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第3章 大公選編
第123話 一緒にやろうぜ
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朧げな意識の中、裏切り者の奴がずっと何かを口にしていた。
何を言っていたのかは分からない。
でも、確かに私に向けて何かを言っていた。
奴に聞いても適当にはぐらかされるのがオチだ、聞くだけ無駄だろう。
「殿下…………」
冒険者の急襲を受けて以来、久しぶりにはっきりと意識を取り戻したクリスは、現状確認に時間を費やす。
まず、視界が半分しかない。
でも目を失った感覚はなく、一時的に視界が遮られているだけに感じる。
手を当てて確認すると、彼女の右目には包帯が巻かれており、それが光を遮断していたと気づいた。
拘束されているわけではないが、動くことが出来ない。
無意識につけていた【痛覚軽減】を消すと、負傷箇所をこれでもかとほじくられるような痛みが彼女を襲う。
染みるようにズキズキと押し寄せる傷の痛みは彼女に生きていることを実感させ、同時にあの悪夢が現実に起きたことであることを証明していた。
殺されかけて、アラタに窮地を救われ、恐らく他の仲間たちは既に……。
「起きたか」
扉が開き、元仲間と、その他に3名の男女が入室した。
彼女の知識では、1人はアラタ。
そして彼の魔術の師、アラン・ドレイク。
フレディ・フリードマンの下についていた時、勧誘を断られたアレクサンダー・バーンスタイン。
そして孤児院の関係者であり治癒魔術の使い手、リリー・フレイル。
「検診しますから、暴れないでくださいね」
リリーが患者の容態を調べる。
脈を取り、呼吸を聞き、怪我以外の異常がないか確認する。
いくつかの検査項目を確認し終えると、安心したように笑った。
「もう大丈夫です。後はお願いしますね」
「あ、おい」
「何です?」
「いや……なんでも、ない」
「ふふ、お大事に」
シャーロットとドレイクは様子を見に来ただけだったみたいで、リリーが退出するのと一緒に部屋から出ていった。
残ったのはアラタ一人、3人は気を遣って2人きりにしたのだ。
「大丈夫か」
「裏切り者。貴様のせいで特配課は……」
寝台から起き上がるところまでは辛うじて何とかなったが、それでも傷は深く、目の前にいる裏切り者の所まで手も足も届きそうにない。
右目の上を何かの破片で切ったのか、アラタを睨みつけているのは左目だけだ。
それでも片目で十分すぎるほど濃密な殺意は、特配課が全滅したのはアラタのせいであると彼女が考えていることを表していた。
寝台のシーツが擦れる音以外、部屋は静かだ。
数秒間、沈黙の時間が流れた。
「そうだ、俺のせいで特配課は無くなった」
そう彼は口にした。
自分が仲間の仇であると、そう言ったのだ。
僅かに視線を下げ、彼女から見て左下を見ながらそう宣言したアラタを見て、クリスは事情を察する。
この顔、この表情を彼女は知っていた。
一体何が原因だったのだろうか、確かドルフが荷物の用意を忘れた時のことだ。
本来奴が道具を用意し、点検し、確認する立場だった時、たまたま近くを通りかかったアラタにノイマンが声をかけ、勘違いされ、説教された時の顔だ。
あの時も今と同じ、視線を逸らして、それでいてへらへらしていた。
今も同じなのか。
私の勘違いなのか。
本当に特配課を壊したのはお前ではないのか。
「お前が裏切ったとして、何故私を助けた」
「それは、いやー、あはは…………」
少し考えれば分かることだ。
こいつが私たちを売ったのなら、こいつは私を助けたりしなかった。
お前が特配課の、皆の敵であればどんなに楽だったか。
お前がそんな顔をするような人間でなければどれほど救われたか。
お前が、お前が…………
「……お前が、お前に裏切って欲しかった」
アラタは席を立ち、扉の方へと向きを変えた。
気を遣ったのだろう、クリスの方を見なかったのはそれが理由だ。
特殊配達課は心に鎧を着なければならない。
本当の自分を隠し、任務を遂行しなければならない。
ただ、それは自分を殺す、壊すことではないのだ。
クリスという人間は、確かにそこにいる。
なら、仮面が剝がれた時、鎧の中から出てくるものはきっとあるはずだ。
それは完全なまでにプライベートな、他人に知られたくない物で、誰かがうっかり目にしていいような物でもないのだ。
零れた思いは形となって頬を伝い、傷に染みた。
その間アラタは何も言わず、ただ部屋の扉を眺めていた。
何の変哲もない、工夫もない扉を、ただ眺めていた。
しばらくして、アラタが振り向いた時、そこにはほとんどいつも通りのクリスがいた。
目が赤く腫れている以外、いつも通りの彼女が。
「この後どうする?」
クリスは首を横に振った。
何もない、自分には何もないのだと意志を表明した。
特配課が全てだった、レイフォード家が、エリザベスが彼女にとって全てだったのだ。
全てを失った彼女にはもう何もない。
一時とは言えクリスと行動を共にしていたアラタはそれをよく知っていた。
だから、アラタは手を差し出したのだ。
「クリス、エリーを助けよう。一緒にやろうぜ」
マメだらけ、タコだらけの掌。
それぞれの指の付け根付近に分厚くなった皮膚が張り付いている。
小指球の辺りは赤黒く変色し、血マメが何層にも折り重なって固まっているのが見て取れる。
分厚い皮は所々破れ、クレーターのように陥没していた。
日々どれだけの研鑽を積めばこのような手になるのか、クリスは自分の手と見比べて想像してみる。
彼女の手もそれなりに傷ついており、一般的な女の子のそれではない。
女性らしいしなやかなシルエットを残しているものの、アラタ同様ボロボロの掌。
差し出された手、そこに写っていたのは想いの大きさと覚悟の表れ。
想い人に対する献身の心と、それを実現するための研鑽の証。
クリスは今、アラタという人間を少し理解した。
こいつは本気だと、並々ならぬ覚悟を持って特殊配達課の門をくぐったのだと、そう理解した。
大切で、大事で、だからこそ自分の考えと食い違った時、彼女を許すことが出来なくてエリザベスの元を離れたのだと、そう考えた。
しかし、今までの彼の行動に合点が行けば行くほど、自身との違いに打ちひしがれ、差し出された手は遠くに感じる。
私もそんな風に強く在りたかった。
自分の頭で考えて、自分の意志に従って生きてみたかった。
アラタの手は目の前にある。
だが取ることができない。
クリスの手は伸び、下がり、また少し伸び、そして下がる。
あからさまに迷っているその動きに、業を煮やしたのかアラタは無理やり彼女の手を掴んだ。
「俺と来い。一緒にエリーの所に帰るんだ」
「お前は強いな。私には無理だよ」
「さっき暴れて切り替えたから。お前にも出来るよ、俺が保証するって」
「でも」
「返事は一つしかないだろ。言えよ、『うん』って」
「…………うん」
「よし!」
ニッコリと笑うアラタの顔を見て、クリスは少しだけ、ほんの少しだけ高まった。
彼の情熱に乗せられたのか、空気に流されたのか、どちらにせよ自分の意志だけで動いたわけではない。
けど自分の意志がないわけでもない。
私はエリをまだ嫌いになってはいないのだ。
そう自分の心の中にある根っこの部分を彼に掘り起こされたような気分で、クリスは頷いた。
彼女自身、チョロい女だと思う。
仲間が死んで、あれだけ落ち込んでも、不思議と生きることを諦める気にならないのだ。
死ぬほど辛くて、悲しくて、本当に死んでしまおうかと思ったくらい、彼らの死は重たいものだった。
でも仲間はまだいる。
決して仲間の命が軽いわけではない。
それでも今、眩しい顔で笑いかけ、一緒に頑張ろうと言ってくれる仲間がいれば、案外私は立ち直れるのだと、そう思った。
まだ傷は完治していないから横になっているようにアラタに言われ、布団をかぶり休むクリスの側で、アラタは外で待機していた3人を迎え入れた。
「それでは先生、お願いします」
「うむ、有難く拝聴せよ」
少し疲れたクリスは、横になるだけでなく少し眠ろうと目を瞑ったが、真っ暗な視界の中聞こえてくる音のやかましさに眼を開ける。
慌ただしく運び込まれる大きめのテーブル、駒、珍しい図面。
図面はアトラひいてはカナン公国の地図であり、配置された駒は縦長の直方体と三角錐のもの、その2種類があった。
配置を完了すると、有難く拝聴するようにと前置きながらドレイクによる説明が始まった。
「四角がクレスト家、三角がレイフォード家じゃ」
「三角多くないですか?」
「黙れ。警邏、その中でも特務警邏はレイフォード家の要素が色濃い。これが特殊配達課を削ってくれたのは予想外じゃった」
「特務か……」
クリスの中にお礼参りする対象が一つ増えた。
「じゃがまだ敵は多い。レイフォード家は票固めをほぼ終え、圧倒的優位に立っておる。このままでは大公選で勝ち目はない」
ドレイクは直方体のコマをいくつか倒してみる。
ゲームオーバーということらしい。
しかしそれでは選挙に負け、残念でしたウル帝国に実権が渡ってしまいますということになる。
そんな簡単に諦める賢者ではなく、その後の解説に移行する。
「クレスト家がやるべきは固めた票を崩し、自陣に引き込むこと。そしてもう一つ、レイフォード家の不正の証拠を集めそれを突きつける、この2つじゃ」
「はい先生」
「なんじゃ落第生」
「落第生的には不正の証拠が何なのか分からんのですが、具体的には何が該当するんですか?」
落第生ことアラタは極めて一般的かつこの場のみんなが知りたいことを質問した。
彼がするほとんどの質問はくだらないことだが、本当に必要なことまで臆することなく聞くことのできる彼のような存在は教える側からすれば重宝する。
「書類」
「暗号貫通あるなら相手はもう紙でやり取りしなくないですか?」
「じゃあ現行犯かしら」
シャーロットが書類の代替として提示したそれは、不正の証拠としてこれ以上ない信用を持つが、同時に押さえる難易度は跳ね上がる。
「それしかあるまい。出来ればウル帝国の人間は避けたいところじゃのう。余計なプレッシャーを掛けたくはない」
「先生的に一押しのターゲットは?」
「ラトレイア家の私設部隊がおる。奴らは統率が取れておらずボロを出す可能性が高い。おぬし等は伯爵家に張りつけ。よいな?」
「分かりました。今度騙したら家燃やしますから」
「ほっほ、心に留めておくとしよう」
本当かなぁ?
また騙されないように、もう仲間を失わないように、へらへらしている見た目とは裏腹にアラタは強く誓った。
何を言っていたのかは分からない。
でも、確かに私に向けて何かを言っていた。
奴に聞いても適当にはぐらかされるのがオチだ、聞くだけ無駄だろう。
「殿下…………」
冒険者の急襲を受けて以来、久しぶりにはっきりと意識を取り戻したクリスは、現状確認に時間を費やす。
まず、視界が半分しかない。
でも目を失った感覚はなく、一時的に視界が遮られているだけに感じる。
手を当てて確認すると、彼女の右目には包帯が巻かれており、それが光を遮断していたと気づいた。
拘束されているわけではないが、動くことが出来ない。
無意識につけていた【痛覚軽減】を消すと、負傷箇所をこれでもかとほじくられるような痛みが彼女を襲う。
染みるようにズキズキと押し寄せる傷の痛みは彼女に生きていることを実感させ、同時にあの悪夢が現実に起きたことであることを証明していた。
殺されかけて、アラタに窮地を救われ、恐らく他の仲間たちは既に……。
「起きたか」
扉が開き、元仲間と、その他に3名の男女が入室した。
彼女の知識では、1人はアラタ。
そして彼の魔術の師、アラン・ドレイク。
フレディ・フリードマンの下についていた時、勧誘を断られたアレクサンダー・バーンスタイン。
そして孤児院の関係者であり治癒魔術の使い手、リリー・フレイル。
「検診しますから、暴れないでくださいね」
リリーが患者の容態を調べる。
脈を取り、呼吸を聞き、怪我以外の異常がないか確認する。
いくつかの検査項目を確認し終えると、安心したように笑った。
「もう大丈夫です。後はお願いしますね」
「あ、おい」
「何です?」
「いや……なんでも、ない」
「ふふ、お大事に」
シャーロットとドレイクは様子を見に来ただけだったみたいで、リリーが退出するのと一緒に部屋から出ていった。
残ったのはアラタ一人、3人は気を遣って2人きりにしたのだ。
「大丈夫か」
「裏切り者。貴様のせいで特配課は……」
寝台から起き上がるところまでは辛うじて何とかなったが、それでも傷は深く、目の前にいる裏切り者の所まで手も足も届きそうにない。
右目の上を何かの破片で切ったのか、アラタを睨みつけているのは左目だけだ。
それでも片目で十分すぎるほど濃密な殺意は、特配課が全滅したのはアラタのせいであると彼女が考えていることを表していた。
寝台のシーツが擦れる音以外、部屋は静かだ。
数秒間、沈黙の時間が流れた。
「そうだ、俺のせいで特配課は無くなった」
そう彼は口にした。
自分が仲間の仇であると、そう言ったのだ。
僅かに視線を下げ、彼女から見て左下を見ながらそう宣言したアラタを見て、クリスは事情を察する。
この顔、この表情を彼女は知っていた。
一体何が原因だったのだろうか、確かドルフが荷物の用意を忘れた時のことだ。
本来奴が道具を用意し、点検し、確認する立場だった時、たまたま近くを通りかかったアラタにノイマンが声をかけ、勘違いされ、説教された時の顔だ。
あの時も今と同じ、視線を逸らして、それでいてへらへらしていた。
今も同じなのか。
私の勘違いなのか。
本当に特配課を壊したのはお前ではないのか。
「お前が裏切ったとして、何故私を助けた」
「それは、いやー、あはは…………」
少し考えれば分かることだ。
こいつが私たちを売ったのなら、こいつは私を助けたりしなかった。
お前が特配課の、皆の敵であればどんなに楽だったか。
お前がそんな顔をするような人間でなければどれほど救われたか。
お前が、お前が…………
「……お前が、お前に裏切って欲しかった」
アラタは席を立ち、扉の方へと向きを変えた。
気を遣ったのだろう、クリスの方を見なかったのはそれが理由だ。
特殊配達課は心に鎧を着なければならない。
本当の自分を隠し、任務を遂行しなければならない。
ただ、それは自分を殺す、壊すことではないのだ。
クリスという人間は、確かにそこにいる。
なら、仮面が剝がれた時、鎧の中から出てくるものはきっとあるはずだ。
それは完全なまでにプライベートな、他人に知られたくない物で、誰かがうっかり目にしていいような物でもないのだ。
零れた思いは形となって頬を伝い、傷に染みた。
その間アラタは何も言わず、ただ部屋の扉を眺めていた。
何の変哲もない、工夫もない扉を、ただ眺めていた。
しばらくして、アラタが振り向いた時、そこにはほとんどいつも通りのクリスがいた。
目が赤く腫れている以外、いつも通りの彼女が。
「この後どうする?」
クリスは首を横に振った。
何もない、自分には何もないのだと意志を表明した。
特配課が全てだった、レイフォード家が、エリザベスが彼女にとって全てだったのだ。
全てを失った彼女にはもう何もない。
一時とは言えクリスと行動を共にしていたアラタはそれをよく知っていた。
だから、アラタは手を差し出したのだ。
「クリス、エリーを助けよう。一緒にやろうぜ」
マメだらけ、タコだらけの掌。
それぞれの指の付け根付近に分厚くなった皮膚が張り付いている。
小指球の辺りは赤黒く変色し、血マメが何層にも折り重なって固まっているのが見て取れる。
分厚い皮は所々破れ、クレーターのように陥没していた。
日々どれだけの研鑽を積めばこのような手になるのか、クリスは自分の手と見比べて想像してみる。
彼女の手もそれなりに傷ついており、一般的な女の子のそれではない。
女性らしいしなやかなシルエットを残しているものの、アラタ同様ボロボロの掌。
差し出された手、そこに写っていたのは想いの大きさと覚悟の表れ。
想い人に対する献身の心と、それを実現するための研鑽の証。
クリスは今、アラタという人間を少し理解した。
こいつは本気だと、並々ならぬ覚悟を持って特殊配達課の門をくぐったのだと、そう理解した。
大切で、大事で、だからこそ自分の考えと食い違った時、彼女を許すことが出来なくてエリザベスの元を離れたのだと、そう考えた。
しかし、今までの彼の行動に合点が行けば行くほど、自身との違いに打ちひしがれ、差し出された手は遠くに感じる。
私もそんな風に強く在りたかった。
自分の頭で考えて、自分の意志に従って生きてみたかった。
アラタの手は目の前にある。
だが取ることができない。
クリスの手は伸び、下がり、また少し伸び、そして下がる。
あからさまに迷っているその動きに、業を煮やしたのかアラタは無理やり彼女の手を掴んだ。
「俺と来い。一緒にエリーの所に帰るんだ」
「お前は強いな。私には無理だよ」
「さっき暴れて切り替えたから。お前にも出来るよ、俺が保証するって」
「でも」
「返事は一つしかないだろ。言えよ、『うん』って」
「…………うん」
「よし!」
ニッコリと笑うアラタの顔を見て、クリスは少しだけ、ほんの少しだけ高まった。
彼の情熱に乗せられたのか、空気に流されたのか、どちらにせよ自分の意志だけで動いたわけではない。
けど自分の意志がないわけでもない。
私はエリをまだ嫌いになってはいないのだ。
そう自分の心の中にある根っこの部分を彼に掘り起こされたような気分で、クリスは頷いた。
彼女自身、チョロい女だと思う。
仲間が死んで、あれだけ落ち込んでも、不思議と生きることを諦める気にならないのだ。
死ぬほど辛くて、悲しくて、本当に死んでしまおうかと思ったくらい、彼らの死は重たいものだった。
でも仲間はまだいる。
決して仲間の命が軽いわけではない。
それでも今、眩しい顔で笑いかけ、一緒に頑張ろうと言ってくれる仲間がいれば、案外私は立ち直れるのだと、そう思った。
まだ傷は完治していないから横になっているようにアラタに言われ、布団をかぶり休むクリスの側で、アラタは外で待機していた3人を迎え入れた。
「それでは先生、お願いします」
「うむ、有難く拝聴せよ」
少し疲れたクリスは、横になるだけでなく少し眠ろうと目を瞑ったが、真っ暗な視界の中聞こえてくる音のやかましさに眼を開ける。
慌ただしく運び込まれる大きめのテーブル、駒、珍しい図面。
図面はアトラひいてはカナン公国の地図であり、配置された駒は縦長の直方体と三角錐のもの、その2種類があった。
配置を完了すると、有難く拝聴するようにと前置きながらドレイクによる説明が始まった。
「四角がクレスト家、三角がレイフォード家じゃ」
「三角多くないですか?」
「黙れ。警邏、その中でも特務警邏はレイフォード家の要素が色濃い。これが特殊配達課を削ってくれたのは予想外じゃった」
「特務か……」
クリスの中にお礼参りする対象が一つ増えた。
「じゃがまだ敵は多い。レイフォード家は票固めをほぼ終え、圧倒的優位に立っておる。このままでは大公選で勝ち目はない」
ドレイクは直方体のコマをいくつか倒してみる。
ゲームオーバーということらしい。
しかしそれでは選挙に負け、残念でしたウル帝国に実権が渡ってしまいますということになる。
そんな簡単に諦める賢者ではなく、その後の解説に移行する。
「クレスト家がやるべきは固めた票を崩し、自陣に引き込むこと。そしてもう一つ、レイフォード家の不正の証拠を集めそれを突きつける、この2つじゃ」
「はい先生」
「なんじゃ落第生」
「落第生的には不正の証拠が何なのか分からんのですが、具体的には何が該当するんですか?」
落第生ことアラタは極めて一般的かつこの場のみんなが知りたいことを質問した。
彼がするほとんどの質問はくだらないことだが、本当に必要なことまで臆することなく聞くことのできる彼のような存在は教える側からすれば重宝する。
「書類」
「暗号貫通あるなら相手はもう紙でやり取りしなくないですか?」
「じゃあ現行犯かしら」
シャーロットが書類の代替として提示したそれは、不正の証拠としてこれ以上ない信用を持つが、同時に押さえる難易度は跳ね上がる。
「それしかあるまい。出来ればウル帝国の人間は避けたいところじゃのう。余計なプレッシャーを掛けたくはない」
「先生的に一押しのターゲットは?」
「ラトレイア家の私設部隊がおる。奴らは統率が取れておらずボロを出す可能性が高い。おぬし等は伯爵家に張りつけ。よいな?」
「分かりました。今度騙したら家燃やしますから」
「ほっほ、心に留めておくとしよう」
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