半身転生

片山瑛二朗

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第1章 黎明編

第5話 異世界人の価値

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「そろそろ終わりにして帰るか」

「ああ……うん。………………そうしようか」

「だいぶ疲れたみたいだな。大丈夫か?」

 夕方になり辺りも薄暗くなり始めたころ、ようやく今日の稽古は終了した。
 一度もやったことなどない剣の稽古を受けてへとへとだ。
 それに、

「よく考えたらここ数日何も食ってない気がする」

「お前そんな状態で稽古なんてやってたのか!? 言えよ! 早く帰って飯食おうぜ! アラタの面倒はうちで見ることになったからよ」

「そうなのか。お世話になります。それなら早速で悪いんだけど」

「飯と水浴びだろ? 先に飯だな!」

(風呂に入りたいだなんて言えない…………)

 稽古をしていた場所からすぐのところに木造の家があった。
 一階建ての平屋だがそこそこ広そうだ。

「部屋は俺と一緒になるけどそんなに狭くないと思うし大丈夫だと思うぜ?」

「分かった。それより」

「分かってるよ、焦るなって」

「エイダン! 稽古はもう終わったのか?」

 家に入ろうとしたときほぼ同時に扉が開いてエイダンを大きくしたような人が出てきた。
 似ているな。

「ああ親父、ただいま。こいつが今日から家で面倒を見るアラタ・チバ。アラタ、これが俺の親父のカーター。あと家に中にいると思うけどお袋がハンナ、妹がレイナだ」

「カーターさん、アラタ・チバです。これからしばらくお世話になります」

「おう、よろしくな!自分の家だと思っていいぞ!」

 良かった。
 見た目通りやさしそうな人だ。

「そろそろ飯の準備ができると思うからその前に体洗ってこい」

「はい、分かりました」

 俺はエイダンと共に家の裏手にある井戸で体を洗った後家に入り夕食となった。
 この世界に来てから初めての飯だ。
 本当に何も食ってなかったからマジで死にそうだった。
 結論から言うと飯の味はよくわからなかった。
 というのも腹が減りすぎていて全部美味く感じたのだ。
 多分普通に食べたらそこそこかあまりおいしくない部類に入るのかもしれない。
 でもそんなことは今の俺に関係ない、とにかくすべての料理がうまく感じる。
 空腹は最高のスパイスって本当でいくらでも食える気がする。

「はっはっは。そんなに腹が減ってたのか。それともそんなにうちの料理がうまかったか。いずれにしろ良かった」

「たぶんどっちもですよ。こんなに食べさせてくれてありがとうございます」

「いいんだ。どんどん食べろ。それよりなんでアラタはこんな何もない村に来たんだ? あのお二人と違って冒険者ってわけでもないだろう」

 普段なら話していいか迷う質問ではあるが今の俺は待ちに待ったご飯にありつけることができてとても満ち足りている。
 アラタの口からはすらすらと質問の答えが出てきた。

「ああ、それはですね」

 俺は今まで体験したことをすべて話した。
 急にこの世界にやってきたこと、スライムに食料を食われたこと、盗賊に襲われた? こと、ここにきていきなり訓練しろと言われたこと。

「アラタ、じゃあお前異世界人ってやつなのか!?」

「ええ、あの二人もそんなこと言ってましたね」

「そうか。あの二人も知っているのか」

「そうですけど。同じこと話しましたから」

 カーターさんは何か考え込んでいる。
 ハンナさんもなんか難しい顔をしている。
 やっぱり言うべきではなかったか?

「アラタさんは元の世界で何をやっていたの?」

 この重苦しい雰囲気を打破するように俺の向かいに座っていた女の子が話しかけてきてくれた。
 確かエイダンの妹のレイナちゃんだ、グッジョブレイナちゃん!

「えっとね、俺は元の世界で大学生、学生だったんだ」

「ガクセイ! じゃあ頭がとってもいいんだ!」

 俺を見る目が尊敬のまなざしになっている。
 かわいい、かわいいけど。
 ごめんレイナちゃん、俺はそんなに頭は良くないんだ。

「う~ん……まあ…………そこそこかな~?」

 ごめん、嘘ついちゃった。
 本当は全然勉強できないんです。
 数学なんて数Ⅰ・Aに入ったところで止まっているんです。

「レイナ、そろそろ寝なさい。もう夜も遅い」

「はーい、お休み。アラタさんもお休み!」

「おやすみレイナちゃん」

 天使だ。
 レイナちゃんが部屋を出たところで再び静かになる。
 正直この雰囲気は好きではない。
 誰か、誰か話題を切り出してくれ。
 ……もうだめだ。耐えられない。

「ごはんごちそうさまでした。少し外で素振りをしてきます」

 そう言って部屋を出た。
 無理無理、これ以上あの雰囲気は耐えられない。
 俺はワイワイしたのは大好きだけど自分から話題を振るのは苦手なんだ。
 さっきまでの重苦しい雰囲気を振り払うように刀を振る。
 正直稽古と今までの疲労でくたくただけど関係ない。
 今日一日エイダンに稽古をつけてもらったが全く上達しなかった。
 仕方がない、まだ初日だ。
 仕方がないのだが……しかし稽古に費やせる時間はあとどれくらい残されているだろう。
 もしかしたらすぐにでも、今夜にでも盗賊達は襲ってくるのかもしれない。
 そう思うとたまらなく不安になる。
 俺は刀を振り続けた。
 日中の稽古では全く上達しなかったが刀の振り方はだいぶましになってきた気がする。
 今なら分かる。
 どうやって振ればより速く振れるか。
 どうやって振ればより力が正しく乗るのか。
 ああ、上手くなるってやっぱり楽しい。
 レベル上げするのはいつだって楽しい。
 また無心になって刀を振る。
 辺りはもう真っ暗になって満天の星空が輝いている。
 でもそんな光景も今のアラタには届かない。
 今いい感じなんだ、今何か掴めそうなところなんだ、楽しい。

「アラタ、ちょっといいか」

「どうした? エイダンもやる?」

「いや、いい。ちょっと休憩しないか?」

「うん、ちょうど疲れてきたところだったんだ」

 俺は素振りをやめて家の玄関に腰掛けた。
 街灯なんてないから家の明かり以外光なんてない、そのおかげで星空がめちゃくちゃ綺麗だ。

「なあアラタ。お前はさ、異世界人なんだろ? 向こうの世界ではどんな暮らしをしていたんだ?」

「どんなって言われても。普通に学校に通ってたまに遊んで、バイトをしたりして。そんな感じかな。少なくとも剣を握る機会なんてものはなかったよ」

「バイト? よくわからないがまあ、平和な世界なんだな。こことはだいぶ違う」

 確かにそうかもしれない、いや、本当にそうか?
 日本単体で見ればそうかもしれない。
 けど世界規模で見たら地球だってかなり危ない場所だった気がする。
 まあこうして考えなければ地球が危険な場所なんて思わなかったわけで。
 そう考えたら少なくとも俺の周りは平和だったんだな。

「そうかも。エイダンはここで何をしているんだ?」

「俺は、分かるだろ。村の仕事の手伝いだよ」

「じゃあなんで俺に剣の稽古をつけられるんだ? 俺も素人だしよくわからないけどエイダンは慣れているように見えた。どこかで習っていたのか?」

「いや、俺は親父に習った。でも本格的な指導なんて受けたことないからアラタに正しく教えられているか自信はない」

 エイダンはそう言うとニッと笑った、なにわろとんねん。

「おいおいちゃんとしてくれよ。一応命がかかっているんだぞ?」

「ちゃんとやってるから本気にすんなよ。アラタには申し訳ないけど一人でも戦える人間が増えると心強い。力を貸してくれないか?」

 こんなズブの素人に頼むなんてどうかしている。
 よっぽど追い込まれているに違いない。
 でも戦うなんて想像がつかないし、そもそも武器を振り回して戦うなんて頭おかしいんじゃないか? 斬られたらケガじゃすまない。
 だけどなぁ、もう正直断れないというか。
 ここまで深くかかわっておいて俺だけみんなを見捨てて逃げるなんて後味が悪すぎる。
 それに俺はこの状況に既視感を感じていた。
 これはあれだ。
 なんだかんだ考えたりしてみるが結果は変わらない時の感じだ。
 ぐるぐると何度も何度も同じことを考えてすでに決まった答えに辿り着く。
 そんな感じだ。
 降参だ。

「分かったよ。俺だって世話になっているし死にたくない。できる限り頑張るよ」

「そうか! ありがとう! 本当にありがとう!」

「いいんだよ。貸し借りはなしだ。でもあの女はダメだ。リーゼとかいう女、助けてくれたことに感謝はしているけどこんなことに巻き込みやがって。それになんだよあの高飛車な態度は。俺はああいう偉そうなやつが一番嫌いなんだ」

「まあそう言うなよ。それにリーゼ様だってお前を一人の一般人として扱っているからこそのあの対応なんじゃないのか?」

「いや、エイダンも部屋の外であの話聞いてただろ? あいつ、確かに命の恩人だけどめっちゃ態度でかいぞ? それに一般人として扱うって当たり前じゃないか。俺は正真正銘どこから見ても一般人だろ?」

僕は普通の人なんです、何処もおかしくはないんですと主張する異世界人を見てエイダンは小さくため息をつき諭すように話し始めた。

「はぁ。アラタ、お前は少しバカだな」

「おい、人を馬鹿呼ばわりするなよ」

 アラタからすれば当然の抗議だったがエイダンは無視して話し続ける。

「いいか、まず訂正するがお前は一般人ではない。アラタの世界で異世界から来た人間らしき何かは一般人か?」

「……違うな」

「じゃあ異世界人に今まで会ったことあるか?」

「……ないな」

エイダンの問いに対する回答でようやく自分の立場をすり合わせて理解し始めたアラタはだんだんと元気がなくなっていく。

「向こうに異世界人がいるかは知らないけどな、それほど貴重な存在なんだよ。異世界人は場合によっては国同士のパワーバランスを崩壊させるほどの力や技術、知識を持っている時がある。そんな人間を逃がすわけないだろ」

 必要なことを全て言われてそれでようやく渋々、なんとなく、そんな様子でうなずく彼は本当に自らの境遇を理解しているのだろうか。

「まあ確かに? そんな気はする」

「リーゼ様達はそんな怪しいお前を介抱したうえで囲い込む訳でもなく拘束するわけでもなくただ生き残らせるために訓練を受けさせるように俺に頼んだんだよ。後は分かるだろ?」

 俺だって、そこまで言われなくても分かるよ。
 でも俺はあの人たちと、エイダンとも初対面で、そもそもお前らが同じ人間なのかすら分からなくて、それであんな言い方されたらそりゃあ…………まあ目くじら立てるほどの事でもないか。
 切羽詰まりすぎて少し余裕がなくなっていたなと反省した所でアラタはそれでも不服な点を本人ではなくエイダンにぶつける。

「それは分かったけどよ。じゃあなんであんな強い言い方したんだよ。普通に頼むだけでよかっただろ?」

「それはもちろんお前が頭悪そうに見えたからだろ。そこに憤るのは図星だからだ」

「おい! あまり人を馬鹿扱いしているとな、追い抜かれた時あれだ……悲しくなるんだぞ!」

「ははは、アラタの語彙力の無さが悲しいな」

 ぐうの音も出ない。
 日本でアラタの頭が残念な部類に入るのは事実でそれは本人もよく理解していたから。
 だがそれはそれとしてアラタは最後に一つ残った疑問を投げかけた。

「でもさ、リーゼ様って呼ぶけどそんなに偉いのか?」

「あ、ああ。俺は農民だから。あの二人は俺たちの村を守りに来てくれている冒険者様だ、当然だろ?」

「うーん、そうかなぁ? そうかも?」

 彼にとって人を様付けで呼ぶ機会など生まれてこの方一度もなく少しむず痒い気持ちになったがこれが異世界というやつなのか、そういうことで納得しておくことにしたのだ。
 確かに考えてみれば人間というよりも宇宙人みたいな扱いの方が普通なのかもしれない。それを二人や村の人達は快く? かどうかは疑わしいが受け入れてくれている。
 エイダンの言う通り結構いい人なのかもしれない。
 アラタの想像も完全なハズレという訳ではない、だがリーゼ、ノエルのアラタに対する対応が純度100%の善意で出来ているかと言われればそれは違うと断言できる。
 そんな二人に加担しているエイダンの言葉を鵜呑みにしている時点でリーゼの思惑にある程度ハマっているのだが、
 まあいっか! いい人たちでよかった!
 アラタがそんな深いことまで考えるはずもなかった。
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