半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第239話 感謝の示し方

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「リーゼ、ちょっといい?」

 クリスがいると本音が出にくいかもしれないということで、アラタだけでリーゼに話しかけてみた。
 夕食も終わり、何もなければ住人たちが一堂に会することは無い。
 この話をノエルには聞かれたくないだろうと、彼なりに気を利かせたつもりだ。
 そして、リーゼはリーゼで何となく察していた。
 彼が何を言いたいのか、どんな話題を振るのか、何となく予測できた。

「……知っているんですか」

 何個分か会話をすっ飛ばした言葉は、何も知らない人間からすれば『?』マークが浮かぶだろう。
 しかし、彼女の予想は当たっているのだから、これで意味は通じる。

「ノエルの為に、お前が消耗する必要は無いと思うな」

「それ、あなたが言います?」

「俺はあいつの為に動いてたわけじゃない」

 ノエルが聞いたら落ち込みそうですね、とリーゼは口元を緩める。

「私にできることは、これくらいですから。ノエルの為なら頭の一つや二つ軽いです。それに……」

「それに?」

「安全な場所で座っているだけの無能の顔を拝んでおくのも、案外楽しいものですよ」

「性格悪くない?」

「だってそうですよね? 何が悲しくてあんな何もしていない大人たちに怒られなきゃいけないんですか。大公選に勝ったのはアラタ達実働部隊のおかげでしょ?」

 そんなことない、そう言おうとしたアラタは、答えに詰まる。
 今は謙遜するような間柄と話をしていない。
 事実を客観視した時、今日リーゼをなじっていた連中と自分、どちらが役に立っていたのかは考えるまでもない。
 誇れることではない、だが、誰かに譲っていい功績でもない。
 それが、彼の胸中だ。

「……ま、そういう考え方も出来るな」

 アラタはどうしたもんかな、と思案する。
 性悪な女の企みに見えないことも無いし、強がっているようにも見える。
 本当の所はどっちなのか、この場では判断できないし聞いたところではぐらかされるのがオチだ。
 もう少し考えよう、とアラタは話を終わらせる。

「変なことを聞いた。ごめん」

「いいんですよ。私も出来る限り早く終わらせるように頑張ります」

 つまらない人間を相手にしていたら、自分も引っ張られてしまうと思うけどな、という言葉をアラタは飲み込んだ。
 それくらいリーゼも分かっていると思ったから。

※※※※※※※※※※※※※※※

「ってことがあったんですよ。ハルツさん的にどうですか」

「100%強がりだな」

「ですよね」

「リーゼは立場上、ノエル様のお目付け役という立ち位置にいる。大公選でノエル様が父君の足を引っ張ったのは事実、それで諸侯が損をしていれば怒りたくもなる」

「諸侯ってそんなに偉いんですか?」

 ハルツの家は、アラタの屋敷からまあまあ近い。
 歩いていける距離だし、クレスト家やレイフォード家の屋敷と違って入るのも楽だ。
 一応この人も貴族のはずだけど、砕けた感じがアラタは好きだった。
 だからこういったことに関して聞くならハルツ一択だし、アラタが彼の元を訪ねる頻度が高くなるのは当然だった。

「諸侯は偉いぞ~。貴族家当主の別名だし、俺の兄も諸侯の一員なんだけどな」

「ハルツさんの兄貴がリーゼの親なんですよね?」

「そうだが?」

「じゃあ兄貴に言ってやめさせてくださいよ。こんなの意味ないって」

「えぇ~、嫌だなぁ」

 露骨に嫌そうな顔をするハルツは、いつもより幼く見える。
 金髪に短い髭を蓄えた貫禄は目を見張るものがあっても、慣れた間柄なら髭のおやじが駄々をこねているようにしか見えない。

「仲いいんでしょ。お願いしますよ」

「兄上はなぁ。仕事がらみの兄上はちょっと面倒なんだ」

「どんなふうにですか?」

「血縁だからと言って容赦しない。もちろん俺にもリーゼにもだ」

「まだるっこしいですね。もうクラーク家の屋敷陥落させてもいいですか?」

 腰に差した刀の柄をポンポンと叩き、実力行使をほのめかしてみる。
 だが、ハルツには効果が薄いみたいだ。

「やめておけ。お前とクリスだけでは流石に無理がある。何よりドレイク殿と俺の首が飛びかねない」

「それは大変ですね。首を洗って待っていてください」

「お前なぁ。もういい、俺もついていってやるから、絶対に面倒ごとは起こすな」

「だってよクリス」

「よろしく頼む」

 いつの間にか部屋の外で待機していたクリスが入って来るなり、アラタの為に用意されていた菓子に手を付ける。

「お前らは山賊か!」

「八咫烏はテロリスト寄りって評価みたいですね」

 他人事な八咫烏の元総隊長たちは、3人でクラーク家に直談判しに行くことが決まった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「久しぶりに会ったかと思えばそのことか。お前も老けたな」

「兄上も疲れておいでの様子ですが」

 ハルツの兄、リーゼの父親イーサン・クラークという人物は、ハルツの顔を少し老けさせて、髪色を少し明るくした感じだった。
 兄弟というだけあって顔も似ているし、パーツパーツはハルツが数年あと追いしている感じなのだろう。
 つまり、今のイーサンの顔は数年後のハルツの顔ということになる。
 少し違うのは、日焼けの具合だろうか。
 スポーツマンのような日焼け具合のハルツに対し、イーサンの方が少し色白に見える。
 髪色、顔、肌の色、それらが一長一短で鎬を削り合って、結果的にほぼ同じくらいの年齢に見える。

「レイフォード家派閥もしくはそれと癒着していたと見られていた関係者が大量に不審死した話は知っているだろう。あれの対応が間に合わんのだ」

アラタもクリスも、ついでにハルツも誰が関わっているのか知っている。
 間違いなくユウがこの件に一枚かんでいて、レイフォード家の相談役たちが爆散したのと何か関係があることは明白だった。
 貴族にはそのあたりの情報も当然届いているはずだが、イーサンが言っている問題というのは、『誰がやったか』ではなく『その結果何か起こったか』なのだ。
 大公選直後に、敗北したサイドの人間が大量に死亡。
 そうなると、クレスト家派閥による粛清が真っ先に疑われる。
 真実は違うとしても、そう言った感情は簡単には拭い去れない。
 リーゼの話云々は抜きにしても、イーサンが多忙だということは本当のようだった。

「今は猫の手も借りたい状況だ。ハルツにも手伝ってほしいくらいだからな」

「遠慮します」

「手伝ってあげればいいじゃないですか」

「嫌だ」

 伯爵であるイーサンに比べて、ハルツはやや幼く見える。
 何だかんだ言って、やっぱり弟なんだな、とアラタは自分の弟を思い出す。

「もういいか。私も忙しいんだ」

 向こうにも事情があることは理解した。
 しかし、それとこれとは別の話、とアラタは口を開く。

「伯爵様」

「何かな」

「リーゼさんにこの仕事を押し付ける意味が分かりません」

「と言うと?」

「怒られるだけなら、他に適任がいるでしょう」

「例えば?」

 立ち上がり、自分を指さす。

「俺ですよ。ノエル……さんの暴走には俺も関わっています。なら俺が代わりを務めてもいいんじゃないですか?」

 隣に控えているクリスの眼は懐疑的だ。
 そんなこと言って、あのいけ好かない連中に怒られたら耐えきれずに暴れるだろ、と同僚の未来を想像してみる。
 アラタは手が非常に速い。
 クリスの経験値からくる判断は、ハルツも同意見のようである。
 両隣から疑うような目で見られて、アラタの姿勢が崩れる。
 あんたら仲間だろ、援護しろよ、と目で訴える。

「君に任せてもいいのかな」

 正面にいるイーサンも、2人の視線を感じて疑いの目をアラタに向ける。
 彼に対する信頼は、限りなくゼロに近い。
 エリザベスを想うあまり、留置場を襲撃した件はこの場にいる全員が知っている。

「ま、任せてください。ちょちょいのちょいですよ」

「ちょちょいだと困るんだけどな」

「あ……誠心誠意心を込めて謝罪します」

 言い換えてみたが、旗色が悪い。
 彼がこの役割に対して軽い気持ちを持っていることは知れてしまった。
 だが、仲間を思う気持ちだけは伝わったみたいで、イーサンは右手を上げた。

「分かった、こうしよう。まず、謝罪行脚は代理の人間を立てる。そして、君は私に対して貸しを一つ作る。これでどうだい?」

 リーゼが解放される。
 その内容しか、彼の頭の中には入っていない。

「分かりました」

 ノータイムで返事をして、約束を交わす。

「貴族の貸しは高いよ?」

「覚えておきます」

 クリスは話がまとまったようでほっとしているが、その反対側のハルツの表情は暗い。
 過去に何があったのか、古傷をほじくり返すことは止した方が賢明だ。
 イーサンは席から立ち上がると、執事の名を呼ぶ。
 どうやら仕事に戻るらしい。

「冒険者として活動するなら、できるだけ早くギルドで登録を済ませてきなさい。そうしなければ娘を自由にさせる意味がないからね」

「寛大なご配慮に、感謝いたします」

 多分事前に考えてきたであろうアラタの言葉には、重みが足りない。
 ネットで調べたような無機質な感謝は、メールならよかったかもしれないが、対面で投げかけるには少し軽い。

「ハルツ、彼に人並みの教養を授けるように」

「分かりました」

 そうして、アラタの直談判は幕を閉じた。
 彼らが退出しても、イーサンの仕事は消えたりしない。
 執務室の机には、未解決の書類が山のようにあって、先ほど呼んだ執事が終わった案件の書類を持っていく代わりに、新しい書類を運んでくる。

「出てきなさい」

 一人になったはずの執務室で、イーサンは誰かを呼んだ。
 そして、それは執事ではないらしい。
 彼と似ている髪の色、目の色、顔の輪郭。
 異なるのは性別、年齢。

「はい」

 リーゼは机の前に立つ。
 父親は彼女には目もくれず、書類に目を通しつつ必要箇所に加筆していく。

「君は君のやり方で周囲のストレスを受け止めた。それに対して仲間は怒り、私のところまできた。君のやり方、私は大いにありだと思う。だが、同僚に心配をかけるのはいただけない」

「はい」

 ペンを止め、目線を少し上げる。

「あとは私に任せて、ノエル様の元に行きなさい」

「はい」

 リーゼは深々と頭を下げると、退出しようと扉の前に立った。

「あの、お父様」

「なんだい」

「代理って、どなたが務めるのでしょうか」

 リーゼには2人の兄がいるが、生憎首都にはいない。
 他にも母親は健康だが、この仕事には向いていない。
 だがしかし、クラーク家の直系でもなければこの仕事は出来ない。
 不安そうな顔で、父親の顔を見る。
 イーサンは、何事もなさそうな顔でそれに答えた。

「私がやることになりそうだな」

「やっぱり私が——」

「私の読みでは、アラタ君は今後かなり苦労することになると思う。お前は彼についてあげて、気にかけてあげなさい」

「それではお父様が…………はい。分かりました」

 複雑な心境のリーゼは父親の元を後にした。
 ありがとう、というのも変な気がしたし、ごめんなさいもおかしい気がした。
 じゃあなんていうのが正解なのか、彼女には分からない。
 ただ、感謝は行動で示す、それだけがはっきりとしていた。

 その日の夜、夕食中のリーゼはニコニコしていた。
 ノエルとクリスは食事に夢中だが、アラタとシルはその笑顔に気付いている。

「……なんかいいことあった?」

「別にぃ? そろそろ冒険者として活動できそうになった、とだけ報告しておきます」

「そりゃよかった」

 アラタを介して顛末を把握しているシルは、素直に言えばいいのに、と首をかしげる。
 リーゼのことを心配してアラタたちが動いて、リーゼは父親が代わりになってくれたのだから、お互いにそう伝えればいいのに、という様子で2人を見る。
 だが、アラタからすれば、『そういうことじゃない』らしい。
 人間の機微は難しいなあ、とシルはまた一つ、賢くなった。
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