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41.冬至祭の山羊②
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冬の夜、窓枠に積もる雪が、静かに厚みを増していく。
暖炉の中では薪がパチパチと音を立てている。
夕食後のひとときは、皆が広間に集まってきて、酒を飲んだりカードに興じたりと、思い思いに過ごす。
寝巻き姿の子供たちは、順番にクロードの尾に乗って遊んでいる。
「クロ、お話して!」
クロードはエルフの母に色々な伝承を聞かされて育っていて、それをひとつ話してしまったが最後、子供たちからしょっちゅうせがまれるようになっていた。
蒸留酒のボトルを傾けて、クロードはユールに振った。
「俺もうネタ切れだよ、ユールが話せよ」
「えー、クロみたいに知らねえよ。こっちでもよくある話ばっかり」
「わたし、ユールさんの話聞きたい」
ルチアに言われて、ユールは頬をかいた。
「……じゃあさ、いっこだけ。俺が、ばあちゃんから聞いた話」
東街道の森の奥には妖精がいる。
人族みたいな姿をしているけれど、肌の色は薄緑。
そして、その髪には世界で一番美味しい花が咲いている。
ユハニが狐耳をぴくぴくさせる。
「花が、美味しいの?」
「うん。草食は食うんだよ」
妖精はニコニコ笑って花をくれるけど、絶対に食べちゃいけない。
食べたら最後、心を捕らわれて、二度と帰ってこられない。
ルチアが眉をひそめた。
「悪い妖精なのね」
「いや、多分、悪気はねえんだ。人恋しいだけ。森の奥に行って迷子にならねえように、そういう話になったんだろうなあ。ガキのころの俺たちなんか、探しに行こうってなったから逆効果だったけど」
「見つかった?」
「そんときは、会えなかったよ。迷って暗くなってきちゃってさ、親父に見つけてもらって大目玉」
夕闇が迫る中、火をたいて、弟と妹を抱いて、自分は兄ちゃんなんだからと、心細いのを隠していた。お腹がすいた、魔物が来たらどうしようと泣くふたりに、そうしたら兄ちゃんが蹴っ飛ばしてやるから大丈夫だと言った。
煙を目印に父親が来てくれて、思いっきり怒鳴られた。ようやく自分も泣いたのは、叱られたせいではなく、安心したからだった。
「でも、街で働いてたら会えたんだよね。森の中でひとりは寂しいって、向こうから来たんだ」
「妖精、本当にいるの!?」
「うん」
「それで?」
「えーっと、おしまい」
リファリールと出会ったころのことを思い返したが、子供に話す内容ではないことに気づいて無理やり終わらせた。
「なにそれ。ユール、お話下手」
「ユハニ、文句言わないの。本当なんて素敵だわ。ユールさんの街、行ってみたい」
「うん、遠いけどさ。遊びにきてくれたら紹介するよ」
クロードが呆れて首を振った。
「御伽噺にかこつけてさあ。惚気聞かされちゃったねえ」
そのあと、ユールはドライフルーツの入ったホットワインで身体を温めながら、ルチアがマフラーを編んでいるのをしばらく眺めていた。
周りにいくつも色違いの毛糸玉を転がして、規則正しく棒針を動かしている。
ユールの視線に気がついて、動きが止まった。
「なあに?」
「いや、上手だなあって」
紺地に赤と白と緑で、トナカイや森を抽象化したらしい模様が編み上げられていた。今年、リファリールには白一色のマフラーを贈ったけれど、こういう柄物も温かみがあっていい。
ルチアは、緑色の瞳を暖炉の炎できらめかせて答えた。
「……冬至祭には、間に合わせるから」
贈り物らしかった。
「きっと喜ぶよ」
ユールが相槌をうつのに、レニが鼻先に皺を寄せた。
「婆ちゃんが編むような古臭い柄じゃんか」
「ふーんだ、お子様には伝統柄の良さなんかわかんないんだもんね!」
「同い年だろ、よく言うぜ」
「はいはい、やめとけって。邪魔してごめんな、ルチア」
ユールは適当なところで仲裁した。このごろ、レニはやたらとルチアに突っかかる。昨日も、ルチアがおさげをやめて髪を結い上げたのを変だと言って喧嘩していた。ルチアが泣きそうになっているのが気の毒で、ユールはとりあえず似合うと慰めた。
去年は仲良しの従兄弟同士だったのに、難しい年頃になっている。気になり始めた女の子にそんな態度しかとれないあたり、レニはまだまだ子供だと内心呆れてはいる。
ルチアのマフラーは、そんなレニの心を解こうとする贈り物なのではないかと思っていた。
冬至祭の日は晴れた。
昼過ぎ、青空のもと、真白い雪の丘を越えて、ソリが村に到着した。北街道の傭兵と組んで、護衛として訪れたのは、中折れハットに揃いのベストの、洒落者の梟だ。
クロードと雪下ろしをしていたユールは、シャベルを片手に、屋根の上から手を振った。
「フロック!」
「よう、ユール。クロも冬眠してないな」
「ずっと起きてるよ。すっかり働きもんだぜ俺」
「そんじゃ、楽しくもうひと働きだ」
ソリには遠方の親戚や、南に出稼ぎに行っている村人からの、冬至祭の贈り物が満載されていた。
去年も一昨年も、この日ばかりは、仕分けた荷物を家々に届けるのはユールの仕事だった。
「なにしろ冬至祭の山羊だから、みんな喜ぶよ。手当は別につけるからさ」
村長にそう頼まれていた。
冬至祭の伝承だ。雪の城から山羊が来て、いい子には妖精からの贈り物をくれる。一方で、悪い子は雪の城の下働きにさらっていく。
「さあ、食いしん坊の怠けもんは俺の仲間だ! 連れてっちまうぞ!」
ユールが決まり文句で脅かすと、ちいさな女の子はきゃーっと悲鳴をあげて、母親の後ろに隠れた。母親が鈴を振るように笑いを含んだ声で答えた。
「うちの子はとってもいい子ですよ。妖精さんからの預かりものをくださいな」
クロードが、出稼ぎに行っている父親からの人形と、村長からのフルーツケーキを差し出すと、女の子はおそるおそる受け取った。
夕方、荷物を届け終えてふたりが村長の家に帰ると、フロックはホットワインを片翼に寛いでいた。
「おつかれさん。働きものには贈り物が届いてるぜ」
ひとつ、床に置かれた木箱を示す。釘を抜いて開けると、クロード宛とユール宛の包みが同梱されていた。
クロードの包みはララから、シャツと手紙が入っていた。彼は爪先で手紙の封を切って、ちらっと目を通して、すぐしまった。
ユールはといえば、差出人のサインを見た瞬間から、尻尾をプルプル振っていた。
中身は、瓶いっぱいの干しすももと、ユールの毛並みと同じ黒の毛糸で編まれたマフラーだった。同封されていた手紙には、一番にお誕生日おめでとうございますと書いてあった。リファリールは字がきれいだ。
マフラーをアナに教わって編んでみたこと、それに、ルッコラの子供が産まれたことが知らせてあった。男の子で、夏に言っていたとおり、本当にユールという名前にしてしまったらしい。
立ったまま食い入るように手紙を見つめているユールに、ちいさな食いしん坊たちが忍び寄る。狙いはテーブルに乗った、いかにも甘そうな飴色の干しすももが詰まった瓶だ。
「おいしそう!」
「ちょうだいちょうだい!」
襲来に気づいたユールは、マフラーと一緒に、大人気なく瓶を抱え込んだ。
「嫌だ、お前ら今日はご馳走だろ! これは俺の!」
「食いしん坊の欲張り山羊!」
「どっちがだよ! これだけはダメ!」
台所から母親の一人が顔を出した。
「ほらほらユールさん困らせんじゃないよ! プディング焼けたよ、味見はだあれ?」
ユールにまとわりついてはしゃぐ年少の子供たちから少し離れて、ルチアが、編み上がったマフラーを抱いて立ち尽くしていた。
子供たちが台所へ駆けていったところで、近づいてきて訊いた。
「……それ、誰から?」
ユールは屈託なく答えた。
「俺の好きなひと。妖精の話、しただろ? 実はさ、街では一緒に住んでんだ」
ルチアは無言で踵を返し、機屋に引っ込んでしまった。さすがに、ユールも様子がおかしいことに気がついた。
「あれ、どした?」
フロックと一杯始めていた男たちが教えてくれた。
「あんた、去年のこと忘れちまったかい。村長が婿になって残れって誘っただろ?」
「あれ飲んだときの冗談だろ?」
「まあな。でも、ルチアは真に受けちゃってたんだよ」
「罪な男だねえ」
「勘弁してくれよ、ルチアちゃんまだ子供じゃねえか」
からかわれているのかと思いきや、織屋からルチアの母が出てきて、ユールの手のマフラーを見てため息をついた。
「……まあ、しばらくそっとしといてくださいな」
「……悪いことした」
屋根裏部屋に退却して、耳を後ろに倒して呟いたユールに、ハンモックからクロードが言った。
「あんた鈍いんだよ。木彫りやったり髪褒めたりしてぬか喜びさせて」
「そんなつもりじゃなかったんだって」
「知ってんよ、あんたの頭ん中にいんのはリファリールだけで、他の女の気持ちなんか気づいてやれねえんだ」
「……やっぱ、謝りにいく」
「やめろって。あの子、みじめになるばっかりだ。謝るもなにもねえよ。好きだの嫌いだの、もともと勝手なもんじゃねえか」
「でもさあ、せっかくの祭りの夜なんだよ。しょげさせたまんまじゃかわいそうだ」
クロードはシュッと警戒音を鳴らした。
「よく言うぜ。そんなら、有り難くお気持ち受け取って現地嫁ってことにする? リファリールには黙っといてやんよ」
「しねえよ! とんでもねえこと言うなお前」
「じゃ、誰にでもいい顔しようとすんな。変に気ぃもたせねえで、堂々とそれ巻いとけ」
クロードはユールが膝に置いているマフラーを指した。ユールは少し考えて、頷く。
「そーだね」
そのとき、階下で物音がした。床の戸を跳ね上げた狐耳の少年は、ユールに噛み付かんばかりに叫んだ。
「てめえ、ルチアを泣かしたな!」
「……ごめん」
謝られて余計に腹が立ったらしいレニが顔を真っ赤にして飛びかかってくるのを、蛇の尾が阻んだ。
「なんだよ、クロード、降ろせよ!」
「そーやって怒ってやれんなら、余所者なんかに任せないで、お前が大事にしてやんな」
黙り込んだレニを巻き取ったまま、クロードはハンモックを降りた。
「さてそろそろ晩飯かね。ユールも変に遠慮せずにいこうぜ。気にする方が後腐れする」
冬至祭の晩餐は、賑やかに終わった。大人数の喧騒に紛れて、ユールはルチアと言葉を交わすこともなかった。
暖炉の中では薪がパチパチと音を立てている。
夕食後のひとときは、皆が広間に集まってきて、酒を飲んだりカードに興じたりと、思い思いに過ごす。
寝巻き姿の子供たちは、順番にクロードの尾に乗って遊んでいる。
「クロ、お話して!」
クロードはエルフの母に色々な伝承を聞かされて育っていて、それをひとつ話してしまったが最後、子供たちからしょっちゅうせがまれるようになっていた。
蒸留酒のボトルを傾けて、クロードはユールに振った。
「俺もうネタ切れだよ、ユールが話せよ」
「えー、クロみたいに知らねえよ。こっちでもよくある話ばっかり」
「わたし、ユールさんの話聞きたい」
ルチアに言われて、ユールは頬をかいた。
「……じゃあさ、いっこだけ。俺が、ばあちゃんから聞いた話」
東街道の森の奥には妖精がいる。
人族みたいな姿をしているけれど、肌の色は薄緑。
そして、その髪には世界で一番美味しい花が咲いている。
ユハニが狐耳をぴくぴくさせる。
「花が、美味しいの?」
「うん。草食は食うんだよ」
妖精はニコニコ笑って花をくれるけど、絶対に食べちゃいけない。
食べたら最後、心を捕らわれて、二度と帰ってこられない。
ルチアが眉をひそめた。
「悪い妖精なのね」
「いや、多分、悪気はねえんだ。人恋しいだけ。森の奥に行って迷子にならねえように、そういう話になったんだろうなあ。ガキのころの俺たちなんか、探しに行こうってなったから逆効果だったけど」
「見つかった?」
「そんときは、会えなかったよ。迷って暗くなってきちゃってさ、親父に見つけてもらって大目玉」
夕闇が迫る中、火をたいて、弟と妹を抱いて、自分は兄ちゃんなんだからと、心細いのを隠していた。お腹がすいた、魔物が来たらどうしようと泣くふたりに、そうしたら兄ちゃんが蹴っ飛ばしてやるから大丈夫だと言った。
煙を目印に父親が来てくれて、思いっきり怒鳴られた。ようやく自分も泣いたのは、叱られたせいではなく、安心したからだった。
「でも、街で働いてたら会えたんだよね。森の中でひとりは寂しいって、向こうから来たんだ」
「妖精、本当にいるの!?」
「うん」
「それで?」
「えーっと、おしまい」
リファリールと出会ったころのことを思い返したが、子供に話す内容ではないことに気づいて無理やり終わらせた。
「なにそれ。ユール、お話下手」
「ユハニ、文句言わないの。本当なんて素敵だわ。ユールさんの街、行ってみたい」
「うん、遠いけどさ。遊びにきてくれたら紹介するよ」
クロードが呆れて首を振った。
「御伽噺にかこつけてさあ。惚気聞かされちゃったねえ」
そのあと、ユールはドライフルーツの入ったホットワインで身体を温めながら、ルチアがマフラーを編んでいるのをしばらく眺めていた。
周りにいくつも色違いの毛糸玉を転がして、規則正しく棒針を動かしている。
ユールの視線に気がついて、動きが止まった。
「なあに?」
「いや、上手だなあって」
紺地に赤と白と緑で、トナカイや森を抽象化したらしい模様が編み上げられていた。今年、リファリールには白一色のマフラーを贈ったけれど、こういう柄物も温かみがあっていい。
ルチアは、緑色の瞳を暖炉の炎できらめかせて答えた。
「……冬至祭には、間に合わせるから」
贈り物らしかった。
「きっと喜ぶよ」
ユールが相槌をうつのに、レニが鼻先に皺を寄せた。
「婆ちゃんが編むような古臭い柄じゃんか」
「ふーんだ、お子様には伝統柄の良さなんかわかんないんだもんね!」
「同い年だろ、よく言うぜ」
「はいはい、やめとけって。邪魔してごめんな、ルチア」
ユールは適当なところで仲裁した。このごろ、レニはやたらとルチアに突っかかる。昨日も、ルチアがおさげをやめて髪を結い上げたのを変だと言って喧嘩していた。ルチアが泣きそうになっているのが気の毒で、ユールはとりあえず似合うと慰めた。
去年は仲良しの従兄弟同士だったのに、難しい年頃になっている。気になり始めた女の子にそんな態度しかとれないあたり、レニはまだまだ子供だと内心呆れてはいる。
ルチアのマフラーは、そんなレニの心を解こうとする贈り物なのではないかと思っていた。
冬至祭の日は晴れた。
昼過ぎ、青空のもと、真白い雪の丘を越えて、ソリが村に到着した。北街道の傭兵と組んで、護衛として訪れたのは、中折れハットに揃いのベストの、洒落者の梟だ。
クロードと雪下ろしをしていたユールは、シャベルを片手に、屋根の上から手を振った。
「フロック!」
「よう、ユール。クロも冬眠してないな」
「ずっと起きてるよ。すっかり働きもんだぜ俺」
「そんじゃ、楽しくもうひと働きだ」
ソリには遠方の親戚や、南に出稼ぎに行っている村人からの、冬至祭の贈り物が満載されていた。
去年も一昨年も、この日ばかりは、仕分けた荷物を家々に届けるのはユールの仕事だった。
「なにしろ冬至祭の山羊だから、みんな喜ぶよ。手当は別につけるからさ」
村長にそう頼まれていた。
冬至祭の伝承だ。雪の城から山羊が来て、いい子には妖精からの贈り物をくれる。一方で、悪い子は雪の城の下働きにさらっていく。
「さあ、食いしん坊の怠けもんは俺の仲間だ! 連れてっちまうぞ!」
ユールが決まり文句で脅かすと、ちいさな女の子はきゃーっと悲鳴をあげて、母親の後ろに隠れた。母親が鈴を振るように笑いを含んだ声で答えた。
「うちの子はとってもいい子ですよ。妖精さんからの預かりものをくださいな」
クロードが、出稼ぎに行っている父親からの人形と、村長からのフルーツケーキを差し出すと、女の子はおそるおそる受け取った。
夕方、荷物を届け終えてふたりが村長の家に帰ると、フロックはホットワインを片翼に寛いでいた。
「おつかれさん。働きものには贈り物が届いてるぜ」
ひとつ、床に置かれた木箱を示す。釘を抜いて開けると、クロード宛とユール宛の包みが同梱されていた。
クロードの包みはララから、シャツと手紙が入っていた。彼は爪先で手紙の封を切って、ちらっと目を通して、すぐしまった。
ユールはといえば、差出人のサインを見た瞬間から、尻尾をプルプル振っていた。
中身は、瓶いっぱいの干しすももと、ユールの毛並みと同じ黒の毛糸で編まれたマフラーだった。同封されていた手紙には、一番にお誕生日おめでとうございますと書いてあった。リファリールは字がきれいだ。
マフラーをアナに教わって編んでみたこと、それに、ルッコラの子供が産まれたことが知らせてあった。男の子で、夏に言っていたとおり、本当にユールという名前にしてしまったらしい。
立ったまま食い入るように手紙を見つめているユールに、ちいさな食いしん坊たちが忍び寄る。狙いはテーブルに乗った、いかにも甘そうな飴色の干しすももが詰まった瓶だ。
「おいしそう!」
「ちょうだいちょうだい!」
襲来に気づいたユールは、マフラーと一緒に、大人気なく瓶を抱え込んだ。
「嫌だ、お前ら今日はご馳走だろ! これは俺の!」
「食いしん坊の欲張り山羊!」
「どっちがだよ! これだけはダメ!」
台所から母親の一人が顔を出した。
「ほらほらユールさん困らせんじゃないよ! プディング焼けたよ、味見はだあれ?」
ユールにまとわりついてはしゃぐ年少の子供たちから少し離れて、ルチアが、編み上がったマフラーを抱いて立ち尽くしていた。
子供たちが台所へ駆けていったところで、近づいてきて訊いた。
「……それ、誰から?」
ユールは屈託なく答えた。
「俺の好きなひと。妖精の話、しただろ? 実はさ、街では一緒に住んでんだ」
ルチアは無言で踵を返し、機屋に引っ込んでしまった。さすがに、ユールも様子がおかしいことに気がついた。
「あれ、どした?」
フロックと一杯始めていた男たちが教えてくれた。
「あんた、去年のこと忘れちまったかい。村長が婿になって残れって誘っただろ?」
「あれ飲んだときの冗談だろ?」
「まあな。でも、ルチアは真に受けちゃってたんだよ」
「罪な男だねえ」
「勘弁してくれよ、ルチアちゃんまだ子供じゃねえか」
からかわれているのかと思いきや、織屋からルチアの母が出てきて、ユールの手のマフラーを見てため息をついた。
「……まあ、しばらくそっとしといてくださいな」
「……悪いことした」
屋根裏部屋に退却して、耳を後ろに倒して呟いたユールに、ハンモックからクロードが言った。
「あんた鈍いんだよ。木彫りやったり髪褒めたりしてぬか喜びさせて」
「そんなつもりじゃなかったんだって」
「知ってんよ、あんたの頭ん中にいんのはリファリールだけで、他の女の気持ちなんか気づいてやれねえんだ」
「……やっぱ、謝りにいく」
「やめろって。あの子、みじめになるばっかりだ。謝るもなにもねえよ。好きだの嫌いだの、もともと勝手なもんじゃねえか」
「でもさあ、せっかくの祭りの夜なんだよ。しょげさせたまんまじゃかわいそうだ」
クロードはシュッと警戒音を鳴らした。
「よく言うぜ。そんなら、有り難くお気持ち受け取って現地嫁ってことにする? リファリールには黙っといてやんよ」
「しねえよ! とんでもねえこと言うなお前」
「じゃ、誰にでもいい顔しようとすんな。変に気ぃもたせねえで、堂々とそれ巻いとけ」
クロードはユールが膝に置いているマフラーを指した。ユールは少し考えて、頷く。
「そーだね」
そのとき、階下で物音がした。床の戸を跳ね上げた狐耳の少年は、ユールに噛み付かんばかりに叫んだ。
「てめえ、ルチアを泣かしたな!」
「……ごめん」
謝られて余計に腹が立ったらしいレニが顔を真っ赤にして飛びかかってくるのを、蛇の尾が阻んだ。
「なんだよ、クロード、降ろせよ!」
「そーやって怒ってやれんなら、余所者なんかに任せないで、お前が大事にしてやんな」
黙り込んだレニを巻き取ったまま、クロードはハンモックを降りた。
「さてそろそろ晩飯かね。ユールも変に遠慮せずにいこうぜ。気にする方が後腐れする」
冬至祭の晩餐は、賑やかに終わった。大人数の喧騒に紛れて、ユールはルチアと言葉を交わすこともなかった。
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