半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第233話 捕まえた

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「おはようアラタ」

 気分は最悪。
 体調も最悪。
 ノエルを見ていると、心の中がムカムカする。
 自分とは違う世界の住人が、こちらに手を伸ばしてくるのが、イライラする。
 きょとんとした顔でこっちを見てくることが、随分と前の距離感で近づいてくることが、鬱陶しい。

 アラタは鞘を拾い上げると、刀を収めた。
 そしてそれを腰に差し、ノエルの方を向く。

「自分とクリスは国を出ますから、一緒に冒険者をすることは出来ません」

 心底辟易とした顔は、ノエルの心にダメージを与える。
 こらえ性の無いノエルは、少し怒られるだけでも結構へこむ。
 その相手がアラタとなれば、それはもう効果覿面だ。
 赤の他人に対する態度で、アラタは淡々と接してくる。
 それならいっそ怒鳴られた方が良かったと、そう思えてさえくる。

「その、急ぎ過ぎた。少し世間話でも——」

「鬱陶しい」

「え?」

「もう面倒だ。二度と顔を見せるな」

 眉間にしわを寄せ、鋭い眼光がノエルを捉える。
 魔力も練り上げられ、恐らくスキルも発動している。
 あと少しきっかけがあれば、アラタはノエルを攻撃しかねない。

「あ、あの、また私は何かしてしまったのか? アラタ、私は何を直せばいい?」

「……もう話すことは無い。帰れ」

「あの……アラタ」

「帰れと言っている!」

 怒声が地下に反響した。
 高い天井、広い敷地面積、そこでの大声は驚くほどよく響く。
 涙目になるノエルを前に、アラタは声を荒らげる。

「これ以上俺に関わるな! もう2度と、絶対にここに来るな! 分かったら早く帰れ!」

 今すぐ逃げ出したいくらい、ノエルの心は傷ついていた。
 でも、目の前にいるアラタの方が、傷だらけであることを、彼女はもう知っている。
 エリザベスを失うことが、手に掛けることがどれだけの苦痛を伴ったのか、想像に難くないが、その苦しみはきっと想像の遥か上を行くのだろう。
 突き放すような言葉の数々に、怒るか泣くか、もしくはその両方を同時にしてしまいそうで、我慢するのに必死である。

「あ、あの」

「喋るな!」

 ここまで感情的になっているアラタを、ノエルは久しぶりに見た。
 というか、そもそもアラタのことを見たのが随分と久しぶりだっただのが。
 最後に言われたのはそう、屋敷でアラタと喧嘩した時だ。
 その時はなんだかぎくしゃくしていて、剣聖の暴走も相まって、結局うやむやな終わり方しかできなかった。
 混乱の中謝罪し、アラタもそれを許してくれた。
 だが、その後アラタは姿を消した。
 あの時いったい何があったのか、あの後いったい何があったのか。
 今はもう、全てを知っている。

「私はどうしたら……あ、私、その、頑張るから。アラタに迷惑かけないように頑張るから。掃除も洗濯もちゃんとするから、ご飯も自分で何とかするから。騒がないようにするし、アラタが嫌なことはしないから。だから、だから、だから…………もう一度一緒に——」

「それ以上近づくな!」

 一瞬で鯉口を切って抜刀する。
 鋒はノエルの方向に真っ直ぐ向けられていて、湾曲した刀の曲線がノエルの方へと続いている。
 裏の世界の住人となったアラタの本気の殺意に充てられて、ノエルは震えが止まらない。
 Bランク冒険者になっても、多分アラタの方が強いと、そう直感が叫んでいる。
 でも、彼のことを恐怖する直感が、同じ感覚が、違和感に引きずられて放してくれない。

「帰れよ!」

「い、嫌だ」

 感情豊かな目の前の男は、適当なこともよく言う人間だ。
 でも、あれこれ理屈っぽいし、理不尽なことは言わない。
 そんなアラタが、その気はない、帰れの一点張り。
 前は懇切丁寧にあれこれ話してくれたのに、今回は取り付く島もない。
 彼が変わってしまった、それほど不安定な状態にある、普通ならそう考えるところだが、ノエルは違う。
 剣聖のクラスが、それは違うと教えてくれる。
 ノエルは答えを渇望する。
 何を考えているのか、何が原因なのか、自分はどうしたらいいのか、どうすればアラタが受け入れてくれるのか、それが知りたい。

「ドレイク殿から全部聞いた。クリスと言ったか、あの人が言ったことは正しいと思う。私が暴走なんてしなければ、アラタは今頃私たちと冒険者をしていたはずだ。私がアラタを傷つけた、ごめん」

「……うるせぇ」

 ……………………違う。

「アラタを振り回して、やりたいことをさせてあげられなかったのは私の落ち度だ。ごめん」

「黙れ」

 …………それも違う。

「もっと優しくすればよかった。もっと気を配ればよかった。私ががさつで、気が利かないから、アラタに負担をかけた。ごめん」

「もう喋るな」

 ……それは俺の方だ。

「いつもアラタに無理させてばかりだった。初心者をパーティーに迎えたんだから、Fランクのクエストから始めるべきだった。ごめん」

「謝るな」

 いつだって最後に決めたのは俺だ。

「アラタがいないと寂しいよ」

「……死なせたくなかった」

 アラタの声から、命令口調が消えた。
 ノエルはハッとする。

 拒絶の理由が分かった気がした。
 アラタはもう誰も、何も失いたくないんだ。
 だから誰かが近くにいることを怖がっている。

 ——行こう。

 彼女はそう思った。
 そこに合理的な思考は無い。
 ただ、『そうしたい』と思った。
 それが『そうしなければ』に変わり、『そうする』に変わった。
 ノエルが前に歩き出した。
 刀を向けてくるアラタに対して、まっすぐ歩き始めた。

「来るな! 斬るぞ!」

 再び強い口調に戻るアラタ。
 ノエルは今、何も武器を持っていない。
 近接に限れば剣聖はほぼ無敵だが、流石にアラタ相手に無手は無茶だ。
 口からは、自然と言葉が出てくる。

「ううん、そうはならないよ」

「お前……来んなよっ!」

「いいや、ごめんねアラタ。私は行くよ」

 訓練場中央付近のアラタまで、残り約20m。

「それ以上、近づくなって言ってるだろうが!」

「ううん、それは聞けない願いだ」

「斬るぞ!」

「斬られてもいいよ。私もアラタを斬ってしまったから」

 ノエルの穏やかな顔を対照的に、アラタは苦痛に顔を歪ませている。
 斬られてもいいなんて、その痛みを知っているくせに、斬る痛みも知っているくせに、とアラタの持つ刀の刃先がカタカタと振動する。

「お前!」

「私の名前はノエル・クレスト。ノエルと呼んでくれると嬉しい」

「だから……お前は!」

「私はアラタの友達で、仲間だ。同じパーティーに所属する仲間だ。だからね? もう仲直りして、また一緒に頑張ろう?」

 アラタの刀の間合いまで残り僅か。
 一歩二歩走り出せば、ノエルの首に刀が届く。
 だが、彼の踵はべったりと地面に接着されていて、ピクリとも動かない。
 動かそうにも、体が言うことを聞かない。
 心に仮面を、それが特殊配達課の教えの一つ。
 だが途中で抜けたアラタが、その教えをどれほど忠実に守ることが出来るかは分からない。
 今までの戦いの中でも、その教えを守ることが出来ていれば、また違う結果があったことだろう。
 心を鎧で覆い隠せとは、特殊配達課課長のノイマン・レイフォードの言葉だ。
 アラタは仮面を着けることで本音を隠してきたが、ハナニラの紋様が刻まれたそれは部屋に置きっぱなしになっている。

 心は、驚くほど無防備だ。

「俺は、何も守れない」

「そんなことないよ」

「俺の近くに居たら、みんな死んでしまう」

「私はそうならないように頑張る」

「俺はいつも失敗する」

「そうならないように、私がいるから」

「俺は周りを不幸にする」

「私はアラタと一緒なら幸せだと思うな」

「俺は、俺のことが嫌いだ」

「私はアラタのこと好きだよ」

「俺は…………俺は!」

「ほら、捕まえた」

 刀は前に突き出されたまま、刃にかける相手を見失っていた。
 アラタを抱き締めるノエルは、傷一つ負っていない。

「アラタはやんちゃだから、いろいろ良くないこともしちゃったかもしれない。でも私が一緒に謝ってあげるから、償ってあげるから、だから、仲直りしよ?」

「…………ごめん。今まで、ごめん」

「うん、いいよ」

「逃げてごめん」

「私のせいだったから、仕方ないよ」

「裏切ってごめん」

「裏切られたなんて思ってないよ」

「俺は…………」

 刀が右手から離れて地面に落ちる。
 ガランガランと音を立てて落下したそれは、2人の足元に転がっているが彼女たちにけがはない。

「アラタはよく頑張ったよ。胸を張って」

 ノエルは後ろからアラタの頭を撫でる。
 そしてそのままギュッと抱き寄せる。

「迷惑かけてごめん」

「大丈夫、迷惑なんて思ってないよ」

「酷いこと言ってごめん」

「私の方こそごめんね。私が先に言ったんだ」

「うっ…………くっ、ぐっ……。……………………グスッ、泣いてごめん」

「もう謝らないで。泣いたっていいんだから。それはアラタの優しさだよ」

「だって……俺は道を踏み外して、沢山の人を傷つけ、挙句エリーも失って」

「アラタは今、私には想像もつかないくらい悲しいと思う。でもね」

 目を閉じれば、アラタの体温を感じる。
 心臓の鼓動も、泣いている息遣いも、全部ぜんぶ。
 アラタには、泣いてほしくない。

「でも、これからまた大切なものが増えてきて、アラタを幸せにしてくれるはずだから、一緒に頑張ろうよ。私がアラタの大切なものを探してあげるから」

「ノエル……ごめん」

「だから謝らなくていいよって言って——」

 ノエルは背中に大きな手を感じた。
 抱擁は、双方向になる。

「ごめん、少しこうさせてくれ」

「……だから謝らなくていいのに」
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