半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第180話 混合する思惑

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「ブラックさん機嫌悪いなぁ」

「まー仕方ないだろ」

 オーウェン・ブラックの剣舞が吹き荒れる。
 ここはグランヴァインにある練兵場。
 中央に配置されている軍が訓練に使用するほかに、持ち回りで地方から選抜された大隊規模の部隊が定期的に共同訓練を行う。
 大人数の大規模な演習訓練が主であるが、冒険者の中でも上位に位置する存在に抵抗する為の訓練もある。
 それの相手を務めるのは主に剣聖の仕事だ。
 他にもウル帝国には彼に匹敵する人材はいることはいるのだが、やる気が無かったり事情があったりして訓練に顔を出すことはほとんどない。
 必然的に彼と軍部の結びつきは強くなり、こうして今日も訓練相手を務める。

「そこ! 何話している!」

「「す、すみません!」」

 一喝された両名は武器を握り直す。
 そして次の瞬間には目の前に迫った剣聖の姿が目に映り、到底対応できない速度で木剣が振るわれた。
 木で出来た剣は金属の鎧をへこませて大の大人の身体2つを空中に飛ばす。
 彼の持つ剣が本物のそれなら、今の攻撃で鎧ごと真っ二つだ。
 地面に落ちた2人はペナルティとして腕立て伏せ10回。
 1で降ろし、2,3,4は固定、5であげる。
 これを10回、装備を着こんでいるとかなりきつい。
 そしてこの罰を行う時、身体強化は使用禁止だ。
 元々特にそんなルールは無かったのだが、どこかの馬鹿がアホみたいな規則を付け加えたがために今彼らは苦しんでいる。

「次! まとめてかかって来い!」

 腕立てをしている最中の十数名は除き、400名弱の人員が陣形を組む。
 4人1組の分隊が4個集まり1個小隊。
 さらに5個小隊で1個中隊。
 それが5個集まり1個大隊。
 たった1人に集中させる戦力として、確実に間違っている。
 ただ、Aランク冒険者相当の人間にあてがう戦力としては、これが適切なのだ。
 彼らは人間を辞めたといっても過言ではないから。
 この場合、陣形を組んでも何をしても勝てないものは勝てない。
 重要なのは、とにかく死なず、敵を消耗させ、その場に留めること。
 その内特に重要なのは死なないことだ。
 死ななければ、再起不能にならなければ潤沢な資源と広大な土地を有するウル帝国は長い期間戦い続けることが出来る。
 そうなれば先に音を上げるのは近隣諸国の方だ。
 そう言った戦術が、ここ数十年の間、変わることないウル帝国の中に根付いていた。
 しかし、それで勝てる国もあれば長い間攻めきれずに痛み分けとなる国もあるのだから、見直しの余地は多分にあるはず。
 そう言った意見を述べる学者もいることにはいるが、特に日の目を浴びることは無い。

「防御術式展開! 来るぞ! 構えろ!」

 魔力を練り上げ、高濃度の莫大なそれを剣に乗せて放つ、剣聖オーウェン・ブラックの代名詞。
 天と地を分かつ一撃。
 名付けて、天地裂断。
 それは魔力の操作精度と触媒となる剣の鋭さによって威力が変わる。
 刃のついていない木剣であれば当然威力は下がる。
 大上段から振り下ろし、放たれたそれは地面を抉りながら突き進み、集団防御魔術を展開している兵士たちに襲い掛かった。
 集団で一つの魔術を起動している大隊の前面に魔力の塊が激突した時、衝撃で前面の何名かは吹き飛ばされた。
 さらに数名は仲間に支えられ、残りはひび割れた魔術防壁の向こう側で健在だ。
 技を放ってからすでに走り出していた剣聖が敵の対応を目にした時には距離が15メートルにまで詰まっていた。

「すぐ入れ替えろ!」

 使い物にならなくなった人員を後ろへ引っ張り、前衛を入れ替える。
 同じ術式の展開は間に合わない、であるなら。

「拔剣!」

 この人数差ではあるが、部隊は剣聖に近接戦を挑むつもりだ。
 いくら何でもそれは悪手であるとしか思えないが。
 剣聖の剣は4度空を斬った。
 そしてその数だけ魔力の斬撃が飛び、それ以上の数の兵士に直撃、気を失わせた。

「かかれぇ!」

 初めの一太刀、一斉に斬りかかってくる敵の攻撃を躱しつつ穴になっている部分に木剣を打ち込む。
 するとそこが次の穴になり、潜り込むスペースが生まれる。
 柄で防具の無い脇腹を一突きすると、骨にまで到達した感触がフィードバックした。
 痛みで木剣を取り落としてしまう兵士、オーウェンの狙いはそれだ。
 地面に向かって落下するそれを左手でキャッチし、振り向きざまに背後に迫る敵に叩きつける。
 たまらず昏倒した兵士、オーウェンの左手に握られているそれは半分の長さに折れてしまう。
 だが、これでいいのだ。
 そこまで来ると彼は左手にも魔力を流す。
 これで滅多なことでは木剣は折れなくなった。
 一度潜り込むことを許したら、それから先は蹂躙されるだけ。
 最終的に、100人の戦闘不能者が出たタイミングで大隊は降参、訓練は終了した。

「今日は貴重な経験、誠にありがとうございました」

「いえ、感情的になり申し訳ない」

 大隊長は軽く挨拶を終えると、そそくさとその場を後にしてしまった。
 ウル帝国の序列3位とはいえ、単騎にここまで壊滅的な損害を受けたのだ、彼の軍部内での目線を考えれば当然か。
 今後も訓練は続くが、取り敢えず今日の訓練を終了した大隊は宿舎へと帰る。
 1人残ったオーウェンは木剣ではなく、真剣を抜く。

「天地…………裂断!」

 この技の有効半径はおよそ20メートル。
 それ以上は魔力が拡散して徐々に威力が弱まってしまう。
 それなりに使える敵との戦闘を想定して、彼はこの技をその範囲内で運用することにした。

 あの時、距離は8メートルだった。
 あれを防いだというのか。
 剣もろとも叩き斬ったと思ったのだが。
 やはり、俺は強いはずだ。

 オーウェンは2,3度剣を振り、どこにも異常がないことを確認する。
 愛剣にも傷一つない。
 そうなら、つまり答えはおのずと決まってくる。

 曲がりなりにも天地裂断を受けきる強者か。
 ………………どうにかしてもう一度、死合しあいがしたいな。

 剣聖はクラスだ。
 それに選ばれたからと言って、最強への道が確約されたわけではない。
 辿り着けるかどうかは別として、その道を舗装し、より強固にするのは、やはり飽くなき闘争への渇望なのだろう。

※※※※※※※※※※※※※※※

「はぁっ、はぁっ、誰か! くそぉ、どうしてだよぉ! 誰か来てくれ!」

 アラタが療養中、場所は分からない。

「ふふっ、これ以上僕の嗜虐心を煽らないでくれよ」

 逃げているのは一般市民の姿をしている。
 そして追跡するのは黒いマントを着た謎の男。
 言動を見るに、追跡者は大層なサディストを自称しているみたいだ。

「ほら、もう逃げられない」

 袋小路、逃げ場なし。
 逃げている彼がここに来てしまったのなら愚かという他ない。
 しかし、ここには本来道が続いているはずだった。
 グランヴァインの城門を出て、トスカの街を抜けてひたすら西へと向かう。
 そこが逃亡者のゴール地点のはずだった。
 しかし、裏道を使って逃げている最中、突如としてその道は終わりを迎えた。
 行く手を阻む壁、鼠返しが付いていて登ることも出来ない。
 何より、この男の目の前でそんな悠長なことをしていては人生を何度繰り返しても生きることはできない。

「何か言い残すことは?」

「…………死ね」

「あっ!」

 わざと上下の歯をずらし、飴玉を噛み砕くような仕草を見せた。
 黒マントの男はしまったと思ったがもう遅い。
 息を止めて飛びのいたが、倒れた敵は既にこと切れていた。
 スキルを起動して警戒するが、毒物の類は撒かれていない。
 自決用の毒を口内に仕込んでいたのか。
 彼は敵の亡骸を検分してそう結論付けた。
 身元を示すものや書類などは一切なし。

「はぁ」

 この人自身がメッセージを送る役だったのかな。
 それじゃあ生け捕り専門か、あまり得意じゃないんだよなぁ。

 彼はどちらかと言えば、繊細な作業より一撃で全部吹き飛ばす方が得意な人間である。
 殺せない人は少ないが、生け捕りに出来ない人は多い。
 まあ、彼に限らず活かすのは殺すより難しいのは常識だ。
 彼はそう自分に言い聞かせ、死体を処理した後その場を後にした。

※※※※※※※※※※※※※※※

「サキの反応が消えました」

「やはりだめか」

 その言葉の端には、分かっていたというより、仕方ないかという念の方が強い気がする。
 初めから想定されていた事態の1つ、しかし状況はもう少し易しいものだと考えていた。

「私が行きますか」

 男は使者として申し分ない能力と肩書を持っている。
 彼なら無事役割を果たすことが出来るだろう。
 しかし、

「許可できない。サキが死んだのであれば、これ以上同じ方法を取るわけにはいかないからな」

「左様で……」

 男は背もたれに体を預けて目を閉じた。

「この件に関しては少し考え直す。今は休んでくれ」

「御意」

 年に見合わない苦労皺が彼の人生を物語っている。
 無能ではない、むしろ非常に優秀だ。
 ただ、彼は優しすぎる。
 アラタという人物が元居た世界や、一般的な倫理観や価値観の醸成された世界でなら、彼は大層尊敬される人間で、社会的地位も得ることが出来ただろう。
 そんな彼は、能力に対して冷遇されている。
 仕方がない、今は戦国の世なのだから。
 優しさとは?
 敵を殺さぬことを優しさとするなら、その代償は自国民に倍になって返ってくる、そんな時代。

「ままならぬものだな」

 溜息交じりの言葉は、誰に届くこともなく霧消した。

※※※※※※※※※※※※※※※

「もっと角度を下げろ、口の中が見えて不快だ」

「そんなこと言うなよ。何かできることないかって聞いてきたのクリスじゃん」

「だからと言ってこんな辱めを受けることになるとは……っ」

 ここはアラタの病室。
 左肩に大けがを負ったアラタは、実は右手も使えない。
 【痛覚軽減】を起動して頑張れば使えないこともないが、痛いものは痛いし安静にするより治りは遅くなる。
 左手が折れたかと思っていたが、実は折れていたのは右手、手首に繋がる橈骨にひびが入っていた。
 従って両手が使えない八咫烏の隊長、誕生。
 その世話を買って出たのはクリスだった。
 ポーションや特殊な軟膏を使うので実質数日間の仕事。
 そう思えばできない事も無かった。
 食事の時間が来るまでは。
 雛鳥にエサをやっている親鳥の気持ちだった、と後にクリスは述懐する。
 浮かれた恋人のような作業は、クリスの限界によりリャンに引き継がれた。

「クリスは初心うぶですから。きっと恥ずかしくなったんですよ」

「あ、そう。で、これは何?」

 竹筒のような容器を咥えているアラタは、ごくごくと流動的な食糧を口にしていた。

「クリスが昨日作ったんですよ。アラタにはこれで十分だって」

「流動食って……俺そこまでの重傷患者なの?」

「さあ? ただ、私がアラタにあーんするなんて、絵面的にアウトですからね」

「固形物が食べたい」

 それから数日後、左肩はまだだがとりあえず右手が完治した彼はコラリスの用意してくれた美食を堪能したとかしなかったとか。
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