半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第26話 発芽

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 体中が痛い。
 リーゼに応急処置まではしてもらったけど、それでも受けたダメージ全てを回復できているわけじゃない。

「アラタ、私が仕掛けます。でもチャンスは多くないです、出来れば一度で」

「分かった。頼む」

 リーゼはシャーロットに向けて真っすぐに突っ込む。
 ノエルも剣を取りそれに続く。
 2人はシャーロットを中心にして6時と3時の方向から同時に仕掛けていく。
 2人は突っ込んだものの一定の距離を持って止まり互いに隙を作るべくポジションを確保しようと走り続ける。
 ノエルが高速で動き続け注意を引き、リーゼはノエルよりさらに近くで間合いの微調整をしながら機を窺う。
 俺は2人が作ってくれる隙を待って姐さんに攻撃を打ち込む。
 賭け、俺の賭けというのは今この場で【身体強化】を成功させ姐さんの動きを止めることだ。
 だけどこれだけ稽古を重ねてコツを聞いても駄目だった。
 いまさら都合よくスキルが発現するとは思えない。
 そこでアラタは発想を、方向性を変える。
 スキル【身体強化】ではなく、シャーロットが以前言っていたなんとなくの感覚で使っている魔力を用いた身体強化を行う。
 アラタ自身魔術は使えない、と言うより魔術とは何ぞやと言う段階だが彼には勝算があった。
 血ではない、何というかこう、ドロッとした水溶き片栗粉みたいな活力の塊みたいなものを体の中に感じている。
 それはスキルを使うと薄まって場所が分かりにくくなる、多分これが魔力と言うものなのだろう、アラタは何とも独特の感性で魔力の存在を認知していたのだ。
 これで体を強化する、それが文字通り身体強化を行うということだと思うから。
 ……ここで失敗すれば俺だけじゃなく2人も無事では済まない。
 今、俺の体には2人の命まで背負っている。
 それに姐さんだって止血もしないであんなに暴れて流石に良くない。
 元はと言えば俺の責任だ。
 まさかかかって来いって言って実際にやったらこんなことになるとは思いもしなかったけど。
 ――覚悟を決めろ。
 アラタは体内に流れる魔力を感じるために眼を閉じ意識を集中する。
 血液とは異なる、重さは感じない、けれど確かにそこにある。
 体内をめぐる元の世界にはなかった人間の重要なエネルギー。
 ありったけ探せ、かき集めろ、集めたら体の隅から隅まで流し込め。
 流したそばから体になじませろ。
 足、腕、腰、胴体、頭、指先まで、細部にまで染み込ませるように魔力を流せ。
 そうだ、いい感じだ、体の中からエネルギーがあふれようとするのを感じる。
 抑えろ、あくまでも体内で循環させろ。
 血をイメージしろ、一箇所に固定しちゃだめだ、じゃんじゃん流せ、少しも魔力を無駄にするな。
 そう、そうだ、いい感じだ。
 外見上アラタの体には何ら変化は起こっていない。
 刀を鞘に納めだらんと両腕を垂らした状態で直立している。
 呼吸は穏やか、痛みはあるが痛覚軽減である程度緩和されている。
 ……多分、成功した。
 後はタイミング、2人が必死で攻撃を捌いてくれている、チャンスは一瞬だ、見逃せない。
 アラタは静かに刀を抜くとじりじりと距離を詰め始める。
 いざという時一歩でも早くシャーロットの元に辿り着くために。
 アラタとシャーロットの距離、およそ30m、高校現役の頃のアラタのタイムが4.15秒、隙が出来てから距離を詰め始めては間に合わない距離である。
 だからアラタはここから更に距離を詰める。
 そして同時にスタートの瞬間も見誤ることの無いようタイミングを計る。
 姐さんの息がだいぶ上がっている、これならそろそろ……
 アラタの目にはノエルがわざと攻撃を誘ったような臭さが見えた。
 そしてそれに吸い込まれるようにシャーロットの大剣が……今だ!
 アラタがスタートを切った次の瞬間、ノエルの剣がシャーロットの攻撃をいなし体勢が崩れた。

「今です!」

「やれ!」

 2人の合図が聞こえた時、アラタはありったけの力を込めた足で大地を蹴って駆けだした後だった。

「うおぅっ!」

 駆けだしたと思った瞬間アラタはシャーロットのすぐそばまで移動していた。
 これが身体強化か、そう考え終わるかどうかの刹那の瞬間、強化されたアラタの目はシャーロットの攻撃を確かに捉えた。
 アラタの突進に合わせてカウンター気味に繰り出されたパンチは掠っただけでも重傷を負いそうな威力を保持している。
 これをアラタは身を捩って何とか回避、体勢を崩されたうえカウンターも空振ったシャーロットは今この瞬間、一瞬だけ無防備だ。

「姐さん、すまない」

 くるりと刀を返す。
 いつの日かノエルに初めて刀を貸した時見せてくれたように。
 そして刀の峰でシャーロットの首筋に一振り入れる。
 フォンッと風を切る音を鳴らし首に吸い込まれた峰打ちは、ミシリと嫌な音を立ててシャーロットの首を打ち据えたが首は飛んでいない。
 峰打ちだろうが鋼の合金による一撃、ダメージは大きく最悪死に至ることもあるだろう。
 それでも姐さんなら死ぬことはないだろうとアラタは気持ち強めに刀を振った。
 シャーロットの首を狙うために空中に飛び上がっていたアラタはそのまま着地すると、ほぼ同時に彼女も崩れ落ちる。
 3人がかりでようやっと無力化に成功したころ遠くからぞろぞろと応援が駆けつけてくるのが見えた。

「リーゼ! シャーロットさんを!」

「はい! ノエル、アラタ、体勢を変えるのを手伝ってください!」

 リリーさんやほかの皆もわらわらと駆けつけてきてシャーロットの治療に入る。
 とにかくこれで話が出来る。
 ひと段落だ、良かった、何とか命は助かった。
 骨は何本か折れたし痛覚軽減はオフに出来ないからめっちゃ疲れる。
 でもそれで済んだだけましだ、だって今回は冗談抜きで殺されると思ったんだから。
 危なかった、もし魔力を使った身体強化が成功していなかったらとっくに殺されていた。

「アラタも治療しますから、そこに座ってください」

「おう、頼むわ」

 アラタは刀を収めると地面に座りリーゼの治療を受けた。
 アラタは治癒魔術を受けるときの何とも言えない感覚があまり好きではないが、贅沢なことは言ってられない。
 もしここが日本なら救急車からの緊急手術は間違いないのだ、ならおとなしくしておくに限る。

「それにしても、真っすぐ突っ込むだけのあれが秘策だったんですか?」

「だけって……魔力を使った身体強化のことは知識としては教わっていたんだ。スキルが無理ならこれしかなかった」

「アラタにはいつも驚かされますけど、一歩間違えていれば死んでいたんです。もっと慎重になってください」

「ごめん。気を付ける」

「姐さん、久しぶりにこうなってしまいましたね」

「……ああ、すまないね皆」

 アラタの治療が完了し明日もう一度治療すれば完治するくらいには回復した頃シャーロットが目を覚ました。

「アラタ、あんたには申し訳ないことをしたね。おこがましいようだけど許してほしい」

「危うく殺されるところでしたよ。でもまあ、自分も短慮でしたし……一応身体強化は成功しましたから良しとしましょう」

「そうかい。……確かに強化されているのが伝わってくるよ」

「え? 今は強化していないですよ?」

「そうなのかい? でも私の目には強化されているように見えるよ」

「スキルをオフにしたか?」

「何言っているんだよノエル。もう痛覚軽減だけで他のスキルは……あれ?」

 何かスキルが起動している感覚がする。
 初めは治療を受けたからだと思ったけど体も軽い。

「スキルをオフにしてみればいいんじゃないですか?」

「それもそうだな。……ぅおお、体重っ」

 起動していたスキルを切ると、急に体が鉛みたいに重くなって普通に立っているのがしんどくなってきた。
 アラタはたまらず膝に手をつく。

「限界の中でスキルに目覚めたようだね。私も我を失って暴れた甲斐があったよ」

 足がプルプル震えて生まれたての小鹿みたいになっている俺を見て満足そうに笑う。
 なにわろてんねん、こっちは死にかけたんだぞ!

「何か文句があるのかい?」

「いえ? 何もありません」

「ふふっ、アラタは本当に顔に出やすいな」

 考えていることすべてが顔に出ているアラタを見てノエルが笑顔になる。

「お前にだけは言われたくねーよ! 大体俺とリーゼが引き返してこなかったら絶対やれてただろ! 俺たちが来た時あからさまに嬉しそうにして、ノエルの方が絶対顔に出やすいからな!」

「なっ、はぁ!? そんなことはない! アラタだってあの時……」

「まあまあ2人とも。全員無事でよかったじゃないですか、それでいいじゃないですか」

「まあ、それはそうだけど」

「そうだな、無事でよかった」

 死人はなし、アラタも身体強化を会得してめでたしめでたし、そんな時リリー様が軽い悲鳴のような声を上げた。

「ちょっと姐さん! 拳が裂けるなんていったいどんな力で振りぬいたんですか!」

「……さぁね?」

「さあねじゃありません! 治療する身にもなってください!」

 アラタのつけた刀傷や首に打ち込まれた打撲などのダメージもきっちりと回復させてしまうあたり、リリーも中々の治癒魔術の使い手だということだが、そんな状態に慣れきっているのかシャーロットはがっはっはと高笑いして全く反省していない。

「まあとにかくよかったじゃないか。魔力操作がスキルの方の身体強化に必要な条件だったとはね。盲点だったよ!」

「まあ普通は多少なりとも使えるはずですからね」

「姐さんは少し休んでください。脳の損傷は私でも治せないんですから」

「それよりも姐さん、改めてすみませんでした。俺、少し焦ってたんです。だから姐さんに図星を突かれてカッとなって、本当にすみません」

「いいんだよ! あんたが本気を出せるように煽っただけなんだから。まあその後私も乗せられちまったんだけどね。とにかく明日以降も好きな時にうちに来な。またいつでも稽古つけてやるから」

「いえ、姐さん相手だと命を賭けなきゃならなくなるんで他の皆さんに頼みます」

「違いないね! 私たちが姐さんの代わりに相手するよ!」

 アラタはがははと笑う皆を見て思った。
 この人たち誰が相手でも大差ないからどうせろくなことにならないと。

「また顔に出ていますよ。そろそろ帰りましょう?」

「そうだな、疲れたし帰るか」

「そうだ、ノエル、リーゼ、2人は少し残りな」

 濃密な時間だったが時間はまだ昼前、これから昼食を取って午後の練習をするか軽いクエストを受けようと思っていたアラタは、一人で帰れと宣告を受けた。
 2人の話が終わるまで待っていると言ったが姐さんたちに有無を言わさず帰らされてしまったのだ。
 その日、アラタは午後の間身体強化を使いこなせるように練習しようと思ったが、体力消費があまりに激しく活力が足りずダウンした。
 半分寝ながら昼食を取り新しいスキルを習得した達成感を胸に泥のように眠った。
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