半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第167話 寿限無寿限無

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 ウル帝国への道のりはあまりにも何もなかった。
 ギルド支部長、イーデン・トレスを討伐したサタロニア地方を通り抜け、さらに数日の間馬で走り続ける。
 彼らの手配した馬は以前と同じ業者で、その中にはアラタがドバイと名付けたアングロアラブ種の個体もいた。
 久しぶりの再会にアラタは喜んでいたが、馬の方はどこか冷たそうだ。
 どんな感情を彼に対して抱いているのか分からないが、この馬は少し人間ぽさが垣間見えるときがある。
 そんな4人と4頭は帝国までの道のりを4日で完了した。
 彼らが着いたのはウル帝国の帝都グランヴァイン。
 人間界にて最大の支配地域を持つウル帝国、その首都である。
 道中は何もなくただ暇なだけだったがここからは訳が違う。
 正真正銘大公選の行方を懸けた命がけの潜入任務が幕を開けるのだ。

「アトラと違って城門は無いんだな」

 レイテ村から首都アトラにやってきた時、都市1つ丸ごと壁で取り囲んでいる形態にアラタは大層驚かされた。
 大阪城も外堀まで含めれば大規模な都市となるのだが、彼の生きている現代にそれを実感することは少ない。
 それに比べてウル帝国は何というか、彼の主観で平凡だった。
 土の道、その脇にちらほらと建物が並び、段々とその密度が上がっていく。
 そうして街が形作られているのだから、初めから建物があったところに道が出来た、そんな感じだ。
 だが、彼はお上りさん、人間界最高峰を誇る国の首都がこんなものであるはずがない。

「ここはグランヴァインの外ですから。ここからですよ」

「違うの?」

 アラタが聞き返すと、リャンから帝都周辺について説明が入る。

「ここは帝都のすぐ近く、トスカです。あの遠くに見える城壁、それがグランヴァインですよ」

「遠くない?」

「ええまあ。トスカだけでも10万人以上の人が暮らしていますから」

 人口10万人の都市と言えば日本では長野県佐久市。
 他にも様々な都市が存在するが、それなりに多くの住民がいる。
 そして現代に比べれば建築技術も都市計画も未熟な異世界。
 効率的に土地を利用できているかと問われると少し怪しい。
 つまり、人口密度が上がりにくいこの世界で10万人を超える都市というのはそれだけで珍しかった。
 アトラの街なんて首都なのに人口は5万人もいない。
 それが帝都の前座的扱い、アラタはウル帝国の凄さとヤバさをひしひしと感じていた。

「そろそろ黒装束を起動しよう」

 そう言い人に注意してトスカを通過していった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「今度こそグランバイン?」

「グランヴァインです。準備しましょう」

「よし、始めるぞ」

 マッシュ。
 アリシャ。
 レンヤ。
 イェル。
 それがこの場における4人の名前である。
 ウル帝国にまでアラタの名前が知られている可能性はかなり低いが、リャンとキィは知られているとかそう言う次元じゃない。
 彼らの定期連絡はとうの昔に途絶えたまま、つまり死んだか裏切ったか、そう思われている。
 一応最近ドレイク謹製の偽装死体がアトラの裏路地で発見されたばかりなのでどうにかなるかもしれないが、どちらにせよ2人は自分自身の身分証で入ることはできない。
 そこまで関係は良好ではないが一応国交はある2国間、ただ国境を超えるだけならそこまで厳密な審査もないし、何なら迂回することも出来る。
 今までは迂回してきてこの街に到達した1行を最後に待っていたのは、避けることのできない関門。
 グランヴァインの街はアトラと同じく城壁に囲まれており、その高さは文字通り段違いだ。
 超えることも出来なければ門を破るわけにもいかない。
 つまり彼らが必要とするものは、偽の身分と顔だった。
 彼らはカナン公国とウル帝国の北にあるタリキャス王国、その冒険者ということになっている。
 豪雪地帯のタリキャスでは冬になると魔物も一部を除いて動かなくなり、冒険者の仕事は無くなる。
 だから春になるまで帝国に冒険者が流入する、当然の流れだ。
 そしてそれを利用するためにドレイクが伝手を使って用意したDランク冒険者の身分証。
 準備は完璧なのだ。
 クリスのスキル【十面相】を使えば見た目も書き換わり、行けるはず。
 それぞれがそれぞれでなくなり、変装が完了した。
 後は馬を引いて都市に入るだけ。

「列が長いな」

「寒いのに、ここはいつもこんななのか?」

「いえ、普段は…………」

 彼らが変装を終えて入城手続きの最後尾までたどり着いた時、まだ門は遥か奥だというのに審査待ちの長蛇の列が形成されていた。
 某人気プラモデルの転売目的で朝から並ぶ痴れ者のように、あるいは新型ゲーム機の店頭販売初日のように。
 問題なのはこれが並ぶ側の問題ではないということだ。
 帝国としてもこうして人の行き来が滞ることは望んでいない。
 普段からこうであるなら審査に使うレーンを増やすなり、審査を楽にするなり、他に出来ることは沢山ある。
 つまりどういうことか。
 この混雑は今だから起こっている出来事だということだ。

「逃げるぞ」

「え、何——」

 リャンがそう言いかけたが、キィが彼の手を引いて列から飛び出した。
 危機察知能力で言えばリャンよりキィの方が優秀。
 馬ごと列から飛び出て一同は飛び乗る。

「散れ! 第3集合地点で再会!」

「「「了解!」」」

 リャンには護衛としてクリスが付き、道を左に曲がる。
 それと正反対の方向にキィが馬の頭を向けた。
 アラタはドバイと共に元来た道を一直線に駆け抜けた。
 【敵感知】には複数の反応があり、遠くの門から警備が飛び出てきている。
 アラタは唇を噛みしめると思い通りにいかないこの状況から脱出する手を考える。

 可能性は十分にあった。
 八咫烏は全構成員34名。
 いくら事前配布された黒装束があると言っても、そんなにたくさんの人間が一堂に会すれば一人くらいはへまをする。
 それがきっかけとなって何らかの計画が動いていることが露見する。
 そうしてレイフォード陣営は考えた。
 クレスト家派閥が次に打つ手は何か。
 そして辿り着いたのは国外。
 消滅した特配課にアラタやクリスといった生き残りがいることは半ば公然の秘密であり、それは陣営を問わず知れていることだ。
 そこにどんな意味があるかはさておき、自陣の情報がある程度漏れているなら帝国との癒着も知られていると考える。
 であれば、膠着した状況の打開策を外国に求めることは予想がつく。
 という答えがアラタの中に浮かび上がった時には彼の数百メートル後ろを騎馬兵が追いかけてきていた。
 敵は武装している分重量があり、アラタの馬の方が足は速い。
 ただし、どこまで行っても馬とセットでは逃げ切れないし、いずれ追い込まれる。
 アラタはドレイクから散々忠告されていた。
 ウル帝国軍の兵士とは正面から戦うな、と。
 警備に当たる人間が軍属であるか考える余地はあるが、もしそうなら戦闘は避けたい。
 しかしそんな考えとは裏腹に、状況は変わらず追いかけっこは続く。
 切れる息が仮面の中にこもる。
 黒装束をなびかせて疾走する人馬は絵になるが、悠長にモデルをする時間は無い。

 先生はダメって言ってたけど、ここでやるか。

 黒装束は攻撃系の魔術を起動すると効果が激減する。
 それでもアラタが雷槍を起動しようと魔力を練ろうとした、その時だった。

 ——星霜結界

 アラタはドレイクが来たのかと思った。
 身体がふわりと軽くなり、動きがゆっくりとスローモーションのように流れ始めたから。
 綿菓子の中に取り込まれたような少しの抵抗感と、それでも体の自由はある夢の中のような感覚。
 ゆっくりと後ろを振り返れば、自分より遥かに速い動きで迫ってくる警備たち。
 これ以上は敵の射程に入る。
 そうしてアラタは刀に手を掛けて雷撃を複数発動する。
 確かにゆっくりだが魔術は使える。
 馬から降りて敵の方を向いたアラタは、この不思議な空間で戦うことを決意した。
 だがしかし、こちらが先だと言わんばかりに結界術の使用者に関して答え合わせが始まった。

「ストップ。じっとしてて」

 イケメンボイス。
 アラタの中にその単語は無いが、表現するならそれに尽きるだろう。
 少し子供っぽいだろうか、恐らく顔は童顔に違いない。
 甘い声はYouTubeなどでゲーム配信をすれば多くの女性ファンがつくことだろう。
 しかし、アラタにその手の興味は無い。
 彼の頭の中にはただ一つ、『距離が近い』。
 足元に流した魔力は術者を避けるように地面から土の棘を繰り出した。
 しかし、身体の近くに起動している分どうしても敵を狙うより自分に当たらないようにすることに気を遣う。
 結果、棘は一つも当たらず謎の男はアラタの後ろに張り付いたままだ。

「この……」

「しっ。僕を信じて」

 強引に振り向かされると、男はアラタの前で人差し指を立ててそう言った。
 赤い髪。
 いや、やっぱり少しオレンジだったかも、とアラタはその時のことを振り返る。
 色としては真朱しんしゅに近い、少し色の暗い鈍い赤だ。
 地毛ならそう言う色ということで話が終わるが、染めているならブリーチが甘かったのかもしれない。
 吸い込まれるような赤い瞳。
 ノエルのそれとはまた違う、少し暗めの赤。
 キラキラ輝いているわけではなく、黒の要素を少し含んでこっちにおいでと誘うような眼。
 僕を信じて、そう言われたアラタは、意外と素直に従った。
 この初対面の、魔術か結界術、またはスキルを使ってきた見ず知らずの男を信じたわけではない。
 単純に、勝てる気がしなかった。
 追手がすぐそこまで迫っていて、彼に敵意が感じられなかったというのもある。
 ただ、腰に提げている剣が物語っていた。
 俺と主であるこの男に斬れぬ物なし、と。
 ここまで人に素直に負けを認めさせる、それも戦わずにそれを実現するにはいったいどれほどの実力差が必要なのだろうか。
 しかもアラタも全くの雑魚ではない。
 研鑽を積み、死線を潜り抜け、一度超えられずに死亡し、なおも戦いに身を置き続ける彼にそれをさせたのだ。
 並大抵の使い手ではない。
 あのアラン・ドレイクにでさえもアラタは食って掛かるのだ。

「スンスン。ふふ、変わった匂いだね」

「ひっ」

 首筋で空気の流れを感じたアラタは震えた。
 耳元で囁くこの男に対する底知れぬ嫌悪感が彼にそうさせた。
 そんなことをしている間にも警備は彼らに近づいてくる。
 一向に速度を落とすことなく駆けてきて、あと数十メートルに迫る。
 そこで、ある違和感がアラタに訪れた。
 見ている方向がおかしい。
 自分を見ていない。
 町のど真ん中で変態赤髪に絡まれている自分を助けるでもなく、入城審査から逃げ出した自分を捕まえるでもない。
 追いかけ続けていくのだ、そこにいるアラタをスルーして。
 黒装束の効果はアラタが魔力を練り上げた時点で消えている。
 馬も一緒なのだ、ひとたび注意を向けられてしまえば効果は有効にならない。
 黒装束を上回る隠遁術に助けられ、アラタは馬と共に助かった。
 警備は通り過ぎ、一直線に街道を走って行ってしまったのだ。

「離れろ」

 雲のような拘束は晴れた。
 普段通り動けることを確認すると、アラタは刀に手を置いたまま右手で男を突き放した。
 実力差的にアラタを抱き続けることも出来ただろうが、男は案外あっさりと彼を解放する。

「何者だ」

 短く問い詰めたアラタに対し、赤髪赤眼の不審者はニコリと笑う。

「僕はディラン。ディラン・ウォーカーさ。よろしくね」

 屈託のない笑顔だったが、アラタには変態性と異常性と残虐性が目、口、鼻、耳の隙間から垣間見えた気がした。
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