69 / 544
第2章 冒険者アラタ編
第67話 命はとうに懸けている
しおりを挟む
「ちょっと! お前らは短気すぎる! ちょっ、止まっ、止まれぇぇえええ!」
アトラの街中を引きずられるように連行されていく一人の男がいた。
あるクエストで死亡したがダンジョン内部で生き残っていた……とされている彼は本当のところ一度死んでいる。
彼の側には2人の貴族の子女、公爵家と伯爵家の女の子がいるわけだが、この2人の気性の荒さは折り紙付きだった。
今もこうしてアラタの制止に聞く耳を持たずドレイクの家に向かって爆進している。
事の発端は一枚の紙が屋敷に届けられたことだった。
「私たちに充てて手紙が来ています」
「アラタは今忙しいから私たちだけでも見てしまおう」
「えー、我が優秀な駒のアラタよ、身体の調子はどうじゃ? 完治したのなら2人を守るべくその命を使え。あと今度死んだら蘇生は出来ぬからそのつもりでよろしくぅ!?」
「片付け終わったよー。これから2人も掃除くらい……出来るように…………なって……やっぱり何でもないです」
彼の受難はまだまだ続きそうだ。
「アラタ、私たちは少し出かけてくる」
「どこに? 何をしに?」
「アラン・ドレイクを締め上げてくる」
こうして現在の状況に至るわけだが、アラタは別に手紙の内容を見たわけでも聞いたわけでもない。
怒髪冠を衝かんばかりに怒り、いたいけな老人をボコボコにしてくると言い放つ2人を放っておけないだけである。
恐らくドレイクが2人の逆鱗に触れるようなことを言ったのだろう、そこまで考えられれば後は早い。
『お主は再びここに来る。ワシには分かる』
2人を煽ってそれを止める俺を吊り上げようって魂胆なんだろう。
だけどこの2人を放置するわけにもいかないし、ああもう、くそったれ!
身体強化を使ってもこの2人を止めることは叶わない。
アラタが持っている力は基本的に2人も持っているし、アラタが持っていないものも2人は持っている。
つまり手詰まりだった。
「久しぶりじゃの、我が弟子よ」
「はぁ、はぁ、それは普通にズルい」
「ハハハ、何が言いたいかさっぱりじゃわい」
ドレイクは余裕綽々、それもそのはず、ドレイクの姿が見えた瞬間アラタの手を振り切り、彼に襲い掛かった2人はこうして罠にかかり宙ぶらりんになっている。
「ノエル様もリーゼ様も、ハンモックの寝心地は如何ですかな?」
「貴様がアラタに変なことを吹き込まなければ! そんなことしなければアラタは死ななかったんだ!」
「そうです! 降ろさないとお父様に言いつけますよ!」
フィクションの世界でしか見たことが無いような罠に引っ掛かっている2人を見て、アラタはなるほど、こういう戦い方もあるのかと感心していたがすぐに正気に戻る。
この2人なら罠にかかってもすぐに出てきてもう一度攻撃しようとするはずだと考えた。
「2人とも落ち着いて。確かに先生はアレだけど、そんなに怒らなくても」
「「アラタは黙ってて!」」
「……うぃ」
「アラタ、来い」
ドレイクは2人には目もくれずアラタを家の中に手招きする。
それを見て吊るされっぱなしの2人はさらにキーキー喚くがどうしようもないことはどうしようもない。
2人のフォローは面倒だからしばらく近づかない様にしようと心に決めつつ、アラタは玄関をくぐり第2の我が家のような家に入っていった。
いつもはほとんど地下の訓練施設に入りびたりになるが、今回ドレイクが用意した舞台はリビングだった。
テーブルに置かれたカップケーキは病み上がりのアラタの食欲をこれでもかと言うほど刺激し、今こうしてドレイクが淹れている紅茶はいかにそう言ったものに疎いアラタでも上等なものだと分かるほどいい香りがする。
「まあ食べなさい」
食べ物で懐柔しようって魂胆か。
その手には乗らないぞ、何より自分の命と食べ物、そんなアンバランスな天秤は意味ないでしょ。
席には着いたもののアラタは菓子にも飲み物にも手を付けようとしなかった。
当然と言えば当然だが、それでは話が進まないとドレイクは困ったような仕草をし、杖を取り出す。
「ここで始める気ですか」
ドレイクが攻撃態勢に入ると考えたアラタは昨日ノエルから受け取った刀に手をかける。
袋の中から取り出す手間があるが、最悪袋を雷撃で破壊すればすぐ抜ける。
「【存在固定】、発動」
「え」
杖を一振りし、一言発するとアラタの手がさび付いた機械のようにガクガクと動き始めた。
本人の意思ではないようで、アラタは目を白黒させながら抗っているが全く抵抗できていない。
アラタの右手はケーキのほうへと伸び、クリームがついてしまうことなど一切気にせずガッツリと上から食べ物を掴んだ。
そして掴んだカップケーキは乗せられたクリームをボタボタこぼしながらアラタの口元へと運ばれ、
「ちょ、違、そこ口じゃない!」
「ふむ、やっぱり難しいのう」
アラタのほっぺたにこれでもかと言うほど素材を塗り込み、アラタの手はそこで動作を停止した。
膝の上はクリームやスポンジやフルーツまみれ、顔もべとべと、手はもう取り返しがつかないくらいケーキで汚れ、アラタの目は死んでいた。
これ洗濯するの、自分なんですけど。
そんな意思が込められた無言の圧を放っている。
「すまんの。気を取り直して。ささ、紅茶でも……」
「先生、もういいです。そんなことしなくても話は聞きますから」
「……そうか。ではお言葉に甘えて。2人のところに戻る気になったのはどういう心境の変化じゃ?」
ドレイクはアラタに布巾を渡しながら聞いた。
どこまで本気で言っているのかアラタには分からなかったが、彼からすれば正直に答えるつもりだったしそうする以外特にいいことは無い。
「先生がリリーさんに説得を依頼したのでは?」
「はて、知らぬの」
「……もうそれでいいです。先生の思惑が何であれ、俺の行動は俺の意思で決めます」
「それはそれは。他に聞きたいことは?」
紅茶を口にする。
その長く深いひげで器用なものだとアラタは感心したが、普段から生えていれば意外と大丈夫なのかもしれないとすぐ脱線する思考を元のレールに引き戻す。
「なんで俺に本当のことを話したんですか」
「本当の事とは?」
「俺を捨て駒扱いしたことです。あの場でいくらでもはぐらかせたはずでした」
「そうさのう、お主がそれを知ったうえで2人の元に戻ると信じていたからじゃ」
「だからそれはリリーさんに依頼したんじゃ……いや、じゃあ信じていたとして、何故教える必要が? 何も知らないまま踊らされる人形でもよかったはずです」
「フェアではないからじゃ」
「は?」
「お主は知らぬかもしれんがの、これから2人、特にノエル様じゃな。あの方を取り巻く環境は熾烈さを増す。そうなればワシはまたお主を利用するじゃろう、今回は良くとも何回も利用すればいずれ気付く。それに……歳かの。何も知らぬままのお主を哀れに思ったのも多少はある」
「それを聞いて、俺が残るとでも?」
「選択に時間をくれてやったのじゃよ。早くから事実を伝え、来たるべきその時までに決断する暇をくれてやったんじゃ。ワシは良心的じゃろう?」
どちらにせよ利用されていた事実は変わらないけどな。
アラタは心の中で毒を吐いたが何となくドレイクのことを理解しつつあった。
異常なまでに2人を守ることに執着するこの老人は2人の一体何なのだろうか。
それはきっと聞いても教えてくれないけど、昔の知り合いの忘れ形見とかそんなオチだろう。
狂信的なまでの2人のファン、と言う線もなくは無いけど……まあないか、あの2人にアイドル活動は無理がある。
「ワシのスタンスは示した。後はお主がそれについてくるかどうかじゃ」
「俺は――――」
※※※※※※※※※※※※※※※
「おーろーせー! ウガァァァアアア!」
ゴリラか。
「申し訳ございませんでした。この件は本家の方に謝罪に行かせていただきます」
「もうっ……はぁ、分かりました。アラタはいいんですか?」
「ああ、いいよ。ノエルも落ち着け」
「グルルルル…………あれ、アラタから甘いにおいがする。ケーキだ! アラタお茶してたのか!」
「いいだろ別に何しても」
「あー私も食べたかったなぁー!」
本当に勘弁してくれ。
結構疲れたんだ、色んな意味で。
「どっかの店で買って帰ればいいだろ。ほら、帰るぞ」
「ウゥゥゥゥウウウ……うん」
こんな時、いつも一番最後まで不服そうにしているのはノエルだが、アラタは最近になって彼女の扱い方を覚え始めていた。
我慢行かなくてもうまく話題を逸らすことが出来ればひとまずその場は収まることを学習したのだ。
「アラタ、良いのじゃな」
「はい、ひとまず今は」
「なら良い」
3人は元来た道を引き返し、屋敷へと戻った。
ノエルとリーゼがめちゃくちゃにした屋敷内の設備は何とか復活し、ようやくゆっくりできるとアラタは自室のベッドに腰掛けた。
――お主がそれについてくるかどうかじゃ」
――俺は…………
「2人のところに残ります」
「何故?」
「あの2人のところにいれば、俺のやりたいことが見つかるかも、そんな気がするんです」
「じゃから戦いの日々に身を置くと? その程度の覚悟でお主は土壇場で命を懸けられるのか? 無理であろう?」
「2人のところでやりたいことを見つけたい。これが俺の今の考えです」
「なら……」
「俺は……2人に出会って、久しぶりに誰かに必要とされて、本当に久しぶりだったからまだどうしたらいいか分かっていないんです。でも、役に立ちたいと思った、仲間でありたいと思った、だからここに残ります」
「それでは分水嶺で命を懸けることなど……」
「忘れたんですか? 俺は一回死んでます。先生の言う分水嶺ってやつで、命を懸けて2人を守りました、死守しました。命なんてとうに懸けている」
「うぅむ、まあいいじゃろう。これからも2人を守れ、死守じゃ」
あの時言ったことに嘘はない。
前とは違う、今度こそ嘘じゃない。
いつかパーティーだって終わる時が来るし、しょうもないことで喧嘩してバラバラになる事もあるかもしれない。
でも、それまでは、少なくとも戦っている最中は命を懸けて2人を守ろう。
ノエルが俺を庇ったように、リーゼが治癒魔術でいつも助けてくれるみたいに、俺も全力で2人を守ろう。
そのための力、どんな効果があるのか知らないけど、役に立たないものじゃないと思う。
……【不溢の器】、起動。
「……【不溢の器】」
「…………………【不溢の器】、発動」
「…………………………」
「電源入らねえじゃねえかこのポンコツがぁぁぁぁあああああ!!!」
もう帰りたい。
前途多難であることはいつものことだったが、今度は、今度こそは精一杯最後までやり抜こうと心に決め、青年は前を向いて歩き始めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
第2章 冒険者アラタ編 完
次章 第2.5章 過去編 case Atara:
第2.5章 過去編 case Noel and Liese:
第3章 大公選編
随時更新予定
アトラの街中を引きずられるように連行されていく一人の男がいた。
あるクエストで死亡したがダンジョン内部で生き残っていた……とされている彼は本当のところ一度死んでいる。
彼の側には2人の貴族の子女、公爵家と伯爵家の女の子がいるわけだが、この2人の気性の荒さは折り紙付きだった。
今もこうしてアラタの制止に聞く耳を持たずドレイクの家に向かって爆進している。
事の発端は一枚の紙が屋敷に届けられたことだった。
「私たちに充てて手紙が来ています」
「アラタは今忙しいから私たちだけでも見てしまおう」
「えー、我が優秀な駒のアラタよ、身体の調子はどうじゃ? 完治したのなら2人を守るべくその命を使え。あと今度死んだら蘇生は出来ぬからそのつもりでよろしくぅ!?」
「片付け終わったよー。これから2人も掃除くらい……出来るように…………なって……やっぱり何でもないです」
彼の受難はまだまだ続きそうだ。
「アラタ、私たちは少し出かけてくる」
「どこに? 何をしに?」
「アラン・ドレイクを締め上げてくる」
こうして現在の状況に至るわけだが、アラタは別に手紙の内容を見たわけでも聞いたわけでもない。
怒髪冠を衝かんばかりに怒り、いたいけな老人をボコボコにしてくると言い放つ2人を放っておけないだけである。
恐らくドレイクが2人の逆鱗に触れるようなことを言ったのだろう、そこまで考えられれば後は早い。
『お主は再びここに来る。ワシには分かる』
2人を煽ってそれを止める俺を吊り上げようって魂胆なんだろう。
だけどこの2人を放置するわけにもいかないし、ああもう、くそったれ!
身体強化を使ってもこの2人を止めることは叶わない。
アラタが持っている力は基本的に2人も持っているし、アラタが持っていないものも2人は持っている。
つまり手詰まりだった。
「久しぶりじゃの、我が弟子よ」
「はぁ、はぁ、それは普通にズルい」
「ハハハ、何が言いたいかさっぱりじゃわい」
ドレイクは余裕綽々、それもそのはず、ドレイクの姿が見えた瞬間アラタの手を振り切り、彼に襲い掛かった2人はこうして罠にかかり宙ぶらりんになっている。
「ノエル様もリーゼ様も、ハンモックの寝心地は如何ですかな?」
「貴様がアラタに変なことを吹き込まなければ! そんなことしなければアラタは死ななかったんだ!」
「そうです! 降ろさないとお父様に言いつけますよ!」
フィクションの世界でしか見たことが無いような罠に引っ掛かっている2人を見て、アラタはなるほど、こういう戦い方もあるのかと感心していたがすぐに正気に戻る。
この2人なら罠にかかってもすぐに出てきてもう一度攻撃しようとするはずだと考えた。
「2人とも落ち着いて。確かに先生はアレだけど、そんなに怒らなくても」
「「アラタは黙ってて!」」
「……うぃ」
「アラタ、来い」
ドレイクは2人には目もくれずアラタを家の中に手招きする。
それを見て吊るされっぱなしの2人はさらにキーキー喚くがどうしようもないことはどうしようもない。
2人のフォローは面倒だからしばらく近づかない様にしようと心に決めつつ、アラタは玄関をくぐり第2の我が家のような家に入っていった。
いつもはほとんど地下の訓練施設に入りびたりになるが、今回ドレイクが用意した舞台はリビングだった。
テーブルに置かれたカップケーキは病み上がりのアラタの食欲をこれでもかと言うほど刺激し、今こうしてドレイクが淹れている紅茶はいかにそう言ったものに疎いアラタでも上等なものだと分かるほどいい香りがする。
「まあ食べなさい」
食べ物で懐柔しようって魂胆か。
その手には乗らないぞ、何より自分の命と食べ物、そんなアンバランスな天秤は意味ないでしょ。
席には着いたもののアラタは菓子にも飲み物にも手を付けようとしなかった。
当然と言えば当然だが、それでは話が進まないとドレイクは困ったような仕草をし、杖を取り出す。
「ここで始める気ですか」
ドレイクが攻撃態勢に入ると考えたアラタは昨日ノエルから受け取った刀に手をかける。
袋の中から取り出す手間があるが、最悪袋を雷撃で破壊すればすぐ抜ける。
「【存在固定】、発動」
「え」
杖を一振りし、一言発するとアラタの手がさび付いた機械のようにガクガクと動き始めた。
本人の意思ではないようで、アラタは目を白黒させながら抗っているが全く抵抗できていない。
アラタの右手はケーキのほうへと伸び、クリームがついてしまうことなど一切気にせずガッツリと上から食べ物を掴んだ。
そして掴んだカップケーキは乗せられたクリームをボタボタこぼしながらアラタの口元へと運ばれ、
「ちょ、違、そこ口じゃない!」
「ふむ、やっぱり難しいのう」
アラタのほっぺたにこれでもかと言うほど素材を塗り込み、アラタの手はそこで動作を停止した。
膝の上はクリームやスポンジやフルーツまみれ、顔もべとべと、手はもう取り返しがつかないくらいケーキで汚れ、アラタの目は死んでいた。
これ洗濯するの、自分なんですけど。
そんな意思が込められた無言の圧を放っている。
「すまんの。気を取り直して。ささ、紅茶でも……」
「先生、もういいです。そんなことしなくても話は聞きますから」
「……そうか。ではお言葉に甘えて。2人のところに戻る気になったのはどういう心境の変化じゃ?」
ドレイクはアラタに布巾を渡しながら聞いた。
どこまで本気で言っているのかアラタには分からなかったが、彼からすれば正直に答えるつもりだったしそうする以外特にいいことは無い。
「先生がリリーさんに説得を依頼したのでは?」
「はて、知らぬの」
「……もうそれでいいです。先生の思惑が何であれ、俺の行動は俺の意思で決めます」
「それはそれは。他に聞きたいことは?」
紅茶を口にする。
その長く深いひげで器用なものだとアラタは感心したが、普段から生えていれば意外と大丈夫なのかもしれないとすぐ脱線する思考を元のレールに引き戻す。
「なんで俺に本当のことを話したんですか」
「本当の事とは?」
「俺を捨て駒扱いしたことです。あの場でいくらでもはぐらかせたはずでした」
「そうさのう、お主がそれを知ったうえで2人の元に戻ると信じていたからじゃ」
「だからそれはリリーさんに依頼したんじゃ……いや、じゃあ信じていたとして、何故教える必要が? 何も知らないまま踊らされる人形でもよかったはずです」
「フェアではないからじゃ」
「は?」
「お主は知らぬかもしれんがの、これから2人、特にノエル様じゃな。あの方を取り巻く環境は熾烈さを増す。そうなればワシはまたお主を利用するじゃろう、今回は良くとも何回も利用すればいずれ気付く。それに……歳かの。何も知らぬままのお主を哀れに思ったのも多少はある」
「それを聞いて、俺が残るとでも?」
「選択に時間をくれてやったのじゃよ。早くから事実を伝え、来たるべきその時までに決断する暇をくれてやったんじゃ。ワシは良心的じゃろう?」
どちらにせよ利用されていた事実は変わらないけどな。
アラタは心の中で毒を吐いたが何となくドレイクのことを理解しつつあった。
異常なまでに2人を守ることに執着するこの老人は2人の一体何なのだろうか。
それはきっと聞いても教えてくれないけど、昔の知り合いの忘れ形見とかそんなオチだろう。
狂信的なまでの2人のファン、と言う線もなくは無いけど……まあないか、あの2人にアイドル活動は無理がある。
「ワシのスタンスは示した。後はお主がそれについてくるかどうかじゃ」
「俺は――――」
※※※※※※※※※※※※※※※
「おーろーせー! ウガァァァアアア!」
ゴリラか。
「申し訳ございませんでした。この件は本家の方に謝罪に行かせていただきます」
「もうっ……はぁ、分かりました。アラタはいいんですか?」
「ああ、いいよ。ノエルも落ち着け」
「グルルルル…………あれ、アラタから甘いにおいがする。ケーキだ! アラタお茶してたのか!」
「いいだろ別に何しても」
「あー私も食べたかったなぁー!」
本当に勘弁してくれ。
結構疲れたんだ、色んな意味で。
「どっかの店で買って帰ればいいだろ。ほら、帰るぞ」
「ウゥゥゥゥウウウ……うん」
こんな時、いつも一番最後まで不服そうにしているのはノエルだが、アラタは最近になって彼女の扱い方を覚え始めていた。
我慢行かなくてもうまく話題を逸らすことが出来ればひとまずその場は収まることを学習したのだ。
「アラタ、良いのじゃな」
「はい、ひとまず今は」
「なら良い」
3人は元来た道を引き返し、屋敷へと戻った。
ノエルとリーゼがめちゃくちゃにした屋敷内の設備は何とか復活し、ようやくゆっくりできるとアラタは自室のベッドに腰掛けた。
――お主がそれについてくるかどうかじゃ」
――俺は…………
「2人のところに残ります」
「何故?」
「あの2人のところにいれば、俺のやりたいことが見つかるかも、そんな気がするんです」
「じゃから戦いの日々に身を置くと? その程度の覚悟でお主は土壇場で命を懸けられるのか? 無理であろう?」
「2人のところでやりたいことを見つけたい。これが俺の今の考えです」
「なら……」
「俺は……2人に出会って、久しぶりに誰かに必要とされて、本当に久しぶりだったからまだどうしたらいいか分かっていないんです。でも、役に立ちたいと思った、仲間でありたいと思った、だからここに残ります」
「それでは分水嶺で命を懸けることなど……」
「忘れたんですか? 俺は一回死んでます。先生の言う分水嶺ってやつで、命を懸けて2人を守りました、死守しました。命なんてとうに懸けている」
「うぅむ、まあいいじゃろう。これからも2人を守れ、死守じゃ」
あの時言ったことに嘘はない。
前とは違う、今度こそ嘘じゃない。
いつかパーティーだって終わる時が来るし、しょうもないことで喧嘩してバラバラになる事もあるかもしれない。
でも、それまでは、少なくとも戦っている最中は命を懸けて2人を守ろう。
ノエルが俺を庇ったように、リーゼが治癒魔術でいつも助けてくれるみたいに、俺も全力で2人を守ろう。
そのための力、どんな効果があるのか知らないけど、役に立たないものじゃないと思う。
……【不溢の器】、起動。
「……【不溢の器】」
「…………………【不溢の器】、発動」
「…………………………」
「電源入らねえじゃねえかこのポンコツがぁぁぁぁあああああ!!!」
もう帰りたい。
前途多難であることはいつものことだったが、今度は、今度こそは精一杯最後までやり抜こうと心に決め、青年は前を向いて歩き始めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
第2章 冒険者アラタ編 完
次章 第2.5章 過去編 case Atara:
第2.5章 過去編 case Noel and Liese:
第3章 大公選編
随時更新予定
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました
夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」
命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。
本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。
元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。
その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。
しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。
といった序盤ストーリーとなっております。
追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。
5月30日までは毎日2回更新を予定しています。
それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる