないと分かっているルークは敵の攻撃を受けるのではなく、躱すことに専念しているがそれもいつまで保つか。
躱しきれない剣の軌道を描くワイアットに対し、ルークは仕方なく剣で受けた。
深々と入った亀裂は、もう武器としての能力を発揮できなくなったことを表している。
剣が中央部分から折れた。
「スイッチだ!」
明らかに押されていたルークの影から、ハルツが出てきた。
大振りな両手剣を渾身の力で振るい、敵はそれを盾で受けた。
盾のふちについている金属とハルツの剣がぶつかり、小さな火花を生む。
そして勢いそのまま、ハルツはワイアットを吹き飛ばした。
彼と入れ替わったルークは既に後方に下がり、予備の剣と弓を手にしている。
敵を引き剥がしたハルツも撤退する構えだ。
「しゃがんで!」
後方からの叫びに、ハルツの体が反射的に動いた。
そんな彼の頭上を魔術が飛び越え、ワイアットに襲い掛かる。
「おっ!?」
先ほどまでと同様、剣と盾で攻撃から身を守ろうとしたワイアットの頬には深々と傷が入っている。
魔術は魔力強化した剣で確かに掻き消したはずだが、と後方を確認する。
確かに魔術を破壊したその軌跡の先には、1本の矢が刺さっていた。
男の顔に、歓喜の笑みが浮かび上がる。
「変態だ」
「変態だわ」
「珍しい仕掛けだな。お前、どこの流派だ?」
彼の問いかけにジーンは答えない。
沈黙は金なり、だから。
何はともあれ時間と距離は稼いだ。
森に仕掛けられた数々の罠が、Aランカーを襲う。
「全員配置につけ! 途中で撃ち漏らすなよ!」
まず、ありったけの矢と魔術攻撃がワイアットに襲い掛かる。
それも盾があれば無傷でカバーできるところが彼の異常なところなのだが、それでも行動は制限される。
そして、山の中で何かが響く。
地鳴りのような、獣の呻き声のような、そんな音が。
彼は息つく暇もなく、左方からの丸太に対処しなければならない。
1本や2本ならまだよかったが、そんな簡単なものなどわざわざ仕掛けたりしない。
10以上の丸太が斜面を転がって来たのだ。
いくらAランカーが化け物じみていると言っても、所詮は人間。
しかもワイアットは見た目通りゴリゴリの近接戦闘職。
半面魔術には少し疎い。
ドレイクやアラタなら土壁を作って対応しそうな気もするが、ワイアットにその選択肢は無く、身体強化をフル活用して飛び上がった。
生えている木の上に飛び移り、丸太を回避する手を取った。
しかしそれも予想範囲内、次の罠が起動する。
「チッ」
後方から数本、矢が飛来する。
位置、雰囲気、軌道的に人が射撃しているのではなく、あらかじめ仕掛けられた弓矢で攻撃していると判断する。
そんなことを考えていたのも束の間、今度は反対側から時間差で弓が撃ち出された。
不意打ち対策は当然のように備えている彼にこの手の攻撃は致命傷足りえない。
そうはいっても、彼から思考リソースを奪うには十分な手数。
次の瞬間、突如彼が足場にしていた木の枝が折れた。
折れたというより、爆ぜたという表現の方が適切なそれは、断面から煙が出ている。
何か仕込んでいたな、そう思ったワイアットに向かって再度矢が飛んできた。
今度は人間が射撃しているのだろう、先ほどまでタリアやジーンがいた方向から飛んできている。
空中で受け切る以外の行動選択の余地は無く、今度も受け身にならざるを得ない。
体を捻りながら盾で受けたが、1本足に被弾した。
丸形の標準的な大きさの盾では、彼の巨体を隠しきれていない。
そして、視点を着地地点に移してみると、明らかにおかしい。
土がひっくり返されたように、そこだけ色が濃い。
明確に罠だと分かるそれに対して、馬鹿正直に足をついてやることもないと彼は火球を放つ。
彼が着地するより速く魔術が地面に到達し、衝撃で隠されていたものが露になった。
そこにあったのは彼の予想した通り落とし穴、ぽっかりと暗い口を開けて彼を待っていた。
その中に突き立てられていたのは、先端を斜めに切った木の枝や竹の棒。
どれもこの山から取ったもので無限にあるし、簡単に加工できる。
今更着地点を変更できないワイアットは、左手に装備した盾を下に向け、精一杯魔力で強化する。
盾を貫通して足元から自分を串刺しにすることは無いだろうと、彼は高をくくった。
油断したというより、外に考えることが多すぎてそれしか考える余地が無かったのだろう。
彼がもし【思考加速】系統のスキルを保持していたら、短く圧縮された体感時間の中で熟慮を重ねることが出来ただろう。
しかし、能力は無限ではない。
彼がAランカーの端くれとして認定された理由は、偏に戦士としての能力の高さにある。
つまり、それ単体では真価を発揮することは難しいのだ。
彼の予想を、ハルツたちは足元から打ち破る。
「何っ!」
きちんと強化したはずの盾に、罠の棘が突き刺さった。
ただの植物が、魔力強化した盾を貫通するなど聞いたことが無い。
そう、ただの植物なら。
魔力で強化された仕掛けなら、話は変わる。
落とし穴に仕掛けられた棘には、地中を通じて魔力供給用のケーブルが埋設、接続されている。
魔力損失が極めて少ない最新式のそれを用意したのは誰か。
それはハルツの兄、イーサン・クラークである。
ケーブルを通じて供給されたエネルギーは彼の盾を捉えることに成功した。
そして、これで終わりではない。
「扉は既に開かれた。幽世から狙いを定め、我が身体を触媒に、天炎百雷敵を穿て………………炎雷!」
罠の数々がワイアットを襲い始めてからこの方、タリアは小さな声で詠唱を口ずさんできた。
使用する魔術は、炎雷。
高威力高難易度、行使できる人間は少ない。
少ないと言っても周囲にドレイクやアラタがいるのでその希少性には若干の疑問がある。
それでも、カナン公国でこの魔術を発動できる人間というのは一桁しかいない。
そう考えれば、アラタが異常なだけでタリアもかなりの魔術師だということだ。
それは幾本もの光の矢を降らせ、御柱を迎えるのは天まで焦がさんとするほどの劫火。
詠唱が小さい分、威力は100%ではない。
それでも効果半径を絞り込めば、結局威力に変化はない。
半径5m。
中心点はもちろん落とし穴の中心と同じ。
盾は剥ぎ取り、回避する時間も与えない。
この攻撃は確実に刺さる。
あとは敵がそれを受け切るだけの耐久性を有しているか、防御策を持ち合わせているかどうか、これに尽きる。
ルークの【感知】では、敵は確かに炎雷の効果半径内にいた。
術後も反応が微弱になりながら、それでもその場に留まっている。
ハルツの指示に注目が集まった。
まだ仕掛けは残っている。
「包囲を縮小。仕掛けはあと3段使用しろ」
転移術式小隊が炎雷の火消し兼包囲警戒に回り、タリア、ジーン、ルークは攻撃を継続する。
炎雷や丸太でクリアになった視界の中、敵らしき影に向かって矢を、魔術をぶつけ続ける。
無慈悲に、無感情に、ただ敵を殺すために。
それが戦争という物だから。
「撃ち方やめ。俺、ルーク、ジーンが接近して様子を見る。包囲を解かず、自爆攻撃に警戒」
彼らから見て、ワイアットは斜面の上側に位置取っていた。
だから、戦闘で荒れ放題になった山を彼らは登っていく。
本来なら坂の上の方が有利なのは明白だが、炎雷を放つ都合上そうもいかなかった。
そして、3人はハリネズミのようになったワイアットの元にたどり着く。
まだ息をしていることも驚きだが、そもそも人の形を保っていることが驚嘆に値する。
黒焦げになっていてもおかしくないところを、何とか防御したのだろう。
ハルツは異国の戦士に敬意を表しつつ、剣を手にした。
「言い残すことは」
「カヒュッ……た、ヒュッ、楽し……った」
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火傷で爛れた首を落とし、この場の戦いの決着がついた。
ハルツたち中央軍の勝利である。
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