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第1章 黎明編
第1話 分裂
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JR電気街口を出て秋葉原の雑踏の中を一人で歩いていく一人の男がいた。
男は講義のレポートを作成するためにパソコンなるものを購入しに来たのだがどんなパソコンが良いかなんて知らず、ただ何となく電気製品は秋葉原だろうという極めて短絡的な思考の元街をふらついていた。
男――千葉新ちばあらたは都内の大学に今年から通っている大学一年生である。
今は趣味もなくなんとなく大学に通い、なんとなく友達と遊び、とにかく何となく日々を過ごしていた。
そんな風になんとなく日々を過ごしているので大学に入学してはや4カ月が経過しようというのに今更ながらパソコンを購入するために秋葉原を訪れているのだ。
彼はふと家電量販店の前で立ち止まる。横一面にズラッと陳列されている新型有機ELテレビの画面には8月にもかかわらず炎天下の中坊主頭の高校生たちが泥だらけで野球をしている。
「今日試合だったのか、知らなかった」
新が何を知らなかったかというと画面の向こうで野球をしている彼ら、すなわち新の後輩の試合日程が今日だったということである。
去年は彼も画面の向こうでプレーをしていたのだが彼の眼に光はなく懐かしむ様子もない。
「まあいいか。もう俺には関係ない」
彼はそう呟き再びどこにあるか分からないパソコンを探して歩き始めた。
秋葉原のメイン通りともなればどこを見てもパソコンを販売している店なんて目に入るものだが彼の目には留まらない。
しばらく歩くと歩行者天国に入り歩道の人口密度も多少低くなる。
(そもそもなんでここに来たんだっけ?)
もはや当初の目的なんて彼の頭にはなかった。
「帰るか」
そう呟いて駅の方向に向きを変えて歩き出したとき、後ろ――彼が元々歩いていた方向から悲鳴が上がった。
彼は街中の喧騒の中でも特異で目立つ甲高い声に反応して振り返ると全身黒一色に身を包んだ男?が目前に迫る。
「え?」
そう声が出るか出ないかというタイミングでそいつに接触すると腹部に熱いものが当たった気がした。
「きゃぁああ!」
「おい!警察と救急車!」
「うわっ!こっちに来るな!」
辺りはパニックになっている。
そのパニックのど真ん中で俺は熱を感じる部分を手で押さえた。
触れるとヌメっとした感触と同時にズキンと強烈な痛みが全身を襲う。
痛い、いたいイタイ痛い!
俺は手で押さえた痛みの元を見て初めて自分が刺されたのだということに気づいた。
刺されたと頭で理解した瞬間さらに痛くなってきた。
我慢できない。
たまらずうめき声が漏れる。
刺された経験なんてものはないけどまずい、絶対にまずい。
やばい場所、当たってはいけない場所に当たったことだけは分かる。
新は立っていることができずに膝をついた。
下を向くと真っ赤な血がジンワリと服を濡らし、やがて俺の服を真っ赤に染めたそいつは地面にもこぼれ始める。
さっきまであんなに痛かったのにもう痛くない。
自分の無くしてはいけないものが腹部から流れ出て目の前に広がっていくのが見える。
やばい。
俺、死ぬかも。
そう思ったところで視界が急に地面に近づき横向きになった。
俺は倒れた、そう気づいた瞬間、意識がなくなった。
「………………い。…………さい。……起きてください」
目が覚めた。
誰かに呼ばれた気がしたんだけど。
ここはどこだ?
何もない、どこまでも真っ白な空間だ。
何もない、どこまで続いているのか分からない空間が彼方まで広がっている。
「ここどこ?」
俺はそう言った。
あれ、俺今言ったっけ? 口開いたっけ? 俺の声が聞こえたほうを向くと、
「俺?」
そう、自分がいた。
「は!?」
なんで俺がいるんだ? いや、俺はここにいるのだけれど。
もしかして俺もう死んでる? 幽霊的な何かになって幽体離脱的な何かをしちゃった?
「あのー。もうそろそろいいですか?」
女性が話しかけてきた。
女性? そう呼ぶのが適切な年齢な気がするけどどこか変だ。
女の子? 女児? 幼女? 女性? そう思うとなんにでも見えてくる。
「えぇっと、あなた誰?」
隣の俺が聞くと彼女は待ってましたと言わんばかりに自己紹介を始める。
「そう!よくぞ聞いてくれました!私は女神さまです」
うーん、なんか目の前の年齢不詳の女が自分は女神だとか言い始めた。
女である部分は間違ってないだろうが神? そういうごっこ遊びなのかな?
「ごっこ遊びではありません。誰が何といおうと私は女神、神です。まあ、今のやり取りでなんとなくわかりましたよね?」
今のやり取り。
そうだ、確かにおかしい。
俺はごっこ遊びなんて口に出していない、ただ頭の中でそう考えただけだ。
「いや、今のやり取りってなんだよ。意味わかんねーよ。自分のこと神様だとか頭おかしーんじゃねーの?」
当然の反応だ。
当然の反応なのだが俺はその反応をできずにいる。
それもそうか、今のやり取りの意味、異常さは俺にしか分からない。
「あー、もう面倒ですね」
彼女は、『なんでわからないかなー』とばかりに言葉通り面倒くさそうな態度を見せる。
「まあいいです。いちいちあなたたちの疑問に答える必要もないので事実のみ伝えます」
疑問。
そうだ、今の俺は疑問だらけだ。
なんで俺がもう一人いる?
そもそもここはどこだ?
俺は刺されてその後どうなった?
今は痛みのなくなっていて血はおろか傷もない。
一体どういうことだ?
そんな疑問に答えるべく彼女は話し始める。
「あなたたち、というかあなたは先ほど路上で刺されて今は生死の境を彷徨っています。良かったですね、頑丈にできていて。でもそこである問題が発生しました。魂が二つに分裂しちゃったんです。そこでですね……」
「おい、おい!訳が分かんねーよ!どういうことだ?分かるように説明しろ!」
「それでですね、二人になったあなたたち二人を同じ世界線に存在させることができなくなってしまいまして」
女は答えない、無視して説明を続ける。
「そこでですね、あなたたちどちらかに別の世界に移ってもらおうと思いまして。まあ俗に言う異世界転生ってやつですね。おめでとうございます!」
本当に無視して全部しゃべった。
というか全然理解できない、魂? 異世界? そんなものフィクションの世界だけだろ、やっぱりごっこ遊びだな。
「伝えることを伝えたところでお聞きします。どちらが元の世界に残りどちらが異世界に転生しますか?」
彼女の言うことに何一つ納得などできていたかった俺だがそう聞かれた瞬間俺は質問に答えていた。
「「俺が元も世界に残ります」」
被った。
そりゃそうだ、もし本当にどちらも俺なら同じことを考えるだろうから。
「同じ選択肢を希望するとは思っていましたがそっちを選んじゃいますか。憧れないんですか?異世界ですよ異世界!ワクワクする冒険が君を待っている!」
「いや、冒険とか興味ないです。それよりパソコン買って課題やってバイトに行かなきゃ」
「そうだ。それにどうせスマホも無いんだろ?俺は行かない。さあ、帰ろーっと」
俺たち二人は同時に立ち上がろうとした。
したのだが……
「だめですよ?二人とも帰ろうとしちゃ。説明しましたよね?どちらかが異世界に行くまで帰れませんよ?」
マジか、これどうなってんの? 本当に立ち上がれないんだけど。
立ち上がろうとして立ち上がれない、そんな様子の二人を心底つまらなそうに見ている彼女はかったるそうに言う。
「まあどっちでもいいんですけど。早くしてください、私も暇じゃないので」
「おい、俺?か。ここはじゃんけんだ。恨みっこなしのじゃんけんで勝負だ」
隣の俺がじゃんけんを提案してくる。
全く同じことを考えるなんて流石俺。
だけどこっちの俺は俺よりバカだな、知らないのか? こういうのは言い出しっぺが負けるという法則を!
「いいよ。俺もじゃんけんがいいと思っていた」
「「最初はグー!じゃんけん――」」
「はーい、じゃあ決まったようだしこれでオッケーね!」
「嘘だ! なんでだ! なんで言い出しっぺのお前が勝つんだ! 大体、二人とも俺ならじゃんけんで決着はつかないはずだろ!」
見事に一回でじゃんけんに負けた俺はあらん限りの言い訳を並べる。
なぜかは分からない、分からないのだがこれから本当に異世界に飛ばされる、そんな予感がしたのだ。
「はいはい負け惜しみはその辺で。じゃあ二人ともさよーならー!」
「くそっ、覚えてろぉぉぉぉおおお!」
そこで俺の意識は再び途絶えた。
男は講義のレポートを作成するためにパソコンなるものを購入しに来たのだがどんなパソコンが良いかなんて知らず、ただ何となく電気製品は秋葉原だろうという極めて短絡的な思考の元街をふらついていた。
男――千葉新ちばあらたは都内の大学に今年から通っている大学一年生である。
今は趣味もなくなんとなく大学に通い、なんとなく友達と遊び、とにかく何となく日々を過ごしていた。
そんな風になんとなく日々を過ごしているので大学に入学してはや4カ月が経過しようというのに今更ながらパソコンを購入するために秋葉原を訪れているのだ。
彼はふと家電量販店の前で立ち止まる。横一面にズラッと陳列されている新型有機ELテレビの画面には8月にもかかわらず炎天下の中坊主頭の高校生たちが泥だらけで野球をしている。
「今日試合だったのか、知らなかった」
新が何を知らなかったかというと画面の向こうで野球をしている彼ら、すなわち新の後輩の試合日程が今日だったということである。
去年は彼も画面の向こうでプレーをしていたのだが彼の眼に光はなく懐かしむ様子もない。
「まあいいか。もう俺には関係ない」
彼はそう呟き再びどこにあるか分からないパソコンを探して歩き始めた。
秋葉原のメイン通りともなればどこを見てもパソコンを販売している店なんて目に入るものだが彼の目には留まらない。
しばらく歩くと歩行者天国に入り歩道の人口密度も多少低くなる。
(そもそもなんでここに来たんだっけ?)
もはや当初の目的なんて彼の頭にはなかった。
「帰るか」
そう呟いて駅の方向に向きを変えて歩き出したとき、後ろ――彼が元々歩いていた方向から悲鳴が上がった。
彼は街中の喧騒の中でも特異で目立つ甲高い声に反応して振り返ると全身黒一色に身を包んだ男?が目前に迫る。
「え?」
そう声が出るか出ないかというタイミングでそいつに接触すると腹部に熱いものが当たった気がした。
「きゃぁああ!」
「おい!警察と救急車!」
「うわっ!こっちに来るな!」
辺りはパニックになっている。
そのパニックのど真ん中で俺は熱を感じる部分を手で押さえた。
触れるとヌメっとした感触と同時にズキンと強烈な痛みが全身を襲う。
痛い、いたいイタイ痛い!
俺は手で押さえた痛みの元を見て初めて自分が刺されたのだということに気づいた。
刺されたと頭で理解した瞬間さらに痛くなってきた。
我慢できない。
たまらずうめき声が漏れる。
刺された経験なんてものはないけどまずい、絶対にまずい。
やばい場所、当たってはいけない場所に当たったことだけは分かる。
新は立っていることができずに膝をついた。
下を向くと真っ赤な血がジンワリと服を濡らし、やがて俺の服を真っ赤に染めたそいつは地面にもこぼれ始める。
さっきまであんなに痛かったのにもう痛くない。
自分の無くしてはいけないものが腹部から流れ出て目の前に広がっていくのが見える。
やばい。
俺、死ぬかも。
そう思ったところで視界が急に地面に近づき横向きになった。
俺は倒れた、そう気づいた瞬間、意識がなくなった。
「………………い。…………さい。……起きてください」
目が覚めた。
誰かに呼ばれた気がしたんだけど。
ここはどこだ?
何もない、どこまでも真っ白な空間だ。
何もない、どこまで続いているのか分からない空間が彼方まで広がっている。
「ここどこ?」
俺はそう言った。
あれ、俺今言ったっけ? 口開いたっけ? 俺の声が聞こえたほうを向くと、
「俺?」
そう、自分がいた。
「は!?」
なんで俺がいるんだ? いや、俺はここにいるのだけれど。
もしかして俺もう死んでる? 幽霊的な何かになって幽体離脱的な何かをしちゃった?
「あのー。もうそろそろいいですか?」
女性が話しかけてきた。
女性? そう呼ぶのが適切な年齢な気がするけどどこか変だ。
女の子? 女児? 幼女? 女性? そう思うとなんにでも見えてくる。
「えぇっと、あなた誰?」
隣の俺が聞くと彼女は待ってましたと言わんばかりに自己紹介を始める。
「そう!よくぞ聞いてくれました!私は女神さまです」
うーん、なんか目の前の年齢不詳の女が自分は女神だとか言い始めた。
女である部分は間違ってないだろうが神? そういうごっこ遊びなのかな?
「ごっこ遊びではありません。誰が何といおうと私は女神、神です。まあ、今のやり取りでなんとなくわかりましたよね?」
今のやり取り。
そうだ、確かにおかしい。
俺はごっこ遊びなんて口に出していない、ただ頭の中でそう考えただけだ。
「いや、今のやり取りってなんだよ。意味わかんねーよ。自分のこと神様だとか頭おかしーんじゃねーの?」
当然の反応だ。
当然の反応なのだが俺はその反応をできずにいる。
それもそうか、今のやり取りの意味、異常さは俺にしか分からない。
「あー、もう面倒ですね」
彼女は、『なんでわからないかなー』とばかりに言葉通り面倒くさそうな態度を見せる。
「まあいいです。いちいちあなたたちの疑問に答える必要もないので事実のみ伝えます」
疑問。
そうだ、今の俺は疑問だらけだ。
なんで俺がもう一人いる?
そもそもここはどこだ?
俺は刺されてその後どうなった?
今は痛みのなくなっていて血はおろか傷もない。
一体どういうことだ?
そんな疑問に答えるべく彼女は話し始める。
「あなたたち、というかあなたは先ほど路上で刺されて今は生死の境を彷徨っています。良かったですね、頑丈にできていて。でもそこである問題が発生しました。魂が二つに分裂しちゃったんです。そこでですね……」
「おい、おい!訳が分かんねーよ!どういうことだ?分かるように説明しろ!」
「それでですね、二人になったあなたたち二人を同じ世界線に存在させることができなくなってしまいまして」
女は答えない、無視して説明を続ける。
「そこでですね、あなたたちどちらかに別の世界に移ってもらおうと思いまして。まあ俗に言う異世界転生ってやつですね。おめでとうございます!」
本当に無視して全部しゃべった。
というか全然理解できない、魂? 異世界? そんなものフィクションの世界だけだろ、やっぱりごっこ遊びだな。
「伝えることを伝えたところでお聞きします。どちらが元の世界に残りどちらが異世界に転生しますか?」
彼女の言うことに何一つ納得などできていたかった俺だがそう聞かれた瞬間俺は質問に答えていた。
「「俺が元も世界に残ります」」
被った。
そりゃそうだ、もし本当にどちらも俺なら同じことを考えるだろうから。
「同じ選択肢を希望するとは思っていましたがそっちを選んじゃいますか。憧れないんですか?異世界ですよ異世界!ワクワクする冒険が君を待っている!」
「いや、冒険とか興味ないです。それよりパソコン買って課題やってバイトに行かなきゃ」
「そうだ。それにどうせスマホも無いんだろ?俺は行かない。さあ、帰ろーっと」
俺たち二人は同時に立ち上がろうとした。
したのだが……
「だめですよ?二人とも帰ろうとしちゃ。説明しましたよね?どちらかが異世界に行くまで帰れませんよ?」
マジか、これどうなってんの? 本当に立ち上がれないんだけど。
立ち上がろうとして立ち上がれない、そんな様子の二人を心底つまらなそうに見ている彼女はかったるそうに言う。
「まあどっちでもいいんですけど。早くしてください、私も暇じゃないので」
「おい、俺?か。ここはじゃんけんだ。恨みっこなしのじゃんけんで勝負だ」
隣の俺がじゃんけんを提案してくる。
全く同じことを考えるなんて流石俺。
だけどこっちの俺は俺よりバカだな、知らないのか? こういうのは言い出しっぺが負けるという法則を!
「いいよ。俺もじゃんけんがいいと思っていた」
「「最初はグー!じゃんけん――」」
「はーい、じゃあ決まったようだしこれでオッケーね!」
「嘘だ! なんでだ! なんで言い出しっぺのお前が勝つんだ! 大体、二人とも俺ならじゃんけんで決着はつかないはずだろ!」
見事に一回でじゃんけんに負けた俺はあらん限りの言い訳を並べる。
なぜかは分からない、分からないのだがこれから本当に異世界に飛ばされる、そんな予感がしたのだ。
「はいはい負け惜しみはその辺で。じゃあ二人ともさよーならー!」
「くそっ、覚えてろぉぉぉぉおおお!」
そこで俺の意識は再び途絶えた。
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