半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第34話 決闘前

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「はぁ? 嫌ですけど」

 同じ冒険者とは言え、話したことすらない人間にいきなり呼び捨てで敬語もなしですか、そうですか、とアラタは間髪入れずに拒絶する。
 アラタが特別礼儀に厳しいわけではないが、不自然に距離を詰めてくる馴れ馴れしい人間や、訳もなく不遜な態度を取る相手にまともに取り合うつもりは彼にはなかった。
 だがえてしてそう言う人種と言うものは、相手の都合や状態などはお構いなしに話を展開する生き物で、嫌だと答えたアラタの返しをガン無視してしゃべり続けた。

「どうやって2人に取り入ったかは知らんが、どうせろくでもない手段を使ったに違いない。お前は2人にふさわしくない。俺が勝ったらお前はパーティーから出ていけ!」

 何言ってんだこのサルは?
 なんで俺はそんな指図を受けなきゃいけないんだ。

「わけわからん。なんで話したこともないお前の申し出を俺が受けなきゃなんねえのよ? 勝負は受けない。はい、勝負は双方の合意が得られなかったため不成立となりました。お疲れ様です」

 今日はメガフロッグを相手にして疲れた、早く寝たい。
 アラタはギルドを後にしようと思ったが出口を他の冒険者に囲まれていることに気付く。
 こいつら本当に消えてくんねえかな。
 流石に刀を抜くわけにもいかず、気配遮断で抜けるかとスキルを起動しようとしたアラタの背後から嘲笑を含んだ煽りが浴びせられる。

「Eランクに上がったのも2人のおかげか、そりゃあ決闘は怖いなぁ」

 構うな、相手にするだけ無駄だ。

「パーティーに入る時も小細工をしたに違いない。例えば……体売ったとかな!」

 んなわけねえだろ、思考回路いかれてんのか。

「おいおい、マジかよ。プライドの欠片もないな!」

 うっぜえな、まあいいや、俺には関係ない。

「いやいや、案外ノエルちゃんから誘ったって言う可能性も」

 冒険者たちの妄想はエスカレートし嘲笑の対象はアラタ一人から仲間の二人にも飛び火する。
 アラタは別に気にしていない、そのつもりだった。
 だが、既にアラタは同じ経験を過去にしている。
 吐き気を催すような、この世の糞という糞を集めて練り固めたような純粋な人の悪意、それに晒される苦しみを彼はもう知っている。
『勝手に話を進めてすまないと思っている、でもお願いだ。私たちとパーティーを組んでほしい』
『うぅ、ひぐっ、ぐすっ。アラタもリーゼも私と一緒にいてくれるの?』
『アラタに同意します。私もここにいるのは私の意思です。まあ私はアラタと違ってずっとここにいますけど』
『うん、うん! ありがとう! リーゼ、アラタ、ありがとう!』

 ――――俺たちは仲間だろ?

 気付いた時にはそれを口にしていた。
 自分自身、もう少し理性的な人間だと思っていた。
 ここでは相手にしないで、ここでの発言に対してしかるべき対応を取る、それが最適解のはずだった。

「俺が勝ったら…………てめえら全員全裸で土下座しろ」

 やばい、変なこと言った。
 彼がしまったと思った時、既に手遅れだった。

「よっしゃあ! 冒険者ヒモのアラタと決闘! 明日正午より闘技場で執り行うぜ!」

 ギルドが沸き立つ。
 もう少し考えてからモノを言うことにしよう。
 そんなことを考えながらアラタはギルドを後にした。

※※※※※※※※※※※※※※※

「言わなきゃよかった。やっぱりやりたくない」

「ちょっと、まだ一時間も経っていないですよ。少し見直した気持ちを返してください」

「まあいいじゃないか。仲間のために怒り、立ち上がる。これもパーティーだ」

「適当なこと言いやがって。大体、2人ともこのこと知っていたのか?」

 食堂のテーブルに突っ伏しながらアラタは問いかける。
 なんであの時会話に介入してくれなかった、2人が俺のことをはっきりとスカウトしたと言い切ってくれればそれでその場は収まったはずなのに、そういう意図だ。

「アラタがパーティーに加わってから自分も、そう希望する人たちが急増したんです」

「そりゃそうだな。でも俺といるときはそうでもないじゃないか」

「普段はそこまでではないんです。アラタがシャーロットさんのところに行っている時とか、別行動を取っている時しつこいんですよ」

 ……変、かな?
 自分で考えて悲しくなるけど俺は大して強くない。
 2人におんぶにだっこと言うのは本当のことだ。
 そんな邪魔者の俺がいようといまいと絡んでくる奴は絡んでくると思うけど……付きまとうタイミングに意図があると思うのは少し偏屈になりすぎか?
 ノエルは例によってこんな時役立たずなのでリーゼから事情を聞く。
 リーゼ曰く付き待ってくる数はそれなりに大勢いるらしく手を焼いているらしい。
 決闘で俺をパーティーから追い出す。
 俺のいないときに付きまとう。
 俺は邪魔?
 それはそうだろうけど、それって皆が皆そうなのかな?

「なんであいつら全員俺をパーティーから追い出そうとするんだ?」

「それはアラタが嫌われているからじゃないか」

「ストレートに言うな。俺何もしてないのに?」

「何でって、私たちとパーティーを組んでもアラタがいたら誰だって……あれ? なんでだ?」

 アラタに続きノエルも気付いたようだ、この話はおかしい。

「おかしいですね。確かにアラタは邪魔者ですが……今までアラタに取り入ってパーティーに入ろうとした人はいましたか?」

「いない」

 やっぱり変だ。
 今までの2人への付きまとい方も十分ストーカレベルで問題だが、それよりもおかしいのは誰も俺に取り入ってパーティーに入ろうと抜け駆けするやつがいないことだ。
 単に嫌われていて誰もそうしたがらない可能性もゼロじゃないけど……自分で考えておいて悲しくなってきた。
 冒険者たちの意図が見えない。
 行動と言動に乖離があって、口にする目的を本当に実現しようという意気込みを感じることが出来ないのだ。

「もしかして、俺って明日殺される?」

 直球な質問に2人は固まる。
 それは2人もそう考えたという証にほかならずアラタは話を続ける。

「先に言っておくけど、俺この街でやましいことは何一つしてないから。あれだろ、絶対二人の家関連だろ」

 貴族のごたごた、出来れば関わりたくなかったけどそもそもこいつらは貴族、こいつらの側にいる限り避けられない問題なのかもしれない。

「教えてくれ。ノエル、頼むよ、俺たちは仲間だろ?」

「むぅ、その言い方は卑怯だ」

「隠し事する方が悪い。いいから教えてくれよ」

 先ほどまで事情を説明していたのはリーゼだがアラタは敢えてノエルに問いかける。
 こっちの方が与しやすい、そういうことだ。

「リ~ゼ~、どうしよう~?」

「情けない声を出さないでください。アラタもノエルから情報を吸い上げようとしないでください。私が話しますから」

「信用していいか」

「ここまで来て嘘は言いません。私とノエルが力を持つのが嫌な人間は大勢います。ただ直接手を出せば本末転倒ですし、名目上護衛のアラタとてそれは同じです。そこで決闘、事故死に見せかける可能性と言うのはあります」

「じゃあ冒険者はグル?」

「いえ、恐らくですけど扇動されているだけだと思います。でも扇動している者が何者なのか分からないと……」

 アラタは少し考える。
 決闘を受けたものの普通にバックレてもいいのではないか。
 体調不良とか何とかいえばいくらでも言い逃れはできる。

「明日逃げてもいい?」

「ギルド主催の興行ですから放棄すればペナルティがありますし、それはいいとしても捜索と言う名目で闇討ちされかねないと思います」

「面倒くさい限りだな。じゃあ試合をやってからすぐとどめを刺されないように会場から出るとか?」

「ですね。流石に街中で犯行に及ぶわけにもいきませんから」

「今考えていることが全部間違いだったらいいのに」

 深くため息をつく。
 なんでこんなことになったんだろう、さっきの俺をぶん殴って止めたい。
 しかも標的は俺、なんで二人は大丈夫なんだよ。

「明日の朝から一緒に来てくれない?」

「どこか行くんですか?」

「死なない為に最善を尽くす」

※※※※※※※※※※※※※※※

 翌日、朝一番で集合した一行は朝食の後まず孤児院に足を運んだ。
 アラタの目的はもちろん姐さんに助けを求めることだ。
 シャーロットは朝から忙しそうに走り回っている。

「姐さん、おはようございます」

「おはよう。今日は稽古に来たわけじゃなさそうね」

「話が早くて助かります。そのことでお願いに来ました」

「決闘ねえ、苦労するわね。で、何をしてほしいの?」

「もし決闘の後すんなり変えることが出来なかったら助けてほしいんです。何かあった時、一時的にでも匿ってほしいです」

 子供たちの多く暮らすこの孤児院で匿ってほしいというアラタの願いにシャーロットは顔をしかめる。
 アラタは教え子であり出来ることならそうしたいのだろうがシャーロットとて立場がある、やりたいからと言って出来るとは限らないのが大人の辛いところだ。

「話は理解した、匿うことは大丈夫。けどね……」

「なんですか?」

「デイブがさらわれた時、もしかしたらあれと今回の件は……」

「繋がっているんですか?」

 無言で頷く。
 未確定の推理でしかないが構図としては姐さんと俺たちは味方と言うことでよさそうだ。

「まあまだ襲われると決まったわけではありませんから。俺や姐さんの杞憂で終わればそれで万々歳です」

「そうだね。迷ったら躊躇することなくここに来なさい」

「はい! じゃあ俺はこれで」

 孤児院を後にするアラタの背中を見送る。
 初めて会った時からあの子の背中には強い意志が宿っている。
 一体どんな生き方をしたらあの年であそこまで背負い込むことに慣れてしまうのだろう。

「アラタ、あんたまでいなくなられたら……生死に人の善悪は関係ないからね……」

 シャーロットは拭い去れない不安を抱えたままアラタを見送った。

「次は先生の家だ、急ごう」

 まだ朝、正午までかなり時間があるが道中どんな邪魔が入るか分かったものではない。
 三人はドレイクの家に到着すると例によって鍵のかかっていない玄関の扉を開ける。

「ちょ、アラタ、それは流石に」

「先生はいつも鍵をかけない。それに緊急事態だ。先生! アラタです! いますか!」

 返事がないのはいつものことだがとりあえず先生を見つけなければ話にならない。
 アラタは階段を昇り一番奥の部屋へと向かう。
 寝ているなら普通に寝室にいるはずだと。
 アラタが部屋の扉を開けるとそこには……先生はいなかった。
 ただ、寝台の隣の机には何か置いてある。

――アラタへ
今日おぬしがこの書置きを読んでいるということは決闘に向かう前のことであろう。
わしは直接おぬしたちを手助けすることはできない。
しかし陰ながらサポートすることは可能である。
その部屋には今日のためにわしが用意したものが置いてある。
まず闘技場への転移をするための魔道具、それに魔力容量を一時的に上げ体力増強効果もあるポーションを渡しておく。
飲めば効果を得られるがこれは奥の手にすること。
一日効果が出た後3日間魔術が使えなくなる。
心して使うように。わしはやらねばならぬことがあるのでこれで失礼する

アラン・ドレイク

「って書いてあります」

「先生俺が次読めないの忘れてただろ。2人がいてよかった」

 アラタは文鎮代わりにおいてある石と瓶入りの飲み物を手に取る。
 ポーションって何だ、そう思ったがエナジードリンクみたいなものかな、それにしては禍々しい色をしていてとても商品化できそうにない。
 魔道具とは何か分からないし、まだ時間もあるから歩いて闘技場まで行こうとアラタは下の階に下りる。
 玄関のカギを見つけて師の代わりに戸締りをしたうえで外に出ようとしたとき、アラタの手をリーゼが掴んだ。

「どうした?」

「……囲まれています。15人」

「ここでやるか?」

 ノエルは戦いたくてうずうずしているのか今にも剣を抜きそうだ。
 リーゼはそんなノエルを制止しながら魔術を行使する。
 レイテ村でも使っていた感知系の魔術、これでリーゼは周囲の状況をある程度把握できる。

「ここにいて問題なさそうです。彼らにこの家の結界は突破できませんから」

「結界ってなに?」

「魔力を媒体に流し込んで永続的な効果を得ることを目的とする魔術の派生です。とりあえずここにいて問題なさそうですね」

「出るときは?」

「「魔道具」」

「あ、そっか」

 その後三人は家の敷地内で今後の動きを確認した後時間をつぶした。
 数時間後、正午まであと数分となる。

「アラタ、もう時間だ」

 ノエルが懐中時計を手に時間を告げる。

「二人とも、決闘は貸しだからな?」

「いいですよ。こっちには借金がありますから」

「俺の立場弱すぎない?」

 アラタが魔力を練り魔道具まで回路を繋げて流し込む、すると魔道具はクラス測定をする水晶のように輝き起動する。
 瞬間、景色が変わり闘技場に移動していた。
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