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第2章 冒険者アラタ編
第59話 冒険者たち
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「後方罠設置完了しました!」
「よし、一気に退がるぞ!」
ハルツを最後尾に、冒険者たちは魔物に背を向けて後退を開始した。
よほど高位の魔物でもなければ遠距離攻撃する術を持つことは少なく、それ故に魔物より速く動くことのできる前衛職の人間たちが逃げに徹すればそうそう捕まることは無い。
普段のクエストにおいて、彼らの存在意義と言えば遠距離攻撃を得意とする仲間に魔物が接近することを許さない為であり、上手くいけば遠巻きにして一方的に魔物を狩ることが出来る。
もっとも、近年はどの冒険者も最低限近接戦闘の能力が必要とされているのだが、その中でも近接一本に絞る彼らの戦闘能力はすさまじい。
ハルツとノエルを中心にして退がり気味に魔物の相手をし続けた結果、今こうして魔物たちは罠にかかり一網打尽になっている。
本来であればこんなことするまでもなく魔術師による攻撃で敵を殲滅可能だが、今現在後衛組とは離れ離れである。
2度の魔物による襲撃を退けた一行だが、仲間たちの所在は依然として分からないままダンジョン脱出へ歩き続けていた。
ダンジョンは上から3階層までが上層、下2段を下層と位置付けておりその攻略難易度は上層と下層で大きく異なる。
理由は単純明快、シンプルに下層の方が面積が大きいためである。
別に下へ降りれば降りるほど魔物の強さが上がるわけではない。
魔物の中には臆病な性格をしていながら、ダンジョンに生れ落ちてしまったがゆえに奥深くに隠れ住まざるを得ないものもいる。
下層はそう言った魔物を刺激することなく、もし交戦状態に入れば確実に殲滅しながら広大な敷地を踏破しなければならないという難しさがあるのだ。
その点第5階層、最下層は最悪だった。
本来なら上層に繋がる階段を攻略起点に動いていくわけだが、今回は現在いる場所が会談に対してその位置に相当しているのか分からない。
一定のルールに従って、その上で偶発的に発生した魔物との戦闘を出来る限り回避、無理なら交戦するという場当たり的な行動を取るほかなかった。
既にアラタが保持していた物資も食料品以外は底をつき、彼も戦闘に参加している。
徹夜していたとはいえ、途中から戦闘に参加し始めたアラタはまだましで、リーダーのハルツと共に常に最前線で戦い続けたノエルの消耗は深刻だった。
彼女の持ち味はクラスの力を瞬間的に爆発させ敵を圧倒する、短期決戦型の戦闘方法だ。
長時間戦い続けるにはリーゼや他の仲間のサポートが必須であり、彼女の強みを生かすためにも日ごろの訓練から継戦能力よりも瞬間火力に割り切ったものを採用している。
「ノエル、これ食っとけ」
「……アラタか。ありがとう、でもいらない」
長期間のクエストを想定していない分、あまり日持ちしない食料もある程度なら持ち込んでいたアラタだが、食べやすそうな果物を渡そうとしてもノエルはそれすら喉を通らない。
空腹でも体が受け付けないのだ。
戦闘による緊張感と疲労感、普段なら何も考えず完食できる量の食事でも食べきれず残してしまうことは体の出来上がっていない子供には多い。
小学校、中学校で同じような経験をしているアラタは彼女に無理強いすることはしなかったが、この場合無理やりにでも食べさせるべきだった。
「私が……私は剣聖だから…………アラタを守らなきゃ……」
うわごとのようにブツブツと呟きながら剣を振り続けた彼女に何が見えていたのかは定かではない。
アラタは当然だが、百戦錬磨のBランク冒険者であるハルツでも自分とその他数名に気を配ることで精一杯で、20名程度の集団を効果的にコントロールすることが出来ずにいた。
その後幾度か魔物との衝突を経て、一同はついに第4階層へと続く階段に辿り着く。
当たりを警戒し、すぐに戦闘状態にならない確認が取れると冒険者たちは崩れ落ちるように座り込んだ。
限界、役職別に振り分けた部隊とバラバラになり戦力が激減した状態でも長時間戦闘は堪えた。
ハルツの指示で食料を配るアラタの目から見てもみんなは体力が尽きかけていた。
治癒魔術を使えるタリアがいる分、脱落者は誰もいないが脱落寸前の者は既に4名ほどいる。
「ハルツさん、あれはまだ……」
先ほど何やら会話を交わしたアラタはハルツにある物の使用タイミングを確認する。
「いや、まだだ」
リーダーからの許可は下りない。
仕方ない、というか当然の判断だったが不測の事態に見舞われたアラタは内心その時は今なのではないかと考えていた。
しかしリーゼの安否も不明な状態、どっちつかずの時間が流れている時、一人の男がそれを発見した。
「なんだこれ…………ぁ、ハ、ハルツさん! 上から!」
大きな声を上げて何かを訴える仲間に一同は立ち上がり警戒を強める。
魔物襲撃ではないようだが、ただ事ではないことを理解したハルツは声の主のところへ向かう。
「何があった」
「た、隊長、上から……血が」
本来暗闇ではっきりとは見えていないが彼らの目には魔術師がかけてくれた暗視の魔術効果が付与されたままになっている。
その目を通して世界を見ると……彼の掌は鮮血で染まっていた。
その血痕、と表現するよりは源泉といったほうが正しいか、階段の上から流れてくる人間の血液に最悪を想定する。
「ルーク! 三名選んで階段を下から守れ! 他の者は戦闘態勢でついてこい!」
「えートマス、カイワレ、あとアラタ、残れ」
ルークの指示で5層の警戒に残ったアラタはその現場を見ることは無かった。
ただ上の方でガヤガヤと騒がしくなり、ハルツが一喝することで静まり返る。
その後何やら作業をしていることは分かったが、事実を知らされた警戒組はただ言葉を失うほかなかった。
――中衛組と思われる死体を複数個確認、持ち物から今回の討伐クエストに参加した冒険者と見て間違いなく、その数15~19。
現場は前衛組によって片付けられ、アラタ達が第4階層に足を踏み入れた時は既に血痕が残っているだけだった。
呼吸が荒くなるのを感じる。
吐き気がする。
中衛組にはあいつがいる。
リーゼ。
ノエルが言うにはリーゼの持ち物は、体は見つからなかった。
だけど……だけど……あいつも中衛で…………
『じゃあ私が本気だと言ったら?』
良くない想像ばかりしてしまう。
リーゼが、あのリーゼがそんなに簡単に!?
あり得ねえ、そんなこと、違うに決まっている。
そこから先、明らかに前衛組の士気は低下していた。
リーゼの生死は不明だが、中には明確に死亡判定を下された仲間がいる冒険者もいる。
だが別れを惜しむ時間はなく、ダンジョン脱出のために歩き続けなければならない。
当然涙する者もいた。
だが涙することはあっても立ち止まることは許されない、アラタは初めてのBランク以上のクエストで冒険者の新たな一面を垣間見ることになった。
カナン公国の首都アトラの冒険者ともなれば、適正な難易度設定のクエストを安全に配慮してこなすことが可能であり、戦闘を生業にする職業でありながらその死亡率はあり得ないくらい低い。
だが、それはあくまでもギルド職員や外部委託者による正しい判断が下されたうえでの安全、B~のような脅威度が未確定のクエストではこのようなこともあり得るのだ。
死という現象を間近に、至近距離に眼にして、現代日本で生きてきた青年は一体何を思ったのか。
彼がその胸中を吐露することは無かったが、その黒い瞳が物語っている。
こんな仕事は、こんな世界はあり得ない、どうか夢であってくれ、と。
現場を見た者たちで話し合い、中衛組は魔物の襲撃を受けて全滅したと結論付けられた。
人の手によるものではない傷跡、遺体の一部が消えていたことから魔物が持ち去ったか、それとも捕食したのだと判断された。
人間を食べようとする魔物はいることにはいる。
動物では熊などがそれに該当し、一度人を手にかけた熊は人を襲い続けるという話もある。
しかしアトラダンジョンではそのような魔物はいないはずだった。
それがこの状況、中衛組が全滅するほどの強さの魔物、やはり何かがおかしいのだ。
第4階層に上がり、しばらく歩いた時、一同はそれに遭遇した。
「総員戦闘準備」
「ハルツさん」
「まだだ」
「アラタは下がっているんだ。私が斬る」
ノエルを先頭に、ハルツ、ルーク、カイワレ、討伐隊の中でもトップクラスの使い手が前に出る。
ダンジョンの中は暗いが、アラタはそんなときの為の【暗視】を持っている。
スキルを持っていない者も入り口で使用した魔術の効果が残っており、彼らの目に敵の姿が映った。
その姿を見てハルツは一言、
「中衛が誰も逃げられなかった理由が分かった」
そう言った。
彼らの周囲には半透明の壁のようなものが張り巡らされており、360度全方向への行く手を阻んでいる。
「スライム……ハルツ、こりゃあ変異種だ。核が複数あるし、多分魔力耐性を持ってる」
ルークには相手が何者なのか分かるのか隊長であるハルツに情報を伝える。
アラタが異世界で初めて見た魔物、スライム。
粘性を持つ特殊な魔物だが、透明な体の中に核があり倒すのにはさほど苦労しない。
だがそれは通常のスライムの話であって、ルークの言う通りだとするならかなりの強敵になり得る。
「カイワレ、アラタとギリギリの者を守れ」
「了解」
「ルーク、ノエルさ……ノエルは俺のサポート。タリアはダメージを受けたものを回復してくれ。トマスは待機、穴が開いたら交代しろ」
「「「了解」」」
アラタは刀を握っている。
だが戦力外、相対している異形の存在相手ではまともに戦えない、足手まといだと判断されたのだ。
……くっそ。
「あんま気にすんな。Eランクでこのレベルのクエストに来れただけでも殊勲だ。それよりも、敵から目ぇ、逸らすなよ」
カイワレのその言葉が始まりの合図だったのか、路線バスくらいの大きさの魔物が動き出し、冒険者たちはそれに呼応するように動き出す。
周囲を取り囲むスライムの壁は動くことなく、ただ冒険者を逃がさないようにそこにとどまり続けている。
「核の数は15! 5つずつ斬れ!」
三人の攻撃手がほぼ同時に襲い掛かった。
剣が2人、何処から取り出したのかルークは槍を手にして核を貫く。
瞬く間にハルツ、ノエルが核を5つ破壊するとルークも残す核は2つになる。
「よっし、これで終わ――」
暖色の光がダンジョンを照らし、ルークの攻撃は中止された。
直撃は避けることが出来たのか、ルークは無傷のようだが光の終着点では轟々と炎が上がっている。
「トマス消火!」
ダンジョンは完全ではないがある程度閉じた空間である。
故に火属性の魔術は避けてきたわけだが、そんな理屈は魔物に通じるはずもなく、
「火球、いや、炎槍か豪炎か」
スライムは魔術を使わない。
その常識が、彼らの前で崩れ去っていった。
「よし、一気に退がるぞ!」
ハルツを最後尾に、冒険者たちは魔物に背を向けて後退を開始した。
よほど高位の魔物でもなければ遠距離攻撃する術を持つことは少なく、それ故に魔物より速く動くことのできる前衛職の人間たちが逃げに徹すればそうそう捕まることは無い。
普段のクエストにおいて、彼らの存在意義と言えば遠距離攻撃を得意とする仲間に魔物が接近することを許さない為であり、上手くいけば遠巻きにして一方的に魔物を狩ることが出来る。
もっとも、近年はどの冒険者も最低限近接戦闘の能力が必要とされているのだが、その中でも近接一本に絞る彼らの戦闘能力はすさまじい。
ハルツとノエルを中心にして退がり気味に魔物の相手をし続けた結果、今こうして魔物たちは罠にかかり一網打尽になっている。
本来であればこんなことするまでもなく魔術師による攻撃で敵を殲滅可能だが、今現在後衛組とは離れ離れである。
2度の魔物による襲撃を退けた一行だが、仲間たちの所在は依然として分からないままダンジョン脱出へ歩き続けていた。
ダンジョンは上から3階層までが上層、下2段を下層と位置付けておりその攻略難易度は上層と下層で大きく異なる。
理由は単純明快、シンプルに下層の方が面積が大きいためである。
別に下へ降りれば降りるほど魔物の強さが上がるわけではない。
魔物の中には臆病な性格をしていながら、ダンジョンに生れ落ちてしまったがゆえに奥深くに隠れ住まざるを得ないものもいる。
下層はそう言った魔物を刺激することなく、もし交戦状態に入れば確実に殲滅しながら広大な敷地を踏破しなければならないという難しさがあるのだ。
その点第5階層、最下層は最悪だった。
本来なら上層に繋がる階段を攻略起点に動いていくわけだが、今回は現在いる場所が会談に対してその位置に相当しているのか分からない。
一定のルールに従って、その上で偶発的に発生した魔物との戦闘を出来る限り回避、無理なら交戦するという場当たり的な行動を取るほかなかった。
既にアラタが保持していた物資も食料品以外は底をつき、彼も戦闘に参加している。
徹夜していたとはいえ、途中から戦闘に参加し始めたアラタはまだましで、リーダーのハルツと共に常に最前線で戦い続けたノエルの消耗は深刻だった。
彼女の持ち味はクラスの力を瞬間的に爆発させ敵を圧倒する、短期決戦型の戦闘方法だ。
長時間戦い続けるにはリーゼや他の仲間のサポートが必須であり、彼女の強みを生かすためにも日ごろの訓練から継戦能力よりも瞬間火力に割り切ったものを採用している。
「ノエル、これ食っとけ」
「……アラタか。ありがとう、でもいらない」
長期間のクエストを想定していない分、あまり日持ちしない食料もある程度なら持ち込んでいたアラタだが、食べやすそうな果物を渡そうとしてもノエルはそれすら喉を通らない。
空腹でも体が受け付けないのだ。
戦闘による緊張感と疲労感、普段なら何も考えず完食できる量の食事でも食べきれず残してしまうことは体の出来上がっていない子供には多い。
小学校、中学校で同じような経験をしているアラタは彼女に無理強いすることはしなかったが、この場合無理やりにでも食べさせるべきだった。
「私が……私は剣聖だから…………アラタを守らなきゃ……」
うわごとのようにブツブツと呟きながら剣を振り続けた彼女に何が見えていたのかは定かではない。
アラタは当然だが、百戦錬磨のBランク冒険者であるハルツでも自分とその他数名に気を配ることで精一杯で、20名程度の集団を効果的にコントロールすることが出来ずにいた。
その後幾度か魔物との衝突を経て、一同はついに第4階層へと続く階段に辿り着く。
当たりを警戒し、すぐに戦闘状態にならない確認が取れると冒険者たちは崩れ落ちるように座り込んだ。
限界、役職別に振り分けた部隊とバラバラになり戦力が激減した状態でも長時間戦闘は堪えた。
ハルツの指示で食料を配るアラタの目から見てもみんなは体力が尽きかけていた。
治癒魔術を使えるタリアがいる分、脱落者は誰もいないが脱落寸前の者は既に4名ほどいる。
「ハルツさん、あれはまだ……」
先ほど何やら会話を交わしたアラタはハルツにある物の使用タイミングを確認する。
「いや、まだだ」
リーダーからの許可は下りない。
仕方ない、というか当然の判断だったが不測の事態に見舞われたアラタは内心その時は今なのではないかと考えていた。
しかしリーゼの安否も不明な状態、どっちつかずの時間が流れている時、一人の男がそれを発見した。
「なんだこれ…………ぁ、ハ、ハルツさん! 上から!」
大きな声を上げて何かを訴える仲間に一同は立ち上がり警戒を強める。
魔物襲撃ではないようだが、ただ事ではないことを理解したハルツは声の主のところへ向かう。
「何があった」
「た、隊長、上から……血が」
本来暗闇ではっきりとは見えていないが彼らの目には魔術師がかけてくれた暗視の魔術効果が付与されたままになっている。
その目を通して世界を見ると……彼の掌は鮮血で染まっていた。
その血痕、と表現するよりは源泉といったほうが正しいか、階段の上から流れてくる人間の血液に最悪を想定する。
「ルーク! 三名選んで階段を下から守れ! 他の者は戦闘態勢でついてこい!」
「えートマス、カイワレ、あとアラタ、残れ」
ルークの指示で5層の警戒に残ったアラタはその現場を見ることは無かった。
ただ上の方でガヤガヤと騒がしくなり、ハルツが一喝することで静まり返る。
その後何やら作業をしていることは分かったが、事実を知らされた警戒組はただ言葉を失うほかなかった。
――中衛組と思われる死体を複数個確認、持ち物から今回の討伐クエストに参加した冒険者と見て間違いなく、その数15~19。
現場は前衛組によって片付けられ、アラタ達が第4階層に足を踏み入れた時は既に血痕が残っているだけだった。
呼吸が荒くなるのを感じる。
吐き気がする。
中衛組にはあいつがいる。
リーゼ。
ノエルが言うにはリーゼの持ち物は、体は見つからなかった。
だけど……だけど……あいつも中衛で…………
『じゃあ私が本気だと言ったら?』
良くない想像ばかりしてしまう。
リーゼが、あのリーゼがそんなに簡単に!?
あり得ねえ、そんなこと、違うに決まっている。
そこから先、明らかに前衛組の士気は低下していた。
リーゼの生死は不明だが、中には明確に死亡判定を下された仲間がいる冒険者もいる。
だが別れを惜しむ時間はなく、ダンジョン脱出のために歩き続けなければならない。
当然涙する者もいた。
だが涙することはあっても立ち止まることは許されない、アラタは初めてのBランク以上のクエストで冒険者の新たな一面を垣間見ることになった。
カナン公国の首都アトラの冒険者ともなれば、適正な難易度設定のクエストを安全に配慮してこなすことが可能であり、戦闘を生業にする職業でありながらその死亡率はあり得ないくらい低い。
だが、それはあくまでもギルド職員や外部委託者による正しい判断が下されたうえでの安全、B~のような脅威度が未確定のクエストではこのようなこともあり得るのだ。
死という現象を間近に、至近距離に眼にして、現代日本で生きてきた青年は一体何を思ったのか。
彼がその胸中を吐露することは無かったが、その黒い瞳が物語っている。
こんな仕事は、こんな世界はあり得ない、どうか夢であってくれ、と。
現場を見た者たちで話し合い、中衛組は魔物の襲撃を受けて全滅したと結論付けられた。
人の手によるものではない傷跡、遺体の一部が消えていたことから魔物が持ち去ったか、それとも捕食したのだと判断された。
人間を食べようとする魔物はいることにはいる。
動物では熊などがそれに該当し、一度人を手にかけた熊は人を襲い続けるという話もある。
しかしアトラダンジョンではそのような魔物はいないはずだった。
それがこの状況、中衛組が全滅するほどの強さの魔物、やはり何かがおかしいのだ。
第4階層に上がり、しばらく歩いた時、一同はそれに遭遇した。
「総員戦闘準備」
「ハルツさん」
「まだだ」
「アラタは下がっているんだ。私が斬る」
ノエルを先頭に、ハルツ、ルーク、カイワレ、討伐隊の中でもトップクラスの使い手が前に出る。
ダンジョンの中は暗いが、アラタはそんなときの為の【暗視】を持っている。
スキルを持っていない者も入り口で使用した魔術の効果が残っており、彼らの目に敵の姿が映った。
その姿を見てハルツは一言、
「中衛が誰も逃げられなかった理由が分かった」
そう言った。
彼らの周囲には半透明の壁のようなものが張り巡らされており、360度全方向への行く手を阻んでいる。
「スライム……ハルツ、こりゃあ変異種だ。核が複数あるし、多分魔力耐性を持ってる」
ルークには相手が何者なのか分かるのか隊長であるハルツに情報を伝える。
アラタが異世界で初めて見た魔物、スライム。
粘性を持つ特殊な魔物だが、透明な体の中に核があり倒すのにはさほど苦労しない。
だがそれは通常のスライムの話であって、ルークの言う通りだとするならかなりの強敵になり得る。
「カイワレ、アラタとギリギリの者を守れ」
「了解」
「ルーク、ノエルさ……ノエルは俺のサポート。タリアはダメージを受けたものを回復してくれ。トマスは待機、穴が開いたら交代しろ」
「「「了解」」」
アラタは刀を握っている。
だが戦力外、相対している異形の存在相手ではまともに戦えない、足手まといだと判断されたのだ。
……くっそ。
「あんま気にすんな。Eランクでこのレベルのクエストに来れただけでも殊勲だ。それよりも、敵から目ぇ、逸らすなよ」
カイワレのその言葉が始まりの合図だったのか、路線バスくらいの大きさの魔物が動き出し、冒険者たちはそれに呼応するように動き出す。
周囲を取り囲むスライムの壁は動くことなく、ただ冒険者を逃がさないようにそこにとどまり続けている。
「核の数は15! 5つずつ斬れ!」
三人の攻撃手がほぼ同時に襲い掛かった。
剣が2人、何処から取り出したのかルークは槍を手にして核を貫く。
瞬く間にハルツ、ノエルが核を5つ破壊するとルークも残す核は2つになる。
「よっし、これで終わ――」
暖色の光がダンジョンを照らし、ルークの攻撃は中止された。
直撃は避けることが出来たのか、ルークは無傷のようだが光の終着点では轟々と炎が上がっている。
「トマス消火!」
ダンジョンは完全ではないがある程度閉じた空間である。
故に火属性の魔術は避けてきたわけだが、そんな理屈は魔物に通じるはずもなく、
「火球、いや、炎槍か豪炎か」
スライムは魔術を使わない。
その常識が、彼らの前で崩れ去っていった。
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