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第3章 大公選編
第214話 今から本気出します【大嘘】(烏鷺相克8)
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キィとユウとでは、根本的な魔力の量に絶対的な違いがある。
前者がまだ子供で、成長過程にあるというのもポイントの一つである。
しかし、主要因ではない。
本当の理由は、人間離れしたユウの魔力量だ。
魔力の総量は、基本的に体が大きく、フィジカルが強い方が多くなる。
これは魔術界隈の常識で、だからこそ魔術師は体を鍛える。
魔力を生産し、保持する器である肉体が弱くてもいい道理が存在しないのは、至極当然のことだった。
しかし、そのレールから外れかけている存在が、この場に2人。
アラタ・チバとユウ。
彼らの身体強度が超一流であることは言わずもがなといった感じだが、それだけではこの魔力量に説明がつかない。
ドレイクをして、アラタの魔力量が爆発的に成長していることは時たま触れられてきた。
一種の病気であり、寿命が縮まるかもしれないと、そう宣告もされた。
そんな彼と、ユウの魔力量は同等、もしくはユウの方が多いかもしれない。
「フゥゥゥウウウ」
「ハァァァアアア」
双方、息を吐き切り、また息を吸う。
鍔迫り合いの最中、彼らの意識は自分たちの足元に向けられている。
嫌な地響きと共に、流し込まれた魔力が胎動する。
敵のエネルギーを押しのけ、自分の力を広く展開し、任意の場所に魔術を起動させるため、相手の思うように魔術を起動させないため、彼らは大地を奪い合う。
太陽の光が彼らを照らし、地表面はゆっくりと温められていく。
その熱は2人の体にも直接伝播して、一筋の汗となって流れ落ちた。
そして、また一筋、水滴が地面に吸い取られる。
あれだけの雨を受け入れて、人間の足でかき混ぜられて、ここは溶かしたチョコレートのようなグラウンドコンディションになってきている。
「フゥゥゥウウウ」
アラタの発汗が止まらない。
体温の上昇もさることながら、魔力の消費が激しいのだ。
体内で多く魔力を練り上げ、それをほぼすべて地中に放出している。
既に大層な量のそれを流し込み、それでも拮抗状態を維持するので精一杯。
対してユウはというと、こちらも多少の疲労は見えるものの、アラタほどではない。
両者にあるのは、魔力量の違い。
だが、それだけでもない。
自分を中心に、同心円状に魔力を広げて陣地を獲得しようとするアラタに対して、ユウの操作は極めて合理的で、精細で、美しい。
バケツに入れた水をそのまま地面に撒いているのがアラタのやり方とするなら、ユウはホースを使って水撒きをしている。
必要な箇所に、必要な強度で、必要なだけ、こうする方が魔力の消費は少なく済む。
まあ、その分コントロールに使う力を多く使ってしまうわけで、単純にこちらの方が優れているとも言い難い。
「ハァ……ハァ……チッ」
「どうした? もう体力切れか?」
疲れて息が切れてきた正面の相手に、嘲るようにユウは話しかける。
イライラしてくれたら儲けもの、と言ったところ。
「………………うっせえ」
冷静になれ。
落ち着け。
まだ余裕はある。
それは向こうも分かってるんだ。
こいつと俺の差は、魔力の使い方。
熱投するのが俺で、省エネピッチングがこいつ。
頑張っても、頑張らなくても、結果は変わらない。
なら、頑張って結果が変わるときに、全力は取っておく。
「フゥゥゥウウウ……フゥ」
アラタの様子が、変わった。
それまで、全身全霊、命燃やし尽くすように力を放っていた彼は、今、確かに周りの情報を把握しようと努めている。
相手の広げている魔力は?
自分の放出した魔力はどうなった?
流れやすいところと流れにくいところ、どうなってる?
剣を使った斬り返しは本当に無いのか?
俺は相手にどう思われている?
俺は相手にどう見られている?
そうして収集した情報は、彼の脳内で整理されて、使い方を模索する。
真後ろに回す魔力は少なくて問題ない。
前面に魔力の壁を広げて、そこから木の根っこみたいに魔力を広げてみる。
そうすると、敵の魔力とかち合って、やがて一緒になって消えちまう。
あ、どっかで横を突かれた。
こうやって経路を遮断するのもありなのか。
勉強になる。
「…………お前、なぜ笑っている」
「へ?」
仮面の下の表情を読まれたのも驚きだが、指摘された内容に誤りが無かったことが、彼を驚かせた。
自分は、確かに意識せず笑っていたと、そう認めたとき、なぜ自分がこんなことをしているのか、なぜ笑みを浮かべていたのか、理解に苦しんだ。
この真面目な時に、大勢の命が、エリザベスの命がかかっているこの時に、失敗は許されないこの時に、なんで自分はふざけていたのか。
彼には、それが分からなかった。
そして、ふとした時、別のことに気を取られた。
相手の魔力の流れに、通れそうな道があることに気が付いた。
慎重に、悟られないように、一度しかないチャンスをものにするために、アラタは自身を制御する。
もちろん仮面の奥に笑顔を絶やさずに。
土棘、石弾。
ドロドロの地面から、何かが不自然に隆起した瞬間、ユウは鍔迫り合いを解いて回避に徹した。
彼が無視できないほど、この攻撃に注がれている魔力量は大きく、高い攻撃力を、殺傷力を持っていたから。
鍔迫り合いを解消するためには、相手を一度押し戻し、それから身を引く必要がある。
しかし、アラタのことを吹き飛ばしている時間も余裕もない。
なら、従来より速く体を引くしかない。
泥を跳ね上げながら後ろに体を引いたユウは、剣にかかっていたテンションが消えたことをその手に感じる。
そして、目の前に出現した石の礫と土の棘。
鋭い分、細く、脆い。
けれども数が多く、捌くのは手間だ。
到達まで0.4秒、ここから発動可能で防御力のある魔術は無い。
体を全力で強化し、纏う魔力で迎え撃つ算段。
その目論見は、成功した。
左足の脛は少し防御が甘かったのか、石弾でダメージを受けてしまう。
そして土棘で、右腕にかすり傷。
どちらも戦闘不能になるような大けがではなく、寝れば治る程度。
けれども、この場でそれはいただけない。
バック走と、前向き走、どちらが速いか。
答えは幼稚園生でもわかる、後者だ。
であれば、後ろ向きに飛びのいたユウと、前に進むアラタ、どちらに分があるかは自明。
「オォオ!!!」
今度こそ全身全霊で、横一文字斬りを放つ。
その動きは、奇しくも右打者のスイングフォームと酷似していて、異なるのは手首を返すか否かくらい。
数えきれないくらい多くの素振り、打撃練習は、ここで花を咲かせる。
重厚な金属音は、敵の防御が間に合ってしまったことと同義だが、それと同時にアラタの手に逆流してきた感触の中には、確かに肉を断つ感触も混じっていた。
初めはこれが嫌で嫌で堪らなくて、魔物の解体すら2人に任せていた時もあった。
しかし、今はそんなこと何とも思わない。
感覚が麻痺してしまったことは確かだ、それは喜ばしいことではない。
しかし、四の五の言っていては本当に大事なものを守れないことも、真理である。
彼は、この感触を受け入れた。
ついさっきアラタがそうされたように、今度はユウの体が土の上を跳ね、転がる。
泥だらけになりながら、受け身を取って立ち上がる。
アラタに受けた数か所の傷は、泥にまみれて非常に不衛生な状態となっている。
早急に手当てをしなければ、最悪命に係わる。
日本生まれのアラタと違い、ユウは破傷風ワクチンを接種していない可能性が濃厚だ。
ともなれば、些細なことで致命傷を受けることもやぶさかではない。
「言ったろ、今度こそ勝つって」
「たかが一撃程度で調子に乗るな」
アラタも一度下がり、泥だらけの顔を拭う。
この距離感は安全圏だと、彼は理解していた。
今度はこっちの番だと、アラタはまくしたてる。
「俺、まだ本気出してねえから」
突然、こんなことを言い始めた。
小学生の喧嘩かと思いたくなるような、幼稚さを隠しきれない。
「だったら?」
「これから本気出してやるよ」
土を払い終えた顔に、再び仮面を着ける。
身元がばれる心配というより、魔道具としての性能を欲しての行為だ。
強がりであると、誰もが思うだろう。
しかし、虚勢を張るのは彼1人ではない。
「奇遇だな。私も今から全力で戦おうと思っていたところだ」
「パクんな。お前、結構ギリギリだろ」
「お前こそ、膝が震えているように見受けられるが?」
「言ってろ!」
土が跳ねた。
そして、アラタは【身体強化】を解く。
スキルと魔術、両方を。
黒装束に流す魔力も当然のように全てカット。
今この状態でまともに攻撃を受ければ、先ほどのような打撃を受ければ体がはじけ飛ぶ。
彼とて底抜けの考えなしではない。
そんなこと織り込み済み、百も承知でユウまで10mの距離に迫った。
今、アラタは完全無防備、真っ裸。
そんな時だからこそ、使えるものがある。
「なっ!?」
スキル【気配遮断】。
自己の存在を薄め、意識の外側へと脱出するスキル。
効果は状況次第で変わり、魔力を練り上げて存在感マシマシの時は当然効果が弱まる。
逆に、今みたいな使い方をすれば、最大出力を得ることだって。
そして、魔力を流すことに関して例外が一つ。
黒装束である。
精密魔道具は、回路に必要な魔力が満ちて循環している際、使用者の存在感を希薄にすることが出来る。
不思議なことに、【気配遮断】と同様の効果だった。
しかもそれらは互いに干渉することなく使用できるというのだから、便利にもほどがある。
何はともあれ、今までの中で一番虚を突いた。
剣を真正面に構え、瞠目するユウ。
彼の眼には、いったいどんな光景が映っているのだろう。
以前、アラタが【気配遮断】を持つ敵と戦った際、姿が揺らいだと表現した。
目の前で消えたと、そう言い表した。
視覚的には確かにそこにいるのに、姿を認識できない。
脳の活動的に言えば、第1次視覚野では確かに受容しているはずの情報が、高次視覚野では認識できていない。
目の前にいるのに、いない。
最強の矛盾が、刃となってユウに迫る。
「ッハ!」
刹那の硬直の後、ユウは体を左に90度ほど、回転させる。
そして、何もない空間を斬り裂いた。
前者がまだ子供で、成長過程にあるというのもポイントの一つである。
しかし、主要因ではない。
本当の理由は、人間離れしたユウの魔力量だ。
魔力の総量は、基本的に体が大きく、フィジカルが強い方が多くなる。
これは魔術界隈の常識で、だからこそ魔術師は体を鍛える。
魔力を生産し、保持する器である肉体が弱くてもいい道理が存在しないのは、至極当然のことだった。
しかし、そのレールから外れかけている存在が、この場に2人。
アラタ・チバとユウ。
彼らの身体強度が超一流であることは言わずもがなといった感じだが、それだけではこの魔力量に説明がつかない。
ドレイクをして、アラタの魔力量が爆発的に成長していることは時たま触れられてきた。
一種の病気であり、寿命が縮まるかもしれないと、そう宣告もされた。
そんな彼と、ユウの魔力量は同等、もしくはユウの方が多いかもしれない。
「フゥゥゥウウウ」
「ハァァァアアア」
双方、息を吐き切り、また息を吸う。
鍔迫り合いの最中、彼らの意識は自分たちの足元に向けられている。
嫌な地響きと共に、流し込まれた魔力が胎動する。
敵のエネルギーを押しのけ、自分の力を広く展開し、任意の場所に魔術を起動させるため、相手の思うように魔術を起動させないため、彼らは大地を奪い合う。
太陽の光が彼らを照らし、地表面はゆっくりと温められていく。
その熱は2人の体にも直接伝播して、一筋の汗となって流れ落ちた。
そして、また一筋、水滴が地面に吸い取られる。
あれだけの雨を受け入れて、人間の足でかき混ぜられて、ここは溶かしたチョコレートのようなグラウンドコンディションになってきている。
「フゥゥゥウウウ」
アラタの発汗が止まらない。
体温の上昇もさることながら、魔力の消費が激しいのだ。
体内で多く魔力を練り上げ、それをほぼすべて地中に放出している。
既に大層な量のそれを流し込み、それでも拮抗状態を維持するので精一杯。
対してユウはというと、こちらも多少の疲労は見えるものの、アラタほどではない。
両者にあるのは、魔力量の違い。
だが、それだけでもない。
自分を中心に、同心円状に魔力を広げて陣地を獲得しようとするアラタに対して、ユウの操作は極めて合理的で、精細で、美しい。
バケツに入れた水をそのまま地面に撒いているのがアラタのやり方とするなら、ユウはホースを使って水撒きをしている。
必要な箇所に、必要な強度で、必要なだけ、こうする方が魔力の消費は少なく済む。
まあ、その分コントロールに使う力を多く使ってしまうわけで、単純にこちらの方が優れているとも言い難い。
「ハァ……ハァ……チッ」
「どうした? もう体力切れか?」
疲れて息が切れてきた正面の相手に、嘲るようにユウは話しかける。
イライラしてくれたら儲けもの、と言ったところ。
「………………うっせえ」
冷静になれ。
落ち着け。
まだ余裕はある。
それは向こうも分かってるんだ。
こいつと俺の差は、魔力の使い方。
熱投するのが俺で、省エネピッチングがこいつ。
頑張っても、頑張らなくても、結果は変わらない。
なら、頑張って結果が変わるときに、全力は取っておく。
「フゥゥゥウウウ……フゥ」
アラタの様子が、変わった。
それまで、全身全霊、命燃やし尽くすように力を放っていた彼は、今、確かに周りの情報を把握しようと努めている。
相手の広げている魔力は?
自分の放出した魔力はどうなった?
流れやすいところと流れにくいところ、どうなってる?
剣を使った斬り返しは本当に無いのか?
俺は相手にどう思われている?
俺は相手にどう見られている?
そうして収集した情報は、彼の脳内で整理されて、使い方を模索する。
真後ろに回す魔力は少なくて問題ない。
前面に魔力の壁を広げて、そこから木の根っこみたいに魔力を広げてみる。
そうすると、敵の魔力とかち合って、やがて一緒になって消えちまう。
あ、どっかで横を突かれた。
こうやって経路を遮断するのもありなのか。
勉強になる。
「…………お前、なぜ笑っている」
「へ?」
仮面の下の表情を読まれたのも驚きだが、指摘された内容に誤りが無かったことが、彼を驚かせた。
自分は、確かに意識せず笑っていたと、そう認めたとき、なぜ自分がこんなことをしているのか、なぜ笑みを浮かべていたのか、理解に苦しんだ。
この真面目な時に、大勢の命が、エリザベスの命がかかっているこの時に、失敗は許されないこの時に、なんで自分はふざけていたのか。
彼には、それが分からなかった。
そして、ふとした時、別のことに気を取られた。
相手の魔力の流れに、通れそうな道があることに気が付いた。
慎重に、悟られないように、一度しかないチャンスをものにするために、アラタは自身を制御する。
もちろん仮面の奥に笑顔を絶やさずに。
土棘、石弾。
ドロドロの地面から、何かが不自然に隆起した瞬間、ユウは鍔迫り合いを解いて回避に徹した。
彼が無視できないほど、この攻撃に注がれている魔力量は大きく、高い攻撃力を、殺傷力を持っていたから。
鍔迫り合いを解消するためには、相手を一度押し戻し、それから身を引く必要がある。
しかし、アラタのことを吹き飛ばしている時間も余裕もない。
なら、従来より速く体を引くしかない。
泥を跳ね上げながら後ろに体を引いたユウは、剣にかかっていたテンションが消えたことをその手に感じる。
そして、目の前に出現した石の礫と土の棘。
鋭い分、細く、脆い。
けれども数が多く、捌くのは手間だ。
到達まで0.4秒、ここから発動可能で防御力のある魔術は無い。
体を全力で強化し、纏う魔力で迎え撃つ算段。
その目論見は、成功した。
左足の脛は少し防御が甘かったのか、石弾でダメージを受けてしまう。
そして土棘で、右腕にかすり傷。
どちらも戦闘不能になるような大けがではなく、寝れば治る程度。
けれども、この場でそれはいただけない。
バック走と、前向き走、どちらが速いか。
答えは幼稚園生でもわかる、後者だ。
であれば、後ろ向きに飛びのいたユウと、前に進むアラタ、どちらに分があるかは自明。
「オォオ!!!」
今度こそ全身全霊で、横一文字斬りを放つ。
その動きは、奇しくも右打者のスイングフォームと酷似していて、異なるのは手首を返すか否かくらい。
数えきれないくらい多くの素振り、打撃練習は、ここで花を咲かせる。
重厚な金属音は、敵の防御が間に合ってしまったことと同義だが、それと同時にアラタの手に逆流してきた感触の中には、確かに肉を断つ感触も混じっていた。
初めはこれが嫌で嫌で堪らなくて、魔物の解体すら2人に任せていた時もあった。
しかし、今はそんなこと何とも思わない。
感覚が麻痺してしまったことは確かだ、それは喜ばしいことではない。
しかし、四の五の言っていては本当に大事なものを守れないことも、真理である。
彼は、この感触を受け入れた。
ついさっきアラタがそうされたように、今度はユウの体が土の上を跳ね、転がる。
泥だらけになりながら、受け身を取って立ち上がる。
アラタに受けた数か所の傷は、泥にまみれて非常に不衛生な状態となっている。
早急に手当てをしなければ、最悪命に係わる。
日本生まれのアラタと違い、ユウは破傷風ワクチンを接種していない可能性が濃厚だ。
ともなれば、些細なことで致命傷を受けることもやぶさかではない。
「言ったろ、今度こそ勝つって」
「たかが一撃程度で調子に乗るな」
アラタも一度下がり、泥だらけの顔を拭う。
この距離感は安全圏だと、彼は理解していた。
今度はこっちの番だと、アラタはまくしたてる。
「俺、まだ本気出してねえから」
突然、こんなことを言い始めた。
小学生の喧嘩かと思いたくなるような、幼稚さを隠しきれない。
「だったら?」
「これから本気出してやるよ」
土を払い終えた顔に、再び仮面を着ける。
身元がばれる心配というより、魔道具としての性能を欲しての行為だ。
強がりであると、誰もが思うだろう。
しかし、虚勢を張るのは彼1人ではない。
「奇遇だな。私も今から全力で戦おうと思っていたところだ」
「パクんな。お前、結構ギリギリだろ」
「お前こそ、膝が震えているように見受けられるが?」
「言ってろ!」
土が跳ねた。
そして、アラタは【身体強化】を解く。
スキルと魔術、両方を。
黒装束に流す魔力も当然のように全てカット。
今この状態でまともに攻撃を受ければ、先ほどのような打撃を受ければ体がはじけ飛ぶ。
彼とて底抜けの考えなしではない。
そんなこと織り込み済み、百も承知でユウまで10mの距離に迫った。
今、アラタは完全無防備、真っ裸。
そんな時だからこそ、使えるものがある。
「なっ!?」
スキル【気配遮断】。
自己の存在を薄め、意識の外側へと脱出するスキル。
効果は状況次第で変わり、魔力を練り上げて存在感マシマシの時は当然効果が弱まる。
逆に、今みたいな使い方をすれば、最大出力を得ることだって。
そして、魔力を流すことに関して例外が一つ。
黒装束である。
精密魔道具は、回路に必要な魔力が満ちて循環している際、使用者の存在感を希薄にすることが出来る。
不思議なことに、【気配遮断】と同様の効果だった。
しかもそれらは互いに干渉することなく使用できるというのだから、便利にもほどがある。
何はともあれ、今までの中で一番虚を突いた。
剣を真正面に構え、瞠目するユウ。
彼の眼には、いったいどんな光景が映っているのだろう。
以前、アラタが【気配遮断】を持つ敵と戦った際、姿が揺らいだと表現した。
目の前で消えたと、そう言い表した。
視覚的には確かにそこにいるのに、姿を認識できない。
脳の活動的に言えば、第1次視覚野では確かに受容しているはずの情報が、高次視覚野では認識できていない。
目の前にいるのに、いない。
最強の矛盾が、刃となってユウに迫る。
「ッハ!」
刹那の硬直の後、ユウは体を左に90度ほど、回転させる。
そして、何もない空間を斬り裂いた。
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