半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第174話 完成された剣聖

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 割れんばかりの歓声。
 熱狂する観客。
 それらが発する熱気。
 冬でもコロッセオは少し暖かい。
 アラタとリャンの2人はそれぞれ上着を1枚ずつ脱いだ。
 これだけ人が密集していれば生身が発する熱で会場が熱せられるのだろう。
 円形の闘技場の中心には2つの勢力がにらみ合っていた。
 片方は30名で構成された剣闘士の一団。
 それぞれ身につけているものは異なるが、それなりに鍛えられている。
 アラタと比較すると、同時に相手取れるのはせいぜい3,4人。
 それ以上は逃げに徹する必要が出てくるだろう。
 対するはたった一人の大男。
 身の丈ほどもある大剣を背負って悠然と佇んでいるその姿は、貫禄が服を着て歩いているようだ。

「リャンは見たことあるんだっけ?」

「いえ、噂しか」

 2人は観客席の1階部分、客席入り口付近で立ち見している。
 席は完売していたのだが、係の人間を買収して入場した。
 1人の方、つまり【剣聖】オーウェン・ブラックの背中を見ているのだから、剣聖サイドの席ということになる。
 フィールドにいるのは31名だけ。
 審判の類は見えない。

「なぁ、これっていつ——」

 腹の底に響くような銅鑼の音が鳴った。
 思わず口が止まったアラタは、選手を見てその意味を察する。

「始まりますよ」

 剣闘士たちが一斉に剣を抜く。
 やや短めの刃渡りに、太めの刀身の剣使いが多いか。
 それ以外にも弓、槍、槌、ナイフ、それらが少数紛れている。
 そして、少し遅れて本命が剣を抜いた。
 胸元にある留め具を外すと、剣を支えていたベルトが外れた。
 よく使いこまれた革製品のような光沢を放つそれは、両刃の剣と共に外れると、地面に落ちた。
 すると手に握られた剣のみが残り、隠されていた大剣の全貌が明らかになる。
 一言で言うと、デカくて黒い。
 大剣なのだからデカいのは当たり前なのだが、刀身が黒い。
 どういう仕組みで造られた物なのかは分からないが、とにかく金属らしからぬ色をしていることは確かだ。
 剣らしい鈍色にびいろではなく、かと言ってペンタブラックのような漆黒ではない。
 金属光沢を残しつつ、はっきりとした黒色、アラタは不思議だなあと思いつつも考えることを止めた。

 そして、試合が始まる。
 2回目の銅鑼が鳴り響き、それを合図に一斉に剣闘士たちが斬りかかった。
 身体強化をしっかりとかけたであろう移動速度。
 連携は完璧ではないが仲間の動きを把握しつつ立ち回る協調性。
 恐らく急造のチームなのだろうが、これは相当厳しい戦いになるとアラタは読む。

「どっちが勝つと思う?」

「剣聖ですね」

「即答かよ」

「見ててください。理由が分かりますよ」

 俺ならまず魔術で足止めして霧を出してそれから……
 そんなことを彼が考えていた時、不意に一人の剣闘士が倒れた。

「うん!?」

 距離はまだある。
 少なくとも剣の間合いではなかった。
 倒れた剣闘士に気付きつつも、他の仲間たちは助けようともしない。
 まるでそうなることが分かっていたかのように。
 だれかがそうなれば残る人間で攻撃すると、そう初めから決めていたかのように。
 そして次の瞬間、また1人倒れた。

「……マジか」

 嘆息するアラタだったが、今度は見えた。
 見えたといっても見切ったわけではない。
 ただし、視界の端でギリギリ捉えることは出来た。
 そこで何が起こったのかも、恐らく理解した。

「マジかよ」

 それでも納得できる現実では、なかった。
 観客の盛り上がりは試合前とは比較にならないくらい膨張していて、もうすぐフィールド内に乱入するやつが出てきてもおかしくないレベルだ。
 ただ、その中で、アラタは絶望を突きつけられていた。
 剣を振った時、見間違いでなければ斬撃が飛んだ。
 薄い色を纏った半透明のギロチンが、剣の軌道から切り離されて滑空し、そして剣闘士の首を断ち切ったのだ。
 それでも彼らは剣聖に立ち向かう。
 走り続け、そうして先頭の1人が武器を振りかぶった。

「…………………………」

 もはや言葉にならない。
 初めの1人は大剣で頭から一刀両断され、続く剣士の渾身の一撃は剣脊を盾に防がれる。
 剣を振り回すというより、剣の周りを動き回っているという表現の方が正しい。
 向きや角度が目まぐるしく変わる大剣は、その位置だけは元のそれとほとんど変わらない。
 オーウェンは敵の攻撃を避け、剣で防ぎ、そして断ち切る。
 間違いなく手加減していて、それでいて格が違うとアラタに思わせた。
 初めに殺された2人以外は必ず一度攻撃をして、その上で斬られている。
 そこまでする必要ないというのに。
 彼にその理由を聞けば、きっとこういうのだろう。
 これは興行だから、と。
 本当は滅茶苦茶強いプロレスラーが、それでも台本に従って観客を盛り上げるように、実力を誇示することなくエンターテイメントとして場を盛り上げる。
 最後の1人が斬られた時、アラタの手にはぎっとりとした汗がにじみ出ていた。

「どうでした?」

「…………八咫烏全員で殺りに行っても返り討ちだろうな」

「ですよね。あれは反則ですよ」

 帰り道、2人の雰囲気はかなり重たかった。
 普通の観客であれば、『楽しかったね』で終わるところだが、彼らの場合はそうではない。
 少し歯車が狂えばあれを相手に絶望的な戦いを挑まねばならないかもしれないからだ。
 そんな未来にアラタは後ろ向きな感情を抱きつつ、空気が重いもう一つの原因に触れる。

「がっつり殺したな」

「ええ。そうですね」

「剣闘士は奴隷か何かなのか?」

「そうです。彼らには帝国の人間としての権利はありませんから」

「嫌なもん見たな」

「……えぇ、本当に」

 任務上外食を避けるべき彼らはその日、宿で浴びるように酒を飲んだ。

※※※※※※※※※※※※※※※

「どうしたんですか?」

「気力を増やすってどうすればいいと思う?」

「さぁ、どうでしょう」

 八咫烏結成と時期を同じくして、レイフォード家派閥とクレスト家派閥の中は決定的に悪くなった。
 仲は元々悪かったのだが、レイフォード家は冒険者ギルドを失ったのが気に入らない。
 さらに特務警邏の裏切り、それは公爵家の面子を潰すのには十分すぎた。
 特務警邏局長、ダスター・レイフォードはその名に公爵家の名前を頂きながら家に仇なす不忠者として日夜命を狙われることとなる。
 そこで頼ったのはクラーク家であり、軍から腕利きが数名護衛に付く。
 ここまで来れば、もう限界であり、レイフォード派閥の冒険者はクエストを受けなくなった。
 しわ寄せは当然その他の冒険者に集中し、仕事は増えて収入も増えるが、同時に負担も激増するというギルド運営が常態化しているのだ。

「本日お2人には4件の依頼をお願いしたいです。場所は——」

 Bランクに昇格する日も近いと噂される2人は死んだ目をしてクエストをこなしている。
 彼女たちはまだ良い方で、Dランクのカイル、キーン、アーニャの3人組はさらに多くのクエストを消化している。
 一つ当たりの難易度が違うのだから単純比較は出来ないが、Dランククエストとは言え1日に13件も依頼をこなせば悟りを開くところまで行ってしまう。

「私、大公選が終わったら少し休もうと思う」

「いいですね。私温泉とか行きたいです」

「4人で行きたいな」

「ノエルと私、シルちゃんと、あと……」

 大公選が終わり、罪に対する恩赦が下ればそのような未来もあるのだろうか。
 それとも彼女たちの側に彼がいることは許されないのだろうか。
 もしかしたら彼がそれを望まないかもしれない。
 いずれにせよ、その未来は大公選でシャノン・クレストが勝たねばやってこない。
 その日、ノエルはBランク冒険者に昇格する為の条件を満たし、2週間後に昇格試験を受験することが決まった。
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