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第3章 大公選編
第189話 暴力と権力
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「どうなっておる! 貴様ら全員遊んでおったのか!」
蝋燭の明かり以外何もない、冷たい部屋に怒号が響いた。
ブルブルと怒りに震える老婆は一人ではない。
彼女たちは一様に報告に来た男をなじる。
無能、役立たず、不良品と。
腕力では彼女たちに劣るはずのない彼はそれを甘んじて受け入れている。
立場なのか、権力なのか、それとも彼がそこまで野蛮ではないのか。
「隠密行動に長けた敵を捕捉するのは難しく……」
「言い訳を聞くために呼んだのではない!」
彼の言葉は激高する女性によって断ち切られる。
彼女も例によって高齢女性で、しわだらけの手は震えている。
「今後どうするか述べよ」
頭を下げたままの男は、静かに淡々と言葉を紡ぐ。
「大公選の結果次第ではありますが、最終的には武力行使も辞さない所存です」
「それでよい。今度しくじれば命はないぞ。行け」
「は」
暗い部屋を出て、日の光に照らされると男は目を細めた。
眩しい光に目がくらんでいる自分が、いま置かれている状況と一致していてなんだかおかしい。
「殿下…………私はどうすれば」
勝てば官軍負ければ賊軍、賊軍になれば責任を取らされる男は溜息とともにレイフォード家の屋敷を後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※
「プリンストン家、傭兵20」
「ハイ次」
「リスト家、傭兵50、民兵150」
「多いな。軍からはどれくらい来る?」
「1000いかなければいい方なんじゃないですか?」
「5千て、もうこれ戦争だろ」
アラタはペンを置いてお手上げのポーズをとる。
先ほどから八咫烏の調査結果をまとめているところだが、敵の数がとにかく多い。
有象無象ばかりで大したことないのだが、これだけの頭数があれば彼の言うように戦争と大差ない。
さらに、玉石混交とはよく言ったもので、数が膨れ上がるとその中に掘り出し物が眠っている可能性が高くなる。
雑魚を沢山相手にして、たまにそこそこやるやつを狩る。
ハルツやノエルなども参戦することになるだろうが、八咫烏は現在19名しかいない。
さらに頭脳労働専門職を外すと、その数は15名になる。
正直言ってお話にならない。
「とりあえず休憩。俺は先生に報告してくる。早くても10分後くらいになるからゆっくりしててくれ」
大部屋の中央に置かれた椅子から立ち上がると、机の上にまとめられた資料を抱えて隊長のアラタはドレイクの元へ向かった。
「失礼しまーす」
書類を持った手でドアノブを器用に回してロックを解除すると、体当たりで扉を開き入室する。
足で扉を閉めるとドレイクから『こら』とお叱りの言葉が飛んだがニュアンスは軽い。
「すんません。敵の数の概算が出ました」
「うむ、聞こうかの」
彼の書斎机の上にひとまとまりの紙を無造作に置き、アラタは服を直す。
高級というわけではないが、それなりに紙は高い。
この場にある書類の紙だけで一体どれだけの金になるのだろうと、アラタは頭の中でそろばんを弾く。
ちなみにアラタにそろばん経験はない。
「軍、傭兵、民兵、全部合わせて5千くらいです。軍が1000、傭兵が1500、民兵が2500以上です」
「分かった。ひとまず下がれ」
「はい、失礼しました」
部屋を後にしたアラタは、状況の難しさに押しつぶされそうになっていた。
初めはエリザベスを大公選から引きずりおろせばいいと思っていたのに、それは実質不可能で、こうして大公選本番まで来てしまった。
こうなればもう止まらないことは誰だってわかる。
勝っても負けても戦争、その最中に片方の勢力の大将首である彼女を連れて脱出することの難しさ。
レイフォード派閥を負かし、逃げる彼女を救い出す。
こんなことなら初めから向こう側について大公になったエリザベスの隣にいる方が楽だ。
「そんなんしたら先生に殺されるな」
ドレイクは弟子に決して楽をさせない。
どこまで彼の計算の内なのか不明だが、アラタが彼の指示に従っているのは尊敬が1割、利害関係が5割、残りの4割が恐怖から来ていた。
彼の不況を買えば、いくらアラタといえど生きてはいられない。
どうやっても最後は死ぬ、それほど実力に開きがあれば素直にもなる。
「報告は終わったけど、とりあえず引き続き待機な」
アラタは八咫烏にそう伝えると、一人地下訓練場へと降りて行った。
初めは石の扉で厳重に封印されていたのに、アラタがドレイクに師事するようになってから入り口は開放されたままになっている。
それほど訓練するということが、戦うことが生活に近づいたといえる。
「ふぅー…………」
抜刀、正眼に構える。
踵を地面につけ、体の重心は常に中心を求め続ける。
じんわりと魔力を染みこませる。
地面と刀、それから自身の肉体。
「しっ」
ノーモーションからの刺突。
が躱されたので引きながら斬りつける。
頭を伏せて回避した敵の頭をアラタはサッカーボールよろしく蹴り飛ばした。
芯を少しずらされた打撃では有効打にならず、追撃として大上段から振り下ろす。
弱い敵ならここまでで仕留めきれるし、これで無理なら魔術を組み合わせる必要がある。
空想上の敵と相対して、イメージトレーニングは続いていく。
彼の自主練が終了したのは、上でドレイクが呼んでいるから来いとクリスが地下に降りてきた時だった。
「風呂沸いてる? 後でシャワーだけでも浴びたいんだけど」
「準備しておいてやる。お前は早くドレイクの部屋に行け」
「ありがと」
風呂場に向かった彼女の感謝を伝え、アラタは再びドレイクの部屋に入った。
さっき彼が持ってきた書類にはすべて目を通したのか、紙の配置が変わり綺麗に並べられている。
「座りなさい」
長くなる、そう思った。
「失礼します」
書斎は本来客人を招き入れる場所ではない。
アラタは背もたれのついていない、小学校の図工室にあるような椅子に腰を下ろした。
造りはきれいだが、彼はこの椅子の存在意義がいまいち分からない。
どうせ作るならちゃんとしたものを作ればいいのに、と昔から思っていた。
そんな彼が今後その理由を考える機会はきっと無いだろう。
足を開いて座り、その間に両手を置く。
あまり行儀はよくないが、それを彼に求める方が間違っている。
「大公選当日のおぬしたち八咫烏の配置を決めた。まずはこれを読みなさい」
そうして渡されたのはアトラの地図と、その中心に位置する貴族院周辺の拡大された地図。
2種類の紙には一応同じ情報が書かれている。
ただ、大公選当日は選挙会場である貴族院周辺が主な舞台となる。
アトラ全域をカバーする地図では貴族院周辺に配置される部隊が一つの点になってしまうのだ。
より縮尺の高い地図では、彼らの配置が詳細に記されていた。
4人一組で配置され、各々が要所要所を抑えているのが一目でわかる。
第1小隊はその中でも最重要地点、選挙会場のすぐ外だ。
「ありがとうございます」
唐突に、いや、本人からすればようやっとだったのか、青年は深々と師に頭を下げた。
「感謝するのはまだ早い」
「そうですね。でも、それでも感謝しています」
「話はまだ終わっとらん。お主、結局どのルートでお嬢を逃がすんじゃ?」
「秘密です。こればかりは先生にも言えません」
思えば奇妙な師弟関係だ。
簡単に殺し合いを演じるような関係で、信頼よりも恐怖や計算が先に来る関係で、決してお互いを信じていない。
それは本当に弟子と師のあるべき姿なのか、そう考えなくもない。
だが、当の本人たちにとって、それはどうでもいいことなのだろう。
関係に名前なんていらない、必要なのは相手の力だけ。
ドレイクは自由に動く手足が欲しくて、アラタは力を授けてくれる相手が欲しい。
需要と供給を相互に補っている、これ以上の関係は不要らしい。
「せめてもの餞じゃ。つゆ払いは済ませておいてやる」
「それはどういう……」
「不正の証拠を小出しにして、レイフォード派閥の陣営をバラバラにする。そうすればいくらか楽になるじゃろう」
「事前にばらすってことですか? それじゃ当日裏切られたら終わりですよね?」
「いや、負けるかもしれない計画に加担した上に犯罪行為まで絡むなら、貴族も傍観を決め込む」
言葉尻を捉えるようで少し面倒くさいが、アラタは傍観という言葉が引っかかる。
「寝返るわけじゃないんですか?」
「あくまでも傍観するじゃろう。要はリスクリターンじゃよ」
ドレイクは机の上に金貨を1枚積む。
「これが欲しいか」
「くれるんですか?」
「欲しいならな」
「欲しいっす」
「ほれ」
非常に軽い感覚でコインを一つくれてやった彼の金銭感覚はイカれている。
アラタの足長おじさんは気前がいい。
へへへと下品な笑いとともにアラタは金貨をポケットにしまう。
何もしないで大金をくれたら、気分が良くないはずがない。
「じゃあ次は2枚じゃ」
「欲しいっす」
「わしとじゃんけんをして勝ったらくれてやろう」
半分の確率で20万円、さっきの金貨も合わせれば30万円。
アラタの眼が金貨に変わった。
手を差し出しゲーム開始を待つ。
「そうそう」
わざとらしくゲームマスターはルールを追加する。
「参加料は金貨1枚じゃ。お主が負けたら参加料は帰ってこない」
「やります」
「え」
「やります。じゃんけん——」
グーとパー。
「付き合ってられんわい」
今夜は祝杯だ、とアラタはパーのまま手を突き上げた。
ひとしきり勝利と賞金の余韻に浸った後、そういえば何の話だったかと敗者に聞く。
「普通、2回目のゲームの時人は勝負を降りるものなんじゃよ」
「そうなんですか?」
「大バカ者には理解できんかのう」
どうやら一連のゲームはドレイクが彼なりに貴族心理を弟子に教えてやろうと考えたものだったらしい。
だが、結果はただ普通にアラタが金貨3枚を手にしただけで、特に学びは無い。
「とにかく、人は見たいものしか見ないのじゃよ」
「ほえ~、勉強になります」
「自分の参加する勢力に残ることは危ない、ならどうするか。利益を追求するのならクレスト家に取り入ろうとするじゃろう。じゃがどちらかに転んだ時のことを考えれば日和見するか傍観するか、そのどちらかになることは明白。分かったかのこの馬鹿弟子が」
「微妙にディスるのはやめてほしいですけど、なんとなく分かりました。お礼に一つだけ、帝国に直接行くことはありませんね」
「そうか」
予想通りだったのか、ドレイクの反応は淡泊だった。
情報は驚きによって価値が変わる。
馬鹿が0点を取るのと、いつも100点の秀才が70点をとる情報であれば、後者がより情報量が多い。
ドレイクにとって、アラタがウル帝国を直接目指さないことはさほど彼を驚かせられなかったらしい。
そして-2日が終わる。
大公選は明後日。
戦いは最終局面へ。
権力を欲すれば、どこかで戦う必要が出てくる。
それは頭脳戦、肉弾戦、何でもありだ。
おそらく今回は血に濡れた戦いになる。
権力と暴力は表裏一体。
暴力装置としてドレイクに造られた男の行く先はどこへ向かうのか。
彼は刀を手に戦う。
力尽きる、その時まで。
蝋燭の明かり以外何もない、冷たい部屋に怒号が響いた。
ブルブルと怒りに震える老婆は一人ではない。
彼女たちは一様に報告に来た男をなじる。
無能、役立たず、不良品と。
腕力では彼女たちに劣るはずのない彼はそれを甘んじて受け入れている。
立場なのか、権力なのか、それとも彼がそこまで野蛮ではないのか。
「隠密行動に長けた敵を捕捉するのは難しく……」
「言い訳を聞くために呼んだのではない!」
彼の言葉は激高する女性によって断ち切られる。
彼女も例によって高齢女性で、しわだらけの手は震えている。
「今後どうするか述べよ」
頭を下げたままの男は、静かに淡々と言葉を紡ぐ。
「大公選の結果次第ではありますが、最終的には武力行使も辞さない所存です」
「それでよい。今度しくじれば命はないぞ。行け」
「は」
暗い部屋を出て、日の光に照らされると男は目を細めた。
眩しい光に目がくらんでいる自分が、いま置かれている状況と一致していてなんだかおかしい。
「殿下…………私はどうすれば」
勝てば官軍負ければ賊軍、賊軍になれば責任を取らされる男は溜息とともにレイフォード家の屋敷を後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※
「プリンストン家、傭兵20」
「ハイ次」
「リスト家、傭兵50、民兵150」
「多いな。軍からはどれくらい来る?」
「1000いかなければいい方なんじゃないですか?」
「5千て、もうこれ戦争だろ」
アラタはペンを置いてお手上げのポーズをとる。
先ほどから八咫烏の調査結果をまとめているところだが、敵の数がとにかく多い。
有象無象ばかりで大したことないのだが、これだけの頭数があれば彼の言うように戦争と大差ない。
さらに、玉石混交とはよく言ったもので、数が膨れ上がるとその中に掘り出し物が眠っている可能性が高くなる。
雑魚を沢山相手にして、たまにそこそこやるやつを狩る。
ハルツやノエルなども参戦することになるだろうが、八咫烏は現在19名しかいない。
さらに頭脳労働専門職を外すと、その数は15名になる。
正直言ってお話にならない。
「とりあえず休憩。俺は先生に報告してくる。早くても10分後くらいになるからゆっくりしててくれ」
大部屋の中央に置かれた椅子から立ち上がると、机の上にまとめられた資料を抱えて隊長のアラタはドレイクの元へ向かった。
「失礼しまーす」
書類を持った手でドアノブを器用に回してロックを解除すると、体当たりで扉を開き入室する。
足で扉を閉めるとドレイクから『こら』とお叱りの言葉が飛んだがニュアンスは軽い。
「すんません。敵の数の概算が出ました」
「うむ、聞こうかの」
彼の書斎机の上にひとまとまりの紙を無造作に置き、アラタは服を直す。
高級というわけではないが、それなりに紙は高い。
この場にある書類の紙だけで一体どれだけの金になるのだろうと、アラタは頭の中でそろばんを弾く。
ちなみにアラタにそろばん経験はない。
「軍、傭兵、民兵、全部合わせて5千くらいです。軍が1000、傭兵が1500、民兵が2500以上です」
「分かった。ひとまず下がれ」
「はい、失礼しました」
部屋を後にしたアラタは、状況の難しさに押しつぶされそうになっていた。
初めはエリザベスを大公選から引きずりおろせばいいと思っていたのに、それは実質不可能で、こうして大公選本番まで来てしまった。
こうなればもう止まらないことは誰だってわかる。
勝っても負けても戦争、その最中に片方の勢力の大将首である彼女を連れて脱出することの難しさ。
レイフォード派閥を負かし、逃げる彼女を救い出す。
こんなことなら初めから向こう側について大公になったエリザベスの隣にいる方が楽だ。
「そんなんしたら先生に殺されるな」
ドレイクは弟子に決して楽をさせない。
どこまで彼の計算の内なのか不明だが、アラタが彼の指示に従っているのは尊敬が1割、利害関係が5割、残りの4割が恐怖から来ていた。
彼の不況を買えば、いくらアラタといえど生きてはいられない。
どうやっても最後は死ぬ、それほど実力に開きがあれば素直にもなる。
「報告は終わったけど、とりあえず引き続き待機な」
アラタは八咫烏にそう伝えると、一人地下訓練場へと降りて行った。
初めは石の扉で厳重に封印されていたのに、アラタがドレイクに師事するようになってから入り口は開放されたままになっている。
それほど訓練するということが、戦うことが生活に近づいたといえる。
「ふぅー…………」
抜刀、正眼に構える。
踵を地面につけ、体の重心は常に中心を求め続ける。
じんわりと魔力を染みこませる。
地面と刀、それから自身の肉体。
「しっ」
ノーモーションからの刺突。
が躱されたので引きながら斬りつける。
頭を伏せて回避した敵の頭をアラタはサッカーボールよろしく蹴り飛ばした。
芯を少しずらされた打撃では有効打にならず、追撃として大上段から振り下ろす。
弱い敵ならここまでで仕留めきれるし、これで無理なら魔術を組み合わせる必要がある。
空想上の敵と相対して、イメージトレーニングは続いていく。
彼の自主練が終了したのは、上でドレイクが呼んでいるから来いとクリスが地下に降りてきた時だった。
「風呂沸いてる? 後でシャワーだけでも浴びたいんだけど」
「準備しておいてやる。お前は早くドレイクの部屋に行け」
「ありがと」
風呂場に向かった彼女の感謝を伝え、アラタは再びドレイクの部屋に入った。
さっき彼が持ってきた書類にはすべて目を通したのか、紙の配置が変わり綺麗に並べられている。
「座りなさい」
長くなる、そう思った。
「失礼します」
書斎は本来客人を招き入れる場所ではない。
アラタは背もたれのついていない、小学校の図工室にあるような椅子に腰を下ろした。
造りはきれいだが、彼はこの椅子の存在意義がいまいち分からない。
どうせ作るならちゃんとしたものを作ればいいのに、と昔から思っていた。
そんな彼が今後その理由を考える機会はきっと無いだろう。
足を開いて座り、その間に両手を置く。
あまり行儀はよくないが、それを彼に求める方が間違っている。
「大公選当日のおぬしたち八咫烏の配置を決めた。まずはこれを読みなさい」
そうして渡されたのはアトラの地図と、その中心に位置する貴族院周辺の拡大された地図。
2種類の紙には一応同じ情報が書かれている。
ただ、大公選当日は選挙会場である貴族院周辺が主な舞台となる。
アトラ全域をカバーする地図では貴族院周辺に配置される部隊が一つの点になってしまうのだ。
より縮尺の高い地図では、彼らの配置が詳細に記されていた。
4人一組で配置され、各々が要所要所を抑えているのが一目でわかる。
第1小隊はその中でも最重要地点、選挙会場のすぐ外だ。
「ありがとうございます」
唐突に、いや、本人からすればようやっとだったのか、青年は深々と師に頭を下げた。
「感謝するのはまだ早い」
「そうですね。でも、それでも感謝しています」
「話はまだ終わっとらん。お主、結局どのルートでお嬢を逃がすんじゃ?」
「秘密です。こればかりは先生にも言えません」
思えば奇妙な師弟関係だ。
簡単に殺し合いを演じるような関係で、信頼よりも恐怖や計算が先に来る関係で、決してお互いを信じていない。
それは本当に弟子と師のあるべき姿なのか、そう考えなくもない。
だが、当の本人たちにとって、それはどうでもいいことなのだろう。
関係に名前なんていらない、必要なのは相手の力だけ。
ドレイクは自由に動く手足が欲しくて、アラタは力を授けてくれる相手が欲しい。
需要と供給を相互に補っている、これ以上の関係は不要らしい。
「せめてもの餞じゃ。つゆ払いは済ませておいてやる」
「それはどういう……」
「不正の証拠を小出しにして、レイフォード派閥の陣営をバラバラにする。そうすればいくらか楽になるじゃろう」
「事前にばらすってことですか? それじゃ当日裏切られたら終わりですよね?」
「いや、負けるかもしれない計画に加担した上に犯罪行為まで絡むなら、貴族も傍観を決め込む」
言葉尻を捉えるようで少し面倒くさいが、アラタは傍観という言葉が引っかかる。
「寝返るわけじゃないんですか?」
「あくまでも傍観するじゃろう。要はリスクリターンじゃよ」
ドレイクは机の上に金貨を1枚積む。
「これが欲しいか」
「くれるんですか?」
「欲しいならな」
「欲しいっす」
「ほれ」
非常に軽い感覚でコインを一つくれてやった彼の金銭感覚はイカれている。
アラタの足長おじさんは気前がいい。
へへへと下品な笑いとともにアラタは金貨をポケットにしまう。
何もしないで大金をくれたら、気分が良くないはずがない。
「じゃあ次は2枚じゃ」
「欲しいっす」
「わしとじゃんけんをして勝ったらくれてやろう」
半分の確率で20万円、さっきの金貨も合わせれば30万円。
アラタの眼が金貨に変わった。
手を差し出しゲーム開始を待つ。
「そうそう」
わざとらしくゲームマスターはルールを追加する。
「参加料は金貨1枚じゃ。お主が負けたら参加料は帰ってこない」
「やります」
「え」
「やります。じゃんけん——」
グーとパー。
「付き合ってられんわい」
今夜は祝杯だ、とアラタはパーのまま手を突き上げた。
ひとしきり勝利と賞金の余韻に浸った後、そういえば何の話だったかと敗者に聞く。
「普通、2回目のゲームの時人は勝負を降りるものなんじゃよ」
「そうなんですか?」
「大バカ者には理解できんかのう」
どうやら一連のゲームはドレイクが彼なりに貴族心理を弟子に教えてやろうと考えたものだったらしい。
だが、結果はただ普通にアラタが金貨3枚を手にしただけで、特に学びは無い。
「とにかく、人は見たいものしか見ないのじゃよ」
「ほえ~、勉強になります」
「自分の参加する勢力に残ることは危ない、ならどうするか。利益を追求するのならクレスト家に取り入ろうとするじゃろう。じゃがどちらかに転んだ時のことを考えれば日和見するか傍観するか、そのどちらかになることは明白。分かったかのこの馬鹿弟子が」
「微妙にディスるのはやめてほしいですけど、なんとなく分かりました。お礼に一つだけ、帝国に直接行くことはありませんね」
「そうか」
予想通りだったのか、ドレイクの反応は淡泊だった。
情報は驚きによって価値が変わる。
馬鹿が0点を取るのと、いつも100点の秀才が70点をとる情報であれば、後者がより情報量が多い。
ドレイクにとって、アラタがウル帝国を直接目指さないことはさほど彼を驚かせられなかったらしい。
そして-2日が終わる。
大公選は明後日。
戦いは最終局面へ。
権力を欲すれば、どこかで戦う必要が出てくる。
それは頭脳戦、肉弾戦、何でもありだ。
おそらく今回は血に濡れた戦いになる。
権力と暴力は表裏一体。
暴力装置としてドレイクに造られた男の行く先はどこへ向かうのか。
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