半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第31話 魔術師

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「ねえ、私に何か言うことはないか?」

「さっきも言っただろ。感謝してるって」

「もっと他の言葉はないのか? ん? ほらほら、感謝してもいいんだぞ?」

 さっきから鬱陶しいなあ。
 確かに感謝はしているよ。
 けどこうも欲しがられるとありがたみが薄れるというか、まあいいか。

「はいはい、魔術の先生を見つけてきてくれてどうもありがとう」

「どういたしまして!」

 アラタの適当な感謝の言葉を満面の笑みで打ち消したノエルは今非常に機嫌がいい。
 何せ知る人ぞ知る大魔術師、賢者アラン・ドレイク殿を魔術の講師としてアラタに用意できたのだから! そう言ったがそんな知っていて当然みたいなこと言われても、俺が一般常識に疎いの知っているだろとアラタからツッコミを受けたノエルはアラタの先生になる人物について説明を始めた。

「賢者は私たちのクラスと同じでかなり希少で優秀なクラスだ。魔術師を志す者なら必ず一度は夢見るクラスだな。今は隠居しているが昔は魔王討伐にも参加している凄腕の魔術師なのだ!」

 ノエルの説明を聞き終わるとアラタは「またクラスか」とため息をついた。
 大体、希少なクラス希少なクラスって言うけど俺の周り皆凄いクラスばかりじゃないか、全然普通の人いないじゃないか、おかしいだろ、やっぱり俺にもクラス寄越せ、と心の中で毒づくがようやく先生が見つかったんだ、素直に喜ぶべきかと考えを変える。

「まあいいや、大体わかったから、2人はこれから用事があるんだよな?」

「そうです。これから貴族院での集まりに行かなければなりませんからアラタは一人で行ってきてください」

「うん、分かっ――」

「一人で行けるのか~?」

「……なにか?」

 また余計なことを、とリーゼは思ったがこうなってはもう遅い。
 2人の仲は決して悪くないがノエルがちょっかいを出すと10倍にして返されるというのが最近の動向だった。

「アラタいつもしつこく道を確認するからな。今日は道を覚えたかな?」

 確かにリーゼから見てもアラタは知らない場所に赴くときかなりしっかりと道を覚えてから動き出す。
 絶対に道に迷ってなるものかと言う固い意志を感じるのだが、それにしてもやや過剰に確認しているのもまた事実だった。
 アラタは日本の現代を生きていた若者、何かあればすぐ光る板、スマートフォンを活用する世代である。
 デジタルネイティブ世代よりは少し年上だがそれでもどこか行きたい場所があればナビをつけてそれに従うのが当たり前だった。
 異世界ではスマートフォンなどない。
 仮にあったとしてもネットワークもウェブも移動体通信に必要な基地局やセルが配置されていない。
 そもそも異世界の地図などインストールされていない。
 もしあればオフラインでもそれなりに役立つのだが、あいにく便利な文明の利器は何一つとして手元にない。
 なればアラタが少しオーバーなくらい道について確認するくらい普通なことであるが、まあノエルも少しからかっているだけなのだ、アラタくらい大人な人間なら適当に受け流して…………

「俺はどっかの誰かさんみたいに方向音痴じゃねえから。ちなみにその誰かはこの前クエストの帰り道わかんなくて地味に俺の後ろついてきてたけど」

「なっ、なんでそのことを! ……あ」

「ノエルも懲りたら墓穴を掘るのはやめてください。アラタもあまりノエルをいじめないように」

「無礼! この男やっぱり無礼だ! リーゼ、何とかしてよ!」

「私はノエルに何とかなって欲しいのですが……」

「もう! 明日は別行動だからクエストは2日後だ! じゃあまた!」

 ノエル、顔真っ赤だったな。

「ノエルはあんなですけど今回は本当に頑張ってくれたんですよ?」

「そっか、悪いことしたかな」

「まあ、ノエルですし気にしなくていいですけど。今度何かあったら少しは優しくしてあげてくださいね」

「……分かった。じゃあな」

 アラタはリーゼと別れて一人街のはずれの方へと向かっていく。
 アトラの街は異世界と言うだけあって高層建築などは皆無である。
 2,3階の建物は多くあるがそれ以上はなかなか、となるし1階建ての家も珍しくない。
 必然的に見晴らしが心なしか良い気がするがまあアラタが享受できる恩恵などその程度のものである。
 アトラの街にも慣れてきたとはいえまだまだアラタの知らない場所は多く、道に迷わないように慎重に進んでいくとそれはあった。
 絵本などの創作物に出てきそうなあからさまに魔女が住んでいそうな小屋、決してそんなものではなく、どこか懐かしさを感じさせる建物、何の変哲もないように見えるがどこか他の建物とは異なる趣を醸し出している、そんな家だった。
 アラタは敷地に入ると呼び鈴がないか探すがそんなものはない、ならノックするかと扉を叩こうとしてあることに気付いた。

「ドア、開いてね?」

 アラタは扉を叩きながら呟いた。
 まあ夏だしそう言うこともあるのかな、と疑問を棚上げして人が出てくるのを待つ。
 待つ、待つが人の気配がしない。
 家の中で何かがうごめき来訪者を出迎えようとする時特有のドタバタ感が微塵もないのだ。
 アラタは外出中かと疑ったが鍵を開けておいて外出するわけがないとその可能性を打ち消す。
 日本でも地方では鍵をかけずに外出することがあるそうだがそれは近隣住民皆顔なじみで知らない人などいない田舎特有の現象であり23区出身のアラタからすればなじみのない話だった。
 もしかしたら何か事件に巻き込まれたのかもしれない、そんな想像が先んじて出てくるのが都会の住人なのである。

 アラタは少し不安になりながらも玄関で靴を脱ぎ揃えてから廊下を進む。
 木の板が張られた床はアラタの体重を支え、軋むまではいかずとも僅かに形を変え、そして元に戻る。
 廊下を進むとやがて突き当りの部屋に行き当たる。
 多くの場合この部屋が一番大きい、いわゆる居間があるはずとアラタは扉を開いた。

「……っお、おい! ジジ、お爺……爺さん! しっかりしろ!」

 アラタは目の前で倒れている白髪の老人を介抱しようと駆け寄る。
 やばい、もし心筋梗塞だったり脳卒中だったらどうしよう。
 ろくな対処法なんて知らないのに、いや、治癒魔術でどうにかなるのか? ここで死んでしまったら俺はどうすれば……
 アラタは迷ったが呼吸と脈の有無を確認しようとその老人の体に触れようとした。
 だが結果触れようとしただけで、触れることはできなかった。
 消えた、アラタが触れようとした瞬間老人は霞のように霧散してしまったのだ。

「は、は!? どういうこと?」

 やばいやばいやばい、爺さん消えちゃった! やばい、マジで、俺が止めさしたのか!? いや、そんなことはどうでも……どうする?
 アラタは当たりを見渡す。
 この家には誰もいないのか?
 だとしたらあれはなんだ?
 ドッキリなのか、それならネタバラシをする人がどこかに……今はそんなことを言っている場合じゃない!
 アラタは助けを呼びに行こうと家から出ようと玄関で急いで靴を履き出ようとした。

「あれ、建付けがっ悪いのかなっ」

 先ほどは特に何の抵抗もなく開閉できた玄関の扉がうんともすんとも、びくともしない。

 ここまで色々あれば分かる。
 アラタは背中にかけた袋から刀を取り出すと腰に差す。
 そして近距離戦用のナイフに手をかけて注意しながら元来た通路を引き返す。
 遭遇即戦闘となってもいいように身体強化と隠蔽用の気配遮断を起動しておく、がこのままではただの空き巣のスキルセットだ。
 まずは手前の部屋から、と用心しながら扉に手をかけ開く。
 ほとんどの扉が開いたが中には鍵のかかっている部屋もある。
 怪しいが流石に壊すわけにもいかず無視して進み続けるが2階に上がった時強化されたアラタの五感が何かを感じ取る。

「いびき?」

 睡眠時無呼吸症候群のそれではないが、それでも確かに聞こえる睡眠の証、決して良いものではないが誰かがここで寝ていることだけは確認できる。
 罠、寝たふり、囮で背後からバッサリ、想像出来るだけのアクションを想定して扉を開く、が何も起こらなかった。
 ただそこにはこの家に入った時に倒れていた老人と瓜二つな顔をした人がベッドで寝ていた。
 良かった、事件とかじゃないみたいだ。
 アラタが安心し老人に話しかけようと一歩足を踏み出した瞬間、見えない何かで拘束されて身動きが取れなくなった。

「……はっ!? なんだこれ、動けっっっねぇえ!」

 見えない何か、空気か? いや、そんなことある? 台風でも人の動きを完全に制限することはできないのに。
 アラタはまとわりつく何かに完全に抑え込まれ動けなくなっていた。
 だがおかしい、油断したけど身体強化をかけていて気配遮断まで使っている、ならおかしいだろ、全然動けねえ!

「驚いたか? どうじゃ、初めて目にする本物の魔術は」

 アラタは危機的状況に陥りながら不思議と得心が言っていた。
 命の危険も感じていなかった。
 そうか、この人がノエルの探してきてくれた俺の魔術の先生。

「アラン・ドレイクさんですか?」

 アラタの問いに老人は白い髪を撫でつけながら答える。

「如何にも。ワシがノエル様の頼みでお主に魔術を教えることとなった稀代の大魔術師、賢者アラン・ドレイクじゃ。以後よろしく」

 稀代の大魔術師、自称賢者、尊大な態度と不思議なことにそれを嫌味と感じさせない佇まい、それがアラタとアラン・ドレイクの出会いだった。
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