半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第19話 一か八か

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 敵の姿が揺らいだ。
 陽炎のように姿が背景に同化する。
 【暗視】を使用しているアラタの視界から一瞬消えた男は瞬きする間にアラタの目の前まで距離を詰めていた。

「弱いな、お前」

 再び超接近戦に持ち込まれたアラタは防戦一方となり後ろ向きに退きながら辛うじて身を捩り、敵のナイフに刀を合わせ対応する。
 距離、ナイフ、近……このままじゃ、死…………

「んんんぬぁぁああ!」

 裂帛《れっぱく》の気合と共にアラタから見て左下から敵を斬り上げる、その攻撃はちょうど敵の動きの止まる瞬間に合わせられており敵はナイフを使ってこれを防ぐ。
 再び両者に距離が出来る。
 アラタの攻撃は少し当たっていたのか敵の左肩の布が破けていた。
 だが完全には捉えきれておらず血も流れていない。
 さっきの感覚は、何か特殊な技術、歩行術みたいな……いや、スキルか。
 あれがスキル、ふわっと敵の姿が消えたと思ったら次の瞬間には距離を詰められていた。
 消えるのもすっげー厄介だけど距離の詰め方も多分おかしい。
 姿が一瞬消えるスキル、それと高速で距離を詰めるスキル、最低でも二つのスキルが使われているはず。
 けどそれが分かったところで……どうするか。
 現状俺にあの距離の詰め方を対処する術はない。
 頭に負けがちらつく。
 試合で負けるのならそれは仕方がない、また頑張ればいい。
 試合中に負けがちらつくような集中力の無さ、それも反省点として次に活かせばいい。
 でもこれは違う。
 これは試合じゃない、殺し合いだ。
 負ければ即死、次なんてない。
 逆転の目は薄い、でも諦めたらそれこそ死が確定してしまう。
 厄介ごとに自分から首を突っ込んでおいて、何も成すことなく死ぬ?
 実時間と異なる体感時間の中で堂々巡りになる思考を何とか制御しようとするアラタだが安全に逆転する方法なんてない。
 地力は向こうの方が上、こちらは博打に出なければ勝利に手が届かない。
 アラタは呼吸を整えると刀を大上段に構える。
 隙だらけだ、でもこれでいい。
 青年は全神経を集中させ次の一撃にかける。

「隙だらけだな。どこからでも斬ってくれと言わんばかりだ」

 アラタは答えない。
 言葉を発するだけのリソースを持ち合わせていないのだ。

「諦めたか。一撃で葬ってやる」

 敵はそう宣言すると再度姿を眩ませる。
 アラタから見ても相変わらず仕組みは分からない。
 落ち着け、集中しろ、敵は…………

「ここぉ!」

 アラタは渾身の力を込めて刀を振り下ろした。
 大上段から真下へ斬り下ろす。
 この世界に来て、生まれて初めて刀と言う道具を手にしてから一番多く繰り返してきた軌道、だがその向きは正面ではない、180度真後ろへ向けて半回転しながら刀を振り下ろした。

「ぐぅう、なぜっ、くっ」

 男はアラタの攻撃をナイフで受けようとしたのか躱せなかった定かではないがアラタの一太刀をもろに受けボタボタと血を流している。
 ナイフで軌道を逸らしたのか一撃で絶命するに至ってはいないがいつの日かアラタが秋葉原で意識を失うまでに流したよりもはるかに多い量の血が地面を濡らしている。
 先ほどの攻防で両者の位置は逆になり敵は膝をついている。
 アラタは誘拐されたと思われる子供の元へと駆け寄り縛られた手足の拘束を解き、塞がれた口を解放した。

「ありがとう」

 男の子は小さくつぶやくとアラタの陰に隠れる。
 状況はまさに一発逆転、360度どこから攻撃してくるか山勘にかけて分の悪い賭けに勝ったアラタの勝利は揺るがない。
 しかし彼の限界もかなり近いこともまた事実、命に届く傷はないものの寒いし足元もおぼつかない。

「誰かぁ! 誘拐犯だ! 警察を呼んでくれぇ!」

 渾身の力で叫ぶといよいよ立っていられずアラタも座り込んでしまう。
 本来なら始めからこうするべきだった、でもあの時点ではこの子は助けられなかったかもしれない、それなら結果論だけどこれでよかったはずだ。
 敵も限界、叫んで助けを求めた、もし敵がまだ動けるのならこれで帰ってくれると……

「仮初の主の命で死ぬことになるとはな」

 ぽつりとこぼした男の声はアラタまで届くことはなかった。
 傷は深く日本で救急搬送されたとしても助かる見込みはほぼないだろう。
 今死ぬか、それとも次の瞬間死ぬかという状態で男はなおも立ち上がりゆっくりと歩き出す。
 歩みは徐々に速度を増し小走りになりそして夜の路地を駆ける。
 アラタは今度こそ仕留めようと刀を握り直そうとして右手を見た。
 震えて刀が握れない。
 極限の状態の中通常とは比較にならないほど早く消耗したアラタの握力はもはや刀すら握れない程に落ちていたのだ。
 格闘戦に持ち込もうと渾身の力で立ち上がり拳を構える。
 瞬間また敵の姿が揺らいだ。
 まずい、対処しきれない。
 脳裏に敗北の二文字が浮かぶ頃には敵は目の前まで迫っていた。
 敵の手にはパチパチと火花を散らす筒状の、見たことなかったけど爆弾……この文明レベルでそんなのありかよ!
 せめて子供だけでも!
 アラタが子供に覆いかぶさり地面に倒れ込むと男の握りしめた筒は爆発した。

※※※※※※※※※※※※※※※

 目の前で爆弾が炸裂した。
 俺はそう思ったけど実際には違った。
 爆弾が爆発するかどうかという瞬間爆弾は敵の体ごと夜の空に吹き飛び、そして爆発した。
 爆発は目の前ではなく頭上で起こったんだ。
 すさまじい閃光と爆発音、これで至近距離で爆発したらと思うとぞっとする、俺の体だけじゃこの男の子を助けることなんてできなかった。
 強引に覆いかぶさった時にケガすることもなく男の子も無事、良かったと思う反面なんで敵は空に打ち上げられたんだ?
 そんなアラタの疑問はすぐに解消されることになる。
 アラタの目の前には尋常ならざるほどに堂々とした体躯の人が立っている。
 アラタもかなり背が高い部類に入るがそんなものではない、明らかに2m以上ある身長と体格の良さが相まってより大きく見えるのだ。

「母ちゃん!」

 この子の母親か。
 …………母親か?
 いやいや、人を見た目で判断するのはいけない、性別が絡むとなればなおさら繊細な問題だ、失礼があってはいけない。
 アラタの【暗視】には子供を抱き締める筋骨隆々のたくましい腕、多分どちらかと言えば父親がいるのだが本人たちが母親と言っているのだ、それに従う方が波風を立てずに済む。
 もう疲れているんだ、限界なんだ、これ以上面倒ごとに関わるのはやめておきたい。
 と……いうか……あ、やばい。
 体がもう、動……
 アラタの体は言うことを聞かず夏の暑さで微妙に温かい路地の石畳の温度をその身に感じていた。
 意識はある、だけどもう動けない、死にはしないんだ、このまま朝までここで寝ていたい。
 限界までつかれていたアラタはそのまま目を瞑る。
 多少回復したら起きて2人のところに行こう、ちょうどそう決めたところでアラタの体は何者かに持ち上げられ逞しい背中の感触を感じていた。

「あ……あの」

「しゃべらなくていい、あんたには礼もしていない。それに今すぐ治療が必要だ」

 やっぱり母さんじゃなくて父さんじゃないか、そう思ったところで俺は入眠した。

「私はデイブとこの子を孤児院へ連れていく。警邏への事情説明と事後処理は頼んだよ」

「分かりました。ところで姐さん」

「なんだい?」

「その子、ひょっとして最近話題になっているクレスト家の……」

「そうなのかい? まあいいさ、デイブの命の恩人を放っておくわけにもいかない」

「それは……そうですけど」

 何者かがそんな会話をしている間、アラタの意識はすでになかったわけだが轟く爆発音をきっかけにして周囲が騒ぎになっている。
 先ほどの誘拐犯だと叫んでいた声はいたずらではなかったのだと人が集まってきた。
 そんな中を当事者であるアラタは何者かの背中に乗せられて離脱したわけだが再びアラタが目を覚ました時、彼はそんな喧騒から離れた寝台の上にいた。
 レイテ村のカーターの家の天井ではない、宿の天井でもない、ましてや馬車の中でもない。
 アラタの中にまた見知らぬ天井コレクションが増えたのだがこの天井は少し高い天井だった。

「まだ寝ていてください」

 凛とした声のした方を向くと修道服を身に着けた女の人が座っていた。
 リーゼの服もなんとなく修道服っぽいなと思っていたけど本物を見たら全然違う偽物だったことがよくわかる。
 リーゼのはコスプレみたいでこの人のはちゃんと本職の人の雰囲気と言うか使用感が出ている。

「あの、俺」

「結構ボロボロだったんですから、治癒魔術がなければ今頃……とにかくおとなしくしていてください」

 治癒魔術と言われて気が付いたが体に合ったはずの傷がきれいになくなっている。
 リーゼの奴、治癒魔術は希少ですから感謝してくださいねとか言っておきながらいるじゃないか、治癒魔術使い。
 偶然運よく治癒魔術師に巡りあってしまったがゆえに彼の中で治癒魔術の価値は暴落しているが実際治癒魔術師はかなり希少な存在である。
 リーゼに治癒魔術の素養があると分かった時クラーク家では祝いの席が設けられたほどであるし孤児院にいるシスターが治癒魔術を行使できるなど例外中の例外だった。

「あら、目が覚めたのかい?」

「姐さん」

 ドスドスと足音を立てて近づいてきた声にアラタは心当たりがあった。
 巨躯に赤毛、それを三つ編みにして後ろに流している。
 それがアラタとシャーロット・バーンスタインとの出会いであった。
この出会いはアラタをより一層冒険者として、クレスト家の護衛として深みに引きずり込むこととなる。
 当事者達の望む望まざるに関わらず運命の歯車は廻っていくのだった。
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