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第3章 大公選編
第215話 不純物の無い世界(烏鷺相克9)
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何もないはずの、何も感じない空間を、ユウの剣が斬り裂いた。
「何で見えてんだよ」
ナイフで軌道を逸らしたアラタのフードの端が切れた。
瞬間的に魔力が噴出し、反応装甲の役割を果たす。
そして、白い仮面が眼前に迫る。
右からの攻撃を、左手のナイフで捌いた。
多少無理のある形になってしまったが、こうして右手を理想的な構えで温存できたことは大きい。
左半身を前に、腰だめで体ごと当たりに行く。
この突きは刺さる。
そう確信した時、【敵感知】が緊急事態を発令した。
今まで感じた事の無いくらい、心の底から、魂から発するそれは、目の前の敵から感じるプレッシャーが原因とみて間違いない。
混じりけの無い、純粋な殺意が、アラタに襲い掛かる。
刹那、ギアが一段上がるのを、アラタは感じた。
それは、まさに悪夢。
一度振り切ったはずの剣は、アラタがユウを串刺しにするよりも速く引き戻され、上段から振り下ろされた。
後ろに飛ん……足りな——
突きをキャンセル、刀を斜め上に構え、ユウの攻撃を受け流そうと試みる。
ギリ間に合った対処、しかし悪夢は続く。
マジ——
アラタが構えを変更してから、それを見越していたかのように、敵の攻撃は胴を狙ったものに切り替わる。
がら空きの右脇腹に向かって、鋼の塊は吸い込まれるように、流れるように、レールに乗ったように降りぬかれる。
これを食らえば、黒装束があったとしても、真っ二つ。
そうすれば、全てが終わる。
負けの二文字が、アラタの頭の隅を掠めた。
まだだ!
ほぼ溜めの無い跳躍で、アラタはほんの少し宙に浮く。
体をひねりつつ、空中で彼の体は地面と水平方向に向いた。
鋒を斜め下に向けていた受けの形から、真下に向けなおす。
それはアラタの体の向きにぴったりと合わせられ、彼の体同様地面と平行になる。
その少し下を、ユウの剣が通過する。
真横より少しだけ斬り上げ気味に通過した剣に、アラタの刀がぶつかる。
確固たる意志を持った、絶対にここを通ると譲らない彼の剣と、させるものかと防ぐアラタの刀。
金属同士がすり合わされる音が、戦場に響く。
刀身を通過し終えて、折りたたまれたアラタの足を薙ぐ事が叶わぬまま、攻撃は一応の終わりを見せた。
「雷撃!」
ぬかるんだ地面は水分を多く含み、今なら魔力伝達性は高い。
そして、両手両足で着地したアラタは、ナイフごと手を突き攻撃を仕掛けようとする。
「ゔっ!」
しかし、それより早くユウのサッカーボールキックが彼を襲う。
左肩口を蹴り上げられて、ミシミシと嫌な音が体内を駆け巡る。
ボールよろしく吹き飛んだアラタは、着地地点が平坦で何もない場所であることを確認して受け身を取ろうとして……やめた。
視界の端で、ユウがこちらに向かって走ってきていることが見えたから。
向こうはこれでけりをつけるつもりだと、アラタにはそう見えたから。
着地は体全体ではなく、2本の足で、そうして転ばぬように体中の力を総動員する。
ドンッ。
敵の不自然な、強い踏み込み。
まだアラタまで距離があるというのに、走っている最中だというのに、なぜか一歩だけおかしな歩みがあった。
そして、先ほどに比べ微弱だが、【敵感知】に反応あり。
それは真っ直ぐピンと張られた糸のようで、2人を点と点として繋いでいる。
その正体は一体何なのか、戦闘中に、そんなこと考えるまでもない。
魔力だ、魔術だ、結界術だ。
反射的に、アラタの右手に握られた刀が着地地点に突き立てられる。
ぬかるんでいるにしても、明らかに柔すぎる大地は、ユウが魔術で意図的に仕掛けた罠だろう。
一つのミスが命に直結するこの戦いで、足を取られることは致命傷になりうる。
そして、その目論見を看破し、刀で魔力を流し込み、土壁の応用で足場を固めた。
分かりにくい仕掛けに対し、これ以上ないくらいの完璧な対応。
先に刀を刺し、固まった地面に降り立った足。
着地に時間差を持たせる必要があったため、膝を曲げ、スクワットのような体勢で着地。
顔を上げると、ほぼゼロ距離まで迫っている白髪の成人男性。
左手に、逆手に握られたナイフが、彼の最後の武器。
泥沼に突き立てて、魔術で固めてしまった刀はすぐには使えそうにない。
一筋の光が煌めき、攻防の勝敗が決した。
「つっ!」
………………アラタの負けである。
彼のそばには、叩き折られたナイフの欠片が転がっていて、渾身の一撃が打ち破られたことを表していた。
「これで終わりでいいか?」
刃こぼれだらけの剣を向けて、ユウは問う。
これで終わりなら、あとはエリザベスを処分するだけだと。
いつの間にか日は随分と高く昇り、新緑が風に揺られてさわやかな香りを届けている。
しかし、アラタの鼻に届くのは、土の臭いと、むせ返るような血の臭い。
…………終われねえよなぁ。
「立ち上がるか」
そう言いながら、地面に刺さったままの刀を引き抜き、ポイっとアラタの方に投げた。
無造作な放物線は、アラタの前で着弾してその円弧を終える。
「何で刀を返した」
「お前を、見極める為だ」
「意味がわかんね」
罠の類は無いと判断した彼の手に、刀が拾い上げられた。
泥を払えば、いつもと変わらない、綺麗な武器がそこにある。
ユウのそれとは違って、この刀は刃こぼれしない。
その1点だけでも、今までいったいどれほどアラタを助けてきたことか。
「戦いは良い」
突然何かを語り始めた敵に、アラタは困惑の色を隠せない。
仮面の奥でよく分からないものを目にした時の顔をして、話を聞くべきか否かと迷う。
最終的に、話したいように話させればいいと考えて、油断せず左手をポーチに伸ばした。
「戦いに、不純物は存在することを許されない。熱して、叩いて、熱して、叩いて、それは鋼のように、一合撃ち合う度に、不純物は蚊帳の外に弾き出される。不純物の無い世界は、心地よい」
仮面を外し、ケープも脱ぐ。
防御力の面で心配になるが、黒装束の隠密性を敵が上回るのなら、これはもう要らないという彼なりの戦術判断だ。
そうしている間も特に何も仕掛けてこないユウは、アラタが体力を回復するのを黙認しているように見える。
そして、彼の持論の展開は止まらない。
「お前さんは、あの女に命を懸けるほどの価値が無いことを理解すべきだ」
「……どういう意味?」
「血に、謀略に、権力に溺れた女。奴がブクブクと肥え太るために、払った代償を知っているか? ……身体だよ、自身の肉体だ。有力貴族や商人と肉体関係を築き、それを交渉材料にして奴はあそこまで成り上がった。それを知っていて、お前はあの売女を愛することが出来るのか?」
アラタは、ポーチから一粒の魔石を取り出した。
以前、クリスが使用した、最上級の魔力結晶、竜玉。
その欠片は彼女が吐き出し、今こうして彼の手の中にある。
カリ、と音を立ててそれは口内でかみ砕かれた。
飴玉のように、金平糖のように。
得られる魔力は大した量ではなく、アラタの体を満たすほどではない。
それでも、先に摂取したポーションも相まって、随分と体力が回復した。
彼が体内に取り込んだ栄養素の中には、当然糖分も含まれていて、彼の頭の回転を助ける。
「お前、発言が童貞くせぇ」
「……何だと?」
「目的を成し遂げるために、ありとあらゆる方法を使うのは当たり前だ。他の人間と体の関係を持っていたとしても、俺はあの子のことが好きだ。それに、童貞と処女じゃあるまいし、拘り過ぎなんだよ。合意の元であればそれ以上は必要なし、常識だ」
「相容れないな」
「大体、何が不純物の無い世界だ。美化すんじゃねえよ。人殺しの武器を持って、命の奪い合いをする、不純物だらけじゃねえか。要するに、どっちが人殺しとして優秀なのか、強えのか、それだけだろ」
あぁー、ショックだわー。
もしかしてとは思ってたけど、やっぱりそうだったのかぁー。
はぁ、エリーが開発されてたりしたらどうしよう。
うわー、余計なこと考えちまう、落ち着け、俺。
…………こいつを殺して、真実を確かめよう。
八相に構え、休憩時間の終わりを告げる。
ユウは正眼に構え、これを迎え撃つつもりみたいだ。
互いに考え方が相容れない者同士、これ以上の言葉のやり取りは不毛でしかない。
アラタが言ったように、結局どちらが強いのか、話はそれに尽きる。
どんなに正当性があろうと、想いが強かろうと、実力が伴わなければそれは意味がない。
強さこそが、人を正当化する最強の武器だから。
「お前には、絶望の底を味わってもらう」
「例えが分かりにくい。俺はお前を殺す」
まず、ユウが動いた。
地面が陥没するほどの強力な踏み込みは、前方向のベクトルに変換されて彼の体を押し進める。
対するアラタは、石弾を2発、射出した。
先手を取られたことに対して、少しでも状態を拮抗させたいのだろう。
的確な狙いで、顔面と胸部中心に向かう弾を、敵は剣脊を使って弾いた。
この時点で、突進開始時点の構えは解消されている。
アラタのやりたいことは出来た。
となれば、今度はアラタが動き出す。
両者ともにぐんぐん距離を詰めて、交刃の間合いから、触刃の間合いへ。
本来刃物同士の戦闘において、敵の攻撃を刀剣類で受ける行為は推奨されていない。
躱して斬る、打たせず斬る、そうして刃の消耗を抑え、敵の攻撃を受けるリスクを減らす。
だが、片方の持つ武器は劣化しない。
従って、刃こぼれもしない。
だから、彼にとって剣術の基礎の基礎は、あまり意味をなしていない。
彼が攻撃を躱すのは、単に敵の攻撃を受けることを避けるためや、自分がこれからするようなことに利用されるのを防ぐためである。
「ふんんんんんっ、ふっ!」
刀剣が打ち合わさって、膠着したかに思えた瞬間、アラタは硬の力を抜き、そこから指先までの力も同様に抜いた。
するりと抜けるように、相手の手を撫でるように、アラタの眼はユウの指へ向かう。
剣術の世界では、相手の指を狙った技が今も存在しているが、アラタの行おうとしたことは、まさしくそれと同じ目的を有していた。
敵の指を斬り落とす。
その隙に自分がバッサリいかれないか考慮すべきものではある。
しかし、成功すれば相手は武器を握ることすら覚束ない。
総じて、実戦的で、効果的な狙いだ。
刃先に、柔らかいものが当たる感触。
そして、その中に感じる抵抗感。
ハサミでゴム紐を断ち切るような、そんな感じだ。
泥の中に、市販のウインナーのようなパーツが、2,3本、落ちた。
「何で見えてんだよ」
ナイフで軌道を逸らしたアラタのフードの端が切れた。
瞬間的に魔力が噴出し、反応装甲の役割を果たす。
そして、白い仮面が眼前に迫る。
右からの攻撃を、左手のナイフで捌いた。
多少無理のある形になってしまったが、こうして右手を理想的な構えで温存できたことは大きい。
左半身を前に、腰だめで体ごと当たりに行く。
この突きは刺さる。
そう確信した時、【敵感知】が緊急事態を発令した。
今まで感じた事の無いくらい、心の底から、魂から発するそれは、目の前の敵から感じるプレッシャーが原因とみて間違いない。
混じりけの無い、純粋な殺意が、アラタに襲い掛かる。
刹那、ギアが一段上がるのを、アラタは感じた。
それは、まさに悪夢。
一度振り切ったはずの剣は、アラタがユウを串刺しにするよりも速く引き戻され、上段から振り下ろされた。
後ろに飛ん……足りな——
突きをキャンセル、刀を斜め上に構え、ユウの攻撃を受け流そうと試みる。
ギリ間に合った対処、しかし悪夢は続く。
マジ——
アラタが構えを変更してから、それを見越していたかのように、敵の攻撃は胴を狙ったものに切り替わる。
がら空きの右脇腹に向かって、鋼の塊は吸い込まれるように、流れるように、レールに乗ったように降りぬかれる。
これを食らえば、黒装束があったとしても、真っ二つ。
そうすれば、全てが終わる。
負けの二文字が、アラタの頭の隅を掠めた。
まだだ!
ほぼ溜めの無い跳躍で、アラタはほんの少し宙に浮く。
体をひねりつつ、空中で彼の体は地面と水平方向に向いた。
鋒を斜め下に向けていた受けの形から、真下に向けなおす。
それはアラタの体の向きにぴったりと合わせられ、彼の体同様地面と平行になる。
その少し下を、ユウの剣が通過する。
真横より少しだけ斬り上げ気味に通過した剣に、アラタの刀がぶつかる。
確固たる意志を持った、絶対にここを通ると譲らない彼の剣と、させるものかと防ぐアラタの刀。
金属同士がすり合わされる音が、戦場に響く。
刀身を通過し終えて、折りたたまれたアラタの足を薙ぐ事が叶わぬまま、攻撃は一応の終わりを見せた。
「雷撃!」
ぬかるんだ地面は水分を多く含み、今なら魔力伝達性は高い。
そして、両手両足で着地したアラタは、ナイフごと手を突き攻撃を仕掛けようとする。
「ゔっ!」
しかし、それより早くユウのサッカーボールキックが彼を襲う。
左肩口を蹴り上げられて、ミシミシと嫌な音が体内を駆け巡る。
ボールよろしく吹き飛んだアラタは、着地地点が平坦で何もない場所であることを確認して受け身を取ろうとして……やめた。
視界の端で、ユウがこちらに向かって走ってきていることが見えたから。
向こうはこれでけりをつけるつもりだと、アラタにはそう見えたから。
着地は体全体ではなく、2本の足で、そうして転ばぬように体中の力を総動員する。
ドンッ。
敵の不自然な、強い踏み込み。
まだアラタまで距離があるというのに、走っている最中だというのに、なぜか一歩だけおかしな歩みがあった。
そして、先ほどに比べ微弱だが、【敵感知】に反応あり。
それは真っ直ぐピンと張られた糸のようで、2人を点と点として繋いでいる。
その正体は一体何なのか、戦闘中に、そんなこと考えるまでもない。
魔力だ、魔術だ、結界術だ。
反射的に、アラタの右手に握られた刀が着地地点に突き立てられる。
ぬかるんでいるにしても、明らかに柔すぎる大地は、ユウが魔術で意図的に仕掛けた罠だろう。
一つのミスが命に直結するこの戦いで、足を取られることは致命傷になりうる。
そして、その目論見を看破し、刀で魔力を流し込み、土壁の応用で足場を固めた。
分かりにくい仕掛けに対し、これ以上ないくらいの完璧な対応。
先に刀を刺し、固まった地面に降り立った足。
着地に時間差を持たせる必要があったため、膝を曲げ、スクワットのような体勢で着地。
顔を上げると、ほぼゼロ距離まで迫っている白髪の成人男性。
左手に、逆手に握られたナイフが、彼の最後の武器。
泥沼に突き立てて、魔術で固めてしまった刀はすぐには使えそうにない。
一筋の光が煌めき、攻防の勝敗が決した。
「つっ!」
………………アラタの負けである。
彼のそばには、叩き折られたナイフの欠片が転がっていて、渾身の一撃が打ち破られたことを表していた。
「これで終わりでいいか?」
刃こぼれだらけの剣を向けて、ユウは問う。
これで終わりなら、あとはエリザベスを処分するだけだと。
いつの間にか日は随分と高く昇り、新緑が風に揺られてさわやかな香りを届けている。
しかし、アラタの鼻に届くのは、土の臭いと、むせ返るような血の臭い。
…………終われねえよなぁ。
「立ち上がるか」
そう言いながら、地面に刺さったままの刀を引き抜き、ポイっとアラタの方に投げた。
無造作な放物線は、アラタの前で着弾してその円弧を終える。
「何で刀を返した」
「お前を、見極める為だ」
「意味がわかんね」
罠の類は無いと判断した彼の手に、刀が拾い上げられた。
泥を払えば、いつもと変わらない、綺麗な武器がそこにある。
ユウのそれとは違って、この刀は刃こぼれしない。
その1点だけでも、今までいったいどれほどアラタを助けてきたことか。
「戦いは良い」
突然何かを語り始めた敵に、アラタは困惑の色を隠せない。
仮面の奥でよく分からないものを目にした時の顔をして、話を聞くべきか否かと迷う。
最終的に、話したいように話させればいいと考えて、油断せず左手をポーチに伸ばした。
「戦いに、不純物は存在することを許されない。熱して、叩いて、熱して、叩いて、それは鋼のように、一合撃ち合う度に、不純物は蚊帳の外に弾き出される。不純物の無い世界は、心地よい」
仮面を外し、ケープも脱ぐ。
防御力の面で心配になるが、黒装束の隠密性を敵が上回るのなら、これはもう要らないという彼なりの戦術判断だ。
そうしている間も特に何も仕掛けてこないユウは、アラタが体力を回復するのを黙認しているように見える。
そして、彼の持論の展開は止まらない。
「お前さんは、あの女に命を懸けるほどの価値が無いことを理解すべきだ」
「……どういう意味?」
「血に、謀略に、権力に溺れた女。奴がブクブクと肥え太るために、払った代償を知っているか? ……身体だよ、自身の肉体だ。有力貴族や商人と肉体関係を築き、それを交渉材料にして奴はあそこまで成り上がった。それを知っていて、お前はあの売女を愛することが出来るのか?」
アラタは、ポーチから一粒の魔石を取り出した。
以前、クリスが使用した、最上級の魔力結晶、竜玉。
その欠片は彼女が吐き出し、今こうして彼の手の中にある。
カリ、と音を立ててそれは口内でかみ砕かれた。
飴玉のように、金平糖のように。
得られる魔力は大した量ではなく、アラタの体を満たすほどではない。
それでも、先に摂取したポーションも相まって、随分と体力が回復した。
彼が体内に取り込んだ栄養素の中には、当然糖分も含まれていて、彼の頭の回転を助ける。
「お前、発言が童貞くせぇ」
「……何だと?」
「目的を成し遂げるために、ありとあらゆる方法を使うのは当たり前だ。他の人間と体の関係を持っていたとしても、俺はあの子のことが好きだ。それに、童貞と処女じゃあるまいし、拘り過ぎなんだよ。合意の元であればそれ以上は必要なし、常識だ」
「相容れないな」
「大体、何が不純物の無い世界だ。美化すんじゃねえよ。人殺しの武器を持って、命の奪い合いをする、不純物だらけじゃねえか。要するに、どっちが人殺しとして優秀なのか、強えのか、それだけだろ」
あぁー、ショックだわー。
もしかしてとは思ってたけど、やっぱりそうだったのかぁー。
はぁ、エリーが開発されてたりしたらどうしよう。
うわー、余計なこと考えちまう、落ち着け、俺。
…………こいつを殺して、真実を確かめよう。
八相に構え、休憩時間の終わりを告げる。
ユウは正眼に構え、これを迎え撃つつもりみたいだ。
互いに考え方が相容れない者同士、これ以上の言葉のやり取りは不毛でしかない。
アラタが言ったように、結局どちらが強いのか、話はそれに尽きる。
どんなに正当性があろうと、想いが強かろうと、実力が伴わなければそれは意味がない。
強さこそが、人を正当化する最強の武器だから。
「お前には、絶望の底を味わってもらう」
「例えが分かりにくい。俺はお前を殺す」
まず、ユウが動いた。
地面が陥没するほどの強力な踏み込みは、前方向のベクトルに変換されて彼の体を押し進める。
対するアラタは、石弾を2発、射出した。
先手を取られたことに対して、少しでも状態を拮抗させたいのだろう。
的確な狙いで、顔面と胸部中心に向かう弾を、敵は剣脊を使って弾いた。
この時点で、突進開始時点の構えは解消されている。
アラタのやりたいことは出来た。
となれば、今度はアラタが動き出す。
両者ともにぐんぐん距離を詰めて、交刃の間合いから、触刃の間合いへ。
本来刃物同士の戦闘において、敵の攻撃を刀剣類で受ける行為は推奨されていない。
躱して斬る、打たせず斬る、そうして刃の消耗を抑え、敵の攻撃を受けるリスクを減らす。
だが、片方の持つ武器は劣化しない。
従って、刃こぼれもしない。
だから、彼にとって剣術の基礎の基礎は、あまり意味をなしていない。
彼が攻撃を躱すのは、単に敵の攻撃を受けることを避けるためや、自分がこれからするようなことに利用されるのを防ぐためである。
「ふんんんんんっ、ふっ!」
刀剣が打ち合わさって、膠着したかに思えた瞬間、アラタは硬の力を抜き、そこから指先までの力も同様に抜いた。
するりと抜けるように、相手の手を撫でるように、アラタの眼はユウの指へ向かう。
剣術の世界では、相手の指を狙った技が今も存在しているが、アラタの行おうとしたことは、まさしくそれと同じ目的を有していた。
敵の指を斬り落とす。
その隙に自分がバッサリいかれないか考慮すべきものではある。
しかし、成功すれば相手は武器を握ることすら覚束ない。
総じて、実戦的で、効果的な狙いだ。
刃先に、柔らかいものが当たる感触。
そして、その中に感じる抵抗感。
ハサミでゴム紐を断ち切るような、そんな感じだ。
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