半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第223話 まだ終わっちゃいない

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「カナンに埋葬する分はクリスが持っておいてくれ。俺は【時空間転移】ホルダーが見つかり次第、日本にこれを持って帰る」

 そう言って、遺灰の一部を手渡した。
 遺骨を集めようかとも思ったが、大型の魔物の骨なんて大きすぎて持ち運びに不便だ。
 セーフティーハウスに備蓄してあったポーションなどを摂取して、幾分か回復したアラタやキィの手によって、骨は粉々に砕かれた。
 遺灰はクリス、リャンの手でひとまとまりに集められ、それらは自然に回帰する。
 一度は持ち帰りたいと主張したアラタだったが、魔物に変異した人間なんて過去に例がなく、研究サンプルを破壊しておく意味も含めての処置だった。

「バイバイ、エリー」

 彼女の遺灰が川下に流れていくのを見送ると、彼らは自分たちの手当てを始めた。
 普通順番が逆な気もするが、彼らにとっての優先順位だ。
 アラタの負傷はかなりひどく、特に火傷はしばらく時間が必要だった。
 それでもほとんど痕が残らないというのだから、魔力というか、ポーションというか、異世界産の治療薬の効能は少しぶっ壊れている気もする。
 次いでキィ、クリス、リャンの順で怪我がひどく、彼らの応急処置を終えた時には、夜も遅くなっていた。
 セーフティーハウスで、久しぶりに建物の中での就寝。

「…………チッ」

 それぞれに個室が割り当てられていて、久しぶりのプライベート。
 しっかりとしたベッド、ふかふかの布団。
 清潔な寝具が、彼らを待っていた。
 しかし、アラタは寝られなかった。
 当然と言えば当然だが、事態はかなり深刻だった。
 目を閉じれば、あの時の光景が甦る。
 なぜこんなにも克明なのか、鮮明なのか、不必要なほど、情報量の多い、はっきりとした記憶。
 それだけ強烈な出来事だったから、無理もない話だが、精神的に良くないと誰だって思う。
 ベッドから起き上がり、床に座る。
 荷物の中から毛布を取り出し、それと共に部屋の隅で丸くなる。
 それでも眠れず、しかし疲労はピークという矛盾状態。
 やがて、アラタは気を失うように眠りについた。

「ふ…………はぁ。……ふぅ」

 夜になっても眠れないのは一人ではない。
 建物の外側で、クリスは武器に手をかけていた。
 時たまそれを抜いて、剣脊に映る自分の顔を見て、それを自分に向けてみる。
 そして、やがて剣を下ろし、また鞘に納める。
 それの繰り返し、何度も、何度も、何度も。
 疲れたら縁側に座り、また刀身を見つめる。
 そんなことをして時間を潰し、50回以上同じことを繰り返したのち、夜が明けた。

「早いな」

「まあな」

「朝飯食ったら今後の方針について話す。飯作るの手伝ってくれ」

「あぁ」

 目の下にできたクマを見て、お互いにお互いが寝れなかったことを察した。
 それでも、相手を心配する言葉が出ることは無かった。
 そんなこと、聞くまでもなく、無事ではないから。
 自分も聞かれたくないことを、2人は聞こうとはしなかった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「八咫烏第1小隊は、これからアトラに帰還後、レイフォード邸を強襲する。そして、相談役5名の殺害及び、加担したレイフォード家の人間を抹殺する」

 朝食を取り終わったアラタは、自分の荷物をまとめ終わっていた。
 リビングに集合した一同は、玄関に置かれた彼の荷物を見て、全てを把握した。
 そして、それは隊長の言葉として、明確に宣言される。
 エリザベスをあんな目に遭わせた相談役たちを、地獄に叩き落してやると。

「任務の意義は?」

 リャンは冷静に話を進めようとする。

「人間が魔物化する技術は根絶やしにすべきだし、その事実を知る人間も必要ない」

「それなら殺さずに捕縛すべきです。相談役たちだけでこの計画が進んでいるはずがありません」

「じゃあ拷問してから殺す。吐いた情報を基に関係者を洗いざらい全て殺す。これでいいな」

「それじゃあテロリストですよ」

「今までは違ったとでも?」

 抑揚の無い声が矢継ぎ早にリャンを攻撃する。
 まるで彼がそう言った反論を繰り出すことを想定していたように。
 カナン公国に工作員として潜入し、レイフォード家派閥に力を貸す形で不安定化工作に従事、アラタに負かされてからは寝返ってクレスト家派閥に付いた。
 そしてその中でもう一度裏切り、これをアラタに封殺される。
 そんな彼の行動履歴が、彼の口を塞いだ。
 どの口で自分がテロリストではないとほざくのか。
 そう詰問されているも同義だった。

「反論は無いようだな」

「僕、この任務はやりたくない」

「……キィは不参加か?」

「うん。リャンも。もう少し休んでから帰る」

 そっとリャンの手を握ったキィは、何をしでかすか分からない雰囲気を纏っているアラタに対して、真っ向からものを言った。
 あなたの行動には付き合えないと、ついていけないと、そう言い放った。

「そうか。分かった」

「でも、2人じゃ人数が足りないと思う。だから、クリスも、アラタも、もうやめようよ」

 先ほどから口を噤みっぱなしのクリスは、何かを言おうとしてやめた。
 彼女が何かを言う前に、アラタが制止したから。

「クリスは知らねえけど」

 アラタは玄関の方へと歩みを進めた。
 立てかけていた刀を差して、ブーツをはく。
 靴ひもを結び終えると、立ち上がった。

「俺の戦いはまだ終わっちゃいない。まだ任務は継続されているし、取り消されてもいない」

「その通りだ」

 クリスも続いた。
 2対2、多数決なら決着はつかず、権限を重視するなら隊長と副長が賛成した時点で決定事項となる。
 アラタに続いてこの場を発とうとするクリスは、キィの頭をポンポンと叩いた。

「今のあいつにきちんと自分の意見を言えるとは、お前は良い男になる。リャンの傍に居てやれ」

「うん。クリスも、アラタの傍に居てあげてね」

「任せろ」

 そうして、八咫烏第1小隊は解散した。
 アラタら2人はこれからどこかで馬を入手して、それから公国の首都アトラを目指す。
 エリザベス死亡の一報が届く前に、奴らを八つ裂きにするために。

※※※※※※※※※※※※※※※

「ハァ、この、フゥ、魔道具、ヒィ、は、ハァ、改良が、ゼェ、必要、ゴホッゴホッ、じゃな」

 アラン・ドレイクの手には、彼が身柄を預かっている貴族の長男、メイソン・マリルボーンの作ったレーダーがあった。
 メイソンは伯爵家の長男であって、嫡男ではない点がポイントだが、それは今関係ない。
 彼の才能は、伯爵家を切り盛りするよりも魔道具を作り出す方向に強かっただけの話だ。
 馬上でそれを確認しつつ、ドレイクは馬を走らせ続ける。
 たまに遭遇する魔物たちも、彼の発する強力な存在感に恐れをなして、積極的に絡んでこようとしない。
 一切邪魔するものが無い道中、彼は老いた己の肉体を恨めしく思っていた。
 昔ならこの程度、走った方が速かったというのに、馬に頼らなければならない不甲斐なさ。
 息が上がり、疲れるから、休みながらでなくては満足に捜索活動にも参加できない体力の低下は、一度実感すると結構長期間へこむ。
 最近は唯一の自慢である魔力も少しずつ減ってきて、とこれ以上は考えないようにして彼は周囲に気を配る。
 もう少しで特配課が整備した安全圏に到着するはずで、そこで水でも、そう考えていた。
 ちょうど大きな魔力の反応があり、人間がここにいることは分かっている。
 味方ならよし、敵なら瞬殺して、さっさと休憩したいと、ドレイクは馬の足を急がせた。

「キィ」

「うん。警戒した方がいいね」

 家の警戒装置に反応があり、2人は武器を片手に外へ出た。
 ワンチャン2人が考えを改めて帰ってきた可能性も無くは無いが、それよりも魔物の襲撃や無関係の人間の方が自然だった。
 無関係の人間がこんな辺境に来ることはまずないので、そこは訂正、とリャンは剣に手をかける。
 人なら、間違いなくこの場を知ってここに向かっているのだから、それなりの情報を持つ手練れのはず。
 回復しきっておらず、アラタとクリスを欠いた2人には荷が重いかもしれない。
 しかし、そういったことも織り込み済みで2人は彼らと袂を別ったのだ。
 馬のいななきが、聞こえた。

「ドレイク殿!?」

「おぬしらか! 敵はおらんな?」

「はい。けど……馬を引きます」

「頼む。あと水を一杯くれんかの」

「キィ」

「はーい」

 この家には厩の類が無かったので、リャンは建物の適当な柱に馬をつないでおく。
 随分と走ったのか、この馬も疲労感に満ちていた。

「いま水と野菜を持ってきますから」

 そして、ドレイクは家の中へと上がり、キィの用意した水でのどを潤した。
 しばらく走りっぱなしは、老体には辛いものがある。
 空になったコップにキィがもう一度水を注いだところで、リャンも戻ってきて彼の口からドレイクに全てが伝えられた。

「……そうか。間に合わんかったか」

 ドレイクはそれしか言わず、もう一杯の水を飲み干した後、しばらく天井を見上げていた。
 背もたれに掛かった負荷が軋んだ音を響かせて、無言の時間が流れる。

「アラタたちが出てから、どれくらい経過した?」

「2,3時間程度かと」

「ふむ」

 彼の命じられた任務は、すでに達成が不可能になってしまった。
 もう急いだところでどうにもならないのなら、ここから先はゆっくりすればいいと、そう思っている。
 しかし、先発した彼を追うように、追加の捜索隊が組織されることを彼はそれとなく聞いていた。
 規模や人員構成などが決まる前に彼はアトラを出たから、それにハルツやリーゼ、ノエルが参加していることを知らない。
 だが、彼の頭の中で、考えられていることが一つ。

「お主等はしばしここに残れ。ワシは2,3日休んでからここを発つから、同じ時に出ると良い」

 ドレイクは立ち上がると、コップを洗面台に置いた。
 水道が生きているのは、この家の長所だ。

「アラタたちを追わなくていいのですか?」

「何でじゃ?」

「何でって……レイフォード家が滅びますよ」

「どちらにせよ、あの家はもう終わりじゃ。壊れているものを壊しに行くことを止めはせぬよ。第一、奴にも功績という物が必要じゃからな」

「それはどういう……」

「おっと、これは内密に頼むぞ?」

 権謀術策絡み合う大公選は、まだ終わっていない。
 遠足は帰るまでが遠足。
 大公選は、事後処理までが大公選に含まれる。
 それからドレイクは、4日間の休養ののち、捜索隊に状況終了を知らせる魔道具を起動した。
 以前リーゼが使っていた、ガラス玉のような道具を破壊すると、ペアの玉が壊れるといった使い捨ての物ではなく、魔力を込めて起動することで所定の出力を行う最新の代物だ。
 制作者は当然メイソン、急ぎで15個セット造らされて、彼は満足そうに眠りについた。
 出力を発光、発音、様々な魔道具に連結することで、知らせをキャッチする。
 その為のアダプターを誰が作ったのかって?
 そりゃあ勿論…………
 一つ言えるのは、ドレイクの職場環境は漆黒に近いペンタブラックだということだ。
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