半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第129話 OBから後輩は雑魚に見える

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「間違いないのか?」

「はい、明らかに様子がおかしいです。何かあります」

「……よし、ハルツ殿には連絡しておく。お前たちは明日に備えよ」

 その日の夜8時、ドレイクの家に帰ってきたアラタの報告により、ドレイク、ハルツ周辺の人員は慌ただしく動くことになった。
 どのようにしてその決定がなされるに至ったのか、話はその日の昼下がりに巻き戻る。

※※※※※※※※※※※※※※※

 適当に休憩を繰り返しつつ、2人は今日も今日とて監視任務に就いていた。
 鐘楼からの監視では特に目立った変化もなく、クリスはラトレイア家に潜入することを提案したが、2人とも顔が割れているということでドレイクが却下した。
 2人は現在死人扱いだ、それを易々と姿を見せるなど言語道断、というのがドレイクの言葉である。
 じゃあスニークミッションだとクリスは黒装束を身につけて出かけようとしたがこれもストップが入る。
 黒装束がそんなに万能なら話はとっくに片付いている。
 あれは性質上、使用中常に魔力を消費しなければならず、尚且つ勘の鋭いものは違和感を覚えるのだ。
 あくまでも『認識されにくくする』ものであって、『存在を消す』ものではない。
 という訳で2人は望遠鏡片手に暇をつぶしていた。

 事あるごとにすぐ行こう今行こうと勇んでいくのはクリスの方で、実はアラタはそこまでこの任務に積極的ではない。
 任務は完遂するし、金眼の鷲はあまり好感が持てないし、彼が任務に従う動機は十分なのだが、何というか、とにかく何となく気乗りしないのだ。
 そんな感じで気の抜けた仕事をしていると、隣からお叱りの言葉が飛来してくるわけで、少しギスギスした空気の中、鐘楼の上で一刻、また一刻と時間が過ぎていく。

 クリスの武器は短めの片刃の剣で、それを腰に差したまま監視をしている。
 対してアラタは刀を外し、壁に立てかけて監視を行っていた。
 上まで登る為の梯子は外しており、急襲される心配もない。
 そんな常識というか、考えというか、それに頭の中を支配されているアラタは少し緩んでいた。
 結果何事も無かったのだから、特に誰かに咎められることはなかったが、立てかけられた刀はこのゆるりとした時間の流れを表していたのだ。

「おい」

「分かってる」

 アラタが刀を手に取り、腰に差した。
 それはゆっくりとした休憩時間の終わりを意味しており、監視先で何かが起こったことが分かる。
 展望台に広げておいた荷物をまとめるアラタ、袋の中に適当に折り畳み椅子や弁当などを放り込んでいくが、紙とペンだけは残しておく。
 そうして梯子を降ろし、撤退準備が完了すると、彼はペンを取りクリスの肩を叩いた。

「庭に5人、建物内に最低3人」

「建物の方が多いんじゃないかな。5,5でいい?」

「ああ。武器、装備は軽量、だが護身用にしては度を越している」

「荒事用の準備」

「えー、明日……ていこ、役……しゃる。多分人と会うのだろう、面会」

「……はい、書き終わった」

 アラタが彼女の言った内容をメモし終えると、アラタは紙を懐に仕舞いその場を後にしようとする。

「待て、梯子を上げろ。このまま監視を続行する」

「え、何で?」

「もし今日動くのなら一人が連絡役に動く必要がある。夜まで動かなければ2人で帰り、計画を立てるべきだ」

「……了解」

 こうして2人の監視任務は緊張感を増し、日が暮れた後もしばらく任務は続いた。
 2人とも【暗視】の保持者、暗闇だろうと何ら問題はない。
 そうして一通りの情報をかき集め、ドレイクの元へと帰ってきたという訳だ。

 その日の夜遅く、ドレイクはハルツの元から帰ってきて、打ち合わせの結果を2人に伝えた。
 敵が日中に行動を起こすのであれば、アラタとクリスが仕掛け、偶然を装ってハルツ達のパーティーが参戦する。
 夜闇に紛れて動くのであれば、状況次第だが泳がせて様子を見る。
 どちらにせよアラタ達は基本徹夜で見張り、頭の痛い話だ。
 人員も無限に投入できるわけではないことは重々わかっている。
 それでもあと一人二人こちらに回してくれてもいいものを、そう考えたが2人は口にすることなく準備に移る。
 夜営の準備だ。
 季節は冬に入り、監視中は火が欲しいところだが居場所を晒すわけにはいかない。
 例によってドレイクから携帯式の暖房器具を借り受け、荷物に加える。
 食料、水分、交代で寝るための寝袋、それらを2つに分けて深夜2時、彼らは進発した。

「うー寒ぃぃいい。明日からで良くない?」

 寒いのと暗がりは嫌いなアラタ、その理由は彼の過去に起因するものだが、今は良いだろう。
 布団で寝たいだの、風呂に入りたいだの文句の多いアラタを無視してクリスは歩いて行く。
 彼らが目指しているのはいつもの鐘楼ではなく、それよりも更に近い民家の屋根の上だ。
 音を出さないように慎重に上に登り、うつぶせになって監視体制を築き上げる。
 屋根の建材は冷たく、耐えられないのでそこに毛布を敷き、上からも布を被る。
 斜めになっている屋根は荷物が落ちてしまうのではないかと思われるかもしれないが、案外平気なもので、持ってきた荷物一式アラタの隣に置かれたまま問題なさそうにしている。
 ここまでくる道中、どうせ今日は動かないだろうから明日からがいいとか散々言っていたアラタだったが、屋根に上がるとそんなことを言っていた自分が恥ずかしくなった。
 ドレイクもハルツも、嫌がらせで徹夜の監視を命じたわけではない、ということだ。
 スキル【暗視】を起動するまでもなく、ラトレイア家の敷地内では煌々と灯りが灯されていて、今日は何かあることを物語っている。
 外から見ればレンガ造りの壁の上から光が漏れているに過ぎないので、何か催し物でもしているのかと勘違いすることだろう。
 現に庭ではこのクソ寒い仲木々を燃やして暖を取りつつ、何やら大勢集まって会を開いていたのだから。

「あれ、何してんの?」

 通りがかりだが渋谷のハロウィンにも行ったことのあるアラタの中で、ラトレイア家の庭内で行われている催し物には覚えがない。

「無病息災を願って不要なものを燃やす行事だ」

「それ今やる? まだ11月だよ?」

 彼女の言ったイベントならアラタも心当たりがあった。
 地域差があるが、彼の住む東京や高校時代寮に入っていた神奈川県では『どんど焼き』と呼ばれていたものがある。
 1月15日を小正月といい、正月飾りや書初めを焼く催しだ。
 しかしそれは特別に燃やすものがあるから行われるのであって、年末ならともかく11月にやるものではなかった。

「1月は忙しい、12月もな。だから11月にやる」

「それでいいんだ……」

 カナンの人々にとって、無病息災を願う催しは優先順位が低いみたいだ。
 彼らの信心深さは置いておくとして、夜通しこのようなイベントがあるなら彼らが派遣されたのも納得できる話だ。
 そしてドレイクらの判断は見事に的中することになる。

「いたな」

「うん、結構堂々としてるな」

 行事をしている横をすり抜け、正面の門から堂々と外に出ていく男たち。
 遊びに出るわけではなさそうだ。
 夜に行動を起こしたのなら泳がせて様子を見る。
 2人はその言いつけ通りに動き出した。
 アラタは屋根から降り、クリスの横を並走する。
 彼女は上に残り、屋根から屋根へと音もなく飛び移っていく。
 金眼の鷲を見失わない為の考えだが、同じ特配課でこうも違うのかとアラタは舌を巻いていた。

 ジャンプして着地して、音が鳴らないってどういうこと?
 普通に凄くないか? これが普通なのか?

 彼女を見つめていて突き当りの角でぶつかりそうになったアラタを見て、クリスは仮面の下でくすっと笑った。
 アホな顔をしてこちらを見上げてくる黒装束が面白かったみたいだ。
 追跡を始めて4分ほど、既にクリスは屋根から降り、2人は足音を殺して行動している。
 ターゲットまで距離がさほどない、近いのでばれないように気配遮断をつけているのだ。

「でさー、この前引っかけた女がよぉ」

「まじか、糞だな」

「あー早く帰って酒飲みてぇなぁ」

 建物の陰から彼らの初めてのお使いを見守る両親は、顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

 夜に紛れて行動しているのに、声を出している。
 それだけでもう減点、というか落第決定だ。
 特配課に配属初日のアラタでさえそんなことはしなかった。
 というよりまともな脳みそが詰まっている個体なら、という話だ。
 彼らの体つきを見るに、頭蓋の中には筋肉が詰まってしまっているみたいで脳みその類は入ってないのだろう。

 アラタはジェスチャーでクリスとコミュニケーションを取る、意外と自由度が高く使いやすい。

 ——敵、バカ。

 ——私も、同意する。あれ、私たちの後任、呆れる。

 ——お気楽、このまま殺る?

 ——ダメだ。命令厳守、分かるか?

 ——分かった。

 バカ、呆れる、お気楽などはハンドサインには存在しないが、その辺りは何となくわかるものだ。
 尾行しながら金眼の鷲を採点する2人組、彼らの顔つきが変わったのは、それからしばらく経った後だった。

「おっす、こんな夜遅くに、お疲れ様っす」

 軽薄な言葉遣い。
 これが千葉新の後輩なら叩き殺している。
 アラタとクリス、金眼の鷲たちもはっきりと目で近くできているから、相手の着ているそれは黒装束のような魔道具ではない。
 アラタの【暗視】には、マントは場違いな赤色に見えた。
 少し濃い、深い赤。
 それが2人、170cmくらいだろうか、多分男が1人、それと小さい子供が1人。
 赤いマントの男? はフードを被ったまま手で挨拶をして、何かを渡した。

 ——あれは何だ?

 ——小包、それ以上は……

 金眼の鷲と二人組の邂逅はそれだけで終わってしまった。
 道の向こう側へと歩いて行った赤マントを追いかけるか迷ったが、クリスの判断で金眼の鷲を尾行することに決まった。
 2ついっぺんには相手に出来ない、クリスは相手の戦力をそう分析した。
 問題はここから、アラタの逆鱗に触れるフルコースが金眼の鷲によって振舞われることとなる。

「お、カモだな」

 まるで自販機の側に落ちている100円玉を見つけたような感じで、通りがかった人に狙いをつけた。
 その目は蛇のように陰湿で、一目で薄暗い人間だと分かるそれだ。

「へいおっさん。ちょっといい?」

 後ろから声を掛けられた壮年の男性は、酔っているのかふらふらとした足取りで声に応えた。

「はいはい、なんだぁっ」

 振り返ると、拳が飛んできてクリーンヒットした男は堪らず尻餅をつく。

「な、なにも……誰か」

「おっさん、金貸してよ。いつか返すからさ」

 こういうのを小悪党というのだろうか。
 気持ちよく酔っていた帰り、いきなり背後から殴られ、金を毟り取られ、頬に痛みを感じ、泣きながら逃げる。
 彼の心には一生忘れられない傷がつけられただろう。
 だが、それをやった側の金眼の鷲は道幅いっぱいに広がり、談笑しながら帰路に就く。

 彼らがラトレイア家の屋敷に到着したところまでを見届けて、アラタとクリスの任務も終了だ。
 これ以上何も起こらないと判断し、2人は一度ドレイクの家まで帰る。
 何の気なしに、恐らくトイレに寄るくらいの感覚で人を傷つけ、金銭を巻き上げる成人男性たち、それを見ておきながら、任務継続の為なら平気で見過ごす自分。
 アラタには自分と彼らの違いが分からなかった。
 彼らを軽蔑すればするほど、自分が惨めな人間に堕ちていくのを感じる。

 あと数時間で朝が来る。

 その日、アラタはベッドに入ることなく朝を迎え、日課の訓練をするために地下へと降りていった。
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