半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第125話 特務の思惑

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 老人と重たい荷物の組み合わせ、それを目にした時、多くの人はこう思うだろう。
 大変そうだな、と。
 中にはそう考えない者がいるのも事実であり、そこに善し悪しなど存在しないのだが、大変そうだと考えた人間の更に一部には、大変だから手伝おう、そう行動に移す者がいる。
 国や地域によってその差はあるが、特にアメリカのような国ではそんな光景がよく見られる気がする。

 では、この話の大前提となる、老人と重い荷物のペア、これが大変ではないとしたら?
 例えばそう、筋骨隆々のボディビルダーのような白髪の老人が、大きな荷物を軽々と背負って歩いているとしたら、それを見たものはどう思うのだろうか。
 その答えは、今こうしてアラン・ドレイクを見ている人々に聞くのが早いだろう。

 この老人、胸板が厚すぎやしないか?

 服の上からでも分かる圧倒的肉体強度。
 これでクラスは賢者、実力もクラス負けしないような立派なものだというのだ、もう笑うしかない。
 現に彼はアラタを素手で叩き潰している、見掛け倒しの筋肉ではない所もポイントが高い。
 老人は警邏本部を目指して歩いていた。
 丁度入り口に到着した所で、警備の人間にストップをかけられ、ドレイクは入口でしばしの間待たされることになった。
 彼の目的は特務警邏、その長官のダスター・レイフォードだ。
 レイフォード家の分家ながら特務機関の長官にまで登り詰めた彼は、決して一筋縄でいくような甘い人間ではない。
 しかしそれはこちらも同じ、戦えるだけのカードを揃えて、見込みのある勝算を携えてきたのだ、事前準備の差ではドレイクに軍配が上がる。

「大変お待たせいたしました。長官がお待ちです」

「うむ」

 警邏の建物内に案内されると、多くの職員がドレイクを二度見して驚く。
 街中での反応と同じもので、彼からすれば新鮮味に欠けると思ったのか特に気にする様子もなく通されるままに歩いて行く。
 特務警邏は貴族院直轄の組織だが、警邏と名がつくだけあって拠点はカナン警邏機構のものを間借りしていた。
 犯罪捜査、治安維持に尽力するという点では特務も通常のそれと同じだが、同じ警邏の中でも情報をシャットアウトする為に作られた空間にドレイクは今座っている。
 コーヒーが出てきたことに内心ややテンションが下がる彼だが、表には出さない、彼は大人だから。
 対して苦そうにコーヒーをすする向かいの男、ダスターは砂糖はないかと部下に聞くが、予算削減で砂糖を渋ったのは貴方ですと一蹴される。
 自分が欲しいなら砂糖くらい残しておけば良かったのに、そう思いつつ出されたものを飲むドレイク、意外とコーヒー自体の味は悪くない。

「ドレイク殿、今日はどの様なご用件で?」

 飲むことを諦めて本題に入ったダスターに対して、ドレイクは持ってきた袋を指さし、それからカップを置いて話し始めた。

「指名手配されていた2名を捕まえました」

 部屋の中にどよめきが走る。
 室内はパーテーションで区切られているとはいえ、特務のオフィス内だ。
 当然ダスターとドレイク以外にもこの話を聞いている人はいるし、別の作業をしていても嫌でも声は聞こえてくる。

「聞き間違いでしたかな。2人というのは……ティンダロスの猟犬のことで?」

「左様。ワシが捕まえた」

 部下が、ドレイクが、ダスターの視線の変化を感じ取った。
 何か裏がある、そう確信している顔だ。
 正解、この行動には裏がある。
 特務をそれなりに長い期間やっていれば、そんなことくらい感覚で分かる。
 じゃあ直感に従って行動するのか、それはダスターが最も嫌がることであり、彼は袋の中身を見ることにした。

「どうぞ」

 茶色の麻袋、その中には肉塊が2つ。
 まごうことなき人体、そしてそれは確かに指名手配中のアラタとクリスのそれだった。
 薬で眠らせてあると言い、ドレイクの言う通り確かに息をしていたが意識はなかった。
 真偽のほどは定かではないとして、ダスターは検査にかけるよう部下に2人を任せる。
 そして、ここからは2人きりでと場所を変えるよう提案し、彼もそれを了承した。
 部屋を出て向かいの部屋に入ると、そこには窓も何もない5畳ほどの間取りの中に、椅子が2つ、テーブルが1つだけ配置されている。
 ドレイクを上座に据える、この場合上座というのは微妙だが、ドアを背にして席に着いたダスターは彼にこういった。

「私の知りたいことを話していただきたい」

 つまり、俺の知りたいことを想像して、推測して、満足させてみろ、そう言ったのだ。
 お題が既に決まっている分、特段話のネタに困るということはなさそうだが、話す側からすればどれを明かしてどれを隠すのか迷う。
 明かし過ぎれば損をするのはこちらで、隠し過ぎればばれた時に損をする。
 さあどう動く、ダスターが値踏みするような顔でドレイクの回答を待っていると、老人は特に考え込む様子もなくスラスラと話を始めた。

「ワシの依頼主はシャノン・クレスト公爵。ノエル様の元パーティーメンバーである奴を野放しには出来ないという判断じゃ。クレスト殿は、先日の猟犬討伐の一件での協力で貸し借りなしにしたいと申しておる」

 よくもまあこんなに簡単に口から出まかせが出てくるものだが、今回は彼の悪びれることなく嘘が付ける性格に救われた。
 話の土台は作った、後はこれをベースに話し合いを進めていけば思い通りいくはずだと話をひと段落させる。

「事情は理解しました。ではどのようにして奴らを捕まえたのですか? 猟犬の確保は我々でも手を焼いていたものですが」

「奴が隠れ住むことのできる場所はそう多くない。フリードマン邸宅跡地にて発見、正面戦闘で無力化、捕獲した次第である」

「猟犬を正面戦闘で…………なるほど」

 まだ疑いの目は晴れていないようだったが、ドレイクの実力を以てして正面戦闘で抑え込んだと言われれば文句は言えない。
 仮にこれが嘘だとしても、そこに文句を言うことが出来るほど、ドレイクの戦闘力は生半可なものではない。
 ダスターもそこに対してそれ以上聞くようなことはせず、話をつづけた。

「確保した片方はお弟子であられるとお聞きしましたが、こちらの自由に扱って構いませんか?」

「ご随意に。あれはノエル様を傷つけた。死んでも文句は言えんよ」

「そうですか。では拷問しても?」

「好きになさるといい」

「分かりました。もしノエル様がここに来られると面倒ですので、貴方から説明をお願いします」

 厄介ごとはごめんだとばかりに予防線を張り、ドレイクもそれに同意した。
 昨日、特配課を殲滅した際の情報提供、技術提供の貸し借りはこれでなし、その上でノエルに対する説明及び暴走の予防はドレイクの責任で行う。
 大まかに言えばこんなもので大筋合意した。

 面会が終了し、ダスターが席を立つと、最後にもう一つだけと前置き、最大の疑問を投げかけた。

「ティンダロスの猟犬の背後には、いったい何者がいたのでしょうかな」

 彼はその答えを知っているが、知らない体で聞く彼に不審な点はない。

「さあ? 一応特務では他国の支援を受けた反乱分子と考えていますが」

「そうですか。ではワシはこれで」

「ええ、ご協力感謝します。今後とも宜しく」

 ドレイクは警邏機関の建物を後にした。
 建物の窓から彼の背中を見送ると、ダスターは建物1階にある取調室という名の拷問部屋を訪ねた。

「どうだ?」

「強情ですが口を割らないわけではありません。今のところ有益な情報はまだ……」

「そうか、捜査権は我々にあるが、処刑まで時間もない。多少手荒になっても構わん、出来る限り多くの情報を引き出せ」

「はっ!」

 血と汚物の臭いが立ち込める部屋を後にすると、鼻についた嫌な臭いを緩和しようと外に出る。
 相変わらず平和な街だとダスターは嘆息する。
 来年の今頃、この景色は見られないと思うと自分たちの関わっていることでありながら少し後ろめたい気にもなる。

「長官、少しいいですか」

「問題ない。何か吐いたか?」

「いえ、私は担当ではありませんから。何故レイフォード家は特殊配達課を切り捨てたのでしょうか」

 この会話を他に聞いている者はいない。
 珍しい3階建ての建築物、更にその屋上ともなればどこからか覗いている人間がいる可能性はほとんどゼロだ。

「それか。小耳にはさんだ話だがな、相談役達の指示らしい」

「例の?」

「ああ。奴らにとって、主への忠誠心が高すぎるのは問題があるらしい」

「そう言うものですか」

 そう言いながら部下の男は火を差し出す。
 ダスター位であれば魔術で煙草に火を点けることくらい造作もないが、彼が他人に火を点けてもらうことを好んでいることを彼は知っていた。
 紙巻きたばこを自作するのがダスターの趣味だが、その隣で煙を燻らせる男のそれは既製品だ。

「お前のそれ、何とかならんのか」

「私はこれでいいんです。長官こそいいんですか? それ、クレスト家の生産品ですよね」

「知るか。タバコはうまければいい、そこに立場の違いを持ち込むやつは糞だ」

 ゆっくりと煙を吸い込み、そして吐き出す。
 吸い込んだ量に対して煙の量が少なく見えるのは、それだけ彼が煙草の旨味を長く味わおうとした結果だ。
 携帯灰皿に吸い殻を押し込み、2本目に行こうと手を伸ばすダスターを部下は止めた。

「ダメです。お仕事はまだ残っているんですから」

「あと1本くらい変わらんだろう」

「いーえダメです。1本分帰る時間が遅くなるんですから」

 仕方ないとタバコ臭い溜息をつくと、ダスターは屋上から降りていく。

「エルモ、各所に警戒するように伝えてこい」

「え、私が? ドレイクを張るのではなく?」

 エルモと言われた部下は上司の指示に首をかしげる。
 ドレイクの事を信じていないのは自分も同じだったが、それなら直接彼を見張っていればいいのではないかと考えたのだ。

「あいつが本気なら、多分煙に巻かれる。それならこちらの警戒度を引き上げておく方がマシだ」

「では2人は影武者ですか?」

「何とも言えんが……昨日の今日で影武者か。恐らくあれは本物だと思う」

「では私は奴の身辺の動きそうな人間を探してきます」

「うん、任せたぞ」

 エルモが足早にその場を後にすると、ダスターは奥に鎮座している自分のデスクに座り、仕事を再開した。

 ドレイク殿、クローンまで作れるのか。
 流石だ、感服以外の感情が湧いてこない。
 さて、相談役達が何を隠しているのか明らかにせねばな。
 やれやれ、こればかりは人に任せられない。
 間者というのも楽ではないな、アラタ君。
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