半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第53話 心躍らぬ共同生活

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 風呂付の家で一人暮らしがしたい。
 賃貸くらいじゃ風呂付の家は無い。
 よし、じゃあ格安で売り出されている屋敷を買おう。
 ……全財産を失った。
 こんな調子で有り金全てを失い一人暮らしを諦めたアラタだったが、パーティーメンバーの2人が屋敷を買い与えてくれたことによりその夢は少し形を変えて実現した。
 存在自体が貴重な異世界人とは言え、赤の他人に簡単に屋敷を買い与えてしまうあたりに2人の浮世離れした金銭感覚が垣間見えるが、アラタはもう、『なるようになれ』と言った様子でツッコむことも諦めていた。

「そうですねー、ソファはそこにお願いします。えぇっと後は……そうです、ここには絵が映えます!」

「うんうん、いい感じだ。さすがリーゼ、いいセンスをしている」

 ただいま購入した屋敷にて引っ越しの真っ最中なのだが、リーゼの手によって金に糸目をつけない大改装が行われている。
 一体いくらするのか、そんなもの何処で販売しているのかと聞きたくなる品々が運び込まれ、リーゼの指示で配置されていく。
 アラタは高級な家具選びなんて縁がないし、金もない。
 完全に蚊帳の外に置かれている間に着々と屋敷は仕上がっていく。
 リーゼが飾った絵がサ〇ゼ〇ヤにありそうだと思ったが、言っても分からないし、理解されてもそれはそれで困るので心の中にしまっておくことにする。
 個人の部屋には荷物を運び終え、共用スペースは絶賛大改装中なのでその間アラタは屋敷の中を散歩することにした。
 散歩できる広さの屋敷という点から考えて、既に三人で住むには広すぎる建物であることは間違いないが、だだっ広いというただ一点を除けばアラタはこの屋敷を気に入っていた。
 堂々とした鉄の扉に高い柵は防犯性が高そうに見えるし庭も広い。
 花壇らしきものは多少の手入れは必要かもしれないけどそれ以外は誰が管理していたのか不思議なくらい綺麗に青い芝が生えている。
 野球やサッカーはムリでも、フットサルくらいなら余裕で出来るくらいの広さの庭、こんなに広くていいんだろうか、家がもう一軒建つんじゃなかろうか。
 宿に泊まっていた時は人目に付かないように気を付けて刀を振っていたが、ここでならそんな心配もいらなくなる、とアラタの中では庭をトレーニング用に改造する計画を練り始めながら建物に戻る。
 玄関は両開きの扉、これも高そう。
 そして扉を開くとまた高級そうな装飾が施されている床、壁、天井。
 ここまで来ると逆に清々しくなるくらいの金の掛け方、もう感覚がおかしくなってきた。
 余りに綺麗すぎて、クエスト帰りの汚い姿じゃ玄関にも入れない。
 これはここで服全部脱いで風呂に直行かな、と日頃の生活をシミュレーションしながら1階の廊下を歩いていく。
 応接間? や台所など様々な部屋があり、どれもアラタの興味を引いたが大本命は一番奥にあった。
 アラタの大本命、それはもちろん風呂である。

「おぉぉぉおおおおおおー」

 脱衣所を抜けて風呂の扉を開くと、感動で思わず声が漏れる。
 日本の家庭用の風呂とは一線を画すような素晴らしいものなのだ。
 旅館や銭湯の大浴場を想像すれば分かりやすいだろうか、大人数が同時に利用することを想定して作られている設備、蜘蛛の巣が張っているわけでもない、カビが生えて使えないわけでもない、水道が使えるなら今すぐにでも湯を張れるほど清潔に管理された浴場、アラタのハートは鷲掴みにされていた。
 大満足のまま風呂場を後にしたアラタは階段を上がり2階の部屋を見て回る。
 個人の部屋に割り当てたものもあるが屋敷が広すぎて3部屋埋まったくらいじゃ空室は減った気がしない。
 ギルドに貸し出してアパート経営したほうがいいんじゃないのかと思うほどの部屋の余り具合だが今はそれどころではない、早く風呂に入りたいから。
 もとはと言えば、ただ風呂付の家が欲しいという理由でこの屋敷に一人で住もうとしていたのだが、なんてふざけたことを考えていたのだろうかとアラタは反省する。
 だがそれ以上に、この規模、この設備の屋敷が金貨100枚で売られていたことの方がもっとふざけているとも考える。
 このレベルの大きさになるともうアラタには金額すら想像できないが、立地も悪くないことも含めれば、日本円で億、いや10億単位で売られていてもおかしくないほどの物件なのだ。
 2人が裏から手をまわしたとかの方がまだ納得できるんだけどな、と仲間の顔を思い浮かべ、多分2人にそこまでする知恵も勇気もないと一蹴した。
 ではなぜこんなに安いのか、聞いたことなかったけどまさか事故物件とかじゃないよな?
 説明されなかったし、いや、次に入居する人間にも説明義務がないとか? それとも一日だけトーマスさんが住んでクッションになったとか? …………怖いからやめとこ。
 アラタが考えることを放棄して1階に降りると、改装がひと段落着いたのか広間で2人が休憩している。

「お疲れ様。もう終わったの?」

「はい、取り敢えずは。これでパーティーの共同生活がスタートですね」

「ルールとかある? 飯の時間とか」

「私こういうの初めてなので。逆にどんなルールがいいと思います?」

 共同生活。
 共同生活と聞けばアラタの脳内には15歳から18歳までの生活が浮かぶわけだが……

・夜8時以降練習以外の外出禁止。
・朝6時、夜9時点呼。
・一回の食事に付き最低米1kg食べること。
・固定電話の連絡は3コール以内に取る事。
・先輩の命令は絶対。
・etc……

「俺も分からないな。問題があればその都度対処する感じでいいでしょ」

「そうだな。じゃあ基本自由! 解散!」

 あのルールを適用したら地獄になる、心にしまっておくべきだ。
 ノエルの解散宣言をもって、この屋敷のルールは何もない、という状況で共同生活は始まった。
 解散後、アラタは部屋を出て廊下を速足で歩いていく。
 彼がどこに向かっているのかは説明するまでもないが、お目当ての場所に着いたはいいが蛇口をひねっても水しか出てこない状況にアラタは少し戸惑い始める。
 赤と青のキャップのついた蛇口がある、温度調節をするスイッチがある、他にも現代らしく湯を張る方法はいくつかあるが、それらしいものがどこにもないのだ。
 このままではこの広く、素晴らしい風呂場はすこぶる使い勝手の悪いプールになってしまう。
 早く給湯器を見つけなければならないのだが、キョロキョロとそれらしいものを探してもすぐ見つかるわけもなく、あきらめかけたその時、浴場の入り口に見たことの無い、それらしい箱が付いていることに気が付いた。
 アラタはその箱が給湯器である自信があった。
 それ以外の理由でこんなところに見たことないものがあるわけがない。
 壁に固定されていて、動かすこともできない、こんなもの一つしかない。
 箱は開くことが出来、中をのぞくとビー玉が固定されている。
 本当にビー玉が固定されているわけではないが、アラタは魔石なんてものは知らないし魔道具にも詳しくない。

「……うーん、これ、どっかで見たことあるんだよなぁ」

 そう言いながらビー玉っぽい何かに彼が手を触れると、

「魔力が吸われる!?」

 ビー玉もとい魔石に触れるとアラタの体内から魔石に魔力が流れ込む。
 ここまでくればアラタもこの石のことをビー玉とは思わない。

「魔道具か! へー! やっぱ異世界だな」

 アラタは再び魔石に手を触れる。
 先ほどは吸われたが、今度は能動的に魔力を流す。
 魔石は淡い光を帯びながら流し込まれた魔力を受け取り、箱に刻まれた回路に供給していく。
 その過程で魔力は必要な属性に練り上げられ、必要な量が必要な場所に流し込まれ設計された効果を発揮する。
 流そうとしても魔石が魔力を受け付けなくなる、そこまで来ると魔道具の充填は完了だ。
 アラタが浴槽を振り返ると、

「あぁ、あはは、湯気出てる」

 試行錯誤、と言えるほどの事でもないが、特に説明書などを使わずとも安全に使える給湯魔道具は極めて親切な、ユーザエクスペリエンスに配慮した設計をしている。
 蛇口から少し熱いくらいのお湯が供給され始めたことを確認したアラタは満足げに笑いながら風呂場を後にする。
 着替えを持ってきて脱衣所に入ったアラタは紙に、『アラタ入浴中』と書いて風呂場の扉に貼り付けておく。
 友達曰く、お風呂イベントというものが存在するらしいけどそれはイベントなんかじゃなくてただの不注意だ。

「まあそんなイベントなんて実在しないってことだな」

 ドレイクの家でも満足するまで風呂に入っていたアラタだが単純な広さではこちらの風呂の方が広い。
 これだけ大きい風呂を独り占めできるなんて思いもしなかったけど、意外といいかもしれない。
 まあ広い風呂を独善することに意味があるのかは知らないけど。
 けど、

「結構傷増えたな」

 湯船に浸かりながら自身の体を見つめ呟く。
 日本にいた時の傷なんて、大きなものは肘の手術痕くらいだったけど、この世界に来てから凄いスピードで傷が増えている。
 治癒魔術で大体跡形もなく治るけど、前みたいに自然治癒も搦め手治療すると大きな傷はそのまま跡が残ったりする。
 別にだからと言ってどうという訳でもないけど、この傷の一つ一つが異世界に来たことを実感させてくる。
 この世界は不思議なことだらけだ。
 魔術、スキル、クラスなんてものから魔物なんて生物が存在していて、でも惑星の名前は『地球』だからおかしくて笑ってしまう。
 いくら歴史に疎くても、ここが過去の地球とかじゃないことはほぼ確定的だと思う、でもそれにしては現代の地球と似通っている部分が多い。
 地球をベースに、もしくはその逆で世界を作ったのかな、まあ俺には関係ない。
 もしそれが本当なら俺も作られた側のモノなわけだし、真実が何であれどうすることもできないししようとも思わない。
 風呂から上がり着替える。
 荷物を抱えて食事にしようと脱衣所の扉に手をかけようとしたとき、扉は自動ドアのように開いてアラタは何か固いものにぶつかった。

「いてっ!」

「あ、ごめん。入っていたのか」

 アラタはノエルとぶつかるとぺたんと無様に尻餅をついてしまう。

「張り紙見なかった? 俺が書いたやつ」

「何のことだ? ……もしかしてこの落書きのことか?」

 『アラタ入浴中』と書かれた紙をピラピラと振るノエルを見て、分かってんなら入ってくんなよ、と思ったアラタだがすぐに考えを改める。
 『アラタ入浴中』と書かれた紙は、正確にはその文字は日本語で書かれていたのだから。

「あぁー、日本語で書いてたんだった。すまん、それ読めないよな。入浴中って書いたつもりだったんだ」

「なるほど、これでばったり会うことを防ごうとしたのか。この変な字はアラタの世界のものなのか?」

「そうだけど俺の国の文字だから同じ世界の人でも使えるとは限らない」

「随分と不便なのだな。まあいい、私は風呂に入ってくる」

 そう言うとノエルは脱衣所に入っていった。
 それを見送りながらアラタは思った、『お風呂イベント、あったわ』と。
 大学で隣の席になって友達になった彼は正しかったと考えを改めつつ、それよりも文字が読み書きできない不便さを痛感していた。
 クエストの内容も聞かなければ分からない、日常的なあらゆる状態で制限がかかる以上、読み書きは出来なければならないんだ。
 日本人はほぼ全員が問題なくコミュニケーションを取れるレベルで文字を習得していたけど、この世界ではどうなんだろうか。
 冒険者の奴らも俺と同じようにクエストの内容を他の人に聞いたりしていたから甘えていた。
 勉強しなきゃ…………いや。
 言葉が通じるなら文字も読み書きできるようにしておけよ。
 一瞬騙されかけたけどそうはいかない。
 元々俺に関する設定をあいつがしっかりとしておけばこの世界に来てからのトラブルは大体回避できていたんだ。
 やっぱりあいつは今度会ったら一度シメなければ。
 思い新たにすべての元凶に対する憎悪をアップデートした所で、台所にある新品の調理道具で適当に食事を作ってすぐにベッドに入った。
 いつもなら練習するところだろうけど、今日はもう疲れた。
 心躍るとはいかなくても、こう毎日何かしら変化があるのは悪くないと思いながらアラタは寝た。
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